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二 始まる学校向けられる目

 「矢田目清明です。よろしくお願いします」


 昨日から何度目だろうかこの自己紹介。クラスメイト達の隠そうとしない興味津々な眼差しを一心に受け。それでもどうにか噛まずに名前は言えた。

 ずらりと生徒が並ぶ光景に怯まず、竦みそうな体を叱咤し、顔には笑顔を貼り付ける。

 まぁ、でも。先生が設けた質問コーナー、誰も出てこなかったのは助かった。あれ苦手なんだよな。

 よし、まずは目標を設定しよう。とりあえず自分の席を中心に、縦横斜めは今日中に顔と名前を覚えよう。そう思ったけど、俺に宛がわれた席は窓際の一案後ろ。向けられる視線の量にチクチクした感覚を覚えながら席に座る。


「いわゆる主人公席だね。よろしく矢田目くん。僕は南未久美。よろしく」 


 隣りの席のショートヘアに少し日焼けした。明らかにスポーツ少女といった出で立ち・その人は、にかっと笑って手を差し出す。


「よろしく」


 しかし俺が差し出した手は別の誰かに握られた。


「はい、拝借。どうも白井条と申すものであります。以後お見知りおきを」

「あっ、どうも」

「ちょっと、横から何するのよ」

「こいつは失礼」


 あぁ、気心知れているんだなぁと。言い争う様子もじゃれ合いといった感じだ。横、斜め、しかし、目の前の席は空席だ。鞄も無いから学校に来ている様子は無い。


「あぁ、その席は、入院中の子の席。ずっと来てないの」

「へぇ」


 がらんとその部分だけ空虚だ。学校の席は使い続けると妙にその人独特の味が出て来る。それがその席には感じられなかった。新品同様のような、そんな感じ。

 窓の外はホイップクリームでもぶちまけたかのように白い。グラウンドは手付かずの雪原だ。


「しかし、変な時期に転校してきたね」

「親の都合で」


 そう言うと納得したような顔で南さんは頷く。転校の理由としては一番ポピュラーで疑問があまり持たれないものだとは思う。


「前は何処にいたの?」

「隣の県ですよ」

「へぇ、近かったんだ」

「そうですね」

「成績とか良かった?」

「中の上です」


 結構グイグイ聞いてくるなとは思った。どうして手を上げなかったとも思った。でもその認識は甘かった。

 それは一時間目の直前のちょっとした時間。僕の席を取り囲むようにできた人だかり。始まる質問攻め。いや、お前ら。さっき先生に聞かれた時手を上げろよ。どうして今聞く。

 結局チャイムが鳴るまでそれは続いた。

 始まった授業は前の学校でやった内容だった。だから授業の進行度で困るという事態は起きなかった。

 そして放課後。個人に与えられているロッカーに教科書を入れる。来る時より軽くなった鞄を振り回し学校を出る。

 すると、昨日乗った乃安さんの車が校門の前でどうしてか止まっていた。こちらに気づいたのか窓を開けて乃安さんが手を振る。


「おーい、迎えに来たよー」

「えっ、あっ、ありがとうございます」


 助手席に乗ると、どうしてか乃安さんは俺の鞄に手を伸ばした。


「あれ? 今朝は鞄パンパンだったのに。楽しそうに振り回していると思ったらそういう事か。なるほど、置き勉ってやつねぇ」

「普通やりません? 重いですし。宿題くらいしか持ち帰りませんよ」

「でも、自主勉は?」

「参考書持ってます」

「ふーん。勉強はちゃんとしているんだ」

 意味ありげにニヤニヤして、ハンドルを切る。

「ちょこっと買い出し付き合ってね。調味料切らしちゃってさ」

「はい。それは全然。荷物持ちでもなんでも」

「おっ、言ったなー。ついでに、君の通っている学校。一週間後テストだよ」

「えっ?」

「今日、君の部屋を掃除したら年間行事予定表がご丁寧に畳まれてたから、壁に貼っておいたよ」

「ありがとうございます」

「それでね、見てたら。今からちょうど一週間後にテストあるって。あっ、テスト範囲も一緒に置いてあったから、頑張ってね。赤点取ったら冬休み学校呼ばれるらしいよ」

「マジすか?」

「マジです」


 でも、習った所だからと思う。しかし、けれどだ。その希望はテスト範囲表を見た瞬間に打ち破られた。


『先生が授業中にした雑談からも出ます』


 何それ? 雑談とは? えっ、嘘でしょ。

 頭を抱えて畳の上を転げまわる。マジかぁ。マジかよ。ありえないって。


「あっ、そうだ。旅館の手伝い」


 現実逃避に近い思いつき。でもそれはこの下宿における条件だった。

 旅館の廊下を歩く。部屋に置いてあった旅館の制服に着替え、乃安さんか節乃さんを探す。


「あっ、節乃さん。手伝いに来ました」

「あら、ありがとう。でもね、今日は忙しくないから。テスト前でしょ、そっちを優先しなさい。あっ、お客様来たから部屋に戻りなさい」

「はい」


 一応宴会場の方も覗くけど、誰もいない、準備も終わっているようだった。

 仕方ない。大人しく戻ろう。乃安さん見かけたら何か無いか聞いてみようと思ったが、見つけた時は厨房で忙しそうに、多分仕上げの手伝いをしていた。弥助さんは見つけることができなかった。


「うーん、駄目、雑談って何? こんな事なら連絡先の一つでも交換してから帰れば良かった。とりあえず教科書? うん、そうだ。どれくらいの割合で出るかわからないけど、それだけでも赤点回避は行けるはず」


 この学校での初めての試験だ。それくらい大目に見てくれよと心の中で先生に祈りをささげる。

 鞄を開き教科書を探すが、そういえば置いて行っていた。あー、駄目だ。もう駄目だ。参考書でも読もう。それが良い。雑談なんてどうせ授業に関係のある事でしょ。そうでなかったら困る。


「なら、いつも通りだ」


 いつものように、それなりに頑張れば良い。

 そうしてしばらく、参考書を使って勉強をしていると、扉がノックされた。


「どうぞ」

「おう、やっとるか?」

「弥助さん。あれ、終わったのですか?」


 時計を見る。まだ七時だ。むしろ宴会をするなら真っ最中だろう。


「あぁ、後は節乃と乃安さんの仕事だからな。作るのは俺の仕事だ。どれ、見せてみろ。教えられることは教えてやる」 


 丁度良く、今少し悩んでいた数学の問題を見せてみる。


「おっ、英語か」

「数学です」

「あ? 数字じゃなくて、あるふぁべっと使っているじゃねぇか。それくらいわかるぞ」

「えっ、あー、そうじゃなくて、これ数字の代わりなんです」

「なんで代わりを使うのや?」

「えーっとですね。その部分はわからないので、一旦代用して、これから求めるのですよ」


 これくらいしか俺は説明できない。普段何となくやっていることも、説明を求められると難しいものだ。

 納得したような顔をしながら問題を眺める。


「じゃあ、これはどうするんだ?」

「因数分解です」

「うむ。そうか。あー、そういえば昔やったなぁ……。あっ、そういえば、ほれ、そろそろ煮えただろ、食え」

「えっ?」

「夕飯だ。それじゃあな」


 勉強机の後ろの大きめの机には一人分の夕飯が用意されていた。匂いだけで美味しいとはっきりわかる。思わず唾を飲み込んだ。


「さっき作ったばかりだから美味いぞ」

「ありがとう、ございます。いただきます」


 固形燃料が鎮火し、程よく仕上がっているすき焼き。溶き卵と絡めて食べれば、牛肉の旨味が口の中に広がる。うん?


「これ、お客様用……」

「ただの手慰みだ。暇だったから一人分余計に作ったんだ」

「料理、好きなんですか?」

「当然。じゃなかったらこんな爺さんになってまでやんねぇよ。食器は置いておきな。後で乃安さんにでも取りに行かせるからよ」


 そうして片手を上げて部屋を出て行く。

 黙々と食べる。空腹だった事を思い出し夢中で食べる。

 食べ終わって寝転がる。目を閉じて、そして目を開けると、乃安さんが顔を覗き込んでいた。


「おはようございます」

「うん? 今何時ですか?」

「九時かな。お風呂入る? それとも勉強する? 今からなら私が色々教えるけど」

「乃安さん、教えられるの?」


 さっきの弥助さんを思い出し、不安になる。


「ふーん、良いんだ。疑っちゃうんだ。後悔しちゃうよ」

「いえ、疑っているわけじゃ」

「じゃあ、勉強ね。さぁ、問題集出して、参考書はいらない。さっき読ませてもらったけど。結論、それは暗記を推奨しているからいらない」


 気がつけば目の前の机は綺麗に片づけられ、机も綺麗にされていた。食べてすぐに寝たのか、俺は。


「ほら、ボーっとしない。やるよ。そうだね、英語とかは特にそうだけど、詰め込み式は検定とかで役に立つといえば立つけど、正直実践ともなると文法に対する理解が必要になって来る。だからまぁ、必要な時に必要な文法を引っ張り出して伝えたいことを伝えるなら、暗記だけじゃ足りないね」


「えぇ、まあ、それはわかりますけど」

「観光地に住んでいるのだもの。外国人客、さらっと案内出来たらカッコいいよ」


 グっと親指を立てて、ニコッと笑うと。前の学校の教科書を読み始める。ついでに俺が前の学校で使っていたノートと照らし合わせ、頷く。


「ふーん。なるほど。学校のテストは解けるけど模試とかになると解けなくなるってタイプかな」

「なんでわかるのですか?」

「板書自体はものすごく綺麗にまとめられてる。でもさ、一つ聞いて良い?」

「はい」

「板書ってさ、要するに要点だよね?」

「はい」

「じゃあさ、これ書いている間の先生の話、聞いてる?」


 思い出してみる。僕の普段の授業態度を。


「どう、かな?」

「正直、自信ありません」

「だよね。まっ、そんなところだろうかと。板書写すのがメインになっちゃあ、駄目だよ。ノートの整理なんて復習がてら別冊でやりなさい。授業ノートはメモ程度、これ基本。授業は綺麗にノートを取るという自己満足のために使う時間じゃありません」


 ニッコリと笑って、そしてポンと目の前に冊子を置く。


「さて、私が暇つぶしに作った問題集だよ。テスト範囲表を基に作ったものだから。清明君が今どの程度できるか、私がお風呂から上がって来るまでがタイムリミット。大丈夫、基礎問題がほとんどだから。範囲は十ページまで。それじゃあ、始め」


 部屋に静寂が戻る。冊子を捲り、問題に目を通す。確かに基礎の内容だ。

 五ページまではすぐに解き終わった。六ページからは問題の内容が少し複雑になる。というか、英語の話をしていたのに何故数学の問題なんだ。


「ん?」


 九ページ。これは応用問題。まぁ解けるな。そして十ページで俺の手は完全に止まった。


「あれ、わからない」


 どういうことだ、これ。えっ? うーん。


「ふっふっふっ、悩んでいるねぇ若人よ」

「乃安さん」


 寝巻に着替え、一本に纏めていた髪を下ろし。いつの間にか俺の後ろに立っていた。困っている子どもを、見守るような目で僕を見下ろす。


「さて、時間切れだよ。うんうん。予想通りだね」

「乃安さん。あなた何者?」

「料理修行のために居候させてもらっている、ぴちぴちのただの十九歳の女の子だよ。まぁ、昔、ちょこっと色々あってね」


 声の穏やかさとは裏腹に、頭をガシガシと撫でられる。


「なんですぐに頭撫でるのですか?」

「嫌?」

「嫌じゃ、無いですけど」

「ふふっ、素直な君には私がお勉強のコツを教えてあげる」



 目が覚めた。昨日と同じ時間。乃安さんは俺に疲れが見えたタイミングで休むように言ってきた。眠くなったならもう意味は無いから今日は寝なさいと。


「勉強のコツね」


 頭がはっきりし始めて、立ち上がる。朝も手伝わなくて良いとは言っていたが。


「やっほ。おはよ、清明君。ふわぁぁ」

「随分大きな欠伸ですね」

「まぁね。ちょこっと疲れただけ」

「大丈夫ですか? 俺もできる事なら」

「大丈夫。配膳の準備はできているから。それに、学校に間に合わなくなるよ。ほら、朝ご飯食べて」

「は、はい」


 ご飯、味噌汁、鮭、漬物、納豆。オーソドックスというか、絵に描いたような日本の朝食を食べ、そして鞄を担いで学校へ向かう。

 ちらりと旅館の方を振り向く。俺にどうして手伝わせてくれないのか。繁忙期だから、いきなりやらせるのは難しいからなのか。それとも俺に良かれと思って? いや、それでは話が違う。だってそれなら、ただの穀潰しを家に置いておくようなものだ。そんなもの、実の子とか孫でも無い限り置きたいとは思わないだろう。

 わからない。理解しがたい。ため息を吐く。


「あー、わっかんね」

「何がわっかんねの?」

「えっ? あっ、えーと南さん?」

「正解。覚えてくれたんだ」


 海側の道から歩いてくると、にかっと笑う。


「一昨日の日曜日、喫茶店来たでしょ」

「はい」

「あそこ僕の家なの。それよりも君、気をつけた方が良いよ」

「なんで?」

「乃安さん、地元じゃ有名な美人さんで、あと人当たりが良いからさ、人気なんだよね」

「へぇ。まぁ、確かに美人だよね。それと俺がどう関係あるの?」

「んー。他所から来た人がいきなり男子に人気な女の子と、仲良さげに一緒に帰っていたらどう思う?」

「……さぁ?」


 まさか暴動とかそんな、いや無いだろ。真面目に考えて。


「まぁ、教室着いてのお楽しみ」


 実際、この言葉通り、俺が教室に入ると、男子からの視線が突き刺さるのを感じた。

 南さんの目が「ねっ?」と言っている。ふぅ、どうしよう、下宿先変えようかな。今からでもアパートあるだろうか。

 なんてことを考えている間に一時間目が始まる。最初の教科は数学、板書を写すというよりメモ程度にして、あとは先生の話をしっかりと聞く。元々は得意科目ではあるから苦労は無い。

 ただ覚えるだけならまだ簡単だ。応用させるのは難しい。理解できているから説明できるし応用も利く。

 英語も。単語を覚えるのは当然。問題は文法をしっかり使えるか。

 それができれば苦労しないよと乃安さんに言えば、笑って、一緒に頑張ろうと言ってくれた。

 そして放課後。荷物を纏めて帰るべく校舎を出る。


「待ちなされ転校生君」

「あっ、えっと、白井君」

「正解。さて、今から何人かでテスト勉強をしようと思うのだが、君も来るかい?」

「あぁ、えっと」


 ちらりと校門の方を見る。今日は来ていないようだ。けれど、もし旅館の手伝いを頼まれたら。


「ごめん、それじゃ」

「そうか。それならまたの機会だな」


 手を振って校門を抜け、そのまま旅館街の方に歩いて行く。道は覚えた。けれどしっかり歩いたのは初めてだ。

 今更断って良かったのかという疑問が湧く。断る事で印象が悪くなるということもありえるのだ。

 けどなぁ、あんな睨まなくても良いじゃん。乃安さんが悪いわけでも無いけど、乃安さーんと言いたくなる。

 肩を落として旅館の裏口から自分の部屋に入る。でもちゃんとしゃんとすることを忘れない。深呼吸をする。


「ただいま戻りました」

「はい、おかえり。お茶とおやつだよ」

「乃安さん!」

「そうだよ」


 なんてタイムリーな。だけど相談するのもなぁ。相談相手として相応しいのはこの人ではない。でも頼れそうな人もこの人しかいない。


「乃安さん!」

「んー、どうしたのかな?」

「えっと、その」


 はぁ、駄目駄目だ。言えない。舌が絡まるようなそんな感覚だ。


「私の先輩がそんな顔する時って、言い難い事がある時なんだよね」

「俺とその先輩は違う人ですよ」

「知ってる。でも、似てるから」


 うっとりとした表情で懐かしむようにぼんやりと上を眺める。


「好きだったのですか?」

「正解。大好きな先輩だよ」

 乃安さんの笑顔に笑顔で答える。

「作り笑い、疲れない?」

「えっ?」

「清明君、今困りごと抱えているのでしょ。ほら、教えてよ」

「あっ、えーっと。その……」


 結局俺は洗いざらい話した。乃安さんはうんうんと頷きながら聞いて、そして考え込む。俺は乃安さんの答えを待つ。

 そして、急に苦しそうに腰を曲げて、堪えきれない物を吐き出すように笑いだした。


「あははっ、清明君冗談でしょ、えーっ、私がこの温泉街で人気って、あは、ははははっ。えーっ?」

「本気なんですけど。本気で困っているのですけど。乃安さん。冗談でどうして褒めるんですか?」

「冗談でも嬉しいよ。ありがとう清明君」

「冗談じゃないですから」

「はぁ、笑った笑った。いやでもごめんね。確かに冗談でそんな事言わないもんね、クラスの人たちの視線がキツイなんて」

「そうですよ」

「こればっかりはねぇ。今更顔立ち変えろと言われても困るし」

「ですよ」


 もう諦めよう。そう思いながら寝転がる。


「こら、テスト勉強するよ。そのために来たのだから。はい、ノート出して。今日宿泊客いないから、全力でできるよ。私付きっきりだよ」

「えっ、マジすか」

「マジです」


 そして、乃安さんが勝手に俺の鞄を漁り、ノートを取り出す。


「はい、今日やった内容をノートにまとめなさい」

「う、うっす」

「宿題はやっておくから出して」

「はい」


 乃安さんが言うに、宿題なんてやる意味なし。そんな時間があるなら苦手を分析してその部分を強化しなさいとのことだ。

 無茶苦茶どころか、学校教育に喧嘩を売っている。


「暗記してたって使えなくちゃ意味が無い、それも忘れないでね。一般に暗記科目と言われているものだってそうだよ。単語だけ覚えていたって意味の説明できなきゃ」

「はい」


 当たり前のことだが、俺らが忘れがちな、そんな重要な部分。


「乃安さん」

「うん?」

「早いですね?」

「そうかな」


 宿題として渡したプリントだが、話しながらも乃安さんの手が止まる事は無い。スラスラとペンが次々と答えを書いていく。


「あっ、適度に間違えてはいるから安心してね」

「そんな偽装工作まで」

「具体的に言えば、昨日私が渡した問題集で、恐らく清明君が苦手と思われるものを使う応用問題は、全て外してあるから」


 そんな細かい気配りまでしてくれるとは、ありがたい。


「さぁ、ファイト!」


 ノートにまとめて、そしてそれを基に自分専用の参考書を作り上げろ。乃安さんが僕に言い渡したのはそれだけの事だ。 


「冬休みが楽しみだな。最初の三日で宿題終わらせて、後は今年習った部分の参考書作ってね」

「そんな無茶な」

「あはは、そうかなぁ? 案外楽しいかもよ。私も手伝うから」


 うぅ、厄介な笑顔だ。断れねぇ。


「ほらほら、手が止まっているよ」

「はい」

「それとも、何かわからないところでもあるの?」


 グイっと、乃安さんが近づいてきて、俺の手元を覗いた。

 良い匂いがした。ふわりと。美人で頭が良いだけじゃなくて、匂いまで良いのか。

 乃安さんってすごい。なるほど、確かに地元で人気になるのもわかる。この人の彼氏になる人は、とても素敵な人に違いない。凄くイケメンな人だ、きっと。性格も良い。乃安さんの言葉も気がついたら聞き流して、そんな想像をしていた。


「ちゃんと聞いてる?」

「聞いてますよ」


 嘘だ。でも、本当だ。

 聞き流してはいても、俺だって男子高校生だ。内容は頭に入ってなくても、その声で紡がれた言葉は耳に入っている。

 要するに、聞いてはいる。理解はしていない。だから、嘘は吐いていない。


「うん、なるほど。オーケーオーケー。わかった。じゃあ、もう一回説明したげる」


 優しいお姉さん家庭教師は、何でもお見通しのようだ。




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