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第18話 ヒーローの証

「んん……」


 空気が通り抜ける城の屋上。ルナはまどろむ意識をゆっくりと覚醒させながら、寝転がった体を起き上がらせた。

 直後、彼女の目に映ったのは鉄格子。体はロープで縛られて、周りを鉄の仕切りで囲まれて、自由というものが奪われていた。


「ちょ、これはどういうことですの……!?」


 小さな牢屋に囚われているようだ、だがこんなものをどうやって用意して自分を入れたのか。そんな風に考えていたら、「あら、目覚めましたの?」と聞き慣れた声が耳に入った。


 鉄格子の隙間から見ると、そこには人生で幾度となく自分に立ちふさがった人物がいた。


「お母様、これはいったい……!」

「あなたを売りさばく、それだけのことですわ」


 それを聞いてルナは投げ落とされるような衝撃を胸に感じた。


「ど、どういう……」

「あなたたちを買いたいという物好きな人たちがいましてね。ホラ、後ろの方に見えませんこと? 大きな空を飛ぶ乗り物が」


 ルナはそれを聞いて後ろを振り返る。と、そこには確かに巨大な船のような空飛ぶ乗り物が、威風堂々とたたずんでいた。


「あ、アレは一体……」

「わかりませんが、とんでもない技術を持っていることは確かですね。あなたの牢屋も彼らの技術によるもの。即席で牢屋を作ることのできる優れたアイテム……とのことですわね」

「ぐぐ……!」

「ちなみに、この屋上には結界が貼ってあり外からの浸入は不可です。4階からドアを通るしかここに入ることはできない。……これも、彼らの力ですわね。あなたに仕えるあの少年は空を飛んだらしいですからね、これくらいの対策は当然ですわ」


 つまり、「タカヤへの対策はバッチリしてある」。ルナは母の言葉の真意を読み取って、顔を苦々しく歪めた。と、彼女は1つ、気付く。


「2人、と言いましたわね。……ということは、わたくしともう1人は……おおよそミーナですわね。彼女は、まだここに来ていないのですの?」

「……捕まえるのに失敗しました」


 母の言葉を聞いてルナは、安心したように「そうですの」と微笑んだ。これでいい、ミーナは助かる。ルナはいつの間にか、自分が助かる道を諦めていた。

 これが最善。ミーナに危ない橋は渡って欲しくないし、いくら強くても対策を作られたというタカヤに関しても、こんなところに来て欲しくなかった。彼には、彼女には。これから先も、平和に、楽に、自分を忘れて生きていてほしい。そう、考えていた。


「でしたら、もう覚悟は決まりましたわ。……どこにでも連れて行くがいいですわ。2人が無事なら、わたくしはそれで……」

「まったく、話を聞かない子ですね。私は『あなたたちを買いたいという物好き』と言いましてよ? あのメイドを捕まえる手立てを、考えていないわけないじゃないですか」


 それを聞いてルナは、目を大きく見開いて。


「どういう……」

「あなたと彼女の友情は無二で至高の物ということです。

 ……と、どうやら来たみたいです」


 ルナがその言葉に、屋上に入るためのドアを見た。そこには、息を荒げ、ナイフを両手に持ったミーナの姿があった。


「み、ミーナ!」

「ルナ! 待っててください、今助けます!」


 ミーナがナイフを構えた。直後、王妃がニヤリと笑って。


「あなた、私に勝つ気でいますの? 私はこの城で一番の人法の使い手。万が一にでもあなたが勝てるとでも?」

「勝てるかどうかじゃありません。勝ちます」


 ミーナは威嚇するように目を鋭くさせ。ルナは彼女の様子を見て、叫んだ。


「ミーナ! ダメですわ、今すぐ逃げて! これは主君としての命令です!」

「残念ですがルナ、今私はメイドではありません。1人の、あなたの友人。だからあなたの命令に背こうが、私の自由です」


 ゆっくり、推し量るように王妃へ近づくミーナ。と、ルナは1つ、気になって。


「ミ、ミーナ! タカヤはどこへ!」

「…………。

 タカヤさまは、逃げ出しました。おそらく今の時間なら、もう町へ出ていることでしょう」


 ルナはそれを聞いて、2つ、矛盾した想いが生まれた。

 安堵と、嫌悪。彼は助かるという想いと、今、逃げ出さないで欲しかったという想い。ルナは目の前で今から起きるであろうことを、ただ見つめることしかできなかった。


 そして、しばらく沈黙が流れ。弾けるように、ミーナと王妃は同時に動き出した。


◇ ◇ ◇ ◇


『良き友人として。これからよろしくですわ』


 俺は深夜の町を無我夢中で走り続けていた。息は荒く、足取りはおぼつかない。前に、前に、倒れるように逃げ出していた。


『――タカヤさま。ありがとうございました!』


 頭に、声が響く。あいつらと話した、あの数日の声が。


『頼りにはしますの』

『あの時の言葉、すごく救いになったんですよ』

『あなたの名前。死んでも、覚えておきたいって。今はそう、思えてますの』

『タカヤさま。私、タカヤさまが――』


「あああああ!! うるせぇ、うるせぇ、うるせぇよ!」


 俺は耳を塞いで、目を閉じて、その言葉を打ち消して、打ち消して、打ち消していた。


「俺だって怖いんだよ! あのまま行ってたら死んでたかもしれねーじゃねーか! そんなの俺は嫌なんだよ! だいたいよ、俺は、俺は……」


 走って、叫んで、なぜか泣いて。直後、俺は何かにつまずいて、そのまま前のめりに転んでしまった。


「俺はよ、この力を使って、安全にかわいい子たちとハートフルな日常が送れるような、そんな生活を望んでいたんだよ。そうだよ、だったらべつに、いいじゃねーか。逃げ出したって。俺の未来は、俺の未来は……」


 言葉を言うたび、2人の顔が浮かぶ。


「あそこから見えた、俺の未来は……」


 2人の顔が、浮かんだ。2人の顔が、浮かんだ。だから、死んでもその先の言葉は言えなかった。代わりに、浮かんだ言葉は。


「――情け、ねぇ……」


 グッと歯を食いしばり、手に、力が込もった。


「あれだけ大見得切っといて、いざとなったら逃げ出して……。クソ、怖えよ。怖くて怖くて、どうしようもねぇよ……」


 気付けば震えていて、俺はヒクヒクと声を漏らしながら、右腕で浮かんだ涙を拭いていた。

 そして、俺は。目の前に映った、紋章に気が付いた。


 ルナが作ってくれた、白馬に乗った王子様をあしらった紋章。俺を認めてくれて、腕に付けてくれた「ヒーロー」の証。俺がそれを見て、思い出したことは。


『タカヤ』


 ルナの、声。足の先から何かが湧き上がってくる。


「……あいつは、俺を信頼してくれた……」


『タカヤ』


「でも、やっぱり怖い。怖い、怖い……」


 何度も思いを唱えると。次に浮かんだのは、ミーナの言葉。


『どうせバカなんだから、何も考えないで人と向き合えばいい』『私たちと真剣に向き合ってくれた時の、あの姿。何も考えず、本心で全てを語るあの姿。私は――あの姿を見るのが、本当に、大好きなんです』


 そうだ。ミーナはそう言っていた。本心で、行動してくれって。本心で動いて、そしたら俺はそれでいいって。


 俺は自分の胸に問いかけた。

 震えは止まらない。四肢末端は冷たくて、雪の中にいるようだ。冷や汗は体をつたっている。息もなぜか寒く、心地が悪い。だが、それ以上に。

 あいつらの笑顔が、もう一度見たかった。あいつらを助けてやりたい気持ちが、大きく、大きく、どうしようもなくなっていた。


『タカヤ!』

『タカヤさま!』


 ――あいつらの呼ぶ声が聞こえる。澄んでいて、純粋で、俺への好意を精一杯に表した声が。


 やがて俺は立ち上がり、そして来た道をゆっくり振り返って。


「……怖い、怖い、怖い」


 つぶやきながら駆け出した。


「怖い、怖い、怖い!」


 声は次第に大きく。走る歩幅は一歩を踏み出すたび大きく。念力でどんどんどんどん、走る勢いを上げていく。


「怖い! 怖い! 怖い!」


 そして俺は走りながら、湧き上がる胸の熱さを感じながら。


「――助けたい!」


 逃げるより速く、逃げた道を駆け抜けた。


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