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第21話 エピローグ〜とある少年の英雄談〜

 息が上がる、沈んだ王妃をジッと見つめる。俺は1つ、大きな問題を解決した事を実感すると、空を飛ぶ飛行船を見つめた。


 ――まだ奴らが残っている。俺はこれから下りてくるであろう組織の人間を予見して、ジッと警戒を解かずに待っていた。

 しかし、しばらくの沈黙が流れて。飛行船は、特に何もせずにそっぽを向いて進み出し。バチン、と何かが弾ける音がしたかと思ったら、次にはこの屋上を包むようにドーム状の光が現れ、飛行船はそのまま遠く、遠くへと去っていった。

 ガーネットが言っていた結界。それを解いた、ということだろう。俺は改めて、今回事件に関わった組織の大きさを実感した。


 だが――これで、一件落着だ。俺はふぅ、と大きく息を吐いて、警戒を一気に緩めた。


「な、なんとかなった……」


 しばらく、呼吸を整えて。俺は次に、ルナとミーナを捕らえた檻を見つめた。


 ――あんな場所に、閉じ込められて。怖かっただろうな。俺は彼女たちが無事であることに安堵しながら、檻に手をかざし、念力を発動させた。

 パキン、そんな音を立てて、2つの檻が壊れる。同時に、ルナが完全に倒れてしまっているミーナへと駆け、そのボロボロな体に触れおろおろと不安がった。


「待ってな、ルナ。今、助ける」


 俺は2人に近付いて。ルナが心配そうに俺を見る。俺はなんとか笑って見せて、そしてかがみ。右手に意識を込め、そして、しばらく後に淡く緑に光らせた。

 ミーナの体へ触れて、傷を癒していく。彼女が綺麗になるのを見届けると、俺はそのまま頭をぐらりとさせて、後ろへぺたりと座り込んでしまった。


「……あー、疲れた。ったく、マジで怖かったぜ」

「あ……ありがとう、ですの。……本当によく、来てくれました」

「気にすんな。これはおまえらへの罪滅ぼしだ。俺はお前らを、見捨てようとしたんだからよ」


 俺はそのまま寝転がり、空を見上げた。暗い、夜の景色。星々は綺麗で、月は輝き、明るかった。俺ははぁ、とため息をついて顔を引き締めさせて。


「――本当に、悪かった。俺、お前らには何度謝っても足りねーよ。……見損なったよな」


 俺は、ぼうっとしながら尋ねて。しばらく答えは返ってこなくて、それが妙に不安で不安で。俺はルナの言葉を、ただ聞こうとしていた。

 と、ルナは。


「――ええ。見損ないましたわ、タカヤ」


 静かに、震えて声を出した。


「ミーナを1人でここに来させたこと。わたくし、あの時タカヤにひどく憤って。……ですが。タカヤは結局、来てくれました。怖い、怖いと言いながら、わたくしたちを助けに来てくれました。

 本当に最低で――そして、大バカ者ですわ」


 ルナは、顔を引きつらせて笑おうとしていた。心なんか、読まなくてもわかる。この言葉は真実だ、ルナは俺に怒っている。だが、それ以上に。

 ルナが、俺をまだ好きでいてくれている。それだけ知れば、十分だ。


「ああ、ルナ。ちょっと、いいか?」

「――なんですの?」

「いや、変な話だけどよ。これからはさ、俺とお前とミーナ。3人で、暮らさないか? こんなふざけた城の中なんかじゃなく、町で、自立して、しっかりと」


 ルナは、俺の言葉に驚いて目を丸くしていた。


「――わたくしも、そう、何度も思いました。でも、わたくしの属性は闇。こんな力持っていたら、わたくしはたとえミーナといても暮らしていけない。わたくしは、ミーナとわたくしのために。ここで暮らすことしか、できませんわ」


 ルナはしゅんと顔を下げた。だから俺は、顔を笑わせて。


「なら、俺がそんなの変えてやるよ」


 自然と口に出していた。


「お前がここで暮らすことしかできないって、そんな望まない選択をしようって言うんなら。俺が全力で、お前をこんな城から出してやる。こんな中に囚われたお前を連れ出して、逃げてやる。そして俺がお前を全力で守ってやる。だから、どうだ? 俺と一緒に、もう一度。新しい人生を、始めようぜ?」


 俺は笑いながら、体を起こして彼女の顔をさらっと撫でた。白くて、(つや)やかで、上品な肌。金髪をそっと触ると、サラサラとしていて。そうしていると、彼女は涙をこぼして、こぼして、こぼして。


「わたくしを、連れ出してくれるのですか?」


 俺はその問いに「当たり前だ」と答えた。彼女は「うぅ……」と嗚咽すると、しばらく口を押さえていて。そして、


「はい。わたくしを連れて、一緒に、生きてください」


 朗らかに、笑った。


◇ ◇ ◇ ◇


 太陽はカンカンと町を照らす、鳥たちが元気に空を飛び交う。ルナはとある店の2階で服を縫っていた。

 ちくちく、ちくちく。慣れた手つきで針を入れていく。下からは何やらがやがや声が聞こえる。どうやら繁盛しているようだ、ここの店長もきっと大喜びに違いない。


 と、そんな糸の張った部屋の中に。


「ルナー! 素材、貰ってきたぞ〜!」


 タカヤの声が、響いた。


「ありがとうですの、タカヤ。それは部屋の棚にでも置いておいてですわ」


 ルナが指示すると、タカヤは「おう!」と言って円くまとめた布をいくつも浮かせ持ち運ぶ。


 あの日から、早5日。ルナとミーナ、そしてタカヤは、城から出て行き町で新しく生活を始めようとしていた。そんな時、ルナの趣味であり特技でもある裁縫を買って3人を雇ったのが、今働いているこの服屋。

 前々から「闇属性」に理解があった店長だったため、ルナたちは割とすんなり仕事をすることができた。ただし、お客さんとなると偏見を持つ人が多いため、「ルナは服を作ることに従事して、表に出ない」と条件を付けられた。それでもルナにとってこの環境は最高のものだった。


 タカヤはあの後、力を使いなんだかんだで雑用をしている。ミーナに比べると雑用業務は下の下だが、超能力を利用して時折今のように荷物を運んでくる。


 と、ルナは針を刺しながらふと、思い出した。


「思い出しましたわ、布が一部足りなくなっているのですわ」

「えぇ〜! そういうのはもっと早く言ってくれよぉ。メンドーじゃねーかー」

「ごめんなさいですわ。ではタカヤ、メモを今書きますのでそれを買ってきてくれないかしら?」


 そう言うとルナは返事も待たぬうちにメモを書いてタカヤに渡した。彼は「俺の意見はガン無視か」とつぶやきながら、それを受け取ろうと手を伸ばし。

 ピタリ、指がルナの手に当たった。


「あ……」


 一瞬、ルナがぽっと声を出す。タカヤは頭に疑問符を浮かべて、「どうした?」と問いかけた。


「な、なんでもありませんわ。ホラ、さっさと行ってですの」

「……まあ、わーったわ。んじゃ、ひとっ飛び行ってくるぜ!」


 タカヤはそう言った直後、器用に念力を使い窓を開け、そこから飛び出して空へと舞い上がった。下から店長の叱る声が聞こえる。窓から出るな、もう見慣れた光景だ。


 と、ルナは。さっきタカヤと触れたその手を、ジッと見つめて。


「……ふぅ」


 顔を少し赤くして、ため息をついた。と、直後。


「ルナ。顔に気持ちが出ているわ」


 ミーナの声が、聞こえた。ドアを思わず見てみると、そこにはじっとりとしたミーナの視線。ルナは顔を沸騰させながら、手をブンブンと大きく振った。


「べ、べべべべつにそんな気は起こしてませんわ! わたくしは、タカヤとはあくまで友人として……」

「あの日からルナの態度は変わりすぎよ。そんなにかっこよかった? タカヤが」


 ミーナはすっかり敬語を抜いて、完全にタカヤやルナと同じ目線に立っていた。

 ルナはミーナの言葉にあの時を思い出した。タカヤの真剣な目が、顔が、体が。どれを取っても輝いていて、ルナはその度体が熱くなる妙な想いを抱いていた。


 わかっている、この気持ちの正体を。でも、それを認めてしまうのはすごく恥ずかしくて。だからルナは、しゅぅ、とうつむくことしかできなかった。

 と――


「ルナ。言っておくけど、いくら大親友だからと言って、私はタカヤを渡す気は無いからね」

「んなっ……! ちょ、何を言ってるんですの!? ミーナもタカヤを……」

「『も』か。そうよ、私はタカヤが大好き。彼が私の役を背負ってくれたから、私は今こうして、ルナと対等に話せている。本当に、タカヤには感謝ばかりだわ」


 そう、ミーナが言った時。ルナは彼女と全く同じ気持ちを、抱いていた。


「ええ。タカヤは本当に、すごい人ですわ。誰かのために命を張って、そして救い出して。わたくしたちには、彼が本当にキラキラしてますわ。今でもハーレムを望んでいる節があるのが玉に瑕ですが」

「きっとそれも彼の本心なのよ。でも、以前よりかは露骨じゃなくなったわ。どこかどうでもいいと思っているような、そんな感じだったわね」

「ええ。何かが、変わったのですわ。きっと」


 ルナは微笑むと、机に針と布を置いて、彼が飛び出した窓まで歩き、空を見た。


「魔の城から、お姫様を助け出した王子様。……本当に、むず痒くなることですわね」

「……確かに。子供の妄想かっていうような、変なお話。でも、私はそんなの気にならない。私にとって、彼は……」

「ええ。わたくしにとっても、タカヤは……」


 ――絶望を書き換えるヒーロー。2人は同時にそう、声を出していた。


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