ⅩⅩⅢ:こたえはおまえのなかにある
リレー小説『=BlanK † AWard=』
執筆者:緑茶
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不意に現れた少女が味方であるということを理解するのに、ありさは数十秒ほど要した。
……近頃自分の中の『出会った人間』リストが物凄い勢いで更新されていく。
「えっと、その……あなたは……」
「アーカイブ極東支部所属魔術師、花納詩乃と申します」
時が逆行したかのように、つい今しがた発したばかりの言葉を少女は繰り返した。
――いや、それはそうなのかもしれないが、もうちょっと、なんというか、ないものか。
そう思っていると詩乃は少しだけ、コテンと首を傾げながら、こんなことを言った。
「名前が分かりにくかったでしょうか。漢字は、花を納める、と書きます。納める、は納税、の納です。詩乃、は――」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「取り合わない方がいいですよ。彼女の頭の中は基本的に宇宙ですから」
白井の言うことだから完全には信用したくないが、どうやらこの少女はペースを乱すタイプの人種らしい。……それにしても、同じアーカイブでも、こうも違うものなのか。
……その目線に気付いたらしく、刃巫女が舌打ちして睨み返してきた。
「ところで。怪我の方は大丈夫でしょうか」
詩乃は明日の予定を尋ねるようなノリで刃巫女に聞いた。
「はぁ!? 大丈夫じゃないわけないでしょこの私が! 全然痛くな……痛ッ……痛くないんだからッ!」
キシャー、とムキになる刃巫女。それを聞いて特にリアクションするでもなく、泰然自若としている詩乃。
「おかしい……何か空気がユルくなった気がする……さっきまでは相当切羽詰まった状況だったのに……」
ありさはそう零す。白井はこめかみを抑えている。
「あなた達……自分達がどういう状況か分かっているの……」
向かい側から、鈴原の声。怒りを通り越して呆然に程近い声。
そして不意に、その間に、割って入るように。
「『魔術師』か――……実際にお目にかかるのは初めてだ。その技術も。興味深いから、色々聞きたいけど……」
と、次郎。――魔術師。武装魔術師とは違うものなのだろうか。先程のなんだかデタラメのような手品のような……まさに『魔法』と言うべきものを見せられてしまっては、そういう存在が居ることも納得できてしまう。やはり、ここのところ急激に色々進みすぎている。ありさはなんだかくらくらする。――しかし、そんなことを嘆いている場合ではない。
「えぇ。それは後でお願いしますね。……皆さん、イレギュラーな状況下、ここまでよく耐え抜きました。さぁ――……」
詩乃と名乗った魔法少女じみた彼女は――。
前方の状況を、見据えた。
――空気が、締まる。
「局面を終息に向かわせる準備は、良いですか」
ありさ達は、一斉にアームド・ウェポンを構える。
もはや言葉は要らなかった。
――涼原が、猛然と、吠えた。
次郎は、思った。……もう、今ここに、重苦しい空気はない。
埒を開ける、とはこういうことを言うのかもしれない。
……ふ、と。感慨深げに、呟いた。
「風が。――……変わった」
「忌々しい……」
どうしようもなく、不利な状況にあって涼原の心に巣食っていたのは、絶望というよりはむしろ、苛立ちだった。
何故。何故あのような、戦う理由もろくに見いだせないような連中が寄り集まって、今の自分を追い立てているのか。
戦う理由なら、自分の方によほど価値があるというのに。――一体何の道理が、彼らよりも自分を不利にしているのか。
許されることでは、ない。
「私がここで一敗地に塗れたところで、あの方は……あの人は……!」
失望も怒りもなく、ただ所持していた道具がうまく稼働しなかった程度の意味合いの眼差し程度しか、自分に注がぬであろう。分かっている、分かっている。
――あの方の求めるものは高潔で、純粋な願いだ。自分はその願いを、理由を美しいと感じたから、それに奉仕すると決めた。ただ、あの方を愛していたから。
彼は自分の在り方を貫くために、自分を駒として使うことを決めた。そこに揺るぎは、ない。
理由とは。戦う理由とは、そのように完全であるべきなのだ。そこに微塵の隙もあってはならない。その行動すべてが理由の証明となる。逃げ場など無い。
完璧な奉仕――自分は、それを、全うしなければならない。でなければ、彼の完璧が消えてしまう。あってはならない、それだけはあってはならない。
衝動で、感情で、後先など考えずに動く――忌々しい、そんなものを自分は認めない。
だから。
たとえ、どれだけ追い詰められようと。
――涼原は下唇を噛んで、その者達に、吠えた。
「やってみなさい……! 私はお前たちになど、負けるわけにはいかないんだ!」
蛇の巨頭が、鞭のように迫る。
ハインツは咄嗟に拳を地面に打ち付けて身を翻す。
ズズン。――おおよそ動物の頭が地面に突き刺さっただけとは思えぬような轟音が響き、土煙が巻き上げられる。
「いってぇな、おい。――だがこいつは、ある意味で幸運かもしれん。……ああ、神よ」
ハインツの片側の頬がズルリと裂けて、血が出ている。――蛇の頭が掠ったのだ。まともに当たっていては、今頃等身大の卒塔婆が出来ていたことだろう。
よろめきながら、ハインツはなんとか後方へ引き下がる――蛇の頭はしばらく地面に突っ込まれていたが、やがて周囲の地表をめりめりと引き剥がしながら、引っこ抜かれた。
爛々と輝く凶悪な双眸が、ハインツを見ている。
「おいおい……せっかくあいつらにカッコつけたのによ。ちょっとは俺の顔も立ててくれ」
そう軽口を叩く――が、身体は相当限界に近い。
ふと思う。……あいつらは大丈夫だろうか、どういう状況だろうか。
今にして思えば。無茶を言ったものだ。このクラスのレイドを一人で相手にするなど、道理が通らぬというもの。
「けどなぁ……それでも、よォ!」
両手を突き合わせて――地面に、叩きつける。
地面を、殴り撃つ――その身体は、弾かれたように飛び上がる。
「俺が無理を通さなきゃ、あいつらの戦いがフイになるんだよッ!」
叫ぶ――そのまま勢いを活かしてバック宙。後方へ。蛇が迫る。眼前を穿たれる。再び同じ動作で、後ろへ下がる。止まらない攻撃。
彼の《アワード》のちからの一つ。拳に魔力を込めて、『炸裂』させる。地面を殴っただけで弾かれたように飛び上がることが出来るのも、要は拳から直接爆風を生じさせているようなものであるからだ。
ハインツは後方へ、後方へ下がっていく。レイドは追撃をやめない。
――氷とは水の固形。さだまらぬものに定義を与え、力と為す。
……いつか。自分が力を手にしてから、自然と考えるようになった、自分の力への所感。それは師の教えであったか、それとも――。
「あぁそうだろうぜ。だがな、そいつは俺が戦うための公式だ……――あいつらのじゃあ、ねぇんだ……」
ハインツは『逃げながら』、呟く。
足は相当にガタが来ている。だからこの移動法を取っている。それでもなお。負担は溜まり続ける。
「あいつらは……氷になんか、なる必要はねぇ。水でいいんだ……」
自分は刀真達に、自分が何故戦っているのかを見極めろ、と言った。
しかしそれは。考え込みすぎて、それが全てになってしまうことを良しとせよ、というわけではない。
「戦いの動機なんか……立派なものなんかじゃなくていい……完璧じゃなくたっていい……お前らが力を手にとっている時に感じたものが、お前らの、理由なんだ……」
ハインツは左右を見回す。
――自分はただ逃げているのではなく。
……どこかに、圧倒的に有利となれる地形を探しているのだ。
それはあてどない放浪に近い。それでもなお、やめない。
「お前らは悩んでいい。好きなだけ悩め……俺のような奴よりは……いくらかはマシだ……」
自分が、戦う理由。
それはある決定的な一点より前には、遡ることが出来ない。
理由の停滞。過去が自分を縛り付けて、それが全てになっている。
自分が仲間を大切に思うのは。そんな自分を呪うからかもしれない。贖罪の意識を感じているからかもしれない。
――何かが決定的に動き出した予感。イレギュラー事態の連続。もうその何かが止まることはないのかもしれない。何か物語のページのようなものが、自分達の対応できないような速度で、勝手に急速に、進められている感覚。――全くふざけている。
それでも。
それでもなお。あいつらなら、出来るはずだ。
そんな状況の中でも、きっと満足に戦っていける。
自分も後先無しで何かを期待していいのなら、仲間達への信頼をそれに充てよう――ハインツはその思いで、呟いた。
「頑張れ……負けるな。トーマ、アリサ、ユーナ、クジャク丸……!」
「これは……」
刀真は。
はじまりの少女に、尋ねた。
探るような目を、塚崎は彼女に向ける。
「存外早い……復帰のようだが」
少女――各務ゆうなは。
凛と微笑んで、告げた。
「それは力」
刀真は手にとったそれを見つめる。
「君の、力だよ」
――ドクン。
それは錯覚だっただろうか。
刀真は確かに、その小瓶の液体から、何か力の奔流のようなものを感じ取った。
どうも、緑茶です。
戦う、というのはなんでしょうか。
それは実際に血を流して殴りあう、とかだけじゃないと思うんです。
何かに立ち向かえば、それはもう戦いです。形は関係ありません。
しかし、一度戦いに向き合ったのであれば、自分が何故戦うのか、という問いに絶対ぶつかってしまうと思います。
それを乗り越えていく力こそが、若さであり青春ではないかと、そう思うんですね。みんな頑張れ!!!!
では次回お会いしましょう。




