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言葉が人を殺した日は、綺麗な夕焼け空だった  作者: 白野こねこ
【裁かれる人々】前編 終わりの始まり
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3 森村信人(ゲーム開発会社ペンタグラム)

 ディレクターの桐山蒼が使っていた机を中心に、フロアの奥の方で慌ただしく調査を続けている鑑識係員の姿も見られる。


 普段なら休み明けにズル休みをするような者まで一人残らず招集され、役職の高いものから順に、一番大きな会議室へと呼び出されていた。


 ゲーム開発会社ペンタグラムでは、警察による事情聴取が行われていた。

 チーフプログラマーの森村信人も、さきほどからその順番を待っているところだった。


 ちょうど今、話が終わったらしいプロデューサーと入れ違うように、会議室に入っていったのはイベントディレクターの薮中真理子だ。桐山蒼の恋人だったという噂もある。ほかの社員に比べると聴取に時間がかかりそうだが、きっと森村もその次ぐらいには呼ばれるかもしれない。


 呼び出しを待つ間、森村をはじめとする上層部の者たちは関係各所への手回しや弁明に奔走し、広報や営業担当は鳴り止まない電話応対に追われていた。


 桐山蒼の双子の姉である桐山茜もまた、事情を説明しなくてはならない広報側の人間だったが、今は病院に入院しているらしく姿は見えない。

 もちろん元気な状態だったとしても、家族が殺人事件を起こした後に普通に会社に出勤できる状態ではなかっただろう。


 森村がフロアを見渡すと、普段はメールでの連絡がメインでほとんど鳴ることのなかった電話が一連の事件のせいで大活躍しているのが目につく。

 いくらIT化が進んでも今回のような感情的な事象が発生すると、人は音声による直接的なコミュニケーションに頼らざるを得ないということだろうか。実に皮肉な話だ。


 下っ端の契約社員やアルバイトだけが、手持ち無沙汰ですることもないのか、テレビで垂れ流されているワイドショーの画面を見つめている。


「午後十時三十分頃、新宿区の株式会社ソロモン出版で従業員七名が殺害されているのが、ビルを巡回中の警備員によって発見されました。搬送先の病院で被害者の七名全員の死亡が確認されています。警察の発表によりますと、死因は刃物で斬り付けられたことによる出血性ショックと見られています」


 森村はワイドショーを横目に見ながら、差し込むような胃の痛みに襲われていた。


 まったくもって最悪だ。

 いつかなにかをやらかしそうな人間というのはどこにでもいる。ディレクターの桐山蒼もその一人だったのかもしれない。


 クリエイターにありがちな、自分に都合の悪い意見はあまり聞かない上に、自分が大好きな男だった。しかも開発者としての能力やセンスがイマイチのわりに社内政治に長けていて、上層部にすぐに気に入られていつのまにか気がつくと役職に就いているという、いわゆる周りを不幸にするタイプの上司でもあった。


 その手の人間が上にいても開発側に余裕があるときは、下っ端達の頑張りでなんとか現場を維持できるが、デスマーチが始まると最悪の事態を招くことが多い。


 無能な伝書鳩と化した上司が、身勝手な上層部の要求には安請け合いをするくせに、現場の悲鳴には目をつむる。デスマーチの倍々ゲームが始まってしまうからだ。

 今回の開発も当然のごとくデスマーチが発動し、ギリギリの綱渡り状態が続いていた。


 そんな時に投下されたのがあのレビュー王国の酷評記事だった。なんの前振りも掲載内容の確認すらなく、一方的にネットでほぼ名指しのような批判を受け、ブチ切れた桐山蒼はあんなことをやらかしてしまったのかもしれない。


 だがよりによって、なんで今なんだ。

 これまで我慢したなら、せめて発売するまで我慢しろよ。最後の最後でもう少しというところで壊すなんて、一番最悪なパターンだ。


 森村は苦々しい顔で、テレビの中に映っている桐山蒼の顔写真を睨みつけていた。

 こんな残虐な事件を起こした犯人の姿としては不謹慎なぐらいさわやかな笑顔が、森村の腹立たしさを助長していた。


「同社を訪問していたゲーム開発会社ペンタグラムの会社員・桐山蒼の自宅を捜索したところ、凶器と見られる日本刀のほか、同居していた両親の遺体を発見。また桐山蒼本人もバスルームで死亡している状態で発見されました。硫化水素による自殺を図ったものと見られています。押収された日本刀からは、ソロモン出版で殺害された被害者のものと思われる血液が採取されたことから、桐山蒼を容疑者と断定。警察では被疑者死亡のまま書類送検する方針です」


 好き放題に無双をしておいて、自分だけ自殺するとか、どれだけ身勝手なんだ。

 森村がイライラしながら電話の受話器を置いたタイミングを見計らって、今年入社したばかりの新人プランナーの佐倉美月が話しかけてきた。


「どうなるんですかね、最終世界D。やっと新しい発売日も決まったのに」


 最終世界Dというのは、ペンタグラムの看板RPGである最終世界シリーズの最新作だ。

 第一作となる最終世界Aから数えて四作目となる今作では延期に延期を重ねていたが、やっと発売のメドが立ち、これから最後の追い込みという時だった。


「間違いなくお蔵入りだな。それどころかこの調子じゃ、会社の存続も怪しいだろ」


 一番最悪な不祥事のせいで最終世界Dがこのまま闇に葬られることは、ほぼ間違いなさそうだ。

 プロジェクト立ち上げから三年も費やした作品が、たった一晩でおじゃんになるとは泣けてくる。


 しかも会社にとって稼ぎ頭の最終世界シリーズがこのまま発売されないとなるとコスト回収のメドが立たない上に、ある意味クリエイターが前代未聞の不祥事を起こした会社というイメージが浸透してしまっては新しいIPの立ち上げも難しい。

 それどころかこんな不祥事を起こしたデベロッパーは、どのパブリッシャーも使いたがらないだろう。


 製品を売ってくれる相手がいなければ、開発だけを行っているデベロッパーは生きていけない。いくらマニアに人気がある老舗の開発会社といえども、明るい未来はなさそうだ。


 森村は胃のあたりを手で押さえるが痛みは一向に引きそうもない。常備していた胃薬もちょうど切れていたことに気付いて、ムカつきながら空き瓶をゴミ箱に捨てる。


「こんなことになるなら、一度家に帰ってゆっくり寝ておけばよかったですね」

 何の悪気もなさそうに美月は言う。


「お前が言うなよ。誰のせいで完徹する羽目になったと思ってるんだ」


 森村が所属するプロジェクトチームでは、デバッグと呼ばれる発売前のゲームがきちんと動作するかをテストする作業がすでに進められていたが、昨夜は進行不可になる深刻なバグが発見され修羅場と化していた。


 本来なら今日の昼には、パブリッシャーに提出するための最新データを発送する手はずになっていた。

 九月に予定されている東京ゲームショウへのプレイアブル出展を見据えて、どの程度まで公開するかを決定するための打ち合わせに必要だったからだ。


 だが提出前日になって、進行不可になるという一番最悪で重大なバグをデバッガーが見つけてしまい、森村を始めとするプログラマーやイベントプランナーたちが休日出勤をして原因を追及する事態になっていた。


 結局は、別のバグ修正でいじったフラグが、たまたま全く関係のないマップで使われている重要なフラグとスペルが似ていたためにタイプミスを誘発し、進行不可能な状態を作り出していたというオチだった。


 本来そのフラグを変更すべきではないマップに入るたびに変数が上書きされてしまい、想定していない値を受け取ったマップでうまくフラグが機能せずに、それ以上進行しなくなるという状態になっていたのだ。


 原因がわかってしまえば、笑えるぐらいに単純なミスだが、これをやらかしたのは新人の佐倉美月だった。

 それも今回だけではない。最低限の確認さえしていれば防げるバグを幾度となく生み出し、自分では原因を探し出せないからと先輩プランナーやプログラマーたちに泣きついては他力本願で修正してもらうというナメたまねを繰り返しているのでタチが悪い。


「……すみません」


 いつものことだ。強く言えばすぐに泣くし叱られるとしおらしく反省したようなことを言うが、ろくに学習せず同じ過ちを繰り返す。

 笑顔と泣き顔を駆使すれば乗り切れると本気で思っているおめでたい思考回路にはうんざりだった。


 もし次のプロジェクトをする時は、絶対こいつを入れるのはやめようと森村は心に誓っていたが、どうやらその必要もなくなりそうだ。


「森村さん、次呼ばれてますよ」

 取り調べが行われている会議室から声がかかり、森村は席を立った。


「わかった。今行く」


 ディレクターの桐山蒼が今回起こした事件は、ただの不祥事ではない。しばらく黙りを決め込んで、みんなが忘れてくれるまで乗り切ればなんとかなるレベルの事件ではないのだ。


 桐山蒼は実際に斬り殺した人間だけではなく、残された同僚達の人生までも巻き添えにして死んで行った。残された者達は、それなりの覚悟をしなくてはならないようだ。


 森村はため息をついた。

 よりによって四十を目前にして転職活動をする羽目になるなんて思いもしなかった。想像するだけで地獄だ。


 ゲーム開発のプログラマーなんて、ただでさえ会社ごとの色が違いすぎて潰しがきかないのに、不祥事を起こした会社での実績を手土産に、自分を売り込まなきゃいけないなんて、どんな罰ゲームだ。


 森村はキリキリと痛む胃を押さえながら、会議室に入っていった。





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