第11話 騎士なんかじゃない
目覚めると、俺はルナの部屋にいた。
「――知ってる天井だ」
薄ぼんやりとした思考を少しずつ覚醒させて、俺は少しずつこの視界に疑問を感じてくる。目線の中に、ルナがヌッと入り込む。
「おはようですの。また、わたくしをベッドに乗せましたのね」
「お? あ、ああ。……なるほど、ルナか。ここまで連れてきたの」
「何を言ってるんですの?」
「いや、よ。俺、確か昨日……中庭で眠っちまってよ。なんでここにいるのかな、って」
「夢じゃないですの? 少なくとも、わたくしはタカヤを運んでませんの」
俺の頭はますます混乱した。確かに中庭にいたはずだ。夢、ではない。……新しい超能力でも開花したのか? 俺はしばし考え込んだ。
と、ルナの部屋にノックの音が響いた。ルナが「いいですの」と言ったと同時に扉が開いて、そこからトレイを持ったミーナが現れた。
「お嬢様、お食事の用意ができました」
「いつもありがとうですの、ミーナ。さ、タカヤも早く食べますの」
小さな机に料理が置かれる。パリパリのシリアルのようなものにミルクをかけた、簡単な主食。そして目玉焼き。なんだか、あまり手は込んでなさそうだった。
「申し訳ございません、お嬢様。……料理らしい料理を、作れませんでした」
「気にすることないですの。だいたいミーナは働き過ぎですの、たまには手を抜くのも必要ですわ」
俺は傍でルナと会話するミーナを、ジッと見ていた。その視線に気付いたのか、ミーナは俺に嫌味な視線を向ける。
「……文句でも、あるのですか?」
「いや」
俺はそのまま、食事を食べ始めた。ルナもミーナも料理に手を付け、そのまま何も話さずに食べきった。
そしてミーナが食器を持って部屋から出て行った後。ルナが、「しまったですわー!」と頭を抱えて叫びだした。
「なんだよ、突然」
「ワッペンの布が無くなったですの! 1から作ってますので消費が激しいんですの!」
「いやお前、この前買いに行ったじゃねーか。アレはどうしたんだよ」
「布が違うですの! アレで作りたくないんですのー!」
随分と拘るんだな。俺は苦笑して、「ミーナとまた買いに行こうぜ」と提案した。
「ふぐぐ。そうするほかないですわね。予定外の予定を入れなければなりませんわ。ミーナは、大丈夫かしら……」
「最悪俺が1人でついてくよ。町の人間にお前の付けてくれた紋章を、お披露目できるわけでもあるし!」
俺はそう言って袖に付けられた例の証をルナに見せつけた。ルナが恥ずかしそうにそっぽを向く。
「むぐぐ、そんな他意はないと言ってますのに。ですが、仕方ありませんわね。タカヤ、2人で町に……」
「お嬢様」
突然ドアが開いた。ミーナが俺を睨んでくる。どうやら扉の前で話を聞いていたようだ。
「町への買い出し、私も同行させてもらいます」
「あら、いいですの? 仕事はまだあるのでは……」
「お嬢様のことを優先する。それが、私です」
ルナをジッと見てそう言うが、ミーナからは敵意を感じた。俺は頭を掻いて何も言わなかったが、やっぱり、理解されていないという感覚はべったり張り付いて消えなかった。
◇ ◇ ◇ ◇
「ほらほら、早く来るですの!」
ルナは町に出るなり、楽しそうに先へ先へと進んでいった。俺はそれが微笑ましくって笑って見ていたが、隣のミーナは少し意外そうに目を大きくしていた。
「お嬢様が、はしゃいでいる……」
「俺たちと町へ出ることが楽しいんだろうぜ。あの城ん中は、あいつにとってもいづらいだろうしよ。さしずめ、この町があいつにとっての城なんだろ」
「……以前はあんなことなかったのに……」
ミーナがルナを寂しい目で見ていた。なんでこんな目をするのか、俺にはよくわからなかった。けど、確かな居心地の悪さを感じて、俺は空を見上げながら少し、話題を変えた。
「今朝は、ありがとうな」
その言葉を聞いて、ミーナが目を大きくする。
「なんの、ことですか?」
「バーロー。お前だろ、中庭からルナの部屋まで運んだの。おかげで風邪ひかずにすんだぜ、ありがとよ」
「……私はそんなこと、していません。それに、あなたは風邪なんてひきませんよ。……バカですし」
「うるへ。それに、ウソは通用しねーぜ。思考なんざ読まなくてもわかる。あの状況でお前以外に運べる奴はいなかったからな。第一、運べる奴がいてもそうするかどうかわかんねーしな」
俺はハハハ、と笑ってみせた。ミーナがばつが悪そうに顔を背けて、聞こえるように舌打ちをする。
「仕方ないですね。そうです、私が運んだんです。――これで、傷の恩は返しました。でも、あなたに何かをするのはこれが最後。もう、何もしないと思ってください」
「じゃ、それでいいよ。俺は別に、何とも思わねーからよ」
俺がそう言うと、先を行ったルナが「ミーナー! タカヤー! 早く来るですのー!」と叫び手を振っているのが見えた。純粋無垢に、楽しそうに笑っている。
「以前のあいつって、あそこまで笑わなかったの?」
「城から出るときはいつも、少し楽しそうでした。でも、あそこまではしゃぐことは……」
「ふーん……」
俺はそれを聞いて、心の中でガッツポーズ。以前も城から出るときは楽しそうだったが、今ほどじゃない。その大きな違いは、間違いなく「俺がいるから」だ。あいつの中に、大きく踏み込んでいる。俺の楽園完成のビジョンが明確化していくのを、俺は確かに感じていた。
と、そんなことを思っているとミーナが俺をジットリと見てくる。こいつもこういう心に敏感なのか。
「下心が見え見えです。もう少し隠そうと思わないのですか?」
「うぐぐ……。異世界の女の子がチョロインじゃないのは、妙にリアルだよな……」
「まったく。本当に、あなたは……。でも、認めますよ。――あなたがいるから、お嬢様はあそこまで楽しそうに笑う。私では、成し遂げられない次元。……あなただけが、ルナに新しい世界を見せてあげられる存在。私は、認めたくないけどそう思います」
直後、ミーナはまた暗い顔をした。何も思っていないように冷えた顔をしているが、俺はそれが何か、ミーナ自身に向かっている感情だということだけはわかった。
また、居心地が悪くなった。ルナがこっちを見てくる。でも、そんなの気にならないくらい沈んだ空間。俺はそれに耐えられず、頭をガリガリ掻いて空を見上げた。
「……でもよ」
そして、1つ。伝えるべき言葉を思い出して、俺は口を開いた。
「ルナは言ってたぜ。『ミーナは私の騎士』ってな。うん、そうだな。さっきの発言は訂正だ。俺がいるから、じゃない。俺と、お前。2人がいるから、あいつは笑うんだ。どっちが欠けてもあんな顔はしねーよ」
遠くからルナが、「2人とも! 何してるんですの!」と怒ったように言ってくる。俺は「今行くからよー!」と答えて、ミーナを見てみた。
「ホラ、行くぞ。俺とお前、2人であいつを笑わせるんだ。お前はあいつの騎士なんだからな」
すると、彼女は。
「――私は、騎士なんかではありません」
独り言のように、ぼそりと呟いた。
【技術解説】
○サブタイトル
極力書いてから付けたほうが僕はやりやすい。その話の内容などを端的に表す言葉を探そう。
今回のサブタイトルは、ミーナの本当の気持ちを書いてます。こういうのは書いちゃうとつまらなくなるのですがね。