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第6話 俺の名は……

 通貨の単位は「ゲル」で、紙幣と硬貨があること。魔物と他の生物の違いは「魔王」なるモノに操られる可能性があるかないか。人法と魔法を比べたら、魔法の方が強いこと。俺はミーナたちからこの世界の常識をいくつも教えられ、それを頭に叩き込んだ。これから先はこの世界で暮らすのだから当然と言える。


 俺はルナの部屋からつながる小さなベランダで、空に浮かぶ2つの月を見ていた。俺の常識では月は1つのため、俺にはそれが物珍しかったのだ。

 夜の空気は少しひんやりとしている。だが身を割るような寒さではなく、少し張りが出そうな気持ちのいい寒さ。日本と違って空気は美味しく、空の星はいくつもいくつも見えた。


「隣、いいかしら?」


 と、俺は突然の声に少し驚く。後ろを見たら、そこにはルナがいた。黒いドレスのスカートを上品に少し上げ、ダンスにでも誘っているみたいだ。


「別にいいぞ」

「感謝しますわ」


 そしてルナは俺の隣に来て、満天の星空を眺め出した。ベランダが小さいから彼女と密着せざるを得ない、俺は女の子の香りに少しドキドキしながら平静を装った。


「どうしたんだ、お前? 俺に惚れでもしたか?」

「バカなこと言わないでですわ。あなたみたいな下心人間に惚れるくらいなら、猿と仲良く町中デートを楽しみますわ」

「俺は猿以下かよ。あーあ、早く人間になりたいなー」


 俺は内心のわずかな傷をそう声を上げることでごまかした。しかしルナは追撃をかける。


「申し訳ないけど、あまり大声を出さないで欲しいですわ。あなたの声は頭に響きますわ」

「それはルナ、お前が俺の声を選んで印象に残してるんだよ。カクテルパーティー効果って奴なんだよ」

「……お願いですから、その態度をやめて欲しいですわ。わたくしは……真剣なお話をしに来たのですから」


 突然、ルナの声がマジなトーンになる。俺はそんな彼女から何かの覚悟を感じて、どこまでも真面目な気持ちになっていく。


「真面目な話……聞かせてくれねーか?」

「そうですわね。……その話に入る前に、さっきの続きを始めますわ。子どもさえ知っている、当たり前の話を」


 ルナの声は、なぜか若干震えていた。俺は彼女の本気さに応えるため、ただジッと、黙って話を聞いていた。


「神法には6つの属性がありますわ。その内の、闇属性にまつわるお話。……この属性は、とてつもないほどに扱い辛いのですわ。だから他の属性に比べると発展が極めて遅く、この属性には“劣等生”のようなレッテルを貼られましたわ。『この属性は劣っている、人の中にあるだけ害だ』と」


 俺は、雲行きが怪しくなるその話をジッと聞く。


「そんな『無能は死ね』という風潮が闇属性に対してのみ蔓延したある時代。その時に、闇属性の人々は他の者たちに大量に虐殺されましたの。……まったくもって酷い話ですわ」

「ああ。本当に、そうだな」

「そして時は流れて、今では法律が属性の差別を撤廃して、法の下では属性は平等になりましたの。……法の下では、ですがね」

「……世間はまだ認めてないってことか」

「ええ。世界の人々はまだ、闇属性を認めていない方がほとんどですわ。だから『闇属性』はもとより、『闇属性の人と友達の人』も、属性に関わらず疎まれる。そんなことも珍しくありませんわ」

「なるほどな。そうすると、闇の奴と友達になりてーと思う奴は減り、ますます差別は浸透する。そりゃ誰だって自分が一番かわいいからなぁ」


 俺がルナの話にコメントを残すと。彼女は突然、黙り込んでしまった。苦しそうに顔を歪めて、石のフェンスをギリギリと握りしめる。俺は少し彼女の様子を心配した。

 と、彼女は決心したように顔を上げた。なぜか俺の方はまったく向かないで、今までよりも声を震わせて。


「わたくしの属性。聞いてましたよね?」

「お? ああ、質問した……けど……」


 俺の頭に、流れが浮かんだ。体を震わせるルナの口から何が飛び出すのか、それが大方予想ができてしまった。


「――わたくしの属性は……闇属性ですの」


 俺は彼女を見つめていた。空を見上げて、どこか喉を震わせて。そんな彼女を、ただずっと。


「5歳になりますと、わたくしたちの属性がわかるようになりますの。……その時に、わたくしが闇だと家族に知られましたわ。それからわたくしは、家族に酷い扱いを受けるようになりましたの。暴力や無意味な仕事を押し付けられる、彼女らの戯れに死にかけたこともありましたわ」


 ルナの声は、少しして淡々としていた。何も感じていないのではなく、その気持ちから自分を防御するために。俺は、彼女の言葉が悲しくなった。


「一部理解のある店でしかわたくしは買い物をできない。そこでもわたくしはミーナに買い物を頼まないといけない。だからと言って家に1人でいれば、家族からのいじめに遭ってしまいますわ。こんな生活を、もう11年ほど。……わたくしの友人は、ミーナただ1人。これまでの人生で他の人と関わってきた記憶がもうありませんわ」


 同じだ。同じだった。俺も、誰かと関わった記憶がもうない。孤独で、寂しい人生だ。俺はルナと自分を、どこかで重ねていた。


「わたくしの見ている世界は、どこまでも醜い。そう、思ってますわ。たかだか闇属性だというだけで遠ざけられて、たかだかこの属性だからというだけで非難されて。こんな力、いっそなかったら。何度そう思ったかわかりませんわ」


 ルナの冷静な声はひどく頭に残った。ただの過去のお話、俺はそれに怒りとも取れない不思議な感覚を、全身に感じていた。それをずっと味わっていた俺は、


「――そう、だよな」


 我慢できずに、声を出していた。


「自分の力が、滅茶苦茶憎い。そう、思っちまうよな。いっそこんな力ない方が幸せに生きられたって、叶えられない願いを――抱いちまうよなぁ」


 俺の気分は沈んでいた。隣のルナが、驚いたように覗き込んでくる。


「――最後の質問をしたかったのに、口を挟まれましたわ」

「それは悪かった。それで、質問ってなんだ?」

「いえ。もう、必要なくなりましたわ」


 俺は彼女の口ぶりが不思議で、思わずルナの方を向いた。

 ルナは、かわいらしく笑っていた。


「あなたは、わたくしに歩み寄ってくれる人。それがわかった、それでもう十分ですわ」


 俺は、自分でも驚くくらい優しく笑っていた。なんでそんなんになったか考えたら、彼女の顔がそうさせたんだという結論になった。

 そして俺は、少し自分の話がしたくなった。だから空を見上げながら、柔らかい声を出していった。


「俺の話もよ。聞いてくれよ」


 ルナはそれを真剣に聞いてくれた。俺の力のこと、それが原因で親からも嫌われたこと。親と話した記憶さえなくなったこと、周囲からのいじめのこと。そして俺は全てを話して、こう、締めくくった。


「俺の力は――俺を傷付ける力だ。こんなもんなけりゃ、友達もいて、親とも仲良くできて、普通に遊んで。そう考えなかったことがなかったくらいさ」

「そう、でしたの。――でも、突飛な話ですわね。あなたの力はこの世界にもないですわ。それだと異世界から来たが真実にも思えてきますわ」

「だから、真実なんだよ。まあ、あいにく俺の世界にもない力だけど」

「なるほどですわ。なんてことありませんわね、あなたとわたくし。どちらも似た者同士だったと」

「そういうことだな」


 俺は笑って答えて見せた。すると、ルナは突然口を結んで。何やら言い出せそうにない言葉がある雰囲気だった。


「なんだ? 言いたいことあるなら言ってみろよ」

「いえ、その……失礼ですけど、あなたの名前。もう一度教えてくれないかしら?」

「ちょ、まさか忘れてたのか!? ひでーよ、俺はお前らの名前しっかり覚えてんのに!」

「だ、だって! 覚える価値の無い名前は覚えないようしてますから……」

「うわ、断言しちまったよ! 俺覚える価値無いって判断されてたの? 傷付くわー……」

「そ、それを言われると言い返せませんけど……でも、今は違いますわ」


 ルナはそう言って、微笑んだ。


「あなたの名前。死んでも、覚えておきたいって。今はそう、思えてますの」


 俺はその言葉で傷心が全部吹き飛んだ。しっかり笑って、俺はルナの顔を真っ直ぐ見て、力強く。


「俺の名は、三浦隆也(みうらたかや)だ!」

「ミウラタカヤ、ですわね。……長いですわね。これからはタカヤって呼ばせてもらいますの」


 そう言うとルナは、俺に手を差し出した。


「良き友人として。これからよろしくですわ、タカヤ」

「……おう! こっちこそな、ルナ!」


 俺はそれを取って、力強く握った。


【技術解説】

□伏線

今回も出てきたな。ルナの「申し訳ないけど、あまり大声を出さないで欲しいですわ。あなたの声は頭に響きますわ」というセリフや、「わたくしの見ている世界は、どこまでも醜い。」、そして隆也の「俺の力は――俺を傷付ける力だ。」も該当。

また、かなり気を使ったことに「ルナが隆也の名前を覚えていない」がある。実際、この前の話は(ミスがなければ)ルナが隆也を名前で呼んだことはないはず。ちなみにこんな感じの事をした話の例は名作漫画「寄生○」がある。知っている人は知っているネタかな?

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