Ⅶ:急転と始点
リレー小説:=BlanK † AWard=
「Ⅶ:急転と始点」※旧3話(2015/9/2更新)
執筆者:緑茶
もう一体残ったレイドは、ナイフの飛んできた暗闇に突撃しようとした。――その背に、次郎の展開した魔法陣による光弾が炸裂――隙を突かれた形で、そのレイドは倒される。
「倒すのはいいけどぉ~、あんたら。なんというかヌルいのよね」
――つんざくような、高い女の声。
そして、声の主と思われる一人の少女が、五人の前に姿を現した。
毒々しいピンク色の髪のどす黒い目つきの少女。彼女は無力化されたレイドからナイフを抜く。彼女の付近には、光に包まれた書が浮いている――刀真達と同じ力を持つ者の証。
「……――誰だ!」
この物言い……そしてあのナイフは――アームド・ウェポンだ。
刀真達が、構え直す。
「この街にもアーセナルの連中が居るって聞いてたから、あんたらを見に来たんだけどさぁ、やっぱ癪に障るわ。あはは、やっぱ私嫌いだわ、あんたらアーセナルは」
耳障りに高い声で少女は五人を嘲る。
「……君。ひょっとしてアーカイブの構成員か? それで何だ、喧嘩売りに来たのか?」
訝るように、ハインツが少女に言う。
刀真とありさ、そして次郎は互いに顔を見る――『アーカイブってなんだ』と告げる動き。
「どっちも正解だけど。それがどうしたの? ガイジンのお兄さん」
「そんな髪の色してる君に言われたかぁねぇな。日本人の女の子は黒髪に限る」
いつものように軽口を飛ばしつつ、ハインツの視線は少女から外れない。そのまま、疑問は予想済みとばかりに、刀真達に解説を入れる。
「アーセナルとは別の大規模魔導結社だ――そのテーゼは、《アワード》の回収と研究。俺達のようにレイドを倒しながら人々を守るのとはまた違う組織で――……あ、言ってなかったか」
「いや、何、敵なの? ……――多分私、相当嫌いなタイプだ」
ありさは不快そうに呟く。ゆうなはそれに苦笑する。
「まぁ俺達とは組織として存在意義が違うから、味方とは言い切れねぇ筈なんだが……この子みたいな味方じゃねぇ=敵、なんて思考の単純な奴も……居ないことはないって事か」
――ハインツはそう、挑発的に言って、にやり、と笑って――前方の、少女を、見……。
「……ナメんじゃないわよッ!」
瞬間、少女の顔が茹で上がり――駈け出した。ありさは、《ウィル》を構え――。
「――待て」
ハインツは、制止した。ゆうなが「いいの!?」という顔をして――。
少女は、ハインツの、視界から、一瞬――消えた。
そして――。
「……驚いたな」
少女のナイフは今、ハインツの喉元にある。刃からは紫色の液体がしみだしており、それは地面に落ちると白い煙を立たせた――毒だ。
「――ッ」
……少女は、もう一瞬で殺せそうだったのに、という顔をした。彼女のナイフ――アームド・ウェポンは、その切っ先を、別の刃に遮られていた――ゆうなのアームド・ウェポンである。
「君。……俺の視界か何かを弄ったな。消えたんじゃねぇ。じゃなきゃ、刀真達はともかく、こうしてゆうなが俺のナイトになってくれることはなかった」
少女はナイフを引き下げる。――その通りだったからだ。彼女の力は、他人の視界を『喰らい』、自分の存在を消し去ることができる。本来は暗殺などに使うべき力だ。
「この子があなたより強かったら、どうするつもりだったのよ……ハインツ」
「いやぁ、まぁそん時はそん時だ、アリサ。ははは」
「なんでこういう時に思いつきでこんな無茶が出来るの。ある意味凄いわ」
少女は心の中で吐き捨てる――……ハメられた、と。金髪のこの男。自分の力を確認するために、わざと挑発した――それを悟り余計にムカついたらしく、舌打ちがリズムを刻み始めた。
――刀真達全員が、少女への射程距離に入っている。少女としては絶体絶命 ――その時。
もう一つの影が、上空から躍り出た。
「――さがれッ!」
咄嗟に命令したのはハインツだった。
すぐさまゆうなはアームド・ウェポンの刃を引き戻し、飛び退く。ありさは一瞬遅れて引き下がり、刀真もそれに続こうとするが――。
――鋭い金属音。刀真の 《ガーディアンズ・アーム》と何かがぶつかり合い、火花を散らしている。
――それは細身の男だった。少女と刀真の間に割って入った彼は手短に言った。
「後退しなさい」
少女は鼻を鳴らして後方へバックステップ。
「何を……ッ!」
刀真は自分が何と斬り結んでいるのか分からなかった。何故なら、男の手は自分に伸ばされているが、それでいて手と刀の間には見えない何かがあるような感覚があった。
「私のアームド・ウェポンは袖口から伸びる鋼線でしてね。捕縛、切断以外にも――こうして編み込めば、鉄壁に等しい効果を得られる」
目を凝らし気付く――ギラリと光る超極細の線のようなもの。それが幾重にも交差している。
「トーマ、下がれ!」
ハインツが後方から声をかける。刀真は一瞬の逡巡の後、それに従う――。
キイン。……拮抗が破られる音。
弾かれるように刀真は後ろに下がり、男は優雅に袖先を手前に引き戻した。
――結果として。
向い合って、五対二の構図が出来上がった。
かたやアーセナル、そしてもう片方は――。
「彼女が失礼を。――お初にお目にかかります。私は魔導結社アーカイブの武装魔術師、白井秀蓮と申します。隣の彼女は、毒島刃巫女」
恭しく告げる胡乱な男――灰のスーツに眼鏡の出で立ち。毒島刃巫女、という名の少女は白井の割り込みに不満を抱いているらしく、顔を背けながら足をカタカタ踏み鳴らしている。
「それで? 由緒正しき研究機関のあんたらが、俺達を冷やかしに来た理由は?」
ハインツの問いに、眼鏡の縁を神経質に弄りながら、白井は答える。
「彼女の下品な難癖に追従するわけではありませんが――この場所での任務がありまして。そのためにはどうしても……『同業者』と言えるあなた方の存在は目に障るのですよ」
「ちょっと秀蓮、下品って、あんた私をバカにし――」
「……あんたはそこのフロイラインよりは賢明に見えるがな。本当にそれだけか?」
「まさか。そんなわけはないでしょう。――そんなのでは視野が狭くていけない」
無視されて一人憤慨し、不機嫌を極めている刃巫女をよそに、白井は嘲るような表情をした。
「彼女の無計画な先行は目に余りますが、それでも尚我々が貴方達と対峙する理由はこうだ――今後の我々のあらゆる活動を円滑に進めるために、ここは一つ一戦を交えて、あなた方の戦いについて色々と情報を持ち帰りたいのですよ。多かれ少なかれ、アーカイブのためになる」
「そして……あわよくば俺達にそれなりの手傷を負わせて、大人しくさせよう、と?」
ハインツの問いかけ――相手は無言。即ち……肯定。
数秒後。口を開いたのは――次郎だった。
「……例えばだけど。それに取り合わずに、僕らがこのまま帰る、を選択したら?」
その発言を受け――白井と刃巫女は顔を見合わせ――揃って侮蔑的な視線を五人に投げかけた。――語るに及ばない、そんな行動には取り合わない、ここでの戦闘は避けられない、ということを無言で知らせる行為。……そこにはハッキリと滲み出ていた。自分達への蔑みが。
次郎は苦々しく肩をすくめる。――そんなことだろうと思った、という風情。
「……俺達が戦えなくなったら、一体誰がレイドを倒すんだよ。俺達が居なけりゃ、レイドが皆を襲って――」
刀真はつい、その仕草への怒りを口から零した。刃を収める鞘が消えたように。
「刀真くん」
……ゆうなが、小さく刀真に言う――真剣そのものの表情で、目を逸らすことを許さない。
「だめだよ。我慢して」
ここでカッとなることは何の得にもならない――そういうことだ。
刀真はそれに何か返そうとしたが、できなかった。言葉が、喉奥でわだかまった。
そして、白井の更なる言葉が降りかかる。
「なるほど、なるほど。レイドが出たからレイドを倒して。状況が生まれたから状況をなんとかして……そうやってどんどん、負債が溜まっていく。……もしや、アーセナルの方々というのは皆こうなのでしょうか?」
「それが。私達の仕事だもの。私達はみんなの日常を守る。それの何がいけないっていうの」
苛立ちもあらわに、ありさが反論する。――そこに、刃巫女の言葉が噛み付いた。
「全くあんた達は。私らの『探求』――《アワード》とは、レイドとは何か。その先に、あんた達のその場しのぎをはるかに超えるもっと多くの命を救える場があるかもしれないってのに。ひょっとしたら――人を襲うレイドを生かす方が、良い事になるかもよ?」
その言葉の意味とは、要するに――常に先を見据えろ。自分達がどういう状況にいるかを認識し。常に未来のことを考えろ。その場しのぎの衝動など無駄だ、切り捨てろ――。
……――そういうことなのだろうか。刀真の中にハインツの言葉が蘇る。
――自分がどこにいて、何故戦っているかを考える。それは、そんなことで片付けられてしまえるものなのか。……――そんなふうには思いたくない。刀真は、震える拳を、握る。
「あんたらがその探求のためにあまり綺麗じゃねぇ事もやってるのは、百も承知なわけだが。それとも何だ? あんたらは要するに、そのいつ来るとも分からねぇ『大きな結果』のために……過程の中で生まれる犠牲に関しては一切関知しないと、そう言いたいわけか? 味方ってわけじゃねぇが――あんたらの精神性がそこまでテロリストじみてるとは思えねぇんだがな」
低い声で、威嚇するようにハインツが尋ねる。――白井は淡々と返す。
「些か大袈裟ですが。そういうことも無いではありません――あぁ、その目だ。きっと今までもずっとそうやって、レイドを倒すことだけを考えてきたんでしょう、条件反射の如く」
白井の視線は、刀真に向いている。
……その物言いに異を呈したのは、ありさだった。
「……何よ、それがいけないっていうの……」
低く、恨みと怒りの篭った声で呟く。
同時に、刀真の身体が怒りに震える。
――ハインツは頭を搔く。それから、こっそりと次郎とゆうなに目配せをしあった。
「全く以て度し難い――そんな『目先のもの』は、捨て置きなさい」
……――その言葉が。トリガーだった。
気付けば刀真は――《ガーディアンズ・アーム》を振りかぶり、白井に向かっていた。
「刀真くん、駄目ッ!」
「ちょ、馬鹿……――」
激情とともに白井に斬りかかりに行く刀真を制止するように、ありさも駆けるが――。
……そこで――火花。《ウィル》が、激突した。刃巫女のアームド・ウェポンと。
「捨て置ける……もんですかッ……皆を守るのが、私達なんだから……ッ!」
「あ、怒ってる? あっはは、単純すぎでしょ、あはは……は……――ますます気に入らないわ。あんたらは何かを覚悟できてるようで、何も覚悟できてないのよ。そんなんじゃ――」
――深く心の奥に牙を突き立てるように――刃巫女は、ありさに囁いた。
「何も守れないどころか――あんた達のせいで、誰かが犠牲になるわよ?」
「……!」
意志を握りしめる、ありさの力が――一瞬、弱まった。頭の中に過去の光景が駆ける。
その隙をいただき、とばかりに、刃巫女はありさの視界を『喰おう』とし――。
向かってくる刀真に対し、白井が袖口から鋼線を迸らせようとしたその時――。
「お前ら、そこまでだ」
ハインツの、一声。
――次郎が、《ワイヤードジェム》で魔法陣を描き――光弾を二者に向けて放つ。
白井と刃巫女はありさと刀真の相手をやめて、それぞれ左右に、散開し――。
ひゅっ――何かが足元で炸裂した。……――ハインツの弾丸。二人の足元に氷の轍。
次郎とハインツの攻撃に、白井と刃巫女は気を取られてその場に踏みとどまり――。
そこへ、刀真がまた、《ガーディアンズ・アーム》を振りかぶった。
真意を理解したのか、ありさも《ウィル》を構え直し、前へ。
二人は、正面にやってきた刀真とありさの迎撃をせずに居られなくなり――それ以外への警戒を、怠った。
……――ゆうなが、ハインツと次郎の後方から、飛び上がるようにして、駆け――。
「……」
二人の背に回った。長槍が、その背中に向けられている。
「私、アーカイブを悪者にはしたくない。……こんなの、何にもならないよ」
悲しそうに、ゆうなは言う。
「ま、そういうこった――悪いが俺達の仕事は正義の味方だ。砂をふるいにかけるより、中身をこぼさねぇようにおっかなびっくり歩くほうが性に合ってるんでな」
ハインツはそう宣言する。白井はフッ、と笑い――両手を挙げた。降参、のサイン。
刃巫女は例のごとく不満を叫ぼうとした――が。
「――この停止がなければ。私達二人、後方の少女にやられていましたよ?」
……その一言で、下唇を噛み、言葉を飲み込んだ。悔しげなその目が前方に向けられる。
「もういいんじゃないかな。やめにしないか」
次郎の疲れたような、呆れたような声。――皆の見解は、一致していた。
ゆうなはハインツの目線に気付き――頷いて、アームド・ウェポンを降ろす。
白井は刃巫女を伴い、ザッと後方へ引き下がりながら、恭しい調子で言う。
「流石に五対二では分が悪すぎたらしい。……成る程よく分かりました。一旦ここは引き上げましょう。あなた方に対するそれなりの情報が得られました――……あなた方は結束が得られていない。真のチームとは言えないということがね」
それに加える形で、刃巫女が負け惜しみのような調子で言う。
「次会う時は、人間相手にも慣れておくことね。……レイドの素が動物以上の生き物になったら、あんた達、どうするの?」
――自分に言っているのだろうか。ありさは思う。さっきの刃巫女に反撃することは簡単に出来たかもしれない。しかし、そうはしなかった。……人相手なんて、慣れるわけない。
「この……ッ!」
刀真はなおも、白井に向かおうとするが――ハインツの目線が、それを許さなかった。
そうして刃巫女は中指を五人に突き立て、精一杯の煽り顔を作ってから、足早に暗闇へ去っていった――白井も、余裕たっぷりの足取りで、それに続こうとするが……。
「一つ聞かせてくれ。あの突撃娘はともかく……あんたの言い分は、アーカイブの総意なんかじゃないんだろ。だったら……なぁ、なんだってあんたは俺達の在り方を嫌おうとする?」
ハインツの問い。白井は振り返る。
「答える必要など、どこにあるというのです。――では」
――憮然として、答える。……そうしてまた、暗闇へ消えていく。
かくして、刀真達の、アーカイブ構成員への最初の邂逅は、消化試合的に終わりを迎えた。
◯
――あくる日。高校にて。
朝のホームルームで担任が告げた一言と、それに伴う存在の出現は、刀真達を唖然とさせるのには十分だった。
「紹介しよう――……転校生の、毒島刃巫女さんだ」
どうも、緑茶です。
今回はアーカイブという、アーセナルにも匹敵する規模の魔導結社のメンバーが初登場になります。
このアーカイブ、組織の存在理由が「研究」などにあるため、アーセナルの絶対的な敵、というわけではないのが
ミソなのですが……どうも今回出した二人はあまりそうは思ってないようですね。
いささか血の気の多い二人ですが、当然こんな奴らだけではなく、この先色んなアーカイブの人物が出てくると思います。
読者の皆さんはその辺を楽しみにしていてくださいね。
では、また次回お会いしましょう。