ⅩⅦ:カウント・ゼロ
リレー小説『=BlanK † AWard=』
「ⅩⅦ:カウント・ゼロ」 ※旧13話
執筆者:久遠蒼季
夜闇を走るタクシーが四台。さすがに午後十時三十分という時間もあってまだ車の通りは多いが、それも海沿いの道へと出れば次第に数が減り始める。庫森町は海に面していると言っても、それは砂浜ではなく港である。オフィス街から道を数本ずれればそこには倉庫が建ち並び、人通りは激減する。
「順調に追ってきているな」
後部座席で後ろに目をやった塚崎は誰にも届かないような声でぼそりとこぼした。その隣には、誰もいない。乗っているのは彼一人だ。協力者であり元教え子である涼原は既に別の場所へと配備している。
「まさか、開く事もできないとはな」
クツクツと、まるでそれが愉快なことであるように笑う。
ゆうなから《アワード》を奪ってホテルへと帰投した塚崎がまず行ったのは、その解析である。だが手にしたその魔導書は、解析はおろか表紙を開くことすらかなわなかった。涼原の物で試した際にそうしたことがなかった事を考えると、おそらく拒絶の意思があれば他者に使えないようになっているのだろう。
なんともメルヘンな魔法の本だ。そう心で呟き、改めて後方を確認する。
彼らはこの情報を把握しているのだろう。でなければ強奪からおよそ八時間もの時間、こちらを放置する理由がない。やはり手に入れて僅か二年しかないこの身であれば、知識という面に関してはかなうべくもないだろう。
追ってきている車両は気づけば三台。走り始めてからここまで合流したのだ。学校での戦闘者、槍の少女を除き三名。撤退時に遭遇した武装魔導師らしき者達、三名。計六名。二名ずつの乗車、といったところだろうか。それらと真正面から戦えば戦況はかなり厳しい。特にあの金髪の青年は槍の少女と同じく特記戦力として扱うべきである。立ち居振る舞いから推察するに、《イトクリ》と《ミチカラ》を用いた近接戦闘でも捌ききれない可能性が高い。彼自身武道の心得がないわけではない。むしろ趣味の範疇ではなるが武道の研鑽は行ってきた。実力差を計れないような愚か者ではないつもりである。
だが彼らに勝っている部分はある。
それは生きてきた時間。どのような手段を用いても人間が超えることができない領分である。その勝っている部分、彼は無為に生きてきたつもりはない。
この使えない《アワード》を抱えたまま高飛びする、と考えてくれているなら可愛いものだ。
付け加えるならば、彼らには警察などの表組織を動かす力はない。ホテルにいる間に襲撃されなかったのがいい証拠だ。一般人の犠牲を嫌うなら、適当な理由でホテルから出してしまえばいい。それを行うだけの力がないからこそ、こういった策に出ているとしか考えられない。
人気のない場所を望むなら、それに乗るだけだ。
ただし、フィールドを選べる限り先手は塚崎にある。
目を閉じて思うのは、この魔導の本を手にしたときの事。その頃はまだ、先生と呼ばれるような職に就いており、フィールドワークである遺跡研究を行っていた。慢心していなかったといえば嘘になる。いつもどおりの、いつもの手順。繰り返してきた手はず。それが――。
(いや、よそう)
余計な思考は判断を鈍らせる原因になる。とにもかくにも、今必要なのは多量の魔導書である。それがあの女から提示された、唯一の道であった。なれば、この使えない一冊では足りないのである。
戦うべき理由はある。そして信念も。彼自身、犠牲を多く好む性分ではないが、必要であれば支払うことに躊躇いはない。
それは、自分自身であっても。
夜闇を走るタクシーは四台。
終着は近い。
○
「……つっ!」
いつから意識を失っていたのか、ゆうなはベッドの上で目を覚まし、跳ね起きた。そこは保健室ではなく、ゼラニウムの居住スペースにある自室であった。記憶が朦朧としているが、恐らく処置班の誰かに搬送してもらったのだろう。枕元には結子のものと思しき『絶対に安静』とのメモ。だが傷はもう、問題なさそうである。
時刻は午後十時ちょうど。メールを送ってから八時間。
「まずいっ……」
ハインツたちに話しそびれたことがある。
塚崎の目的は、最初からこちらの《アワード》を奪うことに集中していた。最悪こちらの撃破は考えてないのだろう。そして彼との立ち回りで感じたのは、経験に対する自負と、力量を年齢から計る癖、それと反する思考速度と切り替えの速さ。
これらから分かる事は、次に誰を標的にするのか。
読みが間違っていなければ、最悪の結果に繋がりかねない。
ふとその時、ふわりと風が吹きこんできた。
風に揺れるカーテン。部屋の出窓である。そちらに目をやると、電気の消えた部屋で月明かりが差し込むそこだけが幻想的に輝いていた。
そこにちょこんと、腰掛ける少女が一人。
「え?」
ゆうなの頭にまず浮かんだのは、人がいたという驚きよりも先に、何故そこに彼女がいるのか、であった。
少女は無言でゆうなの元へとくると、ぴんっ人差し指でおでこをついた。
「あ、あはあっ。かなわないなぁ、もう」
自然と、笑みがこぼれた。数年ぶりの再会。一緒の時間を過ごしたのは一日にも満たない。それでもそれはゆうなを変える転機であった。
「別に、無理したわけじゃないんだけどなぁ」
その言葉をどう受け取ったのか、少女はゆうなの隣に腰掛ける。
「助けたい人たちがいるの。みんな、みんな大切で、でも、このままじゃ……。だから――!」
言葉を遮るように差し出される小瓶。その中には月の灯りを受けて七煌色に輝く銀色の液体が入っていた。
スピリア。魔導の書・《アワード》に能力を書き足し、《章解放》の材料となる液体。それを一番必要としているのは誰か。考えるまでもなかった。
「力を、貸してくれるの?」
こくり、とうなずく少女。その銀色のハーフリムのメガネの奥から覗く黒い瞳は、まっすぐにゆうなを見つめていた。
○
「このあたりだな」
ハインツの言葉に、刀真、ありさ、次郎は頷く。その後方には白井と刃巫女の姿もあった。
現在地点、庫森町港付近の倉庫街。辺りには似たような形状の大型の倉庫やコンテナが乱立している。時計を確認すれば現在時刻は二十三時。作業員の姿もなく、人目につく心配はない。
扉の隙間から倉庫の中を覗く。そこでは既に《アワード》を起動させた塚崎が構えていた。その隣には、同様に涼原の姿もあった。落ち着いているように見えるが、最大限に警戒している。下手に強襲して隊列を乱すよりは、正面から当たった方が得策である。
意を決し、その倉庫の頑強な扉を一同は開いた。
「随分と遅い到着だな」
「追跡は承知の上だった、てことか」
ハインツは薄ら笑いを浮かべながら、肩を竦めて応じる。しかし、その後ろ手で後方の全員にハンドサインを出す。各員、散開しつつ配置につけ、と。
「君たちにはまだまだ用事がある。これの使い方にしても」
すっと左手にあげたのは、ゆうなの《アワード》。思わず刀真が前に出そうになるのをハインツは手で制する。
「その他の《アワード》にしてもだ」
その言葉と同時に、ブウンッと塚崎は手にした指揮棒のアームド・ウェポン、《シキカク》を大きく振り下ろした。
それと同時に、ガゴンッと賽の目上に亀裂が走り、倉庫の床のいくつかが抜け落ちた。
「「「ッ!?」」」
抜け落ちたのはハインツ、白井、次郎の足下。それも自然落下ではなくエレベーターのように急速に落ちたという表現が正しい。
結果を起動させていない彼らは、床下へと落下していった。
「ハインツさん!!」
「秀蓮!!」
刀真と刃巫女が同時に叫ぶ。
「よそ見をしている暇があるのかね?」
その言葉を耳にするのと、目の前に迫る塚崎の姿を刀真が捉えたのは同時であった。《ミチカラ》により光刃を纏った一閃。辛うじて交差した両腕で塚崎の手首の方を阻むが、勢いを殺しきれず、後方へと吹き飛び、開いた扉から放り出される。塚崎もすぐさまその後を追い、倉庫から飛び出した。
「っ、リアクト・オンッ!!」
すぐさま《アワード》を抜き放って起動させるありさ。だがその背後にも、既に敵は迫ってきていた。
「させない」
背後からの一閃。それを屈んで回避するとそこには両手にクナイを構えた涼原が立っていた。
「あなたも」
左手のクナイを涼原は一投する。それは直線を描きまさに動き出そうとしていた刃巫女をかすめた。その一撃を回避すると同時に《アワード》を開き、刃巫女もグルカナイフを作り上げる。見れば涼原の手には新たなクナイが握られていた。
咄嗟の判断で後ろに下がり、ありさと刃巫女は肩を並べる。武装魔導師同士の先頭に於いて最も肝心なのは、相手がどのように章を解放し、どのような能力を付与しているか、という事である。
アームド・ウェポンに能力を武装させる 《章解放》。その力は決して万能ではない。能力を武装させるには相応量のスピリアを必要とし、複雑な能力であればその消費量は増加する。また、能力が特殊であれば特殊であるほど、本人に求められる資質の量も増加する。
例に挙げるなら、ゆうなと次郎の例が顕著であろう。ゆうなの用いる焔は魔力の焔性変換である。《アワード》を動かすのは生命エネルギーから変換された魔力である。それらにわかりやすい属性を与え扱うのは、武装魔導師たちが用いる章の中でも最もポピュラーなものだ。対する次郎の能力は魔法陣を描き障壁を発生させるというもの。遠隔操作には相応の資質と多量のスピリア必要であり、仮に刀真が同じ能力を求めたとしても解放は難しいだろう。
ありさは改めて目の前の敵を見据える。形状はクナイ。《アワード》を取り巻く光球は三つ。武器の生成に一つ使用するため、能力は二つ。遠距離型か近距離型か。もしかしたら刃巫女のような搦め手を持っているかもしれない。
「考える時間は与えない」
カンカンッ、とクナイが涼原の左右のコンテナに突き立てられる。掛けられていた書きが破壊され、扉が内側から破壊された。
コンテナ内部から飛び出す二つの黒い影。それは天に向かい咆哮を上げた。全長四m近い獣。形状は犬と言うより狼に近い。
ハウンド。クラスはD2。
校庭で相手取った物の一つ上のクラス。
ベースは同じく、犬。だが用いる輝核のランクが一つ上がるだけで、レイドはここまで変貌する。一対一であれば撃破は可能である。
平時であれば。
「彼らに手綱はない」
涼原は身軽にコンテナを飛び越え、上部に立つ。そう、このハウンド二体は塚崎の制御を受けていない。となれば攻撃性が強化されたレイドが何をするか。考えるまでもない。
「「ッ!!」」
工場は瞬く間に、吹き荒れる暴威と研ぎ澄まされた敵意に支配される。
「ガッ、ッツ!」
振るわれる乱刃。刀真は短刀状態の《ガーディアンズ・アーム》を用い、何とか塚崎の光刃を防ぐ。しかしあまりの剣閃の苛烈さに一撃ごとに後ろへと飛び下がり、攻防と移動を繰り返す間に倉庫街から離れてしまった。周囲に街灯はない。
現在地点はその倉庫街近辺の雑木林である。
「この!」
刀真は右腕を大きく振るう。銀色の右腕鎧装を纏った一撃は光刃を弾くことに成功し、刀真はなんとか後ろへと大きく飛び跳ね距離を開けることに成功する。
「抜刀!」
短剣の後端から伸びた柄を左手に持ち、その先端を右腕鎧装に当て捻る。それと同時に鎧装に備え付けられた刃が取り付けられ一降りの刀を成す。
「ふむ、なるほど」
対する塚崎は口元に指を当てる。追撃の意思がないのか光刃を解除し、指揮棒を――まるで教鞭のように刀真に伸ばす。
「君は人に対して刃を向ける事に恐怖している」
ドクン、と刀真は自分の心拍が跳ね上がるのを感じた。口の中が急速に乾いていく。刀を持つ手が僅かに震える音を感じた。
「な、にを」
「つまりだ。君は怒りという燃料がなければ人間を攻撃できない」
○
落下途中に辛うじて《アワード》を起動したハインツ、次郎、白井の三人は、おのおのの手段で着地した。多少の衝撃はあるが怪我はない。辺りはいくつかの柱が乱立する二百平方m近い広さの空間。高さは十mほど。柱には電灯があり、空間を照らしている。
「おい、クジャク丸。お前の能力で……」
「そんな暇はなさそうですよ」
鳴り響く足音。身の丈五m近い影が三人の眼前に迫っていた。胴体は獣のそれ。ただし四肢の先端は手ではなく牙と顎。生える頭は三つ。尻尾は七匹の蛇。
「チッ、キメラ型か。推定C3クラスぐらいあるんじゃねーのか、これ?」
「D3ランク輝核の寄せ集めみたいですから、得る物はなさそうですね」
体に二十の輝核を取り付けた強大なレイドが、操り手たる塚崎の手を離れ一直線に目の前にいる獲物へと襲いかかった。
さて、回り回って4週目ですね。
塚崎、という敵が出てきてから私は勝手に塚崎編とタイトルを心の中で打ってますけど、それもそろそろ佳境です。
いろいろと細々としたお話が出てきましたけど、大丈夫でしょうか?(笑)
分断された味方たち。
暴れ回るレイド。
そしてゆうなの前に現れた少女とは――。
次回をお楽しみに!
それでは、今日はこの辺りで。




