ⅩⅩⅦ:波濤と怒濤
リレー小説『=BlanK † AWard=』
執筆者:緑茶
○
なけなしの体力を振り絞りながら、ハインツは大型レイドの攻撃をかわし続けていた。正直なところ、ジリ貧だ。それでも彼は思考を止めない。
……逃げ切るのではなく、勝つために。
「ここは海に近い……そんな場所の地下だ……ッて事はだ……」
言葉を口に出して、思考を整理する。
足元すぐ近くが穿たれる。肝を冷やしながらそれをかわす。
「じきに、海に繋がるってことなんじゃねぇのか……?」
根拠などないし、そもそも自分が走っているのが海に向けてかどうかは分からない。
それでも。何かしらの『指向性』は見えた気がする。
そして何より彼は、自分の勝利を諦めていない。
何故なら――ふと頭のなかに浮かんだ自分の後輩である少年もまた、今現在、何かに対して絶対に諦めようとしていないような……そんな気がしたからである。
だからこそ、彼は。
「スー……ッ」
――走りながらも、呼吸を深める。
――冷静になって、自分の出来ることとすべきことを脳内に並べ、それぞれを結合する。
怒涛のように、レイドの迫る音が聞こえる。
――これは師の教えだ。激情に駆られるな、とは言わない。そのような中でこそ、心を氷のように冷たく保て。
「俺の……力」
Ⅰ章――両拳のガングローブ型アームド・ウェポン。左拳の名が《終わり良ければ》、右拳の名が《全て良し》。殴りつけるモーションを取ると、拳銃のスライドの要領で機構が発動。弾丸が発射される。通常火器として使用するのは勿論のこと、相手を『殴り撃つ』ことで凄まじい破壊力を得られる。
Ⅱ章――《泣きっ面に蜂》。Ⅰ章により射出された弾丸、その着弾点を凍結させる力。相手の足止め等に有効。
Ⅲ章――《急がば回れ》。発射された弾丸、その弾道のプログラミング。意識の範疇であれば、物理法則を逸した弾道を弾丸に辿らせることが可能。これにより、単に正面相手の白兵だけではなく、四次元的な戦闘を可能にする。
そしてⅣ章――《思い立ったが吉日》。拳に魔力を込めて、炸裂させる。その炸裂とは即ち物理的な炸裂を意味し――『爆ぜる拳』となる。
ハインツは思考を高速で進める。
彼の普段のセオリーはこうだ。
Ⅳ章で飛び回りつつ、Ⅲ章で相手を撹乱、誘導。さらにⅡ章で相手の動きを止め、Ⅰ章で接近し、肉弾を挑む。
だが――そんな基本策はそもそも、とっくに試したことであり――あくまで相手が『いつもどおり』である場合だ。ましてやそんなふうにアグレッシヴな戦いなど、今のこの身体ではとうてい出来そうにない。敵の輝核はいまだ複数個あるのだ。
ならばこその、海。
ハインツの見立てでは此処は巨大な地下貯水槽だ。東京など大都市ではよくあるもので、洪水や津波が起きた際、地上に水が流れ出ないようにするために貯めこむための場所である。海に程近いこの場所にこんな広い地下空間となれば、それしか考えられないというものだ。
そこなら――『凍らせやすいもの』が溢れんばかりに揃っている。
「問題は――今から考えてる無茶が、果たして上手くいくかどうか、だが……」
――まず。自分の見立てが正しいことを信じるしかない。
――そう、信じるしかない。
結局のところ、人間が決められる絶対的な是非など、ほんの小さな、ミクロ的な観点から見られるようなものでしかない。大きな世界で括られたものの善悪正義は、結局のところ誰かの視点に根ざしたものだ。だからこそ――自分を、仲間を信じるのだ。
……限界寸前のチキンレースを続けること暫くして。
――ハインツは、ほくそ笑んだ。
「ヴァルハラに行くにゃ、まだ早いらしいぜ――おい、……――――、ざまぁ見ろ」
彼にしか知りえぬ誰かの名を呟いて、彼は走った。
その場所へ。その音が聞こえる場所へ。
……ドドドドド。何かが打ち合う音。
紛れも無い波の音、水の音。
――薄暗い空間の奥に、見えてくる。
床は途中でぶつ切りになって、岸になっている。
海だ。海の水が流れ込んで、打ち付けている。
しばらく足と腕に無理をきかせて、彼はレイドとの距離を強引に開いた――残り僅かな体力が、一気に激減した感覚。
だが、実に重畳だ。見立ては正しかった。
大型レイドは地を揺らしながら迫り来る――その勢いには怒りがあった。生物としての、本能としての怒りが。
――自分達の生命を脅かす、この人間を葬らねばならない。
そんな事を考えているのだろうか。いや、考えているというよりは――殺意に上塗りされた本能だろうが。
「だが悪いな……――お前に俺の命は、凍らせない」
再び――今度は相手に向き合って、深呼吸する。
そして両拳を構え――続けざまに二発、弾丸を正面から相手に突き込む。
何度も同じ手は喰らわないというように、大型レイドはそれを飛び上がりながら回避。地面には穴が空き、凍った。
蛇の胴を鞭のようにしならせて、大型レイドは飛び上がった空からハインツに向けて落下してくる。そこに来て彼が取ったのは。
「――……来い」
無防備に両手を広げて、受け入れることだった。
彼は再び、目を瞑る。
レイドの接近を感じる。
ほんの数センチ後ろには、海。
――彼は無限に引き伸ばされた一瞬の中で、思った。
――自分がこうして戦っていることに、理由などあるのだろうか。
――否。贖罪なのか。この戦いは。今までの戦いは。
――では、あの少年たちの事を思うと胸が熱くなるのは何故だろう。それは大切に思う仲間に他ならないからではないのか。
――しかし自分の理性と経験が否定する。自分の戦いは、存在意義は、そんなもののために使われるものではない、と。何よりそう、自分に誓ったのではなかったか。
――答えなど、出ないのだろう。自分は苦しみながら戦い続けるのだろう。目的を遂げるまでは。
……しかし。しかし、今は。それでいい。
――何故なら今自分が戦うことが、仲間のためになると思うことが出来る、それが何より、自分の心を安心させる。
今は――今は、それでいい。
「だから、よ……」
レイドの極限の接近。あとほんの数秒で、飛びかかられ、蛇のあぎとの餌食になっていたであろう――その隙。
ハインツは、渾身の力を込めて、落雷のように――両手を、地面に叩きつけた。
瞬間――Ⅳ章の力が発動。拳の先に、そしてその先の地に、魔力が迸り、溢れ――炸裂した。
ガキン。
地面が音を立てて凍る音。ハインツが、出鱈目のように直上へ飛び上がる音。
レイドは――それを見たところで、勢いを殺しきれなかった。
つまり、それは。
巨大な鈍い音を立てて、水しぶきが上がる。
――レイドが海に突っ込まざるを得ないということを意味する。
身体を派手に濡らしながら、レイドは首をもたげて後方を見る。
そこには――ハインツ。
飛び上がり、身体を捻って反転させて――逆さまの状態で、レイドに対して拳を向けている。
……既に、十分な距離が空いていた。そして何より、彼の拳は十分に引き絞られていた。
ハインツは、吠えた。
そして、レイドが海に突っ込んだ一瞬。その一瞬に、雨あられの如く拳の殴打を放ち、無数の弾丸を飛ばした。
「いい加減に……――逝きさらせぇッ!」
レイドの視界には。自身の元へ飛んでくる弾丸が、花火のように幾つも瞬いたように見えた。
――まもなく、暴れ狂うレイドは自身の身体の一部を氷結させられ、海面に縫い付けられた。
海が、次々と氷結していく。
確かな手応え――既に今ので、輝核を数個破壊しただろう。だが。そんなものでは――。
「shhhhhhhhhhhhhh…………!」
レイドが猛る。身動きが取れなくなっても、なお――だが。そんなものでは。
「……まだだッ!」
ハインツは叫ぶ。そして、すぐ近くにあった柱へ、足を接地させる。
そのままバネのように足を屈めて――一瞬の躊躇ののち。
ほんの僅かな力を込めて、柱を、殴った――。
僅かな亀裂が柱に奔る。溜め込んだ足のエネルギーと、Ⅳ章のエネルギーが同時に解放される。結果としてハインツは、暴れ狂うレイドの元へ――砲丸のように吹き飛んだ。
撃つ、撃つ、撃つ。弓なりに飛ぶ――コートの裾が激しくはためく。ハインツは銃撃をやめない。レイドは暴れる――まだくたばらない。
「まだ終わっちゃいねぇッ!」
ハインツは――。
レイドの真上に、降り立った。
その衝撃で、周囲に張られていた氷にヒビが入る。だが、そんなことを気にする余裕はない。
ロデオのようにレイドの上に跨りながら、残り一つの輝核に、ハインツは拳を振り下ろそうとする――が、暴れ狂うレイドの蛇頭が、ハインツの足に噛みつく。蛇の体が、鞭となって彼の身体を痛めつける。
「がああッ……」
苦痛。既に限界寸前まで酷使していた身体が、更に傷めつけられる。コートを、その肌を、血が濡らしていく。足は痙攣し、口からも筋のように血が噴き出している。気絶することが許されるなら、一瞬でそうしていたであろうほどの激痛――それでもなお彼は。
「うおおおおおおおッ!」
殴打する。殴打する。殴打する。殴打する。
打ち据えられる。噛みつかれる。海が揺れる。
殴打する。殴打する。殴打する。殴打する。
そうしていればいつか、最後の輝核に届くであろうというように。
袖が破け、ズタズタになる。それでも彼は拳を撃ちこむことをやめない。
そして――その激しい十数秒の後。
その拳はついに――最後の輝核を、とらえた。
瞬間――血に塗れた自分の姿を想起し。彼はふと、ある思いに囚われた。
――自分の本質は。このようにしか戦えぬ、一介の修羅に過ぎないのではないか。
その思いを振りきって、打ち砕くように。
破裂の音。
「――Verschwinde(消えちまえ)……ッ!」
ボソリと、呪詛のように――彼は呟いた。
……輝核が、砕け散る。
その時。
海表面に、連鎖的な亀裂が発生。
直後――轟音とともに、海が割れた。
レイドとハインツは割れた氷の隙間から噴き上がった飛沫に飲み込まれ沈み込み、見えなくなる。大きな波が貯水槽の岸をさらう。
……それから、更に数十秒が経過。
海面は、氷こそモザイク状に浮いているものの――何も見えなかった。
しかし。岸に程近いある場所が、ブクブクと泡立った。
「ぶはぁッ! 俺はちゃんと生きてるか、よし生きてるな畜生……」
それはハインツだった。血まみれでズタボロの姿は濡れることで更に深刻に見える。
彼はゼイゼイと荒く息をしながら、身体を引きずって這うように岸に上がった。
「ハーッ……ハーッ……――どうにか、こうにかだ……な」
立膝で座り込んだ状態で、彼は海面を見る。
何かが――浮上する。
それは、先程まで血みどろの戦いを繰り広げていた複合レイドの成れの果て。あの巨躯を成していた生物たちが、力なくその姿をぷかぷかと水面に浮かべている。
――こうしてみると、呆気無いものだ。
先刻までの戦いがウソのように、静寂が広がっていた。
元々だだっ広い空間であるゆえに、寒々しさすら感じられる。
「後数秒……いや、コンマ数秒……輝核を砕くのが遅れてたら……今度こそこっちがやられてたかもしれねぇ……」
――そう思うと、中々にゾッとしない。
彼は倒したものが再び動き出したりしないことを確認すると、水浸しのまま、ごろりと大の字に寝転がった。
――……あの柱にはヒビが入った気がしたが。まぁ、加減したから大丈夫だろう。
そもそも大穴が空いた時点でお役所は火の車なのだ。今更気にすることもないだろう。
自己弁護的なそんなことをつらつらと頭のなかに並べつつ、彼は勝利の余韻よりも大きい疲労感を噛み締めた。
骨が何本もやられた気がする。もう本当に、指先ひとつ動かせない。満身創痍とはこのことだ。
――だが、なんとか。
なんとか、後輩達に格好がつけられた。それは僥倖だ。
力のない笑みを浮かべながら、彼は遠い天井を見――地上の者達に思いを馳せた。
「皆……あとは……うまくやれよ……」
◯
どうも緑茶です。ようやっとハインツの戦いが決着しました。この複合レイド、ぶっちゃけかなり強いです。
ハインツは庫森支部では戦闘経験はかなり積んでる方なのですが、それでもこのボロボロ具合です。
最初みんなと戦ってなかったら、マジでやられてた可能性がデカイです。というか白井上に行かせたのも大分大胆な判断ですね。無茶が過ぎます。
しかしまぁ無茶を割と平然とやるのがこの兄ちゃんだと思って書いてます。今回は無謀比べでハインツが勝利したと言っても良いかもしれません。
さていよいよ残るは地上組の決着です。流れが刀真達に傾いていますが、塚崎たちもまた並々ならぬものを胸の うちに抱えています。
勝敗を分けるのは、意外と心の強さなのかもしれませんね。ではまた、4話後にお会いしましょう。




