ⅩⅨ:困惑と下落
リレー小説『=BlanK † AWard=』
「ⅩⅨ:困惑と下落」 ※旧15話
執筆者:緑茶
「止めるとは言ったがよ」
ありさが叫びながら蛇の群れに突撃する――鞭のような閃き。
彼女は弾かれ、地面にガリガリと轍を作りながら後退する――そして尚も特攻する。
ハインツはその様子を見つつ、白井に言った。
「何です」
「あのニンジャガールの相手、おたくの姉ちゃんだけなんじゃねぇか、今」
相手とはつまり――刃巫女のことだ。ハインツの見立てではあの少女、スジとしては中々良いが、やや冷静さに欠けることがある。今のところ、状況は向こう側に有利。つまり――こちら側の気勢を削ぐやり方は豊富に取り揃えているということになる。
「えぇ。それで、どうするんです」
ハインツは頭を掻いて、しばし沈思黙考してから――決断的に言った。
「ありさとクジャク丸――つまりジロウを、上に戻す」
次郎は一瞬戸惑ったが、すぐに頷いた。
「どうやってです。この高さだ、それに彼女は、そう簡単に止まりそうにない」
ありさを見る。
「その辺はうちのクジャク丸に、任せておけ。『領域』と『環境』の問題なら、こいつはすぐにでも掌握できる」
ハインツは不敵に笑い、親指で次郎を示した――次郎は、頷いた。
「この……畜生が……ッ」
コンテナの影に隠れて、刃巫女は心のなかに大量の悪態をばら撒いた。
――遮蔽物の多いこの場所は、自分の戦い方にとって有利だと思っていた。
しかしどうだ。現在自分は腕に、足に傷を負っている。生白い肌に赤紫がべたりと滲んでいる。切り傷ではない。激しく地面に叩き付けられてついた傷だ。
要するに――最悪に認めたくないことだが、あの黒服の女は、自分よりもずっと上手だということだ。
その事実を認めてから、彼女は――数秒前までの自分と彼女の戦闘を反芻する。
幾度か刃を交錯させた後、自分は引き下がった――そして相手の視界を『喰った』。
それに飽きたらず。サイドステップを繰り返し、視線を翻弄。
彼女の目前に迫り、そのまま毒の刃を叩き込もうとした――。
しかし。
――そこで、自分の動きが、不自然に停止したのだ。全くの突然に、ピタリと。
そのまま心臓をあの刃物で抉られていれば、そのまま死んでいた。しかし相手はそうしなかった。
槍のような蹴りで、ぶっ飛ばした。
刃巫女にとっての『接近』が『必殺』の意味を持つことを悟っての行動だったのだろう。
結果として刃巫女は命を拾い、あの女から身を隠すことに成功している。
だが、それはつまり――。
「私を絶対に近付けさせない、ってことでしょう……ナメやがって……!」
――あの突然の金縛り状態の謎を解かねばならない。
だがしかし、そのためにこそ、近付くことが出来ないという状況。
刃巫女は苛立った。しかしそれゆえに、余計に心のなかで激しい感情が燃えた。
……『理由』があるかぎり、自分はどこまでも戦ってやるのだ――。
前へ、前へ。執着だけを手綱にしてありさは進む。前へ、前へ。
絡みつく蛇の群れ。その命を確実に、性急に、刈り取るために。
打撃――避ける。かすり傷。痛みを無視。そこにもう一撃、今度は避けられない。真っ向にぶち当たる。膝をザリザリとすりむく、すぐに跳ね起きる、また巨体に向かう――ちらつくかつての姿。過去の幻影。逃れようもない過去。もう、あんなことは嫌だ――。
その思いだけを糧に歯を食いしばる、地を蹴る、進む――そこに飛来するもの。
甲高い音がしてありさの足元が焼けつく――光球。勢いが崩される。その妨害の主を悟る――しかし尚も、彼女の意志は前へ――。
と、そこへ、飛び込んできたもの。
彼女は避けきれずに、地面に荒々しく身を崩した。
――砂煙。
覆いかぶさる形で眼前に居る者――次郎だ。
ふ、と……幾ばくかの理性が、強引にありさに与えられた。
「どきなさいよ! 私は、あいつを!」
「命令だ。君を奴には向かわせない」
ドン、とありさは次郎を突き飛ばし、立つ。そして向かおうとする――が、また立ちふさがる。
「やめるんだ」
「だからどきなさいよ! 私には理由と過去があるのよ! 戦うべき理由と過去がッ!」
「そんなこと、そんなこと今言ってる場合じゃ――」
不意に次郎の表情に、動揺。だがありさはそれを意に介さない。介している隙がない。
「あいつは私が倒すッ! 今あんたが何をやってるかわかってるの? それとも何? あんたに今理由があるの?」
わけもわからず、勢いのままに――次郎はありさの言葉に、動揺していた。
「理由? そんなもの――」
彼は、言い返そうとした。
そこで――。
「クジャク丸ッ!」
怒号――ハインツの。
次郎はすぐに頭を切り替える――作戦の実行。
「悪いけど。今、君の言葉は聞けない」
「何を――」
そこで二人は――消えた。
足元にいつの間にか展開されていた魔法陣に。
――……彼女との会話時間自体が、陣を描くための時間だった。
フッ、と、一瞬で二人は接続先の空間へ移動――これが次郎のちから。魔法陣を描いた場所同士を、ポータルとして空間接続する。
――目の前に、白井。
既にこの場所に、次郎は陣を書き込んでいた。
白井は眼鏡を指で抑えながら――。
「全く人使いの――荒い」
五指から迸った鋼線を、虫でも払うかのように淡々と、ぽっかり穴の開いた天井に向けて振り放った。
――その瞬間。ありさに代わって交戦していた合体レイドの攻撃を受け止めて、空中に弾き飛ばされたハインツが、その鋼線に向けて、ぐるりと身を翻し。
連続で、空中を殴った。
――びし、びし、びし。
鋭い音が鳴る――天に向けて放たれた鋼線に、ハインツのガングローブから放たれた銃弾が鈴鳴りに着弾。氷結し、天に向けて氷の足場を作る――その内の一つが、天井と鋼線の隙間を氷結させた。地下から地上に向けて、ゆるやかなスロープ――だが、そう長く持たない。
「今だ! 駆け上がれ!」
ハインツが吠えた。
「御意ッ!」
次郎が応答した。
「何を――」
ありさは言った。瞬間、目が眩んだ。閃光――白井によるもの。
次の瞬間彼女は次郎に米俵のように抱え込まれ、鋼線と氷によるスロープを登っていた。
次郎は駆けて行く――僅か数秒の間。
……だが天井に到達する瞬間、鋼線と氷が、崩落――急造もいいところ。
「くそッ!」
次郎は《ワイヤードジェム》数本を、落下する一瞬前に、地面に突き刺した。
そのまま、思い切り足を踏ん張り――飛んだ。
夜の光が、見える――地上の空気。
……次郎は地表の地面を、踏んだ。
一瞬遅れて、いつの間にか手放してしまっていたありさが、次郎の胴の上に落下した。
「ごへッ」
間抜けな悲鳴――だが、これでハインツ達と立てた急場凌ぎの作戦が成功したことを確信する。
……数秒後。ありさも、自分が地上に辿り着いたことを悟った。
――それまでの記憶に、靄がかかったようになっていた。やったことは覚えているが、それが本当に自分であったのか、確信が持てなかった。
ありさの身体は、嘘みたいに冷えきっていた。
「いたた……女性の抱え方、勉強したほうがいいかもな。僕は」
次郎がそんなことを言っている。
それには返事をせず、彼女は周囲を見た。
――すると、少し離れたところに、あの少女を見つけた。
刃巫女がコンテナの後ろに隠れて、座り込んでいる。
「……あぁ、気づいたか。そうだよ。彼女の加勢が、僕らの仕事。もう落っこちるのはごめんだし、ちょうどよかったよ」
次郎が、肩をすくめる。
――ありさの頭の中で、先程までのことがリフレインする。
……もし今再びあの場所に戻れば、自分はまた、暴走する――。
……よく考えなくとも、無茶がすぎることだった。未だ自分には、あいつを一人で倒せるだけの実力が備わっていない。けれど、あそこに戻れば、また自分一人で突っ込んでいくだろう。
だけど、今すぐあそこに戻りたいという気持ちも、ある。
悔しいやら情けないやら、やるせないやらで――ありさはなんだか泣きたくなった。
だが、そんなことをやっているような状況ではないことも、否が応でも認識せざるを得なかった。
――とにかく今ようやく、ありさは次郎が前に立ちふさがったことの意味を完全に理解したのだ。
「……ごめん」
ありさはうなだれる。
「いいさ」
空に鏡があるわけでもないのに、次郎は天を見上げて髪をいじりながら、返答した。
「私、多分変なこと言ってた。次郎に。ごめん」
とりあえず、謝った。多分、そうするべきなんだろうと、ありさは思った。
「大丈夫だよ、大丈夫」
のんびりした口調で――次郎はそう返した。
……しかし、本当は。本当は、そんなに大丈夫でもなかった。
――何故なら、あのもみ合いの時、自分は言いかけたから。
――理由なんて、記憶なんて、そんなものどこにあるのか、僕には未だわからない、と。
「……全く。こういうのは、慣れていないのですがね」
鋼線を収縮させ、しまいながら、白井は荒く息をつく。
その拍子に溶けた氷が霧のように降り注いで、彼の頬や髪を少し濡らした。
鋼線をいつも以上に長く展開、さらにそれをピンと張り詰めさせたままにする――相応の力を消耗するのだ。
「悪ぃな」
ハインツは振り向かずに言う――向かい側には、既に幾つもの輝核を破壊されてはいるものの、今だ健在な蛇レイド。予想通り、タフな相手だ。
「役割を果たしたまでですよ。これが最善手だというのなら、何なりと行います」
乱れた服を直しながら、敵と対峙するハインツに向けて、彼はそう言葉を返す。
「というわけで――あんたもさ」
――そこでハインツは、明日の天気の話でもするかのように、こんなことを言った。
「様子見て、なんとか頑張って上に行ってくれ。地上に」
「…………それは」
白井はその言葉の意味することに戸惑った。
――つまり、相手にするというのか、一人で、この強敵を?
「あんたのワイヤーはここより上のほうが活躍の場が多いしな。だからそいつで、奮闘中の悩める若人らを、助けてやってくれ。正直、この蛇野郎は足止め係ってとこだろ? もちろん放っておくわけにはいかねぇがな」
シュウウウウウ、という蛇の唸りが複数重なって、ハインツを威嚇する。
――それはそうだろう。あの二人には、あの二人自身の目的があるのだから。
――ゆえに、『彼らを阻止する』という点においては、地上で動ける人員を早く元の人数に戻したほうが有利になる。それに――。
「つうかな。あのツカザキって男も、あのフロイラインも、多分相応の手練だ。うまい具合に戦力が分断でもされてたら、あいつらヤバい。大分ヤバい。マジこえぇんだ、奴ら」
それはそうだ。しかし。
「確かにそれは合理的な判断だ。しかしそれは、貴方を除いての話だ――」
「なんだ、心配してくれてんのかい、嬉しいね」
そんな思いをおくびにも出さず、ハインツは言った。
――別に心配しているわけではなかった。
ただ、この男がここでやられてしまっては、状況は更に悪化するのではないか。そう思った。
「何、問題ねぇよ」
一歩、前に進む――そして、拳で拳を包む。
中国の抱拳礼のように。
「ハインツ・アルブレヒトの拳は、熱くなってからが最高に涼しいのさ」
その言葉には、些かの弱さもなく。
ただそこには、『現状を戦う』という強い覚悟だけが滲んでいた。
その時、白井は分かった気がした。
――この男、只者ではないということは分かっていたが。
彼の実力を裏付けるのは。センス以上に、経験以上に――。
ただシンプルに、『仲間を想って戦う』という思考なのかもしれない――と。
「……成る程。では、その提案を承諾しましょう。ただし、余計な無様を晒して現状の悪化を招くのは御免被りますよ」
白井の言葉に対して、ハインツは手を振って答えた。
それから前方を睨む。
その目が――猛禽類のような鋭さを帯びる。
紛れも無い、戦士としての表情。
「すまねぇがな、ありさ。――可愛い後輩が大怪我するか、自分のことを嫌いになるか、その二択なら。後者のほうが……マシだと思うんでな!」
――そうして、ハインツの戦いが始まった。
どうも皆さんおはようとこんばんは、緑茶です
いよいよ本格的に再戦が始まりそうな予感ですね。
個人的にこういうトリッキーな場所での戦闘というのはワクワクします。
刀真は塚崎に色々言われてますが、頑張って打破してもらいたいですね。
今回出たレイドについて、ありさにとって因縁は浅からぬ相手であるようですね。
おそらく今後どんどんみんなのバックボーンが明らかになるでしょう。
それでは今回はこのへんで。また次回お会いしましょう。




