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お買い物に行こう

数日後 俺達は王都の路地を4人で歩いていた。目的は道具屋のミラージュだ。先日湖に落水した子供を探すのに使った魔法のランタンを購入した店について、パーティーメンバーに尋ねられて店について説明した。そんな面白い商品があるなら俺達も言ってみたいということになったわけだ。


ワルツがキョロキョロ周りをみわたす。

「うーむ、この路地は初めてだが民家ばかりだな。人がいなくて歩きやすいのはいいが少々寂しすぎるな」

サハドもうなずく。

「静寂は神との対話に必要ですが、歩いているときは賑やかなほうが私は好きですね。こんな場所に店を開こうと思う商売人がいるとは…」

その意見には俺も賛同する。最初看板を見たときには何かの間違いかと思ったからだ。特殊な店以外は人通りが多い方が、お客も増えると思う。まして販売系の店の場合、口コミで知らなければ此処に辿り着く人はいないだろう。


バーグはこんな時でも別の視点で話し出す。

「どこでも購入できるモノなら、買いやすい場所にあるほうが有利でしょう。しかし唯一無二な商品ならば、客はきっと辿り着くのですよ。実際あの魔法のランタンは普通の店には売っていなかったでしょ」


俺は店の中を思い出した。確かに広い室内に混沌としたディスプレイされた様々な商品の中には使途が想像できないものも色々あった。今までは焦っていたのでアリスに商品を選んで貰っていたが、商品の質問をすることで今までよりも会話が長続きするかもしれないことに気づいた。そこから話が発展すれば店外で2人で会うことになるかもしれない。やはり1人で思い悩むよりも、色々な人の話を聞くことで思いがけないアイデアがでてくるものだ。


そうこうしている内に店が見えてきた。周囲の家は木造だったり土壁だったりするが、道具屋ミラージュは石造りだ。その重厚さは周囲から浮き上がってさえいる。とはいえ貴重なアイテムを店頭で扱う以上、防犯対策はは重視しなければいけないのだろう。

「あの石造りの店が、目的の場所だ」


「おーう、なんか期待できる店って感じだな」

「外側の手入れもされているのは、亭主の心がけの表れでしょう」

「中に早く入りましょう」

それまで以上に彼らの期待も高まってきているようだ。これでアリスを見たら、どんな反応になるのだろう。俺はそう思い、歩く足を速めて扉の前に立つ。息を深く吸い込み扉を開く。


「こんにちは、リュートです」

そう言って中に入る。カウンターの中ではなく脚立の上に載って棚の上段の商品に手を伸ばしていた。スカートが長いのが残念だななとよからぬ事を考えてしまうのが男の悲しい性だ。ただ、その考えもバーグあたりならお前だけだよと言われそうだが。


振り返って、俺に微笑んでくれる。そして俺の後ろに立つ男達が誰なのだろうと考えているようだ。

「今日は、冒険者仲間を連れてきました。実は先日の魔法のランタンが凄く役にたったのですが、それを売っているお店を見たいという話しになったんです」

そう説明すると、彼女は脚立から軽やかに降りてきて俺達のほうに進んできた。


「皆様はじめまして。道具屋ミラージュの亭主をしているシュトバルク・アリスです。今日は当店にお越し頂きありがとうございます。どうぞご自由に店内をご覧下さい。もしお探しものとかありましたら、お声をかけてください」

そう言いながら微笑む彼女は、俺にとっては地上に舞い降りた天使だ。そこだけ光が差し込んできているかのように一段明るくなったかのような錯覚すら覚える。


普段からアイテム系のものを色々求めている魔術師のバーグにとっては、入り口から見ただけでも興味を惹かれるモノが多くあるようだ。

「ありがとうございます。まずは見せて頂かせて貰います」

そう言い終わる前に、すでに足は棚のほうにセカセカと進んでいる。いつもの冷静沈着さは魅力的な商品の前に消えているようだ。俺より1ランク上の冒険者のバーグだが稼ぎが大きく違うわけでもない。財布の中身を超える商品も多々あるだろうに物怖じせずに展示されている商品にどんどん手を伸ばせるのは見習いたいところだ。持ち上げたり、ぐるりと回したりとしながら何か嬉しそうに笑っている。あんな表情見たのは初めてで驚いた。


サハドも軽く頭を下げて、食器等が並んでいる棚のほうに進んでいった。冒険にそんな高級食器を持って行くわけでもないだろうが、こちらもまた嬉しそうだ。

「おー、パーシュラン製の茶器とは趣味が良い」

などと俺が聞いたこともない製造者をぶつぶつ呟いている。


ワルツは、アリスに声をかけている。

「こちらは武具も扱っていると聞いたが、今のクレイモアに似た剣とかあれば見てみたい」

アリスも頷いたあと、ワルツの装備を最初に確認するようだ。

「先に今お使いの剣を見せて頂けますか」

俺の時と同じように、今使っている武具のグレードや状態を確認して適したものを見せてくれるのだろう。


多くの店が、本当に適しているものではなく店の在庫にある中で一番売りたいものを勧めてくる。しかし、個人個人にぴったりなものは専門店でも常時置いてあるわけではない。少々の不具合は、後日の調整や使い手側のほうが対応するのが普通だった。


ワルツが背負っている剣を抜く。片手であの重いクレイモアを軽々と扱えるのには毎度感心させられる。剣先を下に向け柄の部分をアリスに差し出した。あの重さは女性には無理だろうと思ったが、アリスはアッサリと受け取った。さすがに両手だったが、表情に変化もないところを見ると全力で支えているわけでもないようだ。女性としては破格の力を持っているのか、魔力でアイテムの重量を軽減しているのかもしれない。


テーブルの上にクレイモアを横に寝かせ状態をチェックしていく。

「重心が先端に寄っていますね。振り回したときの威力は大きくなりますが、かなり筋力がないとコントロールが難しいタイプですね」

そう言って、ワルツの全身を確認するように見る。

「今当店に置いてあるのはランク的には同じぐらいのクレイモアが1本あります。重心のバランスが今お使いのものより少し手元にあります。今お持ちしますね」

そう言ってカウンターの裏にある倉庫に入っていく。


その彼女の背中を見ながら、ワルツが俺に囁く。

「うむ、あんな素敵な女性のためならお前の気合いもわかるぞ」

俺が反論しようとしたら、バーグも商品を見たまま俺をからかう。

「あの砦は難攻不落ですよ。恋愛ランクがEレベルでは無理じゃないでしょうか」


確かに俺の剣も恋愛力どちらも低ランクだが、2人の声は静かな店内にかなり響く。奥の部屋にいる彼女の耳にも届いてそうだ。いや、聞こえるように言っている可能性すらある。戦闘中以外は軽口をいつも叩く奴らなのだから、この事態も想定しておくべきだった。アリスに新しい顧客を紹介することで、彼女の心証が良くなるかもということだけに気を取られていたのが失敗だ。


サハドまで追い打ちをかける。

「まあ、置いてある器を見ても素敵な嗜好の方のようです。悪趣味なのには手をださないでしょうね。おおお、これはザベリュートの香炉じゃないですか。この釉薬の色合いが素晴らしい」

おいおい、感動するのか貶すのかどちらかにしてくれ。


「俺のことはいいから。買うものでも静かに探してくれ」

そう俺が小声で3人にお願いしていると、アリスが剣を抱えるようにして持って戻ってきた。


「どうぞ、こちらのクレイモアをお試し下さい。振り回すのは無理ですが、あなたなら持っていただければ感じは掴んでいただけると思います」

笑顔でアリスに勧められると、まんざらでもなさそうな笑顔になり剣を受け取る。

さっそく鞘から抜いて刀身を眺めている。


その様子を確認したアリスは俺の方に少し小走りになって来た。目の前に立つと俺の手を取る。彼女のほうから手を握ってくれて俺の心臓の鼓動は一気に高まる。

「リュートさん素敵なお友達まで連れてきてくれて、ありがとうございます」

とろけるような笑顔でお礼をいわれてしまう。でれでれになりそうな顔を無理矢理引き締める。

「とんでもない。先日購入した魔法のランタンが素晴らしく、そんなものを売っている店を尋ねてみたいということになっただけです」

そう言って、自分では爽やかな笑顔を作る。なんか頬がぴくぴく引きつりそうだ。


「お求めいただいたものが、お役にたって良かったです。あの商品は今在庫がありませんが、他に何か必要なものがあればおっしゃってください」

優しい声、そして手は柔らかな肌に包まれて俺は舞い上がりそうになる。今なら食事にでも誘えそうだが、さすがに3人の仲間を目の前にしてという状況は無理がある。


しかたなく、商売の話でもしておくことにする。

「最近気温も暑くなってきたので、マントが欲しいのですがありますか?」

冒険者にとってマントは、強い日差しから体を守ったり寒いときも体温を逃がさないという必需品だ。今俺が使っているのは本当にペラペラの布で、ないよりマシという程度だ。


俺の注文を聞いたアリスは、握っていた手を離す。包み込まれるような感じが手から無くなるのは何とも寂しいものだ。そんな俺の気持ちには気づかず、またカウンターの奥の部屋に入っていく。どれだけ奥の部屋には商品があるのだろうか。いつかは覗いてみたい。俺とアリスの会話に3人は興味もないようだ。自分たちの捜し物で忙しいようだ。俺も待つ間に商品を見た。シンプルな手鏡があるが、これぐらいなら俺でも買えそうだ。最悪マントが買えなければ、これを買って宿屋のパーゼルへのプレゼントにしよう。


「その手鏡が2金貨になります。プレゼントなんかに喜ばれると思いますよ」

その声を聞いて慌てて飾ってあった場所に戻す。シンプルな鏡が2金貨とは驚きだ。こんなの近所の雑貨屋なら5銅貨ぐらいだろう。


「おー、テピゲの鏡ですか。これが2金貨とは!手持ちに余裕があれば是非欲しいところです」

サハドが手に取り眺めているが、うっとりとした目になっている。ちらりと鏡に映るサハドの顔はいつもと変わらないオッサンでしかない。なにが5銅貨と2金貨の違いになるのか俺にはまったく判らない。


「あ、こちらがマントです。3種類あるので選んで下さいね」

そう見せてくれたのは、黒、白、茶の3色だった。色が違うのはすぐに判ったが、値段も機能の差も判らなかった。ここは彼女に尋ねるのが一番だろう。


「すいません、それぞれの特徴と価格を教えて下さい」

そうお願いした。彼女はまず黒のマントを手に取った。

「この黒いマントは14銀貨です。炎への耐性も高く衝撃への耐性もあります」

うーむ剣より高いのか。魔獣によっては炎を噴き出してくるものもいるので、欲しくなってくる。


「次の白いマントは、氷点下でも暖かいぐらい保温力があります。野営するときでも、体が冷えないですよ。6銀貨になります」

「なんか目立っちゃいそうですね」

「遭難したときにも目印になりますよ」

聖騎士なら白いマントも似合いそうだが、Eランクの俺が装備したら街中の噂になることまちがいなしだろう。

「では3枚目のこちらですが、この斑に茶色になっているのが迷彩効果になり、隠れるときに便利です。ただ匂いは防がないので野獣や魔獣にはあまり効果がありません。20銀貨になります」


20銀貨もあれば、防具が買い換えられそうだ。6銀貨の白いマントは安いのが魅力だがあまりに目立ちすぎるので無理だ。黒は見た目も良い。これから暑くなる季節に丁度いい。そう思い手を伸ばそうとした。


「リュートさんのような方が、この茶色のマントだと歴戦の冒険者って感じですね」

そうアリスが囁く。その声に誘導されるように伸びかけていた手は途中から方向を変えていく。そして握りしめたマントは茶色だった。心の中では絶叫だったが、1度選んだものを止めて違うものにするのは、彼女の目にどう映るだろう。そう哀しい気持ちになりながらも決断した。

「こ・こ・これにします」


「ありがとうございます。あ、羽織ってみて下さい……長さもピッタリですね」

レッドスパイダーを討伐して得た報酬30銀貨は、今回の買い物と宿代の支払いですでに残りは5銀貨になってしまった。


「いやー、装備に金を惜しまないことは冒険者として見習いたい」

「いいマントになると、1ランク上の冒険者に見える」

「俺が欲しいぐらいだ」


そんな言葉が俺の左右から聞こえてくる。前ではアリスが支払った銀貨を確認している。

「はい、確かに20銀貨いただきました。このマントは耐水性もあるので雨でも内側の服や装備が濡れませんから。またのお越しお待ちしていますね」


その素敵な笑顔に俺はぎこちなく応える。頭のなかでは、店をでたら早速3人を冒険者ギルドに連れて行き、依頼を一緒に受けて貰うことを考えていた。


俺はEクラスの冒険者。財布のなかも軽やかだ。


つい見栄をはりたくなるんですよね

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