任務完了後
王都から3日ほど移動してきて村に辿り着いた。今回はレッドスパイダーの退治だ。スパイダーと言っても、蜘蛛の巣をはらずに歩行しながら獲物を捕まえるという珍しいものだ。
この村の近くにある森に洞窟があり、そこに昼間は潜んでいて夜になると出てくるらしい。今までも鶏や兎等の家畜が襲われたことはあるが、今回村人の1人がが糸に包み込まれて巣に運ばれるところだった。幸い発見が早かったので、村の敷地内で救出できたそうだ。もし巣に連れて行かれると、そこで体液を吸われるところだった。
バーグが討伐経験があるとのことだったので説明を聞く。
「大きさは胴体50cm、手足を含めると1m程度です。獲物に噛みつき麻痺毒を流し込みます。動きが鈍くなると糸を巻き付け獲物を拘束します。そのまま巣穴まで引きずっていきます。そこで時間をユックリとかけて体液を吸っていきます。背中側は硬い外皮ですが、腹のほうは柔らかいです。動きはそれほど速くないのですが、力はかなり強いです」
レッドスパイダーがいる場所が深い巣穴や洞窟なら先日買った魔法で光るランプの出番があるかもしれない。しかし次に俺の頭のなかに疑問が浮かび質問した。
「動きが早くないのに、よく動物が捕まえれるよな」
「それは、獲物が通るまで脚を縮めて丸くなっているんです。そして獲物が間合いに入ると飛びかかってきます。ちなみにレッドスパイダーの由来は、獲物の体液を吸っていくと腹部が膨らんでいきます。そのとき吸った血液の色が透けて赤くなっていくからです」
想像しただけで気持ち悪い。パンパンのお腹を斬れば、風船を針でつついたように血が噴き出してくるわけだ。恐らく俺自身も血まみれになっているだろう。できるだけ空腹のときのやつを仕留めたいものだ。どうやら同じく直接攻撃をするワルツも同じ気持ちようで、話を聞いて顔をしかめている。
「確かに、話を聞いただけでも自分がヌルヌルの血まみれ状態になっているのを想像するぞ。気持ち悪すぎだな」
魔法などの遠距離攻撃をできると、こういうときは便利だが魔力への抵抗力もあるようなので直接攻撃優先らしい。
目的地の村に到着したが、人も多く農耕も盛んなようだ。青々とした麦畑が広がっている。さらに湖のほうには小型の舟が多く桟橋に係留されていた。ここでは貝を養殖しているのだが、貝の中からキラキラ輝く丸い宝石のようなものが採れるのだが装飾用に人気があるらしい。桟橋の先には艀のような板が多く浮かんでいる。この板の下に貝がぶら下がっているらしい。艀の上を多くの人が忙しそうに行き交っている。
岸辺で作業している男に声をかけて村長のところに案内してもらうことにした。どうやらレッドスパイダー対策に冒険者へ依頼をだしていたことは、村人に伝わっていたようで、作業中の手をとめ村長の家に案内してくれることになった。10分ほど歩いた村の中心部に石造りの大きな家があり、そこが村長の家だった。
中に入ると、杖をつき、背中がやや曲がっていて頭頂部がきれいに禿げ上がった老人がいた。眉毛も白くなっているが太く長く伸びているためその下にある目が見えないほどだ。体つきは小柄だが、迫力を感じる。装飾用のアイテムを生産する村は山賊や盗賊の的にされやすいが、それらを含めた様々な困難を乗り越えてきたものだけが持つ貫禄だろう。
「ようこそ。依頼を受けて頂きありがとうございます。まずは、おくつろぎください。ここで村長をしているビバルドと申します」
「よろしくお願いします。俺はパーティーリーダのワルツ。こいつらが仲間だ」
紹介された冒険者を村長が見回してうなずく。
「さっそくですが、村では貝の養殖を中心に農作物も育てております。この農地の端に森があるのです。その付近でレッドスパイダーを見たという情報が多くなってきていたのです。そして先日村人が襲われてしまい、これからも被害が続きそうなので依頼させていただきました」
「判りました。今日はまず周囲の状況を把握させていただき、明日から駆除を行います。あと、メンバーですが、バーグ、サハド、リュートです」
俺たちの顔をもう1度見回した後、頷いているのをみると納得はしたようだ。
「では、日没後には夕食の準備を整えてありますので、それまでにはお戻りください。部屋に置く荷物は今 こちらでお預かりいたします」
後ろに控えていた女性が、荷物を置く場所を案内してくれた。さっそく偵察には不要な荷物をおく。
「よし、いくぞ」
ワルツが先頭で家をでていく。
「森まで案内します」
そう言って1人の若者が付いてきてくれた。よく森の中に狩りにいくようで、目的の場所にも詳しいということで案内してくれることになった。奥に進んでいったところでバーグが地面の状態を確認していく。
「なにかを引っ張っていったあとがあります。まだ新しいですね。この先に複数のレッドスパイダーがいるようです」
それを聞いた若者が答えてくれる。
「はい、先日も畑で大人が襲われてしまいました。幸い巣穴に連れて行かれる前に村人が発見して助けることができました。村人で盗賊対策の守備隊も作っていますが、人相手と違ってレッドスパイダーは対応が難しいので悩まされていました」
人と魔物では、警戒の仕方も対応の仕方も大きく違うので、無理もない話だ。そして、十分に状況を確認できたので全員で村長の家に戻った。すでにテーブルには夕食の準備も整い、給仕のための女性が飲み物を用意している。レッドスパイダーの痕跡を確認したことを報告すると、村長も低い声で応じた。
「そうなのです。最初は小さな家畜だけでしたが、先日は大人でした。大柄な人だったので運ぶのに手間がかかっていたから助け出せました。あれが子供だったらと思い駆除の依頼をだしました」
周囲の女性達は震えていた。我が子がそんな目にあうのを想像してしまうのだろう。
俺は食事と報酬だけで今回の依頼を選んだが、彼らの反応を見て仕事を受けたことを本当に良かったと思った。いずれは誰かが受けた依頼だったろうが、実際の被害がでてから受けていたら、心に重いものが残っただろう。
サハドが優しく村人達に声をかける。
「明日から私どもが駆除をはじめますのでご安心ください。ただ、隠れているときのレッドスパイダーは見つけにくいので皆さんご注意を。1人での行動は控えてください」
重々しくなりそうな空気をかえるためだろう。村長が明るく食事を勧めてくれた。
「さあ、皆さん。この村の名物でもある貝を料理したものもあります。ぜひご賞味くだされ。ほら飲み物もおつぎしなさい」
貝料理は初めてだったが、口の中で噛みきろうとすると肉汁がたっぷりとあふれ出す。濃厚な味わいが口の中に香りとともに残るのが官能的ですらあった。聞いてみると王都で食べると3個で1銀貨というのだから随分高価なものだ。俺なら3個食べるより宿+朝晩食事付きを選ぶ。
村のほうで2人部屋を2部屋用意してくれていたので、俺とワルツ。バーグとサハドが相部屋になった。2人になるとワルツが明日の駆除について熱く語り出す。
「いいかリュート!明日は根こそぎ駆除だぞ。見逃して被害がでるようなことは絶対に避けよう!!」
弱者の味方を標榜するワルツにとって、子供が危険にさらされるということは絶対に防がなくてはいけないと燃え上がっているのだろう。放置しておくと朝まで熱演しそうだったので、明日の任務に差し支えるからと強引の照明を消して寝た。
朝起きて、部屋をでたところでバーグとサハドと出会わせた。
「いやー、熱い討論が深夜まで続くから、徹夜でやるのかと思いました」
「俺たちの安眠を妨害したから、そのぶん今日はお前らで働き給え」
明らかに、からかっているのだろう。しかし、熱弁を聞かされる方の身にもなって欲しいものだ。
「次回は部屋割りの変更してくれよ」
そう訴えたが、笑って流されてしまうのが悲しい。
準備されていた朝食を食べて、装備を準備する。駆除は巣穴に潜んでいるレッドスパイダーを想定して、火打ち石や松明なども準備する。
村人に見守られて、出発する。まずは昨日確認した痕跡のあった地点まで行く。そこから、獲物を引っ張った痕跡を追いかけていった。するとすぐに巣穴の1つが見つかった。明かりを照らすと穴の中には糸で巻いた獲物を抱えるレッドスパイダーがいた。獲物は狸のようなものだ。1度巣穴から離れてバーグがファイアボールを打ち込む。
「ぐぎゃーーーお」
燃えさかりながら相手は叫びながら飛び出してきた。ワルツが横から剣を振る。レッドスパイダーが敵をワルツと認識して向きを変える。予想道理の反応をみせてきたので、打ち合わせ通り俺は背後から腹部を切りつける。ほどほどに赤みを帯びていた腹部は切り口から血を溢れ出させる。まだ傷は浅いようだ。今度は俺のほうに頭をむけてくる。そこを逆側からワルツがクレイモアで叩きつぶすような一撃を加えた。
「バシャ」
そんな音とともにレッドスパイダーの腹が破裂する。見るとワルツが赤い血を全身に浴びている。あの攻撃だと熟した赤いトマトを手の平で叩きつぶすのと同じだ。中身が飛び散るのは当然だ。
サハドが迷惑そうな顔をしている。
「ワルツさん、もう少し切り裂く感じにされたらどうですか。せっかく新調した法衣に血が飛び散ってきます」
僧侶ならではの、生成りの白っぽい服に赤い点が飛び散っている。買ったばかりで、あの状態は確かに嫌だ。ワルツも少々だが申し訳なさそうな顔で頭を下げていた。
それでもまずは一匹だ。バーグが倒したレッドスパイダーから魔石を取り出したあと、さらに口の部分を解体していく。
「バーグなにがそこから採れるんだ?」
「口の中に噛んだときに出てくる麻痺毒が入った袋があるんです。この毒を薬屋にもっていくと手術のときの麻酔薬になるので結構高く売れるんですよ」
悲しいかなまだまだお金に不自由している俺達は、金になるものはしっかり回収することが大切だ。
処理が終わったので周囲を探索して、レッドスパイダーが獲物を引っ張っていた跡を見つけては駆除していく。攻撃をパターン化できるので、ほとんど反撃も受けずに倒していける。ワルツの攻撃も血を飛び散らせなくなってきたので精神衛生上も良くなった。
太陽が頭上にさしかかってきたので、村人が用意してくれた弁当をとる。おにぎりだが具材もそれぞれ工夫してあったので、美味しく完食できた。
午後からのの駆除も、午前の手順に問題がなかったので同様の方法でおこなっていく。夕方までには10匹ほど駆除できた。
「あと5匹少々といったところでしょうか。多くて7匹だと思います」
暗くなると、レッドスパイダーの活動も高まるので早めに1度村に戻ることにする。
村に戻り、すぐに村長の家に今日の成果を報告に行く。
こういときはリーダーが報告してくれるので、俺はボーッとできて楽だ。
「まず、昨日事前に調べていた情報から10匹を駆除しました。あとは5匹少々でしょう。多くても7匹かと思いますが、明日の昼頃には正確な残りの数も把握できると思います」
明日には駆除が終わることをきいて村長や村人も喜んだ。
「今日は魚料理とキノコ料理でもりあがりましょう。ほら皆の衆どんどんお酒をおつぎしなさい」
街で食べれば幾らするのか判らないが、豪勢な料理を無料で食べられるのは嬉しい。残念なのは若い女性が食事の場所には来ていないからだ。とはいえ、そういうのに不満を俺だけのようだ。
バーグは妙齢の女性達と、健康法について語り合っている。ワルツは守備隊のリーダ達と武術のトレーニングや戦術について体全体をつかって教えている。サハドは若い男達と話をしているが、同性を愛することを許す宗教に勧誘するのはいかがなものかと思って見てしまう。
夜も更けていき、それぞれに満足をして眠りについた。
村について3日目。今日中に駆除を終了したい。
早朝から俺たちは森に向かう。新しい跡が見つかったので追いかけていった。どうやら深夜に家畜小屋を襲いに来ていたようだ。そこにいけば餌があることをレッドスパイダーたちが判っているからだろう。跡が見つかれば、そこからの手順も成れてきていたので効率よく駆除が進んでいく。昼前には6匹を倒した。
レッドスパイダーが残っていないか2人組みに別れて探索をすることにした。広い範囲を効率よく探索するためには、分散するのがいいが単独では万が一の対処が出来ないので2組になる。ワルツとサハド、バーグと俺だ。この組み合わせは、俺がワルツの熱弁を聞きたくないからではなく俺の探査能力が低いため、フォローするのにバーグが手を上げてくれたというわけだ。
時間をかけて確認していくが俺が見るとどれもが怪しい痕跡に見えてくる。
「バーグ、あれはどうだ。なんか引きずっている感じがする」
「後はありますが、スパイダー特有の足跡が伴っていないですね。別の生き物が使う獣道でしょう」
こんな感じで探索についての指導までしてもらえるのは、自分より上のグレードの冒険者とパーティーを組むメリットだろう。
約束の時間になったので、ワルツ達と合流する。
ワルツ達もこれ以上の痕跡は見つけられなかったそうだ。
その報告を受けてバーグが最終判断をしてくれた。
「これで村周辺の駆除は終了でしょう。念のため明日の朝に家畜小屋に被害や痕跡がなければ任務終了ですね」
全員の緊張も緩む。任務を終了したという満足感は嬉しいものだ。足取りも軽く村にもどった。村長の家に行く途中に出会う人々達も、笑顔で俺たちに声をかけてくれる。平和を取り戻していくことが普通の人々にとって、それは大きな幸せになるからだろう。
駆除は終了して、明日念のための最終確認をするだけと伝えた。それを聞いて村長は大きく手を叩く。
「めでたい。感謝の気持ちを込めて特別な酒を開けよう。ほら、はやく」
そう言ってウイズルと呼ばれる琥珀色の酒をだしてきた。樽の中で醸造して香り付けした高級な酒だ。アルコール度数も強いが、口の中に膨らむ香りは心まで酔わせてくれるというもので俺も名前しか聞いたことがなかった。
それぞれに小さなグラスがいきわたる。乾杯をする。噂の香りをまずは楽しむ。芳醇な香りだけでも酔えそうだ。その味わいを舌で感じようとグラスを傾ける。
その時15歳ぐらいの少年が部屋に駆け込んできた。顔は青ざめている。かなり緊急事態が起きたのだ。
「弟が…弟が!!」
まさかレッドスパイダーが残っていたのか。そいつに捕獲されたのか。俺たち、いや村人達もそう想像してしまった。しかし、少年の言葉は俺たちの想像していたものと違っていた。
「弟が艀から湖に落ちた。浮いてこないんだ」
村人達が一斉に村長宅を飛び出す。湖に落ちた少年を探すなら、水辺で仕事をしている男達のほうが泳ぎも得意だろう。俺たちは水中を得意としているものはいないから現場に行っても役には立たないだろう。かえって邪魔になるだけかもしれない。
そこまで俺が思ったときに、すっとサハドが立ち上がる。
「溺れたなら、私の魔法が役に立つでしょう」
村人達の追いかけ走り出す。俺、バーグ、ワルツも顔を見合わせる。
「村長、我々も行かせていただきます。ご迷惑かもしれませんが」
答えをまたずに湖のほうに走った。
艀では、多くの人が水面を覗き込む。若者は飛び込んで潜って行っている。万が一に備えて水中に飛び込めるように俺たちも装備を外していく。鎧などがついたままでは泳ぐことが出来ないからだ。
守備隊のリーダが水面に浮き上がる。
「駄目だ、暗くて底が見えない。明かりを頼む。松明をもってこい」
家に松明を取りに戻るものもいれば、手持ちのものを水面ギリギリまで近づける者もいる。しかし深い水の底まで明かりが届かない。
「ライティング…ライティング…ライティング」
バーグが魔力の消費を考えず、明るく光り照明代わりになる魔法を連発する。松明とは比べものにならない明るさが水面を照らす。
若者達が感謝の言葉を述べて潜っていく。浮かび上がっては、潜る。体力も気力も消耗するが水に沈んで溺れたものが無事息を吹き返せるかどうかは、水から出来るだけ短時間に引き上げられるかどうかにかかっている。
しかし明るい魔法の光すら、水の底には届かない。
ワルツが叫ぶ。
「バーグ、ライティングを水中にうて」
そうだ、水のなかで直接光らせれば水底まで明かりが届くだろう。そのアイデアに俺は救助の手が彼に近づくのを感じた。しかし、バーグの答えは苦しむような声で返ってきた。
「すまない、ライティングの魔法は水に触れると魔力が散っていくんだ」
そこまで聞いたとき、ポケットにいれているガラス玉の存在を思い出した。
道具屋ミラージュで買った魔法のランタンだ。手に玉を握りしめる。
「闇を照らせ」
握った指の隙間から光が溢れ出してくる。ガラス玉にライティングの魔法を封じ込めることで水の影響を受けないのだろう。俺は玉を握ったまま、水面に飛び込み水底を目指した。明るく光ガラス玉が水底を照らしたのを見て、周囲の人達の顔に希望がみちてくる。若者達が照らされた水底を共に探索していく。明るく光ガラス玉を持つ手を前に突き出し、右に左に進路を変えていく。だんだん息が苦しくなってくる。それでも、あとわずか先に少年が沈んでいたらと思うと浮かび上がろうという気持ちにはならなかった。肺のなかが焼き付くような熱さになってきて耐えきれなくなってきた。そのとき光の照らす中に沈んでいる少年が浮かび上がった。同時に俺の両脇を勢いよく追い越していく若者達。ついに少年が発見できた、そう思うと同時に目の前が暗くなり力が抜けた指から玉がこぼれ落ちる感覚のなかで俺の意識は消えた。
目が覚めると、俺の目の前にはサハドがいた。目を動かすとワルツが泣きそうな顔でいる。バーグはホッとした感じだ。
「よ、、、よう。子供は?」
俺がそう尋ねると、子供を抱えた村人が近づいてきた。子供は無事見つかったようだ。顔を見ると泣いている。泣いてるって事は生きてるってことだ。それが判って俺は安心をした。
話を後できくと、俺が意識を失う直前に魔法のランタンは少年を照らしたそうだ。すぐに村人が救助して水面に引き上げたところ息は止まっていたがサハドが回復魔法をかけるとすぐに息を吹き返し健康状態にも問題はなかったそうだ。どうやら溺れてすぐに気管に水が入ったショックで心臓が止まったので肺の中にはほとんど水が入らなかったのでダメージが少なかったらしい。
少年が村人達に抱え上げられ水面を目指す中、俺だけ浮かぼうとしないので不思議に思われたそうだ。魔法のランタンを手放したことで意識を失っているのに、周囲が気づき事なきを得たという始末。
サハドには「最初っから泳ぎの得意な村人にランタンを渡しなさい」と言われた。言われてみれば潜る時間も早さも村人のほうがずっと上だ。呪文を唱えて明るくなったランタンを村人に渡せばいいことを今理解した。こういうところの冷静さがないことが冒険者としても未熟なのだろう。
念のため、サハドに回復魔法をかけてもらう。ボーッとしていた頭もスッキリしたので酸欠状態のままだったようだ。
村長の家に戻り、全員の無事を祝って改めてウイズルで乾杯をする。終わりよければすべて良しという大らかさは冒険者にとって重要だ。先ほどは香りだけだったウイズルは飲んでみると、いままで味わった酒とは別格だった。舌に甘みと辛さを絶妙に伝えてくれる。その後食事が始まると、多くの村人達が入れ替わり俺たちを訪れ感謝の言葉をかけてくれる。
俺にとっては、若い女性がきてくれたのが先ほどより嬉しい。ただ、溺れた少年の友達のようで少々若すぎた。ここは遙かなる未来の成長に期待をしておき喜んでおく。
翌朝、レッドスパイダーの襲撃がなかったことを確認して任務終了とした。念のため数日は村人が飼育小屋を警戒するそうだ。1匹ぐらいなら守備隊の力で退治できるとのことで俺たちも安心して村を去ることができた。
帰り道、ワルツが俺に背を向けたまま怒った口調で話してきた。
「命を助けることは重要だ。でも一番大切なのは自分の命だ。それができないなら冒険者なんて辞めろ」
俺は返す言葉もない。なぜなら普段は自分の事が一番大事と思っているのだから。今思い返しても自分の行動は理解できなかった。
後ろからはサハドが話しかけてくる。
「今の私には死者の復活はできない。限界を意識して一歩手前までにしてくれ」
俺も2度と死に直結するような事はしたくない。実際冒険者をしていると仲間が目の前で、あるいは朝別れた奴が夜には戻ってこないことなど普通にある。それでも、そのことに慣れることはできない。
俺が色々考えていた中、バーグは冷静だった。
「それにしても、あのアイテムは素晴らしい。光の魔法が水との相性が悪いから、ガラスで包み込んで光の魔法が効果を発揮できるようにしているとは。その包み込む製法や魔法の制御機構を作った人はかなりの上級者ですね。初めてみるアイテムですが、素晴らしかった。私も1個欲しいです」
うむ、これは王都に帰ったら、道具屋のことを説明したほうが良さそうだ。内緒にすると悪い意味で誤解されそうだ。
いや、それより俺が皆を連れて行くのはどうだろう。新しいお客を連れてきた俺。そんな俺をアリスさんはどう思ってくれるだろう。
書き出したときは、冒険後店に行くつもりでしたが長くなりすぎたので後回しにさせていただきました。