ⅩⅩⅩⅢ:ひとひら
リレー小説『=BlanK † AWard=』
執筆者:久遠蒼季
《ChapterⅠ》最終話
○
「ハァ……、ハァ……」
荒くなった呼吸を、刀真は何とか落ち着かせていく。だが打撃を貰った脇腹もひどく痛み、息をする事すら苦痛に感じる。視界が霞む。魔力とはすなわち生命エネルギー。その大半を攻撃に転用してしまったのだ。意識を保っている事自体、奇跡的である。
焦点の合わない瞳で前を見ると、そこには地面に倒れ伏した塚崎の姿があった。
決着はついた。そう思った途端、ぐらりと脚から力が抜けた。
「刀真くん!」
ばっと、肩を抱かれる。ぎこちない動作で首を動かすと、ゆうなが今まで見た事の無いような表情で、刀真を支えていた。
「俺、勝ったん、だよな……?」
「うん、そうだよ」
震えたような声が、耳に届いた。
「んー、でもでもでもでもぉ、君が勝つのって、そんなに難しい話だったのかなぁん?」
同時に、煮えたように甘い声が辺りに響いた。
その声に、跳ねるようにゆうなは刀真を左手一本で抱え、右手を構える。もはや体を満足に動かせない刀真は首だけを声がした方向へと向けた。
最初、そこには何か黒い塊があるように見えた。しかし、よく見ればそれがローブらしき何かを纏った人である事が分かった。そのローブは生地が薄いように見えるが、決して風にはなびかず、揺れる事無く伸びていた。頭の部分には黒く鍔の広い、先端の尖った長い帽子。鍔は円ではなく錐のように一カ所だけが尖っていって、さらに何カ所には鋲が打たれていた。
「数の上では十分勝算があったし、逆にここまでもつれ込むって、どんだけ? まぁまぁまぁまぁ、私的には、塚崎チャンに勝って欲しかったきがしなくもなくもなくもないんだけどぉ……。あらぁん、コレだとどっちの意味になるのかなぁ? 肯定、否定?」
耳につく、女性の声。二人の警戒など意にも介していないようである。ローブの隙間からいくつもの黒いバンドを巻き付けた右腕が伸び、その帽子の鍔を中指であげ、その顔があらわとなる。
幼い、少女のような顔。髪は紅く、その毛先だけが虹色に変化していた。吊り目がちの瞳に、どこか愛嬌のある口元。光彩は夜だというのに赤だと言う事が分かるぐらいに鮮やかであった。
「あなた、何者?」
慎重に言葉を選びながら、ゆうなは問いかける。その言葉に、少女は思いっきり噴き出し、笑い始めた。
「いやいやいやいやいやいや。そぉいうの、どうでもいいんだって、ゆうなちゃぁん」
不意に名を呼ばれ、ゆうなの警戒レベルが一気に上がる。
「私は、ただただ、暇つぶしをしてただけ。叶わぬ願いを抱いた哀れな人間に、ほんのわずかな仮初めの希望を与えて、どうあがくかを、ポップコーン片手に見てただけだよ」
「何を……?」
「だってさぁ、気にならない? 自らの過ちで生徒を意識不明にして、あまつさえ自分だけが超常の力を手に入れて生き残った男。そんな彼の選ぶ道。それにそれに、おかしいと思わなかったのぉ? 《アワード》を手にして僅か二年で、新設とはいえアーセナルの支部と互角の戦力を得るだなんて。普通なら、章をまともに解放する事すら厳しい。だから私はぁ――」
少女は、手をふっと、前にかざす。
「力の使い方とぉ」
突如、宙に一冊の《アワード》が現れる。
「力の源泉とぉ」
その隣に、スピリアのような液体が球体を象り浮遊する。
「目的の達成の仕方」
そうして最後に、ゆうなたちを指さした。
「まとめて、プレゼント。それだけ与えたら、あとは勝手にするでしょぉ? 知っての通り♪」
ゆうなは言葉を発さず、慎重に相手との距離を測る。相手は今、《アワード》を起動している様子はない。にもかかわらず、何もない空間から《アワード》やスピリアを取り出した。底が知れ無いどころか、得体が知れない。外見上は人間。だというのに、その威圧感は武装魔導師やレイド、それ以上の物を思わせる。
「ホントに、滑稽で、おもしろかったわぁ♪」
「待てよ」
その声に、立ち上がる者がいた。
「アンタは、何を言ってるんだ?」
満身創痍ながら、話を聞いていた刀真は両の脚で自らを支えていた。制止するようにゆうなは手を伸ばすが、それでも彼は少女へと立ち向かう。
「だからぁ、《アワード》を集めれば意識不明の人間を救える『かも』ってぇ、ありもしない希望を見せて、君たちにけしかけてみたの。一から十まで説明しないといけないなんてぇ、察しが悪いのかなぁ?」
「ふ、ざけるなッ!!」
ありったけの力を籠めて、刀真は叫んだ。
「人を、何だと思ってるんだ!?」
「暇つぶしのおもちゃ」
あっさりと、少女は興味もなさげに答えた。
「そういえば、さっき、何か言ってたっけぇ? 『手を伸ばす! 人を護る!』だっけ?」
茶化すように、少女は刀真を真似たように叫ぶ。だがその返事を待たず、少女はくるりと回る。それに合わせて、ローブの中にしまわれていたと思しき紅髪が夜闇に舞った。
「うんうんうんうん! やっぱ君たちおもしろい! だから、覚えててあげるよ」
ぐにゃりと、少女の口の端が歪んだ。
「私は、《アリス》。退屈を嫌う《魔女》」
紅い長髪が、重力に逆らってふわりと浮かび上がる。その毛先もまた、虹色に輝いていた。
「それじゃ、またね。気が向いたら、また遊びに来るよ。それまでせいぜい、守護者してなよ」
「待、てッ!!」
なけなしの力で刀真は一歩前へと踏み出す。しかし意に介さず、少女――《アリス》は虚空へと消えていった。後には何も残らず、まるで何もなかったかのように夜の静寂だけが残されていた。
「それでも、護ってみせる」
刀真は、その右手を握りしめる。
「この手が、届く、限、り――」
がくん、とついに自らを支えていた力を失い、刀真は今度こそ地面へと倒れ伏した。
○
蒼い空が、広がっていた。
どこまでも続いていく空。大地は草にあふれ、風に揺られていた。
ふと振り返る。そこには自らが歩いて踏みしめてきたと思しき道が、ずっと奥から続いていた。そのまま前を見ると、誰かが、そこに立っていた。
それが何者かは分からない。けれど、自分の到達を待っているように見えた。
瞳を閉じ、頷き、そうして一歩、前へと踏みだし――。
見慣れない白い天井が、そこにあった。
目を覚ました刀真が最初に目にした物は、それだった。体を動かそうとするが灼けるような痛みに遮られる。仕方なく首だけを動かして周囲を確認する。丈の高い、白いベッド。左腕から伸びるチューブ。そこから伸びる薬品とそれをかける支柱台。白を基調にした部屋に、棚やテレビ。窓からは日が差し込んでいた。
ようやく、ここが病室だろうという事が理解できた。
「気がついたか」
声の方へと首を向ける。そこには一人の白衣を身につけた男性が椅子に腰掛けていた。一件二十代前半に見えるが、彼が実は三十代であることを刀真は知っていた。
「向坂、さん」
「目が覚めたようで何よりだ」
白衣の男性――、向坂理人は手元の紅茶に口を少しつけ立ち上がり、刀真の横へと立つ。ついでにベッドに備わったリクライニングのボタンを押し、ベッドを起こす。
ここは、庫森病院。表向きは大型の地域支援病院であるが、その実は政府から干渉を受けたアーセナルの関連施設であり、庫森支部に所属する武装魔導師の面々は傷を負えばここへと自動的に搬送される。
刀真がいるのは個室。恐らく一般病床がある階、その一つ上の魔導関連の病室である。
「病名は左第四肋骨骨折。ヒビが入った程度だから、魔力循環の治療と合わせれば、入院三日、絶対安静四日で治る」
絶対安静にはもちろん《アワード》の起動も含まれる、と理人は釘を刺す。魔力を自然治癒へと回せば、その回復能力は飛躍的に上がる。特に刀真のように若ければ、その効果も著しい。ただし、機材と安静にできる環境がある状況に限るが。
「それとデータを見た限り、新しい力を使用中は魔力を伴った攻撃に対して非常に耐性が落ちるようだ。以後、気をつけるように」
酷く痛むと思っていたが、まさか骨にまで傷を負っていたとは思いもしていなかった。この傷は、ブースターによる高速斬撃の反撃として貰った物だ。あの時受けたのは、柄での打突。塚崎の技量もあるのかもしれないが、たったの一撃でこれだけの傷を負うのであれば、使用にはある程度の慎重さが必要になるだろう。
「あの、向坂、先生」
ピクリ、と下を向いていた理人の口が上をむきかける。
「……なんだ?」
この人は、『先生』と呼ばれることに弱いことをアーセナルの面々はよく知っている。頼みたいことや聞きたい事があるときの切り札である。
「塚崎は、どうなったんですか?」
そのことか、と理人は軽く目を閉じて鼻を鳴らす。
「大きな外傷はなく、症状は純魔力エネルギーによる全身の魔力欠損、及びそれに伴う意識消失のみ。お前が綺麗に撃ち抜いたから後遺症もないだろう。今は上の人員が拘束した上で、魔力自然治癒による意識回復待ちだ」
武装魔導師は生命エネルギーを魔力へと変換し、《アワード》を起動している間は常に一定量の魔力を身に纏っている。ただし充填している魔力を突発的に失うと、その肉体部位が一時使用不能な状態に陥る。時間経過による自然回復が可能であるが、それ以外の回復方法はほとんど存在しない。さらに全身、とくに頭部の魔力を失えばそのまま昏倒する。
ゆうなが最終決戦前、刀真に耳打ちしたことである。
「よかった……」
その知らせに、刀真は胸をなで下ろした。肩の荷が下りたところで、新たな質問を思い出す。
「あの、最後に出てきた人物は」
「全く不明だそうだ。もっとも、それはこちらの専門ではない」
別の人間に聞いてくれ、と言わんばかりに紅茶へと再び口をつける。それ以上は聞けそうもなく、刀真は首を天井の方に向けて背中をベッドの方へと預けた。
「――俺、誰かを護れたんでしょうか」
思い浮かぶのは、塚崎との剣撃。何合打ち合わせたか、覚えていない。それでも脳裏に浮かぶのは、人に刃を向ける嫌な感触。命は奪わなかったにせよ、心地のいい物ではない。だが、これは一つの事件に過ぎない。こんな事は、これからも起こるだろう。
その事に、果たして耐えられるのだろうか。
「……それは俺が判断することじゃない」
そう言って、理人は背を向けた。自分の用は済んだと言うように、出口へと歩いて行く。
「自分の目で確かめるといい」
がらり、と扉が開く音がする。それと同時に、人影がなだれ込んできた。
「刀真くん! 大丈夫!?」
「ちょっと、心配させないでよ!」
「大変だったね」
ゆうな、ありさ、次郎がそれぞれにそれぞれの言葉をまくし立てる。喧噪を嫌うように理人は姿を消していたが、彼が何を言わんとしたか、刀真は理解できた。
戦ったからこそ、今のこの瞬間があるのだ。
この先に何が待ち受けているかは分からない。どこまで歩いて行けるかは分からない。それでも刀真は、今回、明確な意志をもって決意した。
手を伸ばし、護り続ける事を。
それに彼は一人ではない。その道がどこまで共にしているかは分からないが、歩めるところまでは一緒に歩いて行けばいいのだ。
そんな彼らに笑顔で答え、ちらりと窓の奥へと視線を向けた。
そこには白い雲をちりばめた、どこまでも続く蒼い空が広がっていた。
「そういえば、ハインツさんは?」
「ケチャップなら、包帯ぐるぐる巻きにされてうーうー唸ってるわよ」
どこかから、くしゃみが聞こえてきた気がした。
○
庫森町、喫茶店・ゼラニウム。その地下にある庫森支部。
その中の支部長室という名の資料室のデスクで、結子は書類の山と向き合っていた。
「さて、今回の一件、どうまとめた物ですかね……」
誰に聞かせるわけでもなく、結子は独りごちる。
塚崎崇人が起こした一件は、解決出来たとはいえかなりの事件である。日中のストレイ・ウィザードによる多数の民間人への干渉、及び人質化。さらには《アワード》の強奪。人的損害がゼロで収まったことは、思い返せば奇跡に近い。
反省点は山のようにある。
「加えて《魔女》の関与、ですか……」
その上がってきた報告に結子は眼帯をつけた目を掌で覆う。《魔女》。その存在は、明確には確認されず、記録もろくに残らず、武装魔導師の間でさえ伝承程度にしか思われていない。ただ、武装魔導師を越えたモノ、とだけ伝わる。今回にしても干渉を行ったモノが魔女か、それを騙った武装魔導師かの判別は永久につかないだろう。現場にも、何も残っていないそうだ。
だがしかし、その存在は幻想ではなく、いつかの脅威となり得る事を結子はよく知っていた。
「それでも」
彼らは、彼らの成すべき事を、いや成したい事をやり遂げたのだ。
その事実と成長に口元を緩め、結子は報告書という名の彼らの物語を綴り始めた。
さて、すっかり秋らしくなってきた今日この頃ですがいかがお過ごしでしょうか。
久遠蒼季です
これにてリレー小説『=BlanK † AWard=』、《ChapterⅠ》完結です!
いろいろとありましたけど、まずは一段落ですね!
ですが、お話はまだまだ終わりません。
一つのオワリは、一つの始まり。
物語は続いていくのです。
本編のお話は、といいますと、なにやらここに来て《魔女》という新しいキーワード。
塚崎に協力者がいるらしいということは仄めかしたかったのですけど、果たしてどこまでかけていたか。
さらには、お医者さんも登場です。
リスポーン地点ですね(笑)
さて、次回からは《ChapterⅡ》がはじまります。
いったいどんなお話になるのか、楽しみですね!
それでは、今日はこの辺りで。




