エピローグ 冬の海。夏の雪
月が出ていた。そんなに時間は経っていないはずだけど、体は冷え切っていた。
「……ありがとう、マイ……」
いろんな言葉が浮かんできたけど、心から溢れ出てきた言葉はそれだった。
息を吸い込む。冬の匂いと海の匂いがした。
冷えた空気の匂いと、生き物の匂いだ。
月明かりに照らされた海は、とても優しく受け入れてくれるように見えた。
背を向ける。いつまでもここにはいられない。帰ろう。
「マイ、ありがとう。大好きだ」
「乗せて行っていただけるのはありがたいのですが。お二人もお墓参りですか?」
「はい。私たちも。相馬君のお母様が眠っていらっしゃるので。確認ですけど、明日は一緒に帰って清明さんのお母様にもお参りするのですよね」
「……はい。いつまでも逃げ続けるのは、良くないと思いますので」
春になってようやく俺は、弥助さんの仏壇に手を合わせることができるようになった。目を逸らし続けて、ようやく。マイのお墓にも、お参りする勇気が出た。
時間が解決することも、あるのだと知った。
「この後はマイさんのお宅に?」
「はい。すいません。お願いします」
「良いですよ」
心を空っぽにして手を合わせて、そして目を開ける。
時間とか、マナーあるのかな。いや、良いや。マイなら許してくれそうな気がする。
「マイ、ここからも海は見えるんだね」
眼下に広がる海はとても優しく見えた。きっと今頃砂浜は盛り上がっているのだろう。思い切り息を吸い込む。線香の匂いの中に、潮の匂いが混じった。
マイの家は住宅街の中にあった。とても落ち着いた雰囲気の家だ。
「えっと、お母さん。お久しぶりです」
「はい、清明さん、いらっしゃい」
マイの家に訪れるのは初めてだ。一人で呼び鈴を鳴らすのは、結構勇気が必要だった。
「あの、これ。仏壇にもお願いします」
「これは……ケーキですか?」
「はい。ようやく美味しく作れるようになったので」
昨日になって、ようやく納得のいく味ができたのだ。だから、持って来た。
「ありがとうございます」
そして、もう一つ、マイの仏壇に供える。
「スノードームですか。綺麗ですね」
今日、こうしてマイの所に行こうと思った時、作ろうと思い立った。夏に贈るのは変だろうか。
でも、マイは雪が好きだって言っていたから、喜んでくれる気がする。
「マイ、とりあえず、前を向いているよ、俺」
「そう、良かった。泣くなとは言ったけど、本当に守ってくれるとは思わなかったよ」
「何だよ、それ。まぁ、頑張ったよ」
「ふふっ、あんまり早く来ないでね」
「うん。それじゃあ、また来るよ。また何か作ってくるから」
「ありがとう」
今日は俺が夕食を担当する。乃安さんは休みだ。地元の友達が遊びに来ているらしい。
自分に任せてもらえる日が来るとは思わなかった。
「よし」
あまり頼りたくないけど、陽菜さんもいる。相馬さんも接客は手伝うらしい。
気がつけば、この旅館を手伝って、学校に行って、また旅館を手伝う。そんな日常に馴染んでいた。
でも、俺の中にマイはいる。マイは、ちゃんといる。
はい。ありがとうございました。以上を持ちまして、「冬の海。夏の雪」完結させていただきます。評価、感想、レビュー、良いと思ったらお願いします。では、また次の作品で。