第10話 ミーナの問題
「それでは、おやすみですの」
ルナはそう言って毛布を被り床に寝転がった。
しばらくしてすぅすぅと寝息が聞こえてきたのを見計らい、俺はゆっくりとベッドから出た。
ひとまずはルナを念力でベッドに移し、毛布をかけ直す。そしてその後、ゆっくりと部屋を出る。
――さっき。ミーナの≪痛い≫という思考。俺は、それがずっとずっと気になっていた。
憎いとか、うざいとか、あの時にそんな思考ではなく≪痛い≫。場にそぐわないそれは「もしかしたら」を俺に生んでいた。
俺は城内を歩く。この城は4階構造で、4階へは隠し階段でしか行けないらしく実質3階。ルナの部屋は最上階で、俺は階段を下りて目的地へと向かった。
2階にある、いくつものメイド室。数は10、その一番最初の部屋。ルナに案内された、ミーナのいる部屋。
真夜中にメイドさんが多くいる部屋に忍び込むとは、我ながらかなり変態的だ。ホラーゲームを深夜に1人でするような緊迫感を感じながら、俺はゆっくりとドアを開いて中へと入った。
中には、4つの二段ベッドが置かれていた。ルナから聞いていたミーナの寝床は最奥のベッドの二段目。俺は忍び足で部屋を進んでベッドの二段目を見た。
中には誰も、いなかった。やっぱりか。俺は部屋を出て、城を歩く。
あいつは、どこへ行った。俺は眉間をつまみながら思考を巡らせる。情報が少なすぎるからもちろん答えに行き着くわけがなかったが、そうしないと落ち着かなかった。
「ッチ、わっかんねーなー。だいたい、広すぎるんだよこの城。中庭にでもいてくれたら最高なんだが……」
俺はそう言って窓の外を眺めてみた。すると、1人の銀髪が目に入った。
本当にいやがった。俺は風に煽られてそこに立つ彼女を、ジッと見つめた。
3秒、数えて。俺は彼女の後ろにテレポートした。草がバサバサ音を立てて鳴く、夜の寒気が肌を触る。俺が一歩、彼女に歩み寄ると。
「なんでしょうか、こんな夜中に」
ミーナは嫌そうに声を響かせた。
「なんでもねーよ。気になったことがあって眠れねーだけ」
「でしたら、ずっと横になるのがオススメです。そうすれば眠ることも容易いです」
「そうかい、アドバイスあんがとよ。……お前は、なんで眠らねーんだ?」
「私は……ただの戯れです。理由は特にありません」
ミーナの声は冷めていた。俺は彼女の後ろ姿にため息をついて、
「背中の傷」
睨みを利かせた。ミーナがこちらを振り返ると同時に俺はさらに続ける。
「痛みの感情がそこに向かってる。そうか、ルナが攫われそうになった時守れなかったから、その罰で。使用人の1人が鞭でぶっ叩いたってわけか」
「貴様、なぜそこまで……」
「お前の思考を読んだ」
俺は頭を掻いて、少し嫌な気分になった。ミーナの顔が険しくなる。
「ふざけたこと……!」
「≪こいつ、まさか本当に私の心を読めるのか? いや、そんなのはありえない。きっと何か巧妙なトリックがあるだけだ≫」
俺はミーナの思考をどんどん読んでいく。
「≪本当に読んでいる。まずい、こいつに私の心は筒抜けだ。このままでは……≫」
「やめろ……!」
「≪私の秘密が、露見してしまう。ルナに隠している心が……≫」
「やめろ!」
ミーナは威嚇する犬のように吠えた。俺は頭を掻いて、黙り込んだミーナに近寄る。
「これでわかったろ。俺はお前の心、すぐにわかるんだよ。……そういう、力だ」
「貴様、私に何をする気だ?」
俺は能力を切り替えて、ミーナの体に念力を向けた。直後、ミーナは金縛りにでもあったかのように体を硬直させ、動くことができなくなった。
「貴様、何をする!」
俺は無視してミーナを宙に浮かす。足掻けども動けない彼女の背を俺に向けさせ、そのまま地面に押し付ける。
俺はうつぶせの彼女の背中に乗って、両腕を後ろに回して固めてしまう。念力を、切る。
途端、ミーナは「ガアァ!」と叫びながら暴れ出す。だが関節を固めて完全に拘束してるんだ、簡単に抜け出せるわけがない。
俺は、右手に意識を集中させた。10秒間、必死に暴れる彼女を押さえつけることにも力を割いていつも以上に疲れた。だが、右手が淡く緑に輝きだす。俺はそのまま、彼女の着ている黒のメイド服の中に、手を滑り込ませた。
「貴様、私にこんな事をして……! か、必ず! 必ず殺す……!」
「うっせ、黙れ。疲れる」
俺はそのまま右手で、背中をベタベタと撫でた。
触れてみてわかった。酷い傷だ。肉が裂けて溝ができている、それがいくつもいくつも。治すために撫でる時、ぬるりとした体温と液を感じる。毛が逆立って鳥肌が浮き出た。自然、俺は顔を歪めてしまう。
そして少し撫で続けて、俺は手を服から出した。やっぱりか、手が真っ赤だ。その瞬間に、俺はドッと疲れが回ってそのまま横向きに倒れた。ミーナがその瞬間に体勢を整え、俺から数歩離れたところで警戒する。
「貴様、何を……!」
「お前の傷を、治したんだ。もう、痛くないだろ?」
ミーナはなにか、悔しそうな顔をして。黙っているから、俺は1つ謝った。
「傷痕。悪いな、以前からある奴は治せないんだ」
「……きさ、ま。私の背中の痕まで、知ってるのか」
「治した時によ。傷はなくなっても、なんか妙な感触があった」
俺は空を見上げて、ぼんやりと答える。
「お前の心読んだ時によ。それに対して、並々ならねぇ敵意を感じたんだ。……ちょっと、表現が違うな。その痕を介しての、自分への敵意って感じか。詳しくは読みきれなかったけどよ、少なくともそれが邪魔だってのはわかった。だから治してやりたかったけど……」
「黙れ! 貴様、貴様! なぜ、そんな、勝手なことを! 私の、私の心にズカズカと……!」
俺は空の黒を見上げていた。月は出ていないな。悲しい、夜だ。
俺は顔を見ないで、「すまんな」と。ミーナがこちらに歩いてくる。そして、俺の胸元を掴むと引き寄せ、袖から出したナイフを首にあてがった。
「次、私の心を勝手に読んでみろ……! その時は、貴様を殺す!」
そして、乱暴に俺を草に捨てた。怒り心頭、最後は俺を見ないでどっか行きやがった。
「ま、仕方ねーな。……わかってんだけどな。人の心読んでも、あんまし良いことねーってよ。ったく、俺ってば……ホントにバカだな」
俺は空を見上げて呟いた。
……あー、ダメだ。治療の反動で、眠気が。くそ、風邪、ひくかもしれねーな。いや、それ、は、なさそう、だ……な。
俺の意識はそのまま、疲れの中に沈んでいった。
【技術解説】
○象徴
「あること(もの)が何かを表している」という技術。伏線としても使える。今回は「ミーナの背中の傷跡」が該当。
何の象徴かは後々わかるとして。これは果てしなく仕える技術で、小道具などに意味を持たせるとかなり面白く思える。
例えば、ピン○ンだと途中主人公が膝に爆弾を抱えるが。アレも象徴として働いている。