Ⅸ:カウント・スタート
リレー小説『=BlanK † AWard=』
Ⅸ:カウント・スタート ※旧5話
執筆者:久遠蒼季
○
「ふむ……。読まれている、か」
手にした一冊の本を指先でなぞりながら、ぼそりとこぼす一人の男。もう片方の手には銀の巨大なアタッシュケース。深夜の夜闇に紛れながら見据える遙か先には、農場跡地に立つ五人の男女。その傍らには《アワード》、手にはアームド・ウェポン。彼らがこの庫森の地を守るアーセナルの武装魔導師たちで間違いはないだろう。
「が、若いな」
最年少の少年少女であれば一回り以上年の離れた彼らを見て、男は目を細めた。
「ならば、搦め手が有効だな」
そうして、彼はそのグレーのスーツを翻し、用意していたもう一つの策へと取りかかった。
○
東京都に存在する、一棟のビル。大きくもないが小さくもない、掲げている看板も目立つ物ではない。だがその地下には、人間社会の平穏を守る為の組織が広がっていた。
魔導結社・アーセナル・中央本部。それが地下広域に広がる建造物の名称であった。日本各地の支部を取りまとめ、武装魔導師の管理、またそれらの情報操作、さらにはレイドに対する対策などを行う総本山である。
「これが、何を導くのか……」
手にした小瓶と中に揺らぐ液体に視線を送り、庫森支部の支部長として訪れた結子は、一人呟いた。液体は揺られるたびにその色を変え、七煌色に輝いていた。
輝核から抽出されたエネルギー体、スピリア。これを《アワード》へと浸透させ、それが一定量を超えれば新たな能力を与える《章》を生み出す。これらの能力による武器自身の武装。それこそが《アワード》とアームド・ウェポンの神髄である。
とはいっても、スピリアを生み出す為の抽出機・コントラクターはそもそも高ランクの輝核を素材に加工された部品を用いたワンオフの一点物だ。量産法は確立していない。これを用いずともいわゆるフラスコと薬品があれば、――所謂「魔法使い的な」工房があればスピリアの抽出は可能である。が、その質は格段に落ち、時間もかかる。これこそが大規模魔導結社とそれ以外を分ける、超えることのできない壁の一つである。
「独り言とは、随分と寂しいのう」
背後から届く、幼い少女の声。振り返るとそこには、着物をまとった少女と銀色のハーフリムのメガネをかけた女学生が立っていた。声をかけてきたのは着物の少女の方である。
「まさかアナタがいらっしゃってるとは思いませんでした。樹さん」
「久しいのう、結子」
かんらかんらと笑う少女、式大路樹。外見こそ小学校高学年、といわれたら信じるような小柄な少女であるが、確認されている限り、彼女の姿は変貌していない。
その肩書きは、アーカイブ極東部門特記戦力魔導師。当然、ここアーセナルの総本山で偶然出会えるような人物ではない。
「そう構えるでない。ちゃんと来客として正面玄関から来ておる。それに、おぬしとわしのの仲じゃろうて」
にこりと笑う姿は人形にすら近い。結子は向き直り、樹とその後ろの少女に対面する。
「それで、御用向きはなんですか?」
「いやはや、部下が出過ぎた事をしたため、頭を下げに来た次第じゃ。先ほど、局長殿と話をしてきた帰りじゃ」
すまんかった、と樹は頭を下げる。後ろの少女もそれに倣う。
「先日の二人の件ですね。一人はうちの子たちの学校に転校してきたようですけど」
「本当にすまんかった。今回の件が済み次第、責任を持って二人とも町から撤収させるでの」
同一地域の武装魔導師の競合は争いの種じゃしの、と大きくため息をつき、樹はがっくりと肩を落とす。
「そもそも、上層部としてはアーカイブとアーセナルはある程度共同すべきじゃ、と纏まっているんじゃがの。どうも下が小競り合いを各地で起こしているようじゃ」
だがそれよりも、結子には引っかかる点があった。
「今回の件……?」
「ん? 上から何も聞いておらんのか?」
はてなと、樹は首をかしげる。
「そもそも二人の仕事は、庫森の地を狙いに来たストレイ・ウィザードの撃破と《アワード》の回収なのじゃ。それまでの間の行動許可をとって来たところなのじゃが……」
その言葉に、ピクリと結子の眉が動く。
ストレイ・ウィザード。アーセナルやアーカイブなどの大規模魔導結社はおろか、それ以下の規模の魔導結社にも所属しないはぐれ武装魔導師の通称である。もっとも、こう呼ばれる場合は反社会的であるケースが多い。それが、庫森町に存在しているという事が、どういう事を意味するのか。
「名は塚崎崇人。そやつのアームド・ウェポンは少々やっかいでの――」
と、言いかけたとき、廊下の奥からアーセナルの職員が駆けつけてきた。彼女は息が切れるのも気にせずに、結子の顔を見るやいなやまくし立てた。
「緊急事態です! 庫森町に極大魔力臨界反応です! すぐに現地へ向かってください!」
時刻、正午〇時四十分。レイドが出現するのは、輝核が発生する深夜。となれば、今考えられる原因は、一つしかなかった。
報告を聞くやいなや、結子はかけだしていた。
「詩乃、お前も向かえ! お前の話もついておる!」
樹の後ろについていたメガネの少女――花納詩乃はこくりとうなずき、結子の後を追った。
○
正午〇時三十分。四限目の終了のチャイムが鳴り、東庫森高等学校はいつもどおりの昼休みを迎える。
「毒島さん、ちょっといいか?」
それと同時に刀真は立ち上がり、自らの横に座るアーカイブからの武装魔導師、毒島刃巫女へと声をかける。事前の打ち合わせ通り、ゆうなとありさも傍らに立っていた。
「これはこれは皆さん、おそろいで」
怖じた様子もなく、刃巫女は立ち上がる。そうして特に抵抗する様子もなく、四人は連れ添って教室を後にした。
「で、昨日の事はどういうつもり?」
「あっれー、おっかしぃなー。気分でも変わったんじゃない?」
悪びれもせず、むしろ笑いながら刃巫女は一同を見据える。ここは人通りが最も少ない階段の踊り場。大きな窓からは校庭と正門が見渡せる。
「アンタねぇ!」
ありさが思わずその肩を掴みにかかるが、ひらりと躱される。
「だいたい、こっちとしても想定外なんだって」
そんな中、ゆうなの視界の端に映る物があった。窓の向こう側、遙か先の正門から入ってきた、巨大なトレーラー。いったい中に何が入っているのか、というようなその車は門をくぐり抜けるやいなや停車した。備品運搬、にしては様子がおかしい。見れば警備員が駆け寄って行っていた。
トレーラーの運転席から、ひらりと一人の男が降り立つ。それは白髪交じりの短髪の中年男性。グレーのスーツが印象的である。彼は周りの制止を機にもせず、何かを取り出して掲げ、そうしてある言葉を紡いだ。聞こえるはずもないのに、ゆうなはその男が何と告げたか、ハッキリと理解できた。
リアクト・オン、と。
途端、世界は変容した。学校の敷地をぐるりとドーム状の何かが覆う。空はサイケデリックな極彩色へと塗り替えられる。それと同時に彼を囲んでいた警備員たちは糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。その傍らには四つの光球を纏う宙に浮かぶ魔導書。手には短剣のような物。
男――、ストレイ・ウィザード・塚崎崇人はその場に君臨していた。
その姿を捉えるが速いかいなや、ゆうなは誰も反応できないような速度で窓の前に立っていたありさと刃巫女の腕を掴み、下へと引きずり下ろした。抗議の声より速く、ゆうなは二人の口をふさぐ。とっさに動こうとした刀真も声を出さずに、手で制止する。彼を同じように引っ張らなかったのは、立ち位置が窓からの死角になっているからだ。
『聞こえるか、諸君。手始めに、連絡遮断と魔力攪拌の結界を張らせてもらった。声が聞こえているからには魔力耐性がある《アワード》適合者として、話を進めさせてもらおう』
脳内に直接響くような声。ゆうなはポケットから鏡を出し、窓の外を確認する。幸い、男の視線はこちらへと向いていない。あのまま立っていれば一を特定されていただろう。
『私の名は塚崎。しがない研究者だ。今日は君たちの《アワード》を譲り受けたく参った次第だ。無抵抗で渡すなら、危害は加えない』
他の面子も素人ではない。状況を把握し、相手の出方をうかがう。
そうした中、塚崎の動きに変化があった。トレーラーの側部の扉が上へと開き、そこから積み荷を降ろしていく。それは十数個の動物を運搬するためのケージ。中身は、当然動物。地面にそれらを並べ終えると、塚崎は巨大な銀色のアタッシュケースを開き、掲げた。その中身は蒼、紅、翠に輝く数多の石であった。それらを見た一同は直感的に背筋に寒い物を感じた。
『魔導師であるなら、何らかの手段を用いて私の動向程度は把握している物とする。それすらままならない蒙昧であるなら、大人しく《アワード》を提出することを推奨する』
そうして塚崎はアタッシュケースの中身――、大量のD3クラスの輝核をケージの中へと投げつけた。
ケージの中に逃げるようなスペースはない。抵抗する術のない動物たちはそのまま輝核に取り込んでしまい、レイドへと変貌した。それらは狭い檻を突き破り、瞬く間に塚崎はレイドの群れに取り囲まれた。輝核を取り込みレイドと化した物は、その攻撃性を増幅される。目の前にいる塚崎など格好の的である。そうしてそれらは中央にいる彼へと襲いかかり――、
「《イトクリ》、発動」
言葉とともに、その動きを止めた。塚崎は手にした短剣を軽く振るう。その動きに合わせてレイドはまるで指示を受けたかのようにその動きを統一し、整列した。
『三十分後、私はレイドを校舎へと放つ。それが嫌なら、それまでに現れることだ』
それっきり、声は止んだ。これ以上告げることはないという意思の表れか。ここの生徒である三人は息をのみ、戦慄した。
「ま、私は関係ないしぃ」
そう言って立ち上がろうとする刃巫女の手首をゆうなは掴んだ。
「悪いけど、ここからは私の指示に従ってもらう」
「はぁ!? なんで――」
「黙って」
底冷えのするような声を、ゆうなは発した。その声には刀真とありさでさえ、気圧される物があった。
「相手の能力は未知数。目視できる範囲でD3クラスのハウンドが二十体。ラットが十体。その上、統率がとれてる。何か有効に立ち回る自信があるなら行けばいいと思うよ」
拘束されていた手は解放された。だがゆうなの瞳の奥の黒が、しっかりと刃巫女を見据える。渋々、といった風に、刃巫女は改めてその場に座った。
塚崎の《アワード》を取り巻く光球は四つ。つまり、解放されている《章》は四つ。一つ目は武器を呼び出す共通の《Ⅰ章》。残りは、学校に張った結界とあのレイドを統率する能力。これらが別の能力だと仮定するならば、最低でもあと一つは未知数の能力がある。となれば、うかつな行動は厳禁である。
「ゆうなちゃん?」
おそるおそる、刀真はゆうなの名を呼ぶ。張り詰めた彼女の横顔はいつも見知ったものと違って見えた。まるで別人のようなその姿に、どこか不安を感じたのだ。
「ん、私は大丈夫だよ」
にこっと笑ったその顔は、いつものゆうなであった。
「ったく、優が休みでよかったわ……」
ため息混じりに、ありさは呟く。優は所用で学校を休んでいる。もし彼が巻き込まれていれば、ありさはこう冷静ではいられなかっただろう。
「それで、どうすんの?」
ありさはゆうなへと視線を向ける。大きく息を吸い込み、ゆうなは目を閉じ、思考を巡らせる。目標はこちらの《アワード》の回収。こちらの人数は把握されていると仮定。人質は校舎の生徒と教員全員。数に不足はない。自分が敵であるならどうするか。まずは人質の確保。ただし、傷はつけない。下手に刺激して逆上されれば優位性が崩れかねない。
逆に敵が自分たちに行われたくないことは何か。人質の完全防衛。それは何故か。多対一の攻勢に転じられるから。それを防ぐには。戦線の広域化による戦力分散。
であるなら、何故、敵はすぐさま人質を確保しにかかっていないのか。油断ととるか、策ととるか。もちろん後者であると考えるべきだ。
「まずはレイドの撃破が最優先だね。ありさちゃん刃巫女ちゃんで後方広域をカバーして」
「はぁ、私がコイツと!?」
「最良の選択だよ」
東庫森高等学校の敷地と校舎配置は縦に長い。防衛側の虚を突く為に後方に回るには時間がかかる。その点、ありさと刃巫女のアームド・ウェポンなら多数の敵への防衛戦を築くのに不足はない。
ゆうなはさらに思索を巡らせる。現状の驚異は、敵がレイドの指揮を執る能力を有しているという事と、外部との連絡が遮断されているという事。これらはすべて術者を止めれば解決する。能力はすべて後衛向け。となれば、取りたくなる行動は自然と導き出される。
「……なるほどね」
そうして、一つの答えを見つけた。
深く、長く、息を吐いてゆうなは三人を見渡す。
「刀真くん。厳しいと思うけど、グラウンドに出て敵の注意をできる限り引いて。私は隙を見てあの武装魔導師に一騎打ちを挑む」
その瞳には決意が表れていた。
「ここから結構厳しい戦いになるけど、がんばって」
そう言いながら、ポケットからイヤホンマイクを渡す。
「このタイプの外部遮断は、内部の無線なら大丈夫だから。あと……」
二つの小さな巾着袋を、ゆうなはありさと刃巫女に渡す。いくつかの幾何学的な刺繍が特徴的であった。
「何かの役に立つかもしれないから」
そうして、窓に映らないように気をつけながら、四人は立ち上がった。
「それじゃぁ、ブレイクシフト、開始するよ。散開……!」
かくて彼らは、それぞれの戦場へと赴いた。
執筆も一周、ということで物語を大きく動かしました!
彼らはどうなるのか!?
それは私も知りません!(笑)
リレー小説ですので!
ですが、ぜひご期待ください!
それでは、今日はこのあたりで。