スキを形に
騒がしい教室から遠ざかった場所にある図書室。しんと静まっているが空気は張り詰めておらず、はらりはらりと紙をめくる心地よい音が聞こえてくる。学校のどこよりも落ち着く、僕の城。幼い頃から本の虫だった僕は、いつだって図書委員に立候補した。それはこの高校でも変わらない。
無駄な音の一切ないこの空間で新しくお気に入りを掘り出すのが僕の最近のブームだ。本を一冊鞄から出して、開く。
はらり、はらり。
目は書面に耳は外に。しばらくすると廊下の方から少しくぐもったコツコツという足音が2つと落ち着いた声と明るい声が聞こえてきた。
「別に、校則を守っているだけだし」
「それにしたって長すぎでしょう。膝にかかっていればいいのよ?」
「どっちにしたってあんたは間違いなく違反でしょう」
ぽんぽんと弾むような声のキャッチボール。嫌な感じのしない二つの声。
「静かに」
落ち着いた声がそう告げ、扉が開く。温い空気がするっと入ってくるのと同時に部屋に入ってきた彼女は同じ図書委員の城田さん。僕が待ち望んだ人。
もう、と憤慨した様子の明るい声の主は彼女の友達だ。
その声が聞こえてないのか、聞こえないふりなのか、彼女はまっすぐこちらを見ている。
「智也くん、遅れてごめん」
今気がついた。そんな顔を作ってから顔を上げる。
眉を下げて駆け寄ってくる彼女に微笑んだ。
「今日は利用者も少ないし気にしなくていいよ」
そう、声をかけるのだ。
「ありがとう」
笑う彼女は今日も新しい顔を覗かせる。可愛らしい、無邪気だ、そんな単純な言葉ではなく複雑な感情を含んだ笑顔。
そして、ほんの少しのスキ。
彼女のスキに気がついて、彼女をスキになった。二人きりのカウンターで試したことがある。ふわりと広がる裾が好きなのだ、と。昔読んだ小説の影響でね、少し変な趣味かな、と言ってみたのだ。僕が仕掛けた罠に嵌りに来てくれた彼女は、きっと僕よりもずっと優しい。
今日もスカートの丈を長くしたまま、僕の前でくるりとまわる。翻ったスカートのスキは彼女のスキの証。健気な彼女がくれるスキを気に入らないはずがない。
「私、返却済みの本片付けてくるね」
そういった彼女は本を15冊以上軽々と抱える。今日は随分と返却本が多かった。意外と逞しいな、なんて。
そしてまた、ひらりとスカートを翻す。
「うん、行ってらっしゃい」
今日も彼女は素敵だ。
昔からお気に入りの本を手に、僕は彼女に微笑んだ。