3通目
ノールへ
元気にしてますか
体は大丈夫ですか
忙しいですか
アキバは賑やかだと聞きました
この間はお土産と仕送りを送ってくれてありがとう
家族みんなが喜んでいました
村の近くに冒険者様達が学校と診療所を作ってくれました
とても助かっています
旦那さんもお手紙を持って来てくれます
この間お礼を言ったら照れていました
仕事だからと言ってました
謙虚で素晴らしいお方ですね
あなたの方からもお礼を言っておいてください
大地人の女性は、グランデールの事務所で、同居している冒険者から手紙を受け取り、あからさまに表情筋を弛めた。
まだ少女の面影が少し残っているが、もう立派に働いているので、子供では無い。
「リトさん、ありがとうございます」
「別に良いよ、コレは仕事だからね」
ノールは、リヒトワルドに頭を撫でられて、更に顔を蕩けさせた。
「あらぁ、見せ付けてくれちゃってぇ」
刀を佩いた女性冒険者がムフフと笑う。
「あ、タルトさん」
「タルトさん、こんにちは!」
リヒトワルドは困った様な顔で、ノールは溌溂とした顔で、タルトムースに挨拶をした。
「新婚生活どお?」
「えへへぇ、毎日楽しいですぅ」
「ほほーん、そっかそっかぁ。そいつぁ良かったねぇ」
表情筋がサボったままのノールを楽しそうに見ながら、タルトムースがニヤニヤ笑う。
リヒトワルドは眉根を顰めてそっぽを向いた。
最近の彼女の楽しみはコレだ。後輩である彼をいじるのが日課になっているらしい。
質が悪いのは、そうとは知らないノールを巻き込んで、惚気話を聞き出そうとしている事だ。
「あの、こないだは洗濯したらありがとうって抱きしめてくれて、それからそれから…」
「ほうほう」
「お夕飯を用意して待ってたら寝ちゃったんですけど、起きたら上着を私に掛けてくれてて…」
「へぇ~」
タルトムースが色々合いの手を打つため、ノールのマシンガン惚気話が止まらない。
「一昨日はですね、子供何人欲しいかって話に」
「ちょお~い!」
見かねたリヒトワルドがノールの腕を引っ張って強引に終わらせた。
「ほら帰るよ!」
「おおぉおぉぉ…タルトさんまた今度~!」
「あら残念、今日はここまでか」
言葉とは裏腹に、満面の笑みを浮かべたタルトムースであった。
家に着いても、ノールは終始上機嫌であった。
「ふんふーんふん♪」
最近アキバで流行っている歌を口ずさみながら家事をこなしていく。
この間、この歌を歌っているとリヒトワルドが「懐かしいな」と言っていた。
冒険者の間では一昔前に流行った歌らしいが、大地人には今流行っているので問題ない。
それに鼻唄を唄うと家事が捗るのだ。
「らんららんららん♪」
洗濯物を畳みながら上機嫌で別の唄を唄う。
上機嫌なのは、毎日楽しいだけでは無い。
今日は家族からの手紙を貰ったからだ。
数日に一度、リヒトワルドが村に行って手紙を配達してくれる。
彼の担当の村が彼女の村だった。
ノールにとっては、それは運命である。
只の偶然なんて思えない。
村が魔物に襲われた時、リヒトワルドに助けてもらった。
彼はユニコーンに跨り、ゴーレムを村の守りに付け、戦乙女を召喚し戦った。
リヒトワルドにとっては着任早々の時期で責任感が有り、偶々その場に居たから対処出来ただけである。
実際彼は「担当になったし、仲間が居たから助けられただけ」と言った。
だが、それでもタイミングばっちりだったのは事実である。
しかもノールがアキバに出稼ぎに行く予定だと知ったら、話を聞いたタルトムースが、彼が独身で住み込みの家政婦を探していると教えてくれたのだ。
リヒトワルドは驚いて首を振っていたが、ノールを含め大地人から見れば、それは外堀を埋め、既成事実を作る根回しに見える。
結果、村を挙げての歓待が催され、皆に祝福されたのは忘れられない思い出だった。
もっとも、歓待の間リヒトワルドが遠い目になっていた事は誰も知らない。
そんな彼を見て、同行していたタルトムースがニヤニヤと笑っていた事も知らない。
「すまんのう婿どの」
「はぁ、ど、どうも」
ノールの両親や祖父母に手紙を渡す時はどうにも背筋がむず痒くなる。
「ノールは元気かのう」
「一応…はい…」
毎日元気に、鼻唄を唄いながら家事をしてくれている。
最近は、冒険者に友達が出来たと楽しそうに話してくる。
こちらとしても感謝しか無いし、頭が上がらない。
世間話にそう言った事を掻い摘んで話すと、老人達はにこにこと笑って頷く。
リヒトワルドも別段悪い気はしないので、興が乗ると淡々とだが、話し込む事が有る。
なので、この村で集配をする時は、ノールの実家は最後に回す事にしていた。
「ねえたんげんき?」
「げんき?」
「あ、あぁ、うん、元気だよ」
数人の弟妹達がわらわらと群がって来た。
リヒトワルドを囲み、手紙と話をせがむ。
文字を習い始めた、計算が出来る様になった、サブ職が変わった、鼻唄を幾つか覚えた…。
字を覚えた兄姉に手紙を読んでもらいながら、リヒトワルドの補足を聞いて、キャッキャと声を上げる。
「あ、こないだはね…」
リヒトワルドが今しがた思い出した内容を追加すると、子供達は目を輝かせて何度も頷いた。
「おてがみかいてぇ」
「じぃおしえてぇ」
左右から弟妹達が袖を引っ張る。
「これ、婿殿はまだお仕事が有るじゃろう」
「そうねぇ、代筆とか有りますから…」
「え、えっとぉ…」
既に泊まる事は前提になっているらしい。
「…まぁ、二、三日は村に居ますから、その間は構いませんけど」
「わーい!」
「やった!やった!」
弟妹達がリヒトワルドの周りをドタドタと走り出した。
最初の頃は野宿か空き家を借りるので良いと言っていたが、婿殿にそんな事はさせられんと言われ、半ば無理やり泊まらされた。
最初の数回はこちらも固辞しようとしたが、毎回泊まらされたので、今はご厚意に甘える事にしている。
慣れというよりは諦めの方が強いか。
「こらこら落ち着け、リト君に迷惑だろう」
と言う訳で、このやり取りも最近の日常になっていた。
翌日、村の近くに有る建物に、リヒトワルドと子供達がいた。
冒険者達が建てた学校施設だ。
「ここはこう書いて…」
「リト先生、これは?」
「あぁ、それはね…」
子供達は、リヒトワルドの説明を熱心に聞いている。
彼が村に来た時は、こうして引率がてら手伝う事が有る。
と言うか、ここ最近は毎回だ。
運営している常駐者達も心得たもので、人手も足りないし寧ろ大歓迎と言う事で、文字を教える授業では、彼に一室を貸与して臨時講師をしてもらっていた。
日当は微々たるものでほぼボランティアであるが、彼は特に気にする事無く請け負っている。
冒険者である以上、そこらのモンスターを数体狩れば金貨は手に入るから問題無い。
と言うか、そもそもこの報酬は大地人向けである。
譬え金貨数枚でも、彼らに取っては大金であり、実入りの良い仕事なのだ。
大地人に対しては正当な報酬であり、冒険者と大地人の格差を是正するためでもあった。
さて、そんな教室の後ろの方に、大人の大地人達が居た。
リヒトワルドを熱心に観察して必死にメモを取っている。
彼らはここの教師で、常駐している人達である。
「何だか恥ずかしいですね」
リヒトワルドが少し照れた様にはにかんだ。
彼は教職には着いてない。大学生だし、学部も教育系では無い。
見様見真似で子供達に教えているだけだ。
だが、それでもやり方を工夫し、一人ずつ質問に答える姿勢は、彼らに刺激を与えているらしい。
大地人の方こそ未経験で知識も無い。
彼らは元々開拓民である。
文字や算術など、高等な学問を教えられた事は有っても、教えた経験は無い。
現代の日本人であったリヒトワルドの方が、素人同然で手探りとは言え何倍も知識が有るのだから仕方がないのかも知れない。
数日後、リヒトワルドはグランデールの受付カウンターで休憩していた。
少ししたらアキバでの配達を開始する予定だ。
「前から思ってたんだけどさぁ」
「はい?」
「あそこってさぁ、学校って言うか、何だか寺子屋みたいよねぇ」
隣に居たタルトムースが呟いた。
リヒトワルドはコクリと頷く。
あの建物はほぼ木造である。そして何故か外観がお寺だ。
内装も、教室と職員室兼事務室は現代風だが、建物の奥の部屋に仏像が安置されていた。
「まぁ、雰囲気が有って、僕は嫌いじゃないですけどね」
「そうねぇ、私も何だか落ち着くわ」
ヤマトの冒険者には意外と評判である。
噂では設計士と職人連中が暴走した結果らしいが、あくまで噂だと二人は思う事にしている。
完成した建物と掛かった費用と設計図を見比べ、ミチタカとシロエが引き攣った笑顔を浮かべたらしいが、あくまでも噂だ。
予算から出た足の分は海洋機構の自腹で、ミチタカは青筋を立てたそうだが、あくまでも噂だ。
噂と言ったら噂なのだ。
完成後、怒られた海洋機構のメンバー達が肩を落としていたが、知ったこっちゃない。
「あ、リトさん、タルトさん!おはようございます!」
そんな雑談をしていると、ノールがやって来た。
「あらぁ、おはよう、今日も元気ねぇ」
「はい!」
彼女はいつもの様に溌溂とした笑顔を浮かべ、返事をする。
「はいこれ」
リヒトワルドはいつもの様に微笑み、いつもの様に彼女に手紙を渡した。
「えへぇ、ありがとう御座いますぅ」
ノールは、いつもの様に、嬉しそうに受け取った。
「あ、リトさん、ちょっとお話が有るんですけど…」
「うん?何だい?」
ノールがモジモジしながら袖を引っ張るので、リヒトワルドは耳を近付けた。
みんなへ
元気ですか
わたしは元気です
またお土産を送ります
みんなで使ってください
今日はちょっとした報告が有ります
赤ちゃんが出来ました
この間、ていきけんしんとか言うので、冒険者のお医者さまに診てもらったら分かりました
リトさんに言ったら、ものすごく心配されました
つわりは大丈夫かだの、そんなに動いて大丈夫かだの
家事をしようとしたら、代わりにやると言って聞きません
スキル無いのにと言ったら、項垂れてました
後、名前とかうんうん唸って考えてます
男の子だったら、女の子だったら、などなど
まだずっと先なのに
そんなリトさんを見て、タルトさんは笑ってます
どーんと構えていれば良いなんて、リトさんのお尻や背中を蹴っ飛ばしてます
アキバは毎日楽しいです
飽きません
今回はこの辺で失礼します
かしこ