ほんとは死にたくない
「死ぬの?」
背後から声が聞こえた。
胸に刺さるような驚きに、僕は思わず振り返ってしまった。
閉め切っていたはずの窓の前に座っていたのは、小さな白い子猫だった。
声の主を捜して左右を見渡すが誰もいない。
もう一度子猫がいた場所を見ると、一人の女が浮かんでいた。
白いワンピース姿で、真っ白な髪に青い瞳をした美しい女だった。彼女の周りだけ背景がゆらめいているような錯覚にとらわれる。
吸い込まれそうな瞳と視線が交わった瞬間、ふいに婦人警官の姿をした女の映像が頭をよぎる。
なぜだかわからない。見覚えがあるような無いような、不思議な感覚に心がざわめく。
「あなた、本当にその液体を混ぜるつもり? 硫化水素が発生しちゃうやつだよね」
僕は必死にその声を無視しようとした。せっかく決意をしたのに、口を開くと思わず言ってしまいそうだったからだ。
ほんとは死にたくない……と。
「やめといたほうがいいよ。後でろくでもないことになるだけだから」
「……うるさい」
ずっと悩み抜いてようやくここまで準備したのだ。今さらやめるわけにはいかない。
「そうなんだ。一応、忠告はしたからね。じゃあ、本当に死ぬ気なら、あなたの望みを叶えてあげる」
音もなく近づいてきた彼女は、僕の両手を掴んだ。
「知ってる? 痛みが限界を超えると、人間って死ぬんだよ」
自由を奪われたと思った瞬間、彼女の唇が目の前にあった。
「ちょっと失礼」
息が出来なくなると同時に、僕は意識を失い、暗闇に落ちた。




