Ⅰ:開かれた魔導の書
リレー小説:=BlanK † AWard=
「Ⅰ:開かれた魔導の書」
執筆者:久遠蒼季
夜の闇に、木々が揺れる。町明かりは遠く、外灯もまばらである。
ビルがあり、住宅街があり、少し町から離れると自然がある。そんな二十一世紀日本にはありふれた町、庫森町。時刻は現在二十三時。町が寝静まるには少し早いが、中心部から外れた郊外の森ともなればもう光源は乏しい外灯と月明かり程度だ。
闇に覆われた森はしかして、魔境と化していた。
人気のない木々を踏みしめて歩くのは十数体の四足の獣。一見してはただの野良犬とも取れる。だがその体躯は通常種の一回り以上は大きい。その爪は一本一本が掌程の長さがあり、その牙は顎すら貫いていた。そうしてどの個体も体の何処かに、紅い結晶のような物を携えていた。いや、正確には表皮を突き破り、体の中から浮き出ているようであった。その目は獰猛に輝き、引き裂くべき獲物を求めて彷徨っている。
一言で表すなら、『化け物』。現代社会では認識されていない、人間にとってイレギュラーな存在。
レイドと総称されるその獣は、自身を支配する破壊衝動に身を委ね、ゆったりと、だが確実に町の方へと足を向けていた。
「各員に告げる」
そんな夜闇を、凛とした青年の声が斬り裂く。その後ろには少女が二人、青年が一人、そして少年が一人、散開して立っていた。獣たちとの距離は百mあまり。一方的に視認しているだけであり、まだ気付かれてはいない。
人に対して脅威になり得るイレギュラーな存在が居る。しかしそのイレギュラーを討ち払う者達もまた、存在していた。
「敵はD3クラスのハウンドが十数体。その他の反応は確認されていない」
日本では珍しいくすんだ金髪を夜風になびかせるドイツ人の青年は告げる。彼、ハインツ・アルブレヒトは、日本人よりも日本人慣れした日本語で残りのメンバーに情報確認を行っていく。
「何の事はねぇ。いつも通りにやればいい」
慣れたようにハインツは軽く告げ、構える。一同も理解しているのか、戦闘に入るための姿勢を取る。
各々手にするのは、一冊の古書。大きさにして文庫本程度。だがその装飾には金属が用いられ、一目で常用の物ではないと分かる。
「さぁ、行くぜひよっ子ども!」
ハインツのかけ声と共に、一同は本を開く。
その瞬間、世界は変容する。風もなく捲れるページと共に本から吹き荒れる光の紙片。それらは八の字に交差し、円を描きながら所有者を取り巻く。
集中、決意。そして一同は声を合わせ、高らかに告げる。
「「「「「リアクト・オン!」」」」」
その声と共に周回していた紙片が一際強く輝いた。そうしてそれぞれの手元へと収束し、そして弾けた。
光が晴れると、その手には各々の武器が握られ、光に包まれた古書が傍らに宙に浮いていた。
それは、所有者に武器を与える魔導の書。
正式名称、『Armed Weapon altering react device』、通称 《アワード》。
与えられるは、生命エネルギーたる魔力を糧に、そのものが武装する武器、アームド・ウェポン。
彼らはその力を手に、人に対してイレギュラーな化け物を討つ。その為の魔導結社アーセナル・庫森支部に所属する武装魔導師である。
だがその発光により、犬型レイド――ハウンドに察知された。
「ほら、ぼさっとしてないで行くわよ!」
先陣を切って飛び出したのは、一本の柄の両端に刃を取り付けた両刃剣 《ウィル》を携える黒髪ポニーテールの少女、高松ありさである。それに負けじとハインツも両の拳のガットレット《エンデグート》と《アレスグート》を構え、前衛へと上がる。
二人はほぼ同時に、ハウンドの群れへと切り込む。さらに勢いを止めず、飛び込みの動作から一息で攻撃を放つ。ありさの刃、ハインツの拳は、それぞれハウンドの体表に浮かぶ紅い結晶を的確に穿っていた。結晶を砕かれた固体は後方へと弾け飛び、地面へと倒れ伏した。
強襲に対して残りのハウンドの群れが取ったのは、追撃を避けるための後方への散開であった。だがしかし、そこはまだありさの射程範囲内であった。
「そこ!」
大きく振りかぶり、ありさは《ウィル》を投擲する。その軌跡は地面に水平に弧を描き、ハウンド達を捉える。回転する刃は敵を斬り裂き、そのまま力に引かれるようにありさの元へと帰還する。
が、浅い。レイドの弱点たる結晶を砕くには到っていない。刃に斬り裂かれたその傷口からは、血の代わりなのか白い光の煙のような物が立ち上っていた。
それを視認するやいなや、ハインツは眼前の空間を殴りつけるように二度、三度拳を放つ。しかし、放たれたのはそれだけではない。ガントレットに備わった銃口からモーションにあわせ、魔力で編まれた弾丸が放たれる。傷を負った体では避けきれず、今度こそ結晶を砕かれたハウンドは崩れ落ちる。
撃破を視認。それと同時にどこからかの物音に反応し、ハインツは身構える。
「上か!」
咄嗟に上を見ると、そこからありさとハインツの攻撃を逃れたハウンドが二体、木を伝い頭上から強襲を仕掛けてきていた。対応のために二人は武器を構える。
その爪が二人を斬り裂く直前、何かがきらりと光る。それと同時に半透明の障壁が両者の間に割って入り、降り注ぐ凶刃を受け止めた。
「うんうん。すべて僕の読み通りだ」
二人の後方二十m。その外見故に孔雀丸を自称する青年、烏丸次郎は、腰から垂らした八本一対の布状の発動体 《ワイヤードジェム》を振るい、魔法陣を描いていく。既に宙に描かれている物は、二人を守った障壁を生み出した物。そうして今、描いている物は、
「行け」
敵を穿つための物である。描かれた魔法陣から光弾が放たれ、障壁の上で足踏みする二体のハウンドの結晶を砕いた。
「悪いな、クジャク丸」
ハインツが言うと、次郎は気にも留めてなさげに手をヒラヒラと振る。
「あと何体?」
周囲を見渡しながらありさが尋ねる。辺りにはもうハウンドの影は見られなかった。
「あと、五、六体だな」
「探さなくていいのか?」
ゆったりと、次郎も近付いてくる。
「あぁ。何せ、あいつらが追ってるんだ。すぐに片付くさ」
ありさとハインツの二人の突撃と同時に、左右に散開し回り込みにかかった残りの二人とその技量を思い、ハインツは肩をすくめた。
夜闇を掛ける五体のハウンド。その行動方針は既に撤退で確定していた。身を突き破りそうな破壊衝動がそれを止めるが、優先されるのは自身の安全である。
「後方から砲術支援するから、距離詰めてごー!」
長いウェーブのかかった黒髪の少女、各務ゆうなは隣を走る少年に、簡潔に作戦を伝える。
「わかった」
少年、龍御刀真は躊躇うことなく白銀の右腕鎧装とその手に握られた短刀を構える。ハウンドとの距離はおよそ十m。近接武器の間合いにしてには少し遠い。だが、この距離こそがアームド・ウェポン、《ガーディアンズ・アーム》の距離であった。
大きく腕を振るうと同時に、刀真は手にした短刀のグリップに備えられたトリガーを引く。それと同時に刀身が射出され、その後端に結びつけられたチェーンが伸展し、鞭となる。その刃は前方のハウンドを捉える。
高速で移動する相手に、こちらも移動しながら攻撃を当てるのは至難の技である。切っ先は空を切り、地面を抉り、宙へと跳ね返る。すぐさま刀真は手首のスナップを利かせ、横へと薙ぐ。その一撃は木々に阻まれて届かないどころか、木の幹に絡まりついた。
だがそれこそが、彼の狙いである。
再び引かれるトリガー。それと同時にチェーンが凄まじい勢いで柄へと巻き取り始める。それは担い手である刀真の体をも動かし、一瞬で木の幹まで彼を運ぶ。木に激突する直前に再び手首のスナップで絡まったチェーンを解いて勢いを殺し、幹に着地するように足で蹴り上げ、ハウンドの頭上へと跳躍した。
突如現れた頭上の敵にハウンドの逃走への意志は、破壊衝動へと上書きされた。無防備な空中の少年に牙を剥こうと、両の脚を踏みしめる。
「バースト・――」
それを遮るように、凛とした声が辺りに響く。
「シューット!!」
腰だめに構えられたゆうなの赤柄の長槍 《クリムゾン・ブレイザー》の穂先が開き、紅い光の砲弾が撃ち放たれる。光弾は紅い軌跡を描き、ハウンドたちの中心を抉る。視線を奪われたタイミングの砲撃に対処しきれず、着弾と二体が吹き飛ぶ。残る三体は回避に成功し無傷であるが、本来の目的は果たした。
「抜刀――」
砲術支援という名の、時間稼ぎを。
ダンッ、と地面に降り立つと同時に、刀真は《ガーディアンズ・アーム》を構える。その意志に反応しグリップの後端から伸びた柄を、左手で掴んで持ち変える。そうして右腕鎧装にあて回転させる。それと同時に鎧装に備えられた刃が取り付けられ、一振りの刀を成す。
「剣技――」
改めて両の手で刀を構え、刀真は正面のハウンド二体を見据える。その刀身にアワードから供給されたエネルギーが纏われ、蒼い光を放つ。
「斬滅剣!!」
踏み込みと共に、刀を振り抜く。蒼い奔光と共に放たれた鋭い一閃は違うことなく、結晶を斬り裂いた。
「残る一体は――」
と、振り返るとそこには既に、腕を振り上げたハウンドの姿があった。敵を撃破してほんの僅かに気が緩んだ間隙に差し込まれた反撃。すでに爪はこちらへと向かってきている。このタイミングからでは回避は間に合わな――、
「鳳焔槍っ!!」
焔を纏った槍が、ハウンドの胴を穿つ。完全な死角からの一撃に為す術もなく、吹き飛んでいった。見ればそこには、槍を携えたゆうなが立っていた。
「油断大敵、だよ?」
困ったように、人差し指で刀真の額を弾く。
「悪い、助かった」
左手で額をさすりながら、バツが悪そうに刀真は言う。
「さ、後は輝核回収だね。みんなの所に戻らなきゃ!」
○
「多すぎる、わね」
誰も居ない部屋の中で、誰に聞かせるわけでもなく、アーセナル・庫森支部・支部長である灯結子は呟いた。彼女の仕事は前線に上がることではない。後方に構え、情報整理、伝達、管理などのバックアップだ。
目の前のテーブルに広げられているのは、庫森町の全体地図と、いくつかのグラフや表データ。それらはここ数日におけるレイドの出現頻度に関する物であった。
レイドの出現時間帯は夜間に集中する。頻度は、多くても二、三日に一度程度。それがここ数日は毎晩のように出現している。ここまでの連続戦闘の経験があるメンバーは少ない。僅かながら疲労が見え始めてきている。
偶発か。
それとも原因があるのか。
「思案のしどころね……」
口元に指を当て、結子はまた資料へと視線を落とした。
○
一連の戦闘が終了し集合した庫森支部の一同は、拾い集めた十二個の紅い結晶体――、輝核を手持ちのケースへと詰めた。
「これで撃破数とも合うわね」
「そうだね」
ありさは手元のケータイのライトで照らしながら、改めて数を数える。隣の次郎も同じように数える。万が一にも取りこぼしがあってはならない為、二人がかりで回収数を確認するのが鉄則である。
その横には横たわった野犬の姿もあった。意識を失ってはいるが、死んではいない。
高エネルギーの結晶体・輝核。外見は紅や蒼、翠など多岐にわたり、その力の含有度合いによりD3からA1までにランク分けされる。世界各地に出現し、侵蝕したモノを強化した上で凶暴化させ、レイド化させる。輝核を砕くことによりレイド化を解除し、元の生物を救うことが可能ではあるが、レイドとなった個体に通常兵器は通用しない。これらを《アワード》を用いて討伐し、輝核を回収する。それこそがアーセナルの目的である。そして輝核の頻出地域として認定された中心点に、三年前に新設されたのが彼ら庫森支部である。
《アワード》を用いてレイドと戦う彼ら武装魔導師であるが、武器に様々な能力を付与する《章解放》にも輝核が用いられる。レイドを倒し、輝核を集め、アームド・ウェポンを強化するという循環が組まれているため、日々の戦闘も重要な糧となる。
「そう言えばトーマ。お前そろそろ新しい章の書き込みじゃないか?」
ハインツは刀真の《アワード》を指さす。言われてみて本を開きパラパラと捲ると、綴られた文字は規定の分量まであと少しといったところであった。
「あー、そう、ですね」
「じゃ、どんな能力をつけるか、考えねぇとな」
「後方支援にも回ってもらえると助かるなー」
ニコニコと、ゆうなは刀真の《アワード》をのぞき込む。彼らはチームだ。どんな能力を有するかは、今後の指針にも関わる。
「僕は、攻撃でも支援でもどっちでもいいかな」
「私は……。いや、まぁ、好きなようにしたら?」
次郎もありさも少し首を捻ってはみるが、これと言って希望があるわけではないようだ。
「何にしろ、よく考えて決める事だな」
ばんばんっ、とハインツは景気よく刀真の背中を叩く。思いの外強い衝撃にむせながら、刀真はなんとなく、曖昧な返事を返した。
そうして一同は、支部の拠点へと足を向けた。
ということで1番手は私、久遠蒼季がつとめました!
まだ1話目ですので、どのキャラクターが誰の担当か、などと考えてみてもおもしろいかもですね。
サイトにもいろいろと情報を載せているので、また是非ご覧になってください!
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