ⅩⅪ:理由の意味
リレー小説『=BlanK † AWard=』
「ⅩⅪ:理由の意味」 ※旧17話
執筆者:久遠蒼季
「待ってくれ」
ザッと、次郎はありさを挟むように涼原の背後から姿を現した。距離、約十m。互いに必殺の距離とは言いがたい。周囲はコンテナに囲まれた一本道だ。遮蔽物のないこの状況ではノーモーションで攻撃に移れる涼原に分がある。
「そう、結構よ」
クナイは下げずに、涼原はそちらへと体を向ける。周囲の僅かな街灯が、並んだありさと涼原の影を後方へと伸ばしている。
「《アワード》を閉じて、両手を上げて」
深くため息をつき、慎重にゆっくりと次郎は《アワード》へと手を伸ばし――、
「ハァッ!」
グルリとアリサの腕が周り、手にした《ウィル》が涼原を襲う。
「なっ――!?」
突然の強襲に息を飲み、大きく下へと屈んで回避する。その瞬間、ありさの影に突き立っていたはずのクナイが、ワイヤーに絡め取らて地面に転がっているのを目にした。
地面を転がるように涼原は前へと進み、目くらまし代わりにクナイを四方へと投擲する。受け身を取りながら体勢を整え直し立ち上がる。追撃を避けることはできたが、前方には次郎、後方にはありさ。そして、その横に白井と刃巫女が並び立っていた。ありさが縫い止められた涼原の攻撃を間一髪回避した直後、次郎は二人との合流に成功したのだ。
「まったく這い出してみれば、随分な状況ですね」
指の先から伸びるワイヤーを指で遊びながら、白井は告げる。
「ったく、影に武器を突っ立てて動きを止めるなんて、姑息よねぇ」
口の端をつり上げて刃巫女も獰猛に笑う。影に突き立ったクナイを起点に対象の動きを止めるⅡ章《縫影》。それがアームド・ウェポン《苦内》の能力であった。種が割れれば何てことはない。クナイの着弾点を警戒するか、そもそも叩き落とせばいい。それ以上にこの面子であれば、誰か一人が拘束されたところで解除に回ることはそう難しくない。 四対一。刃巫女が多少の手傷を負っているが、状況としては問題ない。
「先生曰く」
涼原は、ゆったりと口を開く。言葉に警戒しながら一同はその一挙手一投足に集中する。
「あなた達みたいなのは、前ばかり見ているから勝機を見逃す」
不意にぐにゃりと、ありさの隣のコンテナが紅く溶けた。
「ッ、ぼうっとしてんじゃないわよ!!」
咄嗟に、刃巫女はありさの突き飛ばすように跳ねる。それと同時にコンテナの内側から火柱が立ち上がり辺りを覆い尽くす。
未だ赤熱するコンテナの内側から現れたのは、炎に包まれた大型の獣。形状はD2クラスのハウンド。だがその身の回りには焔が逆巻いていた。
「属性憑きか……!」
D2ランク以上の輝核を用いてレイド化した物は、何か一つ特性を得る事がある。それは外見からでは判断しづらい駆動能力面での強化や、《アワード》の章能力のようにエネルギーの属性変換――属性憑きなどがある。超常的な身体能力の他に超常現象まで操るそれらの個体は、相性如何によっては侮る事ができない相手となる。
「ッ、つぅ……」
刃巫女は自らの足を押さえて地面にうずくまっていた。見れば先ほどの炎に焼かれたのか熱傷を負っていた。これではとても動けそうにない。
「アンタ……!」
「目の前で人肉ステーキなんて見たら、目覚めが悪いでしょう?」
新手――ブレイズハウンドの口に再び炎が蓄えられる。白井はすぐさま鋼線を差し向けるが、突如地面から隆起した巨大な氷壁に阻まれた。気配に視線を差し向ければ氷を纏ったハウンドがコンテナの奥から冷気を吐き出していた。
そうして、追撃は止まない。ブレイズハウンドの口から放たれる火球。次郎が遠隔から描いた魔法陣が生み出す障壁により弾かれるが、第三の手が伸びる。ありさ、刃巫女、白井の上に出現する土塊。次郎は血相を変え、魔法陣を描きながら三人の元へと走る。奥のコンテナからロックハウンドが現れていた。降り注ぐ強大な質量に対して、次郎はドーム状の障壁を張り、自らごと一同を守る。だがその衝撃はすさまじく、次の魔法陣を描く余力が生まれない。
「最初に撃破したD2ハウンドと、地下のD3キメラレイドでこちらの戦力が全てだと、あなた達は高を括った」
一連の騒ぎで涼原は一同の中心から姿を消していた。レイドの本質は攻撃性の強化。何者の支配も受けていないなら、目の前の生物へと無差別に攻撃を仕掛ける。
降り注ぐ、火球、氷柱、岩塊。そのどれもが片時たりとも手を緩める事ができない程の密度であった。
(マズイ……!)
次郎は心の中で悲鳴を上げる。次郎の章による能力は、アームド・ウェポンを用いて魔法陣を描き障壁を指定した地点に展開するⅡ章 《ミラースクエア》と、同じく魔法陣を描き二地点を空間的に接続するⅢ章 《ポータルスクエア》。ただしこちらは魔法陣への書き込みに非常に時間がかかる。属性憑きのレイド三体の集中攻撃を受けている状態で、転送用の魔法陣を描く余裕はない。それどころか決壊しそうなドーム状の障壁への補強で手一杯だ。
そして障壁は双方向に通行不可――、つまり障壁がある限り、外へと出ることは叶わない。つまりこうして敵の攻撃に曝されている間は攻勢に転じることができない。
止まない攻撃。身動きのとれない状況。そして姿を消した本命の敵。
一手、足りない。
○
「ガッ、ぐッ……!」
塚崎の一撃を受け、刀真は雑木林の中を転がる。
「核心を突かれ、激昂して斬りかかるなど、お粗末が過ぎるな」
跳ね起きるように立ち上がり、刀真は向き直り、刀を構え直す。敵は強い。それは作戦前のゆうなから受けたメール以前に、その目で既に見ていたはずだ。闇雲に戦ってどうにかなる相手ではない。鈍い痛みが皮肉にも彼に冷静な思考を取り戻させていく。
相手は《アワード》の能力を用い、ゆうなと同レベルの戦闘技能、及び高速反応を有している。これを打開する術は三点。技能で上回るか、火力で上回るか、高速反応の誘発による身体破壊。どんな攻撃にでも反応すると言う事はすなわち、人間の動作可能域を逸脱する可能性があると言う事だ。
思考は冷静であるが、心拍数は未だ高い。
――君は人に対して刃を向ける事に恐怖している。
言葉が脳内にリフレインする。塚崎が指摘したことは、紛れもない事実である。敵であると認識していれば、勢いで攻撃する事はできる。だがそんな行動に意味はないどころか、危うさの方が多い。
刀真がこの力を得たのは、偶然によるところが多い。それも、よく考えてのことではない。
まとわりつく思考を振り払い、グリップのトリガーを二回引く。すると刀身は外れて宙を舞い、白銀の右腕鎧装の手首から肘に掛けて装着される。残された切っ先は鍔まで戻り、短刀の状態へと変化する。
とにかく今は、敵を打倒する事。それに専心する。迷いや躊躇いが生む物など何もないと、言い聞かせていく。
意を決し、刀真は切っ先を塚崎へと向けてトリガーを引く。太いワイヤーを後端に結わえつきた刃が塚崎へと向かう。狙いは鞭による拘束。
「なるほど、捕縛ときたか」
迫り来る切っ先を、《イトクリ》による身体外部操作により自動で横へと弾く。だが刀真は手を止めない。弾かれたところから手首のスナップをきかせて切っ先を塚崎の奥の木の幹へと絡ませる。そこからトリガーを引き、ワイヤーを一気に巻き取る。結果、グリップを掴んだままの刀真はすさまじい加速度を以て、塚崎へと肉迫する。
「抜刀ッ!!」
もう一度手首を振り、刀真は幹に絡ませた切っ先をほどき、空中で刀を形成する。そのままの勢いで刀を大きく振りかぶる。
「剣技!」
ただし、切っ先は自らへ――峰打ちの状態にして。Ⅲ章《蒼き光は想いを超える》を使って魔力を攻性エネルギーへと変換し刀身に収束させ、斬りかかる。
「斬滅け――」
ブンと、必倒のはずのその刃は空を切った。塚崎が取った行動は単純な物。一歩、刀真へと道を譲っただけだ。しかし光刃で受け止められると決めつけていたその頭では、変化に対応できない。
「やはり、甘いな」
逆転する攻防。振り下ろされる塚崎の光刃を、刀真は何とか右腕鎧装を用いて防ぐ。だが塚崎はすぐさま体を捻り、回し蹴りを刀真の胴へと叩き込む。
「ぐっ、ぶッ……!」
意図せず、体から空気が絞り出される。両の足では地面を支えきれず、転倒して後方へと転がっていく。
「無様な物だな」
追撃を行わず、塚崎は刀真へと語りかける。
「覚悟を持たないから、結果が伴わないのだ」
「だ、まれッ!」
絞り出すように、刀真は立ち上がる。その足下はおぼつかない。体中あちらこちらが痛い。視界も霞む。それでも、歯を食いしばる。
「俺は、みんなと戦うって、決めたんだッ……」
そんな姿を見て塚崎は僅かに目をつむり、深く長くため息をつく。
「何に拘っているかと思えば、ヒーローごっこがそんなに心地よかったのか」
「黙れッ!!」
刀真の叫びが、響く。だが塚崎の心は動かない。
「では問うが、お前が今ここで傷つき続けることに意味はあるのか?」
「何を――」
「まぁ聞け。これでも元は「先生」と呼ばれる立場にいた者だ。多少は聞く価値があるだろう」
塚崎は光刃を解き、《シキカク》を指揮棒状態へと変え、教鞭のように振るう。
「君はまだ、その力を手に入れて一年か、それに満たない。戦う理由は『戦う力を得たから』だ。違うか?」
心拍数が、再び跳ね上がる。塚崎の言葉に間違いはない。
「君は今まで戦い、僅かな期間とはいえ様々な事を経験しただろう。傷ついた事もあるだろうが、喜びを得た事の方が多いだろう事は想像に固くない。だがそれは、ここまで痛めつけられてまで続ける価値があることなのか?」
呼吸が荒くなっている事を、刀真は自覚していた。額に汗が浮かぶが、それが熱によるものでない事もよくわかっていた。
「君が戦いを選んだのは、恐らくレイドから人々を守るためだろう。しかし現実にはこうやって私のような者が現れる。仮に私を退けたとして、君は本当にその道を続ける事ができるのか?」
夜風に揺れる木々のざわめきが、妙に耳に触る。
「少年」
塚崎の声がシンと、心の一番柔らかい部分へと触れる。
「君は、戦う事に向いていないのではないか?」
ドクン、と何かが脈打つ音を、刀真は確かに耳にした。
戦い始めた明確な理由は、確かにない。あの日あの時、傷つきそうな誰かがいたから、その場にあった力に手を伸ばした。もう何も、誰も失いたくないと、だから手を伸ばすと、自分に言い聞かせて。
そこに、揺るがない確かなモノがあるといえるのだろうか。
「だったら、アンタには、何があるって言うんだ?」
絞り出すように、刀真は塚崎に投げかける。
「あるとも」
僅かにも揺らがず、塚崎は答える。
「奪い取ってでも得たい未来が、私にはあるのだよ」
苦虫を噛み潰したような表情で塚崎は告げる。
自らの不手際で失ったモノがあった。自らの不注意で対価となってしまったモノがあった。それを取り戻すまで、何を犠牲にしてでも歩み続けると決意した。それが闇に手を染める物であっても。それが何に手を伸ばす事でも。その支払いが自らであったとしても。
「わかるか、少年? これが覚悟という物だ」
塚崎は揺らぎのない視線で、刀真を見据える。
この男の言う事が、正鵠を射ている事は、刀真自身が一番わかっていた。今まではただ、がむしゃらに戦っていただけだ。構えた刃の切っ先が僅かに下がり――、
「刀真くん!!」
凛とした声で、僅かに踏みとどまった。
声にハッとして視線を向けると、何かがそちらから飛来してきた。反射的に刀真はそれを左手で掴んだ。
それは七煌色に輝く銀色の液体が入った小瓶。
視線を奥へと送ると、そこには黒いウェーブがかかった長髪の少女――刀真の始まりを創った少女、各務ゆうなが立っていた。
○
(そろそろ、頃合いかしら……?)
ハウンドに攻撃を任せ、涼原は後方へと下がっていた。現在地点は少し離れたコンテナの上である。
塚崎の指揮を受けていないハウンドの近くにいれば、涼原自身の身も危ない。しかし、待っていれば事は済む。属性憑きD2クラスのハウンド三体に囲まれ、しかも一人は走れない手負い。無理矢理逃げだそうとすればアームド・ウェポンを使って最低誰か一人、狙うなら障壁担当の動きを止めてしまえばいい。
「――風の精霊、吹き抜ける風、数多分かつ、敵を射貫く光」
瞬間、涼やかな声が、コンテナ街に響いた。
「風の射手・散!!」
言葉と共に上空に展開された翠色の光球が変化し、光の矢となりハウンド達へと降り注ぐ。野生の勘が働いたのか攻撃を中止し後ろへと飛び退いた。ダメージは与えられなかったが、攻撃の雨が止んだ事で障壁の中の一同は刃巫女を抱え、すぐさま散開する。ハウンドとの距離は十分に開けた。
遠方のコンテナに浮遊する光。それは武装魔導師に追従する《アワード》であった。とりまく光球は四つ。その傍らには、ハーフリムのメガネをかけた少女。
「樹さんの命によりまして、アーカイブ極東部門所属魔術師、花納詩乃。状況へと介入します」
さて、なんだかんだと5周目に突入でございます!
物語もついに佳境!
ピンチに次ぐピンチです!
あとここぞとばかりに精神的にいじめてます(笑)
彼が刃を手に取った理由に、さてどれほどの意味があったのか。
あるいは、それそのものに意味はなかったのか。
話は変わりまして、最後に出てきましたメガネっこ!
みなさん、5話で登場していた事をお覚えでしょうか!?
1周前のお話でかなりそれっぽく登場していたので、記憶に残っているといいなー、などと想いながら書いてます。
本当はこの子、もっと別の登場の予定だったんです。
それが予定が回り回り、こんな形となりました!
……5話の種を拾えてよかったデス。
さてさて、話は尽きませんが、今日はこの辺りで。




