第20話 俺の力は!
石造りの床、空に広がる黒い景色。俺はこの城の屋上で、王妃と睨み合っていた。
奴の後ろに見えるのは、茶色の大きな飛行船。俺はそのめちゃくちゃな情景に固唾を飲み、歯を食いしばった。
「あなた。さっきは逃げ出したと聞きましたが。そんな恐れを抱いたままわたくしに勝てるとお思いで?」
「……どういうことだ?」
「単純な話。恐れは身の収縮を生み、動きを固くする。それでもわたくしに勝てると?」
「はっはっは。そーだな、お前の言う通りだ。怖いまま戦っちゃ、体なんざ動かねーよな」
俺は手足をぶらぶら動かして。
「でもよ……」
準備を整え、敵を見据えた。
「怖いって気持ちは中にあるけどよ。それでも俺はてめぇをぶん殴りてーんだよ。怖かろうが関係ねー、テメェがあいつらを泣かせたんなら俺はそれをぶん殴る。……その思いの方が強いってだけだ」
「あらあら、なんとも格好の良い発言ですね。……ですが、無謀という言葉を覚えた方がいいですわよ」
直後。王妃の後ろの兵隊たちが俺へと飛んできた。俺は反射的に構え、敵の振る剣を身をかがめて避け前に駆けた。狙いは王妃、俺は右手の力を抜き、そして奴の目前にまで迫り空を切るようなパンチを繰り出した。
瞬間、王妃の目前に氷の壁が現れた。俺のパンチはそれにあたり、鈍い音とともに俺の拳に痛みが走った。
少し切れ、赤が見える。念力で吹き飛ばすイメージを持っていてもこれだった、つまりやはり今は力を封じられている。俺は苦々しく「ッチィ!」と舌打ちしてサッと横へと駆け抜けた。
後ろを氷の兵たちが追う。レイピアのようなしなる剣を構え、いつでも俺を切る気でいる。俺は大きく迂回するように駆け、兵はそれを追い内側を攻めるように俺に飛んでくる。あっという間に追いつかれる、そんなことは予想通り!
俺はサッと兵を見て、対峙する。向かってくる、剣を構えてくる。俺はそこに駆け、そして大きくスライディング。足元をすり抜けて、俺はダンと立ち上がる。
「うおおおお!!」
俺は気付けば叫びながら、屋上を回るように王妃に攻めていた。拳を軽く握り、あの顔を、あの憎い面を、叩き折るため。
目の前に俺が迫った直後、王妃はニッと笑った。直後、奴の足元から氷の柱が飛び出して、それが俺の腹へとぶつかった。
「ッガハ……!」
伸びる、伸びる柱。俺はそれに押し上げられて、そのまま宙に浮かされてしまった。
バン、地面に背から落ちる。肺が、圧迫される。空気が押し出る、声が出ない。
「カハッ、ゲホ、ゲホ」
咳が飛び出して、俺は震えて、上体をゆっくり起き上がらせて。歪んだ顔で奴を睨もうとしたが、次の瞬間、俺の足に冷たい感触が走った。
足に、氷がまとっている。王妃の足から氷の筋が出てきていて、それがまとう氷と繋がっている。動かせない、完全に捉えられた!
と、俺の目の前に。兵たち2体が、剣を構えたたずんだ。俺は刻々と迫るその瞬間に、顔を大きくしかめて。
「まあまあ頑張ったのではないでしょうか。花丸をあげましょう」
王妃がそう言ったのを聞いて。次いで、「死ね」とコールが聞こえて。兵たちが、剣を俺に振り下ろす。
時間が遅くなる、目の前の景色がゆっくりになる。走馬灯は、見えなかった。ただ代わりに、己の無力さが頭に響いて、響いて。ルナもミーナも助けられず、このまま死ぬ。俺はそれに筋肉が強張って、
「ッチクショオ!」
咄嗟に、手を前へと突き出した。
直後。俺の目の前に、巨大な炎が現れた。
「なっ……!」
その声は俺と、王妃2人のもの。驚いて目を見開いている間、一瞬で兵たちは溶け出して。熱の余波が足の氷も溶かし、俺の体は自由になった。
俺は即座に立って飛び退き、何があったのかを確認する。
兵たち2体に、直接火が灯った。間違いない、念発火の力だ。だが、能力は封印されているはず。なぜ……?
「そんな、まさか……!」
王妃が爪を噛みながら声を出す。水晶を取り出し光らせて、俺の力を封印する。しかし俺は、なぜか反射的に、敵にテレパシーを使っていた。
≪まさか、封印を回避する方法がバレた!?≫
そしてなぜか、封印されたのに敵の思考は読み取れた。
待てよ、待てよ。今確かに水晶を使った。能力は禁じられたはず、なのになぜ兵は燃え、思考を読めたんだ? その答えは、一瞬の閃きで生まれた。
「そうか、力を切り替えれば防げることだったのか……! 最初は念力、今はまた別の力。お前がそれで防げる能力は、『現在使っている力のみ』だったんだ! なら、別の力へ切り替えたら、お前はそれを防げなくなるんだ!」
俺は王妃に言い放つ。王妃が衝撃を受けたように、俺の言葉にのけぞった。奴の顔はさらに歪み、怒りを露わにしていた。
「だからなんですの? 貴様の能力なんぞ使われたって、わたくしの人法は負けを知りません……!」
そして王妃は、後ろにまた兵を2体、そして左手を大きく掲げて巨大な剣を作り出した。天を貫く大長身、空気も切り裂く鋭い刃。俺はそれを、不安なく睨んだ。
瞬間、剣が、振り下ろされた。
「ハハハハハ、これだけの剣! いくら強い力でも防ぎようが……!」
俺は降ってくるそれを、右手を軽くかざして砕いた。氷の粒子が空気に消える、奴の驚く顔が視界に入る。
「……なめんじゃねーよ。てめぇのボロい剣なんざ、右手一本で余裕なんだよ」
俺は奴を、睨み。
「俺の強さを、なめんじゃねーよ!」
そう叫び、前に一歩踏み出した。王妃が「ひっ!」とおののき、指を俺へと向ける。
「お、お前たち! 行け! 行け!」
兵たちが飛び、俺へと突っ込む。俺は剣を振りかざすそれを、右手を軽くかざして砕いた。
王妃の顔が恐怖に染まる。奴は「ひ、ひぃ!」と叫び手を大きく振り回す。
氷のナイフが、俺へと飛ぶ。いくつもいくつも雨あられのように飛ぶそれを、俺は右手を軽くかざして砕いた。
王妃が手を振る、氷が飛ぶ、巨大な塊が襲う、剣が来る、果てしなく大きな槍が突進する。しかし俺は、その全てを、右手をかざして、いなし、砕き、弾けさせ、それでも歩みを止めなかった。
「う、うあぁ!」
王妃が水晶を取り、そこに意識を込めた。だが、水晶は何も起こらない。神通力、とかいうのが切れたのだろう。俺は焦る王妃を、足を震わす王妃を、睨み。足を、止めなかった。
王妃の息が、明らかに上がる。震えて、体は張り付けられて、王妃は。
「なんなんですか、一体……!」
俺は歩みを止めない。
「なんなんですか、あなたの、力は……!」
俺は頭に、今までの記憶を思い浮かべていた。
周りに疎まれ、怖がられ、よくわからないまま喧嘩を売られ、親と話した記憶もない。俺の力が俺を傷つけた、これまでを。
「俺の力は……」
そして。
「俺の、力は……!」
ルナとミーナと過ごした日々を。力を使い守り、理解し、理解され、何度も笑い、そして、楽しんだ、これまでの日々を。
そして、今、この瞬間を。俺は大きく目を見開いて、
「人を守る、力だ!」
地面を踏みしめ、強く跳んだ。念力が俺を飛ばす、王妃は俺が迫るその情景を、あっけらかんと見つめ。
俺は構えた拳を、その顔面に叩きつけた。王妃は石の床に沈み、そのままピクリともしなくなり、気絶した。




