Ⅴ:帰るべき日々
リレー小説『=BlanK † AWard=』
「Ⅴ:帰るべき日々」
執筆者:久遠蒼季
一行がゼラニウムに行くとそこにはハインツもいて、結局一緒の夕食となった。だがくつろいでいられたのも束の間。その夜にはレイドの反応が検知され、すぐさま出動となった。
場所は庫森町郊外、農場跡地。
近隣に住民がいないせいか、周りには街灯すらない。周囲を木々に囲まれた平坦な草地が夜闇に広がっていた。
「それじゃ、追い込んで行くよ」
草地の端。次郎は展開した《ワイヤードジェム》を用いて八つの魔法陣を宙に描く。シンプルに描かれたそれらから魔力弾が射出され、一直線に農場の中心で旋回している目標へと走る。
敵は昆虫型・蜂ベース、D3ランクのホーネットが七体。元となった生物が飛べるのであれば、レイド化しても元の特徴は消えない。そのため飛行能力を持った生物のレイド化は脅威となりやすい。
しかし、対応を最初から決めていれば話は別である。
小型の魔法陣から放たれる魔力弾。攻撃を前にホーネット達は次郎へと襲いかかろうとするが、その弾幕がそれを許さない。次郎の《ワイヤードジェム》は描いた魔法陣の書き込み量により展開する物の威力を調節する。シンプルな小型の魔法陣であれば威力は犠牲となるが、代わりに速射と連射を可能とする事ができる。結果、弾幕を越えられないと判断したホーネットは後退を選択した。
それが彼女の狙いであった。
「れっつ、ごーっ!」
その隊列の側部、木々の影からゆうなが飛び出す。敵に機動力があるなら、まずはそれを無力化する。ゆうなは槍に大量の焔を纏わせ、大振りに一閃する。槍の切っ先は、ホーネット達の下をかすめるだけにとどまった。しかし槍に追従する焔が天へと逆巻く。迫り来る焔を躱しきれなかった一体が焔に巻かれ、草地に落ちる。
空を飛べるという事は、それだけ行動の幅が広がる事を意味する。攻める事も、逃げる事も、先手を取る限りは大きなアドバンテージを得る事ができる。
そう、先手をとれているのならば。
ホーネット達は視界の端にそれを捉えた。焔から逃れた先へと回転し、飛来する一振りの得物。一本の柄の両端に刃を結んだ両刃剣。ありさのアームド・ウェポン。
その銘を《ウィル》という。
「レクトロ・ハンズッ!!」
地上のありさの叫びと共に、《ウィル》から雷が放たれる。逃げた先に置かれた雷撃に為す術もなく、ホーネットは焼かれ、地に落ちていく。《ウィル》は伸ばしたありさの手へと帰還しようと弧を描く。
「まだ!」
切迫したゆうなの叫びが夜闇に響く。上空へと視線を送れば他の一体を盾に電撃を逃れたホーネットがありさへと高速で迫っていた。
「剣技――」
ダンッ、とありさの横から影が飛び出す。
「斬滅剣!!」
交差するように跳躍した刀真は、刀へと変形させた《ガーディアンズ・アーム》を振り抜きホーネットを迎撃する。蒼い光を纏ったその刃はホーネットの輝核を一撃で砕いた。
「なんだなんだ? 俺の出番は無しか?」
後詰めとして農場跡地の後方で待機していたハインツは肩をすくめる。そんな彼の姿を確認して、刀真は輝核と共に地面へと降り立った。
○
翌日。公立・東庫森高等学校。学区内では中の上程度の学力を持つ、所謂普通の高校。
庫森町は中央を流れる川で東西に分断される。西側は海に面して工業港があり、都市として栄えている。逆に東側は住宅街が多く山に面し緑も多い。それに伴い高校もそこそこあるのだが、東庫森高等学校はその中でも最も特徴がない。部活動をがんばりたければがんばればいいし、勉学に励みたければ励めばいい。別に帰宅部でもかまわない。自由といえば聞こえはいいかもしれないが、ようは放任である。特別目立つような生徒もおらず強い部活動もなく、庫森町という町を表したかのような校風を持つ。
その二年三組教室。八時十五分というショートホームルームすら前の割と暇な時間。ずきずきと痛む左腕を軽くさすりながら、自分の席で刀真はため息をついていた。
昨晩の戦闘。最後のホーネットを撃破、まではよかったのだが、その着地に失敗。足を滑らせて左腕を地面にぶつけてしまったのだ。ゆうなは慌てて近づき、ありさは笑い、ハインツはぽんぽんと肩を叩き、次郎は困ったように笑っていた。
情けない事この上ない。
「たっつみー!」
自らの名字を呼ばれ、刀真はそちらへと首を向ける。そこには快活そうな少年が立っていた。刀真と同じ制服ではあるが、カッターシャツのボタンを外したりネクタイを緩めたり、だいぶ着崩している。髪色も染めているらしく、かなりラフな印象を受ける。
「朝から元気だな」
「そういうお前はなんか元気ないな。まぁいいけど」
多少落ち込んでいるところにこのテンションとつきあうのはおっくうだなと、思い始めたと同時に、彼は本題を切り出した。
「三時間目の英語の宿題見せて!」
「断る」
即答である。
「何で!? ホワァイ!?」
リアクションの大きさに辟易しながらも刀真は体ごとそちらへと向ける。
「前に頼み込まれて見せた時、それがばれて先生に怒られただろ? 俺、面倒ごとは嫌なんだよ」
「あー、アレねー。いやいや、『どうして龍御くんと同じ間違え方を五カ所もしてるんですか?』ってめっちゃこわかったよなぁ」
「覚えてるじゃないか」
「まぁいいけど」
「よくねぇよ!」
その一件、刀真も呼び出されて『宿題を見せるような不正が一番好きじゃない』というような説教を聞かされるハメになったのだ。
「ていうかさ」
新たな声に振り向けば、そこにはゆうなとありさが立っていた。ありさはぴっと刀真に指を向ける。
「それ、アンタが誤訳してなければ問題なかったんじゃないの? アンタのせいでしょ?」
「……そうだな」
刀真はため息と共に、椅子の背もたれに体を預けて天井を仰ぐ。まぁ、確かにそういう見方もあるだろう。
ぬっ、とノートのような何かが刀真の視界を遮った。それが横にスライドしてのぞく、大きな瞳。
「私も、見せてもらいたいなぁ、なんて」
同じく英語のノートを持ったゆうながそこに笑顔で立っていた。
「……」
体を起こし、刀真は無言で鞄の中をごそごそと探る。ついに折れたのかと、ゆうなばかりか同級生の目も輝く。そうして目当ての物が手に当たり、掴んで引きずり出し、机へと出す。
ゴンッ、とそこには分厚い英和辞書が机の上に鎮座していた。
「し・ら・べ・ろ」
がっくりとうなだれ、ハイテンションだった彼は自分の席に戻って突っ伏した。るーるーと涙を流しながら、観念したゆうなはその辞書を借りて自分の席へと歩いていった。そんなゆうなについて行くようにありさもそちらへと向かう。
ちなみに、今回の宿題関連の箇所に付箋を貼っていたのは内緒である。
ショートホームルームが終わり、まもなく授業が始まった。一時間目は古典。同じ日本語とは思えないような呪文のような単語が、朝から眠気を誘う。睡眠時間が短いとなればなおさらである。
「この『ありがたし』というのは有るという言葉に難しいを難いと読んだ物をあわせて――」
黒板に書かれていく内容を、ノートに書き写していく。みんな一様に、ならんで板書と向き合っている。
これが日常。彼らが帰ってくるべき、日々の姿であった。みんなと笑いあい、ふざけあい、他愛もない、それでもかけがえのない生活。《アワード》などという力を手にしても、武装魔導師として戦う夜が続いても。ここが彼らの居場所である。それでもレイドを放っておけば、この日常はなくなる。
(その為の力が、俺たちにはある)
刀真は心の中で呟いた。少し手を止めると、周りのノートを取るシャープペンシルの音が優しく耳に届いていた。
対レイドを主とした魔導結社・アーセナル。その庫森支部は一年前に新設されたばかりだ。構成メンバーの内、刀真を始め、ありさと次郎の三人は開設後に《アワード》適正を見込まれて仲間に加わった。一番早く加入した刀真でさえ、武装魔導師としての経験は、もう少しで一年目を迎える程度でしかない。ゆうなとハインツの事情は聴いた事はないが、二人とも多くの戦いをくぐり抜けてきた戦士なのだろう。彼ら二人が現場での柱である。支部長である結子は、現場に出る事こそないが頼りになる人である。先輩二人とは対になる、精神的な柱だ。三人とも、まだまだ至らない自分たちをカバーしながら戦っている。
手にする魔導書は、迫り来る脅威を討ち払える、確かな力であった。望んで手に入れた力ではない。よく考えて選択したわけではない。いろいろな偶然が重なったからに過ぎない。それでも出来る事があるならと、この生活を続けている。
「――つまり、『滅多にない』という意味になる。これが今でいうところの、滅多になく恵まれている、それに感謝したいという気持ち『ありがたい』に繋がるわけですね」
有る事が難い。故に、ありがたい。先生のそんな言葉は、不思議と今の自分たちの状況と重なった。
《アワード》は数が多くない。全世界を探しても千冊程度しか存在しないようである。数だけ見れば多く感じるかもしれないが、現存しなおかつその位置が特定されている物となればその数は激減する。加えていえば、その使用には魔力適正がいる。《アワード》に巡り会い、適合し、さらに戦いを続けているという状況は、奇跡に近い巡り合わせが必要である。
(そういえば、新しい能力も考えないと……)
武器を創り出す魔導書、《アワード》。その最大の特性は、能力を章として管理し、武器に武装させる事にある。武装する武器、故にその名をアームド・ウェポンという。
能力を武装させる工程は、主に三つ。まず、前段階の章をエネルギーで満たす事。次に能力のイメージを固める。最後にイメージした能力に見合うだけのエネルギーで《アワード》を満たす。工程の完了と共に、能力は新たな章として、《アワード》に書き込まれる。
エネルギーに関しては、輝核から抽出されるのだが、それを得る為にはアーセナルの本部まで足を運ぶ必要がある。後日、支部長である結子が集めた輝核をまとめて本部まで持って行く予定になっている。
問題は、どういった能力をつけるか、である。
能力の方向性は大きく分けて二つ。魔力に干渉するか、アームド・ウェポンに干渉するかである。具体的にはゆうなやありさのように魔力を扱いやすい属性に変換したり、刀真のように武器を変形させたりである。その他、魔力を用いた身体強化や、今までの章ほ補助する能力モアある。だが、望めばどんな能力でもつけられるわけではない。特殊な能力になればなるほど、適正や才覚が必要となる。うまくいかなければエラーが出てやり直しである。
《アワード》のⅠ章は共通している。すなわち、武器の創造。章タイトルもその武器の名が冠せられる。刀真は自らの有するⅡ章とⅢ章を思い浮かべる。
Ⅱ章 《柔靭たる意思は刃となりて》。短刀の刀への変形。
Ⅲ章 《蒼き光は想いを超えて》。魔力の攻性変換。
そのどちらもが、いくつかの欠点を抱えていた。主に刀真のイメージ能力のなさが招いた事である。穴があるからこそ、不具合が生じるのだ。
(Ⅳ章は失敗できないな)
とは思う物の、明確に思い浮かぶ物はない。明確でなく曖昧なら、また何かしらの欠点を抱える羽目になる。
所有するAW719。自身のアームド・ウェポン、右腕鎧装及び短刀からなる《ガーディアンズ・アーム》。その白銀の腕と刃の担い手である自分に、何ができるのか。
刀真は右手で頬杖を突き、遠くの窓へと視線をやる。
空はどこまでも遠く、蒼く続いていた。
○
「それで、今回の件はどのような内容ですか?」
黒い豪奢なデスクを奥に据えた、暗い内装の部屋。そこに腰掛けた黒髪オールバックの男に、向き合う影が二つ。灰色のスーツを着こなす青年と、ピンクと紫の髪の少女。訪ねたのは青年の方であり、掛けたメガネを指でなおしていた。
「かねてから追っていた相手だ」
男はデスクを指でつつく。そこには二つの紙束。彼が言うところの相手の資料であった。薄明かりではあったが、十分に内容は読みとれた。ご丁寧に顔写真つきである。
「君たちの仕事は第568号の回収。以上だ」
男はそれ以上言う事がないのか、デスクと同じように豪奢な柔らかい背もたれへと体を預ける。眉間に深い皺が刻まれてはいるが表情自体は堅くない。
「あのぉ、質問、いいですかぁ?」
少女の方が甘ったるい声を出す。
「何だ?」
質問を聞かれる事も織り込み済みだったのか、男は体を椅子から起こしもせずに少女に内容を問う。
「そこってぇ、新設のアーセナルの支部があったと思うんですけどぉ、現地の武装魔導師達とはぁ、どうしたらいいですかぁ?」
ニタニタと、少女の笑みが暗い室内に浮かぶ。
「……そうだな」
思案するようなそぶりを見せ、男は口元を手で覆った。だが、それはあくまでジェスチャーであり、彼の答えは聞かれる前から決まっていた。先ほどまでの険しい表情が嘘のように、口元が笑う。
「なるべく問題は起こしてくれるな、なるべくな」
「りょーかいです」
きびすを返し、少女は部屋を後にする。青年の方はそんな彼女をフンと鼻で笑い、同じように部屋を出る。
部屋を出た少女は、口の端をつり上げて笑う。
向かう先は、庫森町。
さて、というわけでお話とお話の間を埋めるロールバック、私、久遠蒼季の回となりました。
英語で言うとbetween description。
方向性としては、ずばり、学生組の日常。
彼らがどんな日々を過ごしているか。
という事を書きたかったのですけど、今まできちんと触れていなかった《アワード》の設定等々に触れていたらそうもいえなくなった雰囲気。
物語を書くって難しいですね。
特に焦点を当てたのは刀真になるわけですが、一言で言えば、彼は普通なんです。
けだるげだったり、めんどくさがりだったり、でも実際根はまじめで優しい。
困ってる人がいたら助けたいと思うし、その力があるなら、ちゃんと使いたいと思う。
だからこそ、彼は特異な世界に身を置いているのでしょうか。
それでは、今日はこの辺りで。