第8話 ヒーローの誓い
ルナと俺は白い壁に絵やロウソクのかかった廊下を歩いていた。流石お城というだけあって、歩けば歩くほどメイドさんや男の使用人が目に入る。しかしそいつらは全員「黒の服」ではない「水色の服」を身につけていた。
「ここのメイドさんってよ、独特なメイド服着てるんだな」
「あら、タカヤにはアレが独特に見えますの?」
「そりゃお前、メイド服って大体黒だろ」
「でしたらそれはタカヤの世界の常識ですわ。わたくしたちの世界では、むしろ黒いメイド服は珍しいですの」
「なんでだよ?」
「黒は闇の象徴みたいなものでして」
「ああ、なるほど……」
俺は一瞬気まずい思いを抱いた。だがそこでもう1つ疑問が浮かんで、俺はルナにそれを尋ねてみた。
「ならなんで、ミーナは黒のメイド服なんだ?」
「わたくしへの友情の印、とわたくしは解釈してますわ」
「へぇ。アレにそんな意味があったんだな……」
俺は粋なことをするミーナに感心した。
そしてしばらく歩いていると、中庭からなにやら気合いの入った声が聞こえた。
「タァ!」
「テヤッ!」
皮の鎧を着た男たち。訓練中だろうか。俺が「あいつら何?」とルナに尋ねると、彼女は「騎士団ですわ」と答えた。
「騎士団?」
「ええ。この国や町が危うくなった時に活躍する、防衛の要ですわ」
「へぇ。人を守る人たち、か。なんかかっこいいな」
「……そうかしら。わたくしにとって彼らは守ってくれる存在ではありませんから、なんとも言えませんわ」
「ああ、そう、なのか……。そんなところまで……」
「まあ仕方ありませんわ。わたくしの見ているこの世界は、醜いですから。……わたくしの騎士はミーナだけですわ」
ルナの顔は悲し気だった。俺はまたルナを傷付けたと思って、無理に笑顔を作り出す。
「え、えっとよ。俺は、騎士じゃないのか?」
「タカヤは、何かが違いますわ。わたくしを守る騎士ではなく、なんと言いますか……昔読んだ絵本の主人公と言いますか」
「なんじゃそりゃ?」
「なんでもいいですわ。とにかくタカヤは騎士とは違うんですの」
ルナはそう言って俺を後ろに急ぎ足になった。俺はちょっとだけ様子の変わった彼女に疑問を抱きながらその背中を追いかけた。
と、ルナが通路の角を曲がろうとした瞬間。彼女は「キャッ!」と言って尻餅をついた。誰かにぶつかったようだ。
「おいおい、大丈夫か?」
俺はそう言ってルナに近寄る。すると角から、ヌッと誰かが現れた。
白の綺麗なドレスを身につけた、小さなつぼみのような赤髪の女。着ている服からこの城の姫であることがすぐにわかった。
「気をつけるのじゃ、姉さま。わらわの服が汚れたらどうするつもりじゃ」
「ガーネット……!」
ガーネット。それがこの女の名前らしい。俺は尻もちをつきっぱなしのルナの手を取り立たせ、彼女の前に出る。
「おやまあ、そなたはルナに心酔している例の客人ではないか」
「だったらなんだよ」
俺は即座に警戒態勢を取る。と、ガーネットは「まあまあそう気を立てるでない」と言ってふふふ、と笑った。
「それにしてもそなた。なんで姉さまに仕えるのじゃ?」
「どういうことだよ?」
「単純に気になったのじゃ。姉さまは生まれつき敗北が決定しているようなもの。貴族として生きていけることはおろか、庶民としての生活もどうなるかわからない存在じゃ。成り上がる事を考えるのなら明らかな悪手と言える」
俺は目の前の女から警戒を逸らさなかった。なおもガーネットは続ける。
「そなたは成り上がりを考えている節がある。わらわらが母さまと玉座の間に行った時、そのような気を感じたからの。なのにその手を取るとは――自分でもおろかとは思わぬか?」
「悪いけど俺はバカなんでね。単刀直入に言えよ。てめぇはその話をして俺に何を聞きたい?」
「ならば、本題に入らせてもらうのじゃ。――そなたの噂は聞いておる。空を飛び、剣を触れずとも折り、人攫いを拳一つで吹き飛ばしたそうではないか。それほどの力、姉さまごときに使うのは社会にとっても、そなたにとっても良くない。どうじゃ? わらわのために使わぬか? その莫大な力を」
やっぱりこう来たか――俺の頭にそう言葉が駆け抜けた途端、反射的に口に出していた。
「断る!」
「……バカな選択肢を選ぶのじゃな。なぜここまで聞いてそなたはそう、断言する?」
「んなもん簡単だ」
俺はそう言って、後ろのルナを親指で指した。
「ルナの方がタイプだ。俺はお前みたいなブスよかかわいい美少女を選ぶぜ」
俺の物言いに、ガーネットは眉間にしわを寄せた。
「そなた。今何を言ったか、自覚しておるのか?」
「淑女ぶった下衆女に仕えるくれーならクソみたいな地位のレディーの足を舐めさせてもらうって言ったんだよ」
「……ふ、ふふふ。そなた、教育は受けたのか? 姉さまの騎士を名乗るには野蛮じゃぞ」
「安心しろよ、騎士の立場は埋まってる。俺は騎士になる気はねぇ」
俺はそう言うと息を一度吸って、ガーネットを睨んだ。
「俺はルナのヒーローだ。こいつが泣いてたら原因探してぶっ飛ばす、俺はそんなヒーローになる」
直後。ガーネットはピクピク頬を引きつらせ、
「ヒーロー? 何を幼稚なことを言っておるのじゃ。白馬の王子にでもなったつもりか?」
「じゃあなってやるよ。守るだけじゃなく、どんなピンチも拳一つで救っちまう王子様によ」
そしてガーネットは俺を全力でバカにしたように笑い出した。
「これは傑作じゃ! 野蛮な顔のクセにキザなセリフを言いおって! 体が! 体が凍る!」
大声をあげて、実に楽しそうに。俺はガーネットを睨み続けた。
「……ふぅ。久々の大笑いじゃ。なんとも面白い人間じゃ。……じゃが。そなた、わらわの申し出を断ったということは覚えておけよ」
ガーネットは怒気を孕んだ顔を前面に出して、そのままとことことどこかへ去ってしまった。
俺はそれを見て警戒を解き、後ろに立つルナに振り向いた。
「すまねーな。ちょっとばかしイラっとさせたか?」
俺が笑ってルナを見た時、彼女は少し顔を赤くしていた。
「どした?」
「べ、別にこれは照れなどではありませんわ! ひ、ヒーローとか王子様とか、わたくし憧れてませんから! カッコいいとか思ってませんから! これは、そう! ただ陽射しの暑さにやられただけですの、だから勘違いしないで欲しいですわ!」
俺はルナの慌てふためく様子を見てわかった。こいつ、意外とツンデレタイプだ。
俺はニヤリと笑ってみせた。もう一押し。
「まあ憧れとか知らねーけどよ。俺はお前のヒーローになる、これはもう俺が決めたからな」
「下心見えてますの! 顔がいやらしく笑ってますのー!」
しまった、ルナはそういうところ敏感なんだった。俺は墓穴を全力で掘ったことを後悔した。
「とにかく! もしもピンチになったら、俺の名を叫べ! 心の中で、全力で! そうすりゃ助けに来てやる! 絶対にだ!」
「まだ下心丸出しですわ! わたくしに好かれたいならそういうのを排除してから言うですの!」
「う、ぐぐ……」
だって仕方ないじゃん。男の子なんだし。俺はルナから顔を背けた。
と、彼女は、「まあ……」とつぶやいて、俺に少し赤い顔を向けた。
「た、頼りにはしますの」
それを聞いて俺は、ルナからの確かな好意を感じた。恋愛感情とはまた違うけど、それは単純な「信頼」を超えたもの。それは彼女の雰囲気からビリビリ伝わって、やっぱり、思考を読む必要なんてなかった。
「い、言っときますけど! 頼りにするのはその枠が空いてたからですの! だからたまたまですから! そこを勘違いしないで欲しいですわ!」
「わーったわーった。先着1名にねじ込めたのが俺だったわけだろ? じゃそれで良いって」
俺はそう言ってルナの金髪を撫でる。さらさらして、本当に女の子って感じだ。
「撫でないで欲しいですのー……」
ルナは恥ずかしそうに呟いて、俺と目を合わせようとしなかった。
そして城を案内してもらっている最中。彼女は終始、声がどこか上ずっていた。