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言葉が人を殺した日は、綺麗な夕焼け空だった  作者: 白野こねこ
【裁かれる人々】前編 終わりの始まり
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4 塔島正義 / 薮中真理子(ペンタグラム会議室)

「どうぞ、こちらにお座りください」


 ペンタグラム社の会議室には面接会場のようにいくつもの長机が並べられていた。

 塔島正義をはじめとする捜査一課の刑事たちが、最終世界シリーズの開発者を一人ずつ呼び出して話を聞いているところだった。


 薮中真理子が椅子に座ると、塔島は質問を始める。

「薮中真理子さんですね」

「はい」


 イベントディレクターをしているという真理子は、美しすぎると言われるタイプの女だった。

 だがあまりにも完璧すぎて、人工的な印象も受ける。もしかすると整形美人というやつかもしれない。


 骨格、額、瞳の大きさ、鼻筋、唇の形、頬骨の位置、顎の形、さまざまなバランスが整っているが、生物学的にその組み合わせは存在しないだろう思わせる直感的な違和感が拭えないからだ。


「桐山家で遺体を確認していただいたときにもお話を伺ったと思いますが、桐山蒼さんとは恋人だったということでよろしいでしょうか」

「かまいません」


 落ち着いた声。視線。体の動き。特に緊張はしていないようだ。

 普通の人間なら、自分がなにも悪いことをしていなくても、話す相手が警察の人間だというだけで無駄に緊張することも多い。


 ほかの開発系社員のほとんどがTシャツにジーンズといったラフな格好をしているのに比べると、一人だけワイシャツにタイトスカートという丸の内に勤めているOLのような服装をしている点でも、ほかとは違うという印象を受ける。人と違うことに価値を見出すタイプなのだろうか。


「最後にお会いになったのはいつでしょうか」


 真理子は少しためらうように視線を落とす。


「金曜日の夜です。私のマンションで一緒に過ごしていました。事件当日の朝にはインタビューの準備をするために蒼が自宅に戻ってしまったので、それから蒼には会ってません。彼と別れたあとは、私は休日出勤をしてそのままずっと会社に缶詰状態でした」


 真理子のアリバイは、ほかの社員に聞いて裏が取れているので問題ないなさそうだ。もちろん犯人は、桐山蒼でほぼ間違いないとわかっているので、確認程度の意味しかなかったが塔島は質問を続ける。


「ソロモン出版に対して、桐山さんは以前からなにかおっしゃってましたか」

「つい最近、最終世界シリーズの記事がレビュー王国というサイトに掲載されたのですが、一方的に批判するような内容に蒼はかなり腹を立てていたようです」


「殺してしまいたいほど恨みを持っていたということですか」

「それはわかりません。ですが、最近あまり眠れないとは言っていました。仕事もうまくいっていなかったので、精神的に追いつめられていたというのはあると思います」


 扉が開く音と同時に、聴取を終えたほかの開発者が会議室から出て行き、代わりに名前を呼ばれた森村信人という男性開発者が入室してきた。

 それに便乗するように新人刑事の荒神が会議室から出て行こうとしている。


「こらーっ、荒神っ!」

 塔島が怒鳴ると、荒神は飛び上がりそうなほど驚いた様子で、振り返った。


「と、トイレですっ」

 そう言い残して、逃げるように扉を閉めて出て行った。

 また逃亡か。塔島は思わず舌打ちをする。


 ふと真理子を見ると、眉間にしわを寄せてこちらを怪訝そうに睨んでいた。


「失礼しました」

 塔島は小さく咳払いをして質問を続けた。


「桐山蒼さんとご両親の仲はどうだったかご存知ですか」

「普通というか、よかったのではないでしょうか。成人してからもずっと実家で生活しているぐらいですから」


「薮中さんはご両親にお会いになったことはありますか」

「いいえ」

「お二人の交際が結婚を前提にした正式なものではなかったということでしょうか」


 動揺したのか真理子の目が左右に揺らいだ。


「それはこの事件に関係ありますか」

「では質問を変えます。お付き合いをされていたのは桐山蒼さんだけでしょうか」


「どういう意味ですか」

 真理子は塔島の目をじっと見ている。


「桐山蒼さん以外にも、プロデューサーや広報部長といった、別の男性と同時につき合っているという噂や、それが原因でお二人はすでに別れているという情報がありましたので」

「ただの噂です。そんなデマが事件に関係あるんですか」


 瞳孔は開いていない。微かな表情の変化や、声の上ずりもない。

 今のところ嘘を言っているようには見えなかった。もちろん嘘を本当のように自分に思い込ませられるタイプだった場合は、表面上だけで判断するのは難しい。


「動機の裏付けを取るためです。ソロモン出版の記事だけが引き金になったのか、それ以外にもなにか理由があったのか」

「私のせいであんな事件を起こしたとおっしゃりたいんですか」

「いえ、そういうわけでは」


「蒼はもう死んだんです。これ以上蒸し返してどうしたいんですか」

「蒸し返されたら困るようなことでもあるということでしょうか」


 探るように見つめる塔島に対して、明らかな不快感をアピールするかのように、真理子はキツく睨み返してきた。


「私を調べるのはお門違いです。蒼が本当に殺したかった人は、きっとあの九人の中にはいなかったんでしょうし、これ以上調べても意味がないと思います」

「それは批判記事を書いた森村有希を殺そうとしたということですか」


「そうかもしれませんし、そうじゃないかもしれません」

「本人がそう言っていたということですか」

「いいえ、あくまで憶測です。もうこれ以上お話することもないと思いますので、失礼します」


 真理子はそう言い残して、会議室を出て行った。

 少し威圧的に質問しすぎたかもしれない。怒らせてしまったことに反省しつつ、塔島はこめかみを押さえる。


 桐山蒼が本当に殺したかった人がほかにいるという真理子の言葉は、自分以外の人間に矛先を向けて煙に巻くための詭弁なのか、それとも真実を述べているのか。表情からは読み取れなかった。

 やはり作り物めいた顔の表情を見抜くのは難しい。


 偽りの顔を自分で肯定できるような女は、精神的に自分自身を騙すことに長けていることが多い。なぜならそうしないと生きていけないからだ。

 だからこそ手強いし、人工的に綺麗な女の取り調べは苦手なんだと塔島はため息をついた。


 それにしても、真理子は恋人を亡くしたばかりだというのに、泣きはらしたような痕跡すらなく、最初から最後までしっかりと受け答えをしていた。


 家族を失ってあれほど放心状態になっていた桐山茜に比べると、かなり対照的だ。失ったのが恋人と家族の違いなのか、それとも二人の性格の問題なのか。


 長年刑事をやっているが、この手の女性心理を判断する行為はあまり得意ではない。きっと死ぬまで苦手なままだろうと塔島は思った。





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