第16話 期待と喜態
俺は空を浮かぶ飛行船を見て固まってしまっていた。恐ろしいほどに圧倒されるその巨体。俺は都会と言う現実世界でしか見たことが無いはずのその機械に何かがごちゃごちゃとしていた。
「み、ミーナ! アレはこの世界にあるのか!?」
「し、知りません! 何ですかあの、空を飛ぶ変な乗り物は!」
つまりこの世界にとってオーバーなテクノロジー。クソ、どういうことだ! 俺はわけのわからない事態にますます混乱を大きくして、同時に中に膨らむ何かを感じていた。
「ちくしょう、敵は予想以上にでかい奴らなんじゃねーのか……!」
「いずれにしてもあまりに事態が大きいです! やっぱり今すぐ……」
「落ち着けミーナ、冷静になれ! 情報を集めねーと……」
「そんなことしている間にルナがいなくなったらどうするんですか!」
ミーナがフーフーと息を吐いて興奮する。見て取れたのは、焦り。俺はなぜかそんな彼女の気持ちを感じ取って、その目をまっすぐに見られずに答えた。
「いろいろ足りねーんだ。相手はどんな力があるか、なんでお前らを狙うか、そんでもって――追ってこない所から考えてどっかへ逃げた。つまり、その居場所。この3つを明かさねーと、俺は戦いに行けない。敗色濃厚な戦闘は、バカのやることだからな」
俺がそういうと、ミーナは。息をふぅふぅと吐きながら何やら思考しだし、そして。
「王妃の力は簡単です。氷属性の人法、そしてタカヤさまの力を封じた謎の水晶。なんで私たちを狙うかは――後ろにつく存在の目的は不明です。しかし、何か大きな存在――おそらく組織であることは、間違いないです」
「狙う理由――そういや、お前らが町でさらわれそうになった時も2人に大金がかけられていた。つまりそんだけ代価を払ってでも成し遂げたいってこと……」
「どこにいるか、は私には見当が付きません。これは私たちの足で探さなければ……」
と、言うと。3階からまた爆発が聞こえて、それで周りの騒ぎがさらに大きく。悲鳴が響き多くが走り出す。俺たちの横を、屋敷の住人が通り過ぎていく。その中にはちらほらとこの城のお姫様がいた。
「マズいです、全員が避難を始めています。このままでは情報を得る手段が――!」
「ちくしょう、どうすりゃいい!」
「簡単じゃないですか! 走ります! 走って人の話を聞きます! 騎士たちなら大方の予想もつくでしょう! 彼らに聞くのです!」
そう言ってミーナは焦ったように駆け出して、一気に2階へと上がっていく。俺は「ミーナ!」と彼女を制止する声をあげてその後を追った。彼女は、止まらなかった。
そして2階まで上りきると、彼女はなぜか足を止めていた。俺はその様子に疑問を覚えたが、ミーナの隣に立った時それはすぐに解決された。
黒いローブの、人間。それも何人も何人もいた。俺とミーナは突然現れたそいつらに驚き硬直していたが、直後。
奴らは同時に手を掲げた。同時に炎や氷、尖った石が次々現れ、俺たちにそれを投げつけてきた。
「うわ!」
俺は焦って叫びをあげると同時に手の平をそれらに向ける。奴らの放った物体は空中で停止し、俺が手を握るとそれらは粉々になって消え去った。
「なんだこいつら!」
「おそらくあの飛ぶ物体の中にいた奴らです。いつの間にこんなにも侵入していた……!」
ミーナが吐き捨てた直後、敵がダッと駆け出した。ミーナがそれを見ると同時に同じく駆け、手にナイフを握りそれを相手に向かって振り回す。
敵の攻撃はうまくかわし、的確に体を切り裂いていく。と、敵の1人が手を向けミーナに炎を放つ。ミーナはそれを顔を横にそらして避け、同時に手の平を向け氷柱を放った。
「タカヤさま! 援護を頼みます!」
「お、おう!」
俺はそう言うと同時に敵の集団に意識を集中、手を大きく挙げて次にそれを全力で叩き落とした。
敵の集団は、一気に地面に沈んだ。ミーナをうまく避け念力を使用、倒れ伏した敵は全部立ち上がることさえできていなかった。
「このまま押し潰す……!」
「待って!」
ミーナが叫んだが、俺はそれを聞かずに念力の圧を上げる。一気に敵は押し潰され、しばらくしたらピクピクと痙攣して動かなくなった。
それを見て、ミーナは。
「……こいつらから情報を聞き出そうと思ったのに……!」
苦々しい顔で震えていた。と、彼女は俺を責めるような目で。
「なぜ、私の制止を聞かなかったのですか?」
そう追求してきた。俺の中のねっとりした感覚が強くなる。なぜだ、なぜか後ろめたい。
「い、勢いに乗ってよ……つい、やっちまった」
「……次は、気をつけてください」
ミーナは確実に気を立てていた。俺は3階に上がっていくそんな彼女の背中を、なぜか見ることができなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
3階に上がり、ひとまずルナの部屋を目指す道中。俺の心拍数はなぜか一歩踏みしめるたびに上がっていた。
ドックンと、ドックンと。吐いた息は揺れていて、歩幅は小さく、小さく。しばらくミーナの背中を追って歩き、目的の場所にたどり着いた時。俺はゴクリと喉を鳴らした。
「……やはり、いなくなっています」
ミーナが様子を確認すると、俺は息をふぅ、と吐き出した。
部屋の中には一本の巨大な氷の柱。家具などはそのままだが、瓦礫を作ってそびえるそれは確かな冷気と共に俺たちを圧迫していた。
「クソ、奴めどこに逃げたか想像が付かねーな」
「いえ、1つ手がかりはあります」
そう言ってミーナは、氷の膜が張ってあるかのような大きな穴を指差した。アレは、ベランダにつながる場所。どこからどう見ても怪しいその様子に俺は顔をしかめるしかなかった。
「ミーナ、お前マジなのか? どう見ても罠じゃねーか」
「罠と知りつつかかるのはしてやられたことになりません。……私たちに重要なのはとにかく敵から何かを聞き出すこと。となれば、罠に向かって走らねば答えは得られません」
そう言って彼女はその氷の膜をジッと見つめた。結構分厚い、形は歪で光が屈折して先が見えない。
「……タカヤさま。この壁を壊せるようにお願いできますか?」
「あ、ああ。わかった」
俺はそう言って、手のひらを氷に向けた。そして、その氷に向かって意識を集中。
と、直後。わずかな時間が流れ、氷の膜がボッと燃えだした。
念発火、俺の力の1つ。火力と火の大きさは制限はあるが自在、火のつかない物体でさえも発火させてしまう力だ。
「こんなことまで……」
ミーナが驚きで目を丸くする。と、俺は火の勢いをさらに強めた。瞬間、氷がじゅうじゅう音を立て蒸気を出して一気に溶け出した。
空間に霧がはる、俺たちは周りが見えなくなったその場所で数人、何かのシルエットを見た。
ぞわり、俺の警戒心が全身の血をめぐらせ――
「ミーナ、敵だ!」
叫びながら咄嗟に手の平を前に突き出した。暫時の後、火の玉や石、そして氷柱が霧から飛び出す。俺は能力を切り替えその攻撃を止め、一気に砕き消す。
ダン、前から踏み出す音が聞こえ、霧を跳ね除け黒いローブが現れる。敵は俺の体に向け剣を振るった。
俺は目の前にまで接近した敵に念を使わず、一気に相手の懐に飛び込んだ。剣を振る腕の根元に左腕を当て、振り切る前にその動きを止めた。
同時に右足を俺の左足前に踏み込んで、一気に相手の腕を取り回転。腰を落とし全力で一本、投げ飛ばした。
「ミーナ! 援護頼む!」
その瞬間にミーナが「はい!」と言って駆け出す。鋼が擦り合う交戦の音が鳴り、皮膚を割く波動が空気に揺れる。
そして、少し経ち。霧の中から、顔や服を血で濡らしたミーナが歩いてきた。
「あらゆるところを切りました。戦闘は不能でしょう」
「ああ、センキューだ。あとは……」
俺はそう言って、倒れて咳き込み悶える黒ローブを見下ろした。と、隣をスッとミーナが通り過ぎ、手に持ったナイフを揺らめくように握り、黒ローブの前にしゃがみ込んだ。
「尋ねごとがある」
と、ミーナは黒ローブの首にナイフを押し当て静かに問いた。
「質問はただ1つ。……ルナを、どこへやった?」
だが、しかし。黒ローブは、何も答えずジッと震えるのみだった。
「なぜ何も答えない! かくなるうえは切ってでも――!」
ミーナが怒りに任せ叫び、そして黒ローブの胸元を掴み起き上がらせる。と――
彼女は、驚いたように表情を固めジッと止まっていた。
「そんな、まさか……」
ミーナの声が震える。そして彼女は、ゆっくり、ゆっくりと手を黒いフードにかけ、そして。
恐れるように、それを脱がせた。
そこにいたのは、1人の、メガネをかけたかわいらしい女の人。俺には何が衝撃的だったかわからなかったが、ミーナはやがて俺に伝えるように。
「……この事態。私たちにはかなり不利な状況です」
そう言って、俺を見た。
「彼女は、この城のメイドです」
「――は? ちょっと待て、ってことは……」
「そうです。この城の中全部が――王妃と、あの飛ぶ物体を持つ組織のグルです」
俺は顔を引きつらせて。その事実に、いや、もっと別のナニカに。
――笑って、いた……?