ⅩⅤ:祈りと祈り
リレー小説『=BlanK † AWard=』
「ⅩⅤ:祈りと祈り」 ※旧11話
執筆者:緑茶
○
――結局我慢できずに、刃巫女は巾着袋を開けはじめた。
その中身が自分達にとって良いものであれば、きっと白井も喜ぶ。もしそうなら、アーカイブは更に発展を――。
……――しかし。
出てきたものは、彼女が期待していたようなものではなかった。
それどころか、それは心のなかで、『こいつらなら――こういうものを用意していてもおかしくはない』というものだった。
だから刃巫女は、それを手にとった時、憤慨するどころか、すっかり呆れてしまった。
「ハッ――……ほんっとにあいつら……どうしようもないくらい、バカね……」
乾いた笑い声を零す――そして悟る。自分には、あのゆうなという少女の、ある種の自信に満ちた表情を崩すことは到底出来ないだろう、ということを。
ここにきて、刃巫女は、ありさ達に苛立ちを向けることの馬鹿らしさを思い知った。それはある種の彼女らへの諦めであり――また、この後はもうアーカイブの一員として、アーセナルの連中と向き合うべきだという義務感の発生でもあった。
彼女は、立ち上がる。
――そう、その巾着袋の中には。
ひとつずつ、小さな手作りのお守りが入っていたのだ。
塚崎達は逃走した。
そして結界は既に解除されている。生徒たちの意識も元に戻りはじめている。
既にアーセナルの処置班は学校に到着し、記憶処理などの任務にあたっている。
じきに――塚崎達への追跡が始まるだろう。
そんな中、刀真は保健室に居た。
「……そうか。分かった」
刀真は電話を切る。
廊下で見張りをしていたありさからの連絡――彼女は既に、校舎前に向かっている。ハインツ達が居るらしい。後は自分が行けば、ゆうなの《アワード》を取り戻すための戦いが始まる。
――彼はゆうなを見る。彼女の負傷は、決して軽くはない。
「私のことは、もう大丈夫。生徒のみんなも、処置班の人達がうまくやってくれたから。私が自分で取り返しに行きたいけど……今の状態ならきっと、足手まといになっちゃうね」
そう言って、笑う。いつも通りの表情だが――やはりその声は弱々しい。
刀真は曖昧に頷いてみせる。なぜ、こんな時でも、笑顔を――。
「こんな時だからこそ、だよ」
先読みをされていたのだろうか。不意に、彼女の声に、凛、としたものが混じる。
「こんな時だからこそ、笑ってみせなきゃ。じゃないと、現状に負けちゃうみたいじゃない」
「そう、か……そうだな」
刀真はふっ、と笑った。
「やっぱり負けず嫌い、なんだな。ゆうなちゃん」
「そうだよ。――だけどそれはきっと、刀真くんもでしょ?」
そのままにこっと向日葵のような笑顔を作って、彼女は半身を起こす。
「今私は戦えないけど、私は私の現状の中で、出来ることをするから」
それから、刀真の背中にそっと触れる。道を示すように。
「……行くよ、俺。必ず、取り戻してみせる。だから、待っててくれ」
彼は決意を込めてそう言って、身を翻す。ゆうなは頷く。
――保健室を出る折、彼女は彼に言葉をかけた。
刀真の背中は震えて、何か熱いものを感じた。
――ゆうなはその時、『ごめんなさい』ではなくて、『ありがとう』と言ったのだ。
……彼は足早に廊下を駆けて、校舎を出た。
「よう」
ハインツは気の抜けた声を出して手を振った。
刀真は思わずため息をついてしまった。
校門の前には既にハインツ、ありさ、次郎、それに――。
白井秀蓮と毒島刃巫女が居た。
「……」
刀真は一瞬身構えたが、その必要がないことがわかった。
「少なくとも、再戦して奴を止めたいという思いは同じです。よろしくお願いしますよ」
白井は相変わらずの仏頂面だが、手を差し出してきた。ハインツは顎をしゃくる。促されるまま、手を握った。
「――とにかくこれで、共闘の盟約が出来上がったわけだ」
ハインツが両手を打ち鳴らして、言った。
刀真はそれでよかったが、意外なのが――刃巫女が黙りっぱなしだということだ。
こういう時に突っかかってくるものとばかり思っていたので、少々拍子が抜けた。
「それで――だ」
ハインツは全員に伝わるように言った。
「刀真以外にはさっきも言ったが、支部長達からの連絡だ。奴らの隠れ家が判明した――『庫森シティホテル』だ」
庫森シティホテル――都市中心部にいけばそれなりの盛況を見せる庫森であるから、当然その名を冠した駅の近くにはそれなりに大きなホテルがある。それがそこだ。
少し行けば海もあるため、リゾート地並とは言わないが、客の出入りは少なからず見かける場所である。
「成る程――そりゃあ、定住なんてするはずはないわよね」
ありさが顎に手を当てて感想を零す。
「複雑なあの建物なら、僕のアレコレはそれなりに活躍出来そうだけど……」
「無論――ホテル内の人間を無視すれば、でしょうがね」
次郎の発言に、白井が補足をかぶせた。
「それも見越してのそこでしょ? どうせ見境なく私らが攻撃しないための人質なのよ。さっきまでの戦いと同じでね」
刃巫女が言った。
ハインツはそれらの発言に頷いてから――皆に伝える。
「もっとも、あの結界……ありゃ相当準備に時間がかかるタイプだ。ホテルにまで同じような細工をしてあるとは考えづらいが……」
合ってるよな? という風にハインツは次郎を見る。彼は頷く。
「とはいえ厄介には変わりない。焦って突撃するのは絶対に避けなきゃならねぇ」
「時間をかけすぎるのもいけませんね。我々が行動に移る前に高飛びされては追跡が困難になる」
と、白井。
「そういうわけだ、ここは一つ、一旦俺達の間にあるしがらみを忘れて――」
そこで――ハインツ達四人に、メールの着信。
送り主は――ゆうな。
内容は、塚崎の戦闘についてだった。彼女が彼と戦った時に『知った』彼の細かい動き、戦い方について、憶測を交えることなく、事実だけがそこに綴られていた。
誤解を呼ぶような予測などはなく、ただありのままのことが書かれており――決して多くない情報量であったが、それが塚崎と次に会敵した際に大きな助けになることは疑いようもない事実だった。
メールの内容について驚きつつも、六人はその情報を共有した。
そしていよいよ――作戦を立てて、動くことになった。
ハインツ達の絶対目標は――塚崎の捕捉。ゆうなの《アワード》の奪取。二次目標が、彼らの真の目的を暴くこと。
これらの目標を自分達が達成した際、アーカイブの二人がどういう対応に出るのかは、今は考えないことにする――ハインツはそう言い、他の皆もそれを肯定した。
そして数分後、刃巫女はありさを呼びつけていた。
「何? 作戦は出来上がった。後は皆それぞれ動くだけでしょ?」
かまっている暇はない、といった口ぶりだった。
刃巫女はそれにムカついたが、もう不必要にキレることはしなかった。
「ほら」
彼女はありさに巾着袋を投げる。
「なっ、これ……!」
今更な抗議に対して、刃巫女は鼻で笑った。
「ボケッとしてるからよ。間見て盗んでやったのよ」
「それで……中身、見たの」
「見たわよ。しっかりとね」
ありさは何か言いかけたが、黙った。刃巫女が続きを言おうとしていたからだ。
「何よアレ、お守りってやつ?」
「そうだけど」
「呆れた。知ってたってわけ」
「そう。ゆうな曰く、口に出したら効果が薄れるらしいわよ」
「ありがちな話ね……馬鹿らしい」
ありさは――その時思い出していた。
ゆうなが、それを作っていた時のことを。
◯
「お守りとか、そういうの、信じてないと思ってた」
ありさはそう声をかけた。
するとゆうなははにかんでこう言った。
「やっぱり、そう思われちゃうよね?」
顔を作業の場に戻す。
ちくちく、ちくちくと、極めて繊細な動作で、針、布、糸を動かしている。
その動きは丁寧だが、迷いがない。それは、大胆さと器用さを兼ね備えたような、彼女自身の戦い方に通じていた。
裁縫をしながら、突拍子なく、彼女はこう続けた。
「ありさちゃん、もし富士山が噴火したら、どうする?」
「どうするって……どうしようもないわよ、そんなの」
「そうだよね。つまり、そういうこと」
「は?」
「私は――戦う時、いつも最悪の可能性を考えて動いてるんだ。もしここで急に相手に増援が来たらどうしよう、もし急に相手が強くなったらどうしよう、って。そんな最悪を起こさせないように、自分にできる最善を選びとって、最速で実行に移す。私はそうやって戦ってる」
ゆうなは『それだけのことだよ』というような口調でそう言うが、それが並大抵のことでないことはわかる。しかし彼女は実際に、それを簡単に、当たり前のようにやってのける。
「でもね。それはあくまで起こりうる必然だけ。人間にはどうすることも出来ない完璧な『偶然』には、私だって干渉できない。急に、この国自体が、何かの手違いで沈没したり……そんな『ありえそうにない』ことには、どうやったって対策のしようがない。だから、考えていたらキリがない」
「つまり、どういうことよ」
「そんな『ありえないこと』が起きないために、このお守りがあるんだよ。どうか、皆が皆、最良の選択と行動が出来ますように、って。その祈りが叶って、『運』が全て取り除かれた時――残るのは、私達の頑張り次第でどうにかなる必然だけだから」
ゆうなは――笑ってそう言った。
それこそが、彼女がお守りを作る意味だったのだ。
◯
「それで。――これを返すためだけに呼んだわけ?」
「違うわよ。よく聞きなさい。――さっきまでの勝負。アレ、私の負けでいいわ」
刃巫女は極めて真面目な顔で、そう告げた。
――ぽかん。ありさは少々あっけにとられた。
まさか、まさかこの少女から、そんな言葉が聞こえてくるなんて、思わなかったからだ。
「何よそのツラは。私の負けでいいから、アンタには聞く義務があるわ。――私の、戦う理由」
そうだった――そういう理由だった。
「いや、もういいわよ、別に――」
「ふざけんな。勝負帳消しにする気? そういうのは侮辱っていうのよ」
真剣そのものの目つき――ありさはそこから何かを感じた。
だから引き下がった。
刃巫女は、話した。
「数年前――私の家族は、レイドに殺された。そのレイドはその後他の家を数軒襲って、住んでいる人間を軒並み殺し尽くした後、討伐された」
「……アーカイブによって?」
「そこまでは覚えちゃいないわ。――だけどどのみち、私はアーカイブに入ることを選んでたでしょうね」
「復讐のため? 家族を殺された……」
「ハッ、違うわよ。復讐なんかしてやるもんですか」
――どういうことだろう。
「確かに私はレイドが憎いと思ったし、彼らを倒して人々を守りたいと思った。だけどそんなの、なんだか連中の思う壺な気がしたのよ。――だから私は、もっと先を見据えることにした。私はアーカイブに入って、いつの日かレイドについての全てを、《アワード》についての全てを知ってやる。そうすれば誰一人として犠牲にならない未来が来る。そのためなら――」
「――そのためなら、その途中の犠牲は厭わないっていうの」
……刺すような言葉。それは本末転倒だと、そう非難する口調。
刃巫女は――すぐに頷いた。
「そうよ。これが私とあんた達の決定的な違い。私は、私の望む未来を作るまで、どんなことだってやってやる。地獄に行くことになっても構わない。どうせあの時死んでたはずの命だもの。――……だけどね」
「だけど?」
刃巫女はそこで、微笑んだ。――そんな表情も出来るのかと、これまたありさは驚いた。
「あんたらの戦いもまぁ、在り方としてはアリなんじゃない? いちいち突っ掛かるのも馬鹿らしくなったし、適度に敵対して、適度に仲良くやりましょ」
そう言って、刃巫女は巾着袋の紐部分を振りながら、さっさと歩き始めた。
――勝手に納得して、勝手に先に行ってしまった。ありさにはなんだかよく分からなかった。
どうも、三回目の登板になります緑茶です。
今回はゆうなちゃんを書けたので良かったです。
彼女はとてもクレバーで強いですが、その強さの基盤になっているのは、彼女の芯の強さと明るさにあるのだと思います。
それはきっと、刀真達みんなの中で共有されている彼女の魅力なんですよね。
仲間って素敵ですね。刃巫女達にもそんな仲間が増えるといいですね。
いよいよ塚崎さん達への再戦が始まりそうですね。彼らの真の目的とはなんなのでしょうか。
そしてなにより、どうやって彼らから奪われたものを取り返すのでしょうか。ドキドキですね。
では、次回にまたお会いしましょう。




