第12話 ありがとう……
ミーナは今日も中庭にいた。夜もかなり深くなって、虫が鳴いている。月を見上げて、彼女は胸に当てた手をギュっと握った。
――あの時。あの男とルナ、3人で買い物に行った時。なぜか自分は、あの男と話してしまった。
嫌な奴なのに。嫌いなのに、なぜか。自分の感情が、わからなかった。あの男に抱く印象も、それに対局なあの行動も。
ミーナは、少し苦しかった。何もかもがわからなくて、それに頭を締め付けられていた。ミーナの言う「あの男」、つまり「隆也」。それを目の前にした時、言いようもない不快感が体を埋め尽くして、でも、彼に何かを、期待していて。吐き気が体を沸き上がるのを、実感していた。
と、夜風が吹いて。ふおぉ、と音が鳴ったと思ったら。
「またお前、こんなところにいるのか」
隆也がミーナの後ろに、立っていた。ミーナの背中を、ぞくり。凍える何かがなぞった。
「あなた、またこんなところに用ですか? ……私はもう、傷などありませんが」
「あいにく、今日はかわいい女の子とお話する予定でね。誰かの傷を診る予定はないのだよ」
イラッ……。ミーナの眉間に、しわが寄った。
「あんまり、ふざけたこと言わないでくれませんか? 虫唾が走ります」
「おお、大層嫌われてるな。買い物の時とは大違いだ」
「――アレはただの戯れです。特に意味など……」
「ダウトだ」
ミーナはそれを聞いて、ピタリと言葉を止めてしまった。隆也は、さらに言葉を紡いでいく。
「あの時、お前は明らかに感情を見せていた。お前の嫌いで嫌いで仕方ないこの俺によ。んで、ちょっと思った。お前は、俺に期待してるんじゃねーのかってな」
「はっ……! 何を、バカなことを!」
ミーナが声を震わせて隆也を笑った途端。
「俺に、心を暴いてほしい」
隆也が声に出した。ミーナの心に、ズシリと重りがのしかかる。
「な、なにを……言っているのですか?」
「お前が望んでいることだ。俺に……いや。正確には、“誰かに”わかって欲しいんだ。お前の中に抱えた感情をよ」
「あ、あはは。あなた、ジョークが……うまいですね。ほんとうに、おかしなことを……」
「同時に。お前は怖がってる。自分の抱えた感情を、外に漏らすことを」
ビクリと、心臓がはねた。同時に、ぞわっと。全身の産毛が立って、冷や汗が流れ始めた。
「貴様、私の心を――!」
自分でも何を言ったのかわからなかった。思わぬ失言、そして悟った。これは、図星だと。と、隆也は。
「俺はお前の心なんざ、読んでいない。わかっただけだ、なんとなくな」
ビシッと指を指して、ミーナに言い放つ。ミーナは何も言えなくなって、「んぐっ……!」と意味のない音を出すだけになった。
そして、思わず隆也から顔を背けると。彼は、笑って語りかけてきた。
「合ってるみたいだからよ。もう少し、語らせてもらう。
お前が苦しんでいるんならよ。俺は、お前の声が聞きたい。お前が抱えたもんをよ、知りたいんだよ。そんで、お前と一緒に。あいつを、支えたい。だから、言ってくれないか? お前の頭に張り付いた、その感情を」
こいつ――また、下心か? ミーナは一瞬、隆也を訝しんだ。
が、違っていた。隆也の様子には、そんな感情、一切見られなかった。目の前に立つ姿が、目が、そして声が。全て本気で、真っ直ぐで純粋だった。
だからこそ、ミーナは。
「ふざけないでください! 私があなたごときに、全て話す? 抱えた物を? おかしなことを! 寝言は寝てから言ってください!」
そう言って背中を見せ、隆也から逃げようとした。しかし、直後。
「お前が言わねーのなら、仕方ねーな」
隆也の声がして、次の瞬間。
「≪私の心を、覗かれてたまるか!≫」
隆也の叫び声が、聞こえてきた。ミーナは反射的に、彼の方を振り向いた。
「貴様、私の心を読めば殺すと……!」
「≪やめてほしい、私の想いを覗かないで欲しい! そんなことをすれば見て欲しくない物を見られてしまう!≫」
「やめろ! やめろと言っているのが聞こえんのか!」
ミーナがそう言って、袖からナイフを出した。それを見た隆也は。
ニヤリと笑って、その行為を断行した。
「≪これ以上見せるわけにはいかない、ルナへの想いを、知られるわけにはいかない!≫」
「貴様……! 本当に、本当に殺すぞ!」
ミーナがナイフを構える。息が荒くなって、どんどんと心臓が胸を叩く。と、隆也は。
「1つ言っておく」
そう言って言葉を連ね始めた。
「俺の超能力。こいつは、1つの能力を発動させると、他の能力は出せないようになってるんだ。要するによ、俺がお前の心を読んでる間。俺はお前の攻撃を防ぐ手がねぇってことだ」
「それがどうした! 今更命乞いか?」
「そうじゃねーよ。かかってこいって言ってんだ」
隆也がミーナを睨みつけてくる。
「俺はお前の事をもっと知りたいんだ。お前が抱えた感情を、全部知りたいんだ! だから! お前の何もかもを受け入れる、そう言いてーんだ!」
隆也は叫ぶと同時に、大の字に構えて身をさらけ出した。無防備なその体勢は、まさに彼の言った言葉を体現していて。ミーナは余計にイライラが募った。
「貴様、ふざけるのも大概に……」
「≪もうやめてくれ、私を知るな! 見るな! お願いだからもう私を放っておいてくれ!≫」
「やめろと言っているのだ!」
ミーナはそう叫び、ナイフを持っていない手を構えた。すると彼女の後ろに、パキパキと音を立てて大きな氷柱が現れて。
「見ろ、それ以上何かを言うならこれで貴様を刺す! 当たれば間違いなく痛いぞ! 間違いなく死ぬぞ! それでも貴様は……」
「≪考えるな、奴に読まれる、傷の事を考えるな! 私の抱えた罪、私の抱えた想い、私の抱えた不徳……≫」
「黙れ! 黙れ黙れ黙れ! それ以上、それ以上……!」
「≪それ以上言わないでくれ! 私のルナへの友情、忠誠、親愛がなくなる! いや、違う! 認めたくない、認めるわけにはいかない! 私はルナが、ルナが……≫」
混乱。多くの感情が頭を巡って、心を巡って、ミーナはそれでも暴かれそうになる心にひどく取り乱して、とうとう。
「うわあああああああ!」
叫びをあげ、巨大な氷柱を隆也に差し向けた。そして、隆也は。
「≪私はルナが、憎い……!≫」
最後にそう叫んだ後、胃に氷柱が突き刺さり。口から血を出しながら、後ろ向きに吹き飛んだ。