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永遠に死に続ける未来

「満足したか」

 彼の言葉が茜色の空に吸い込まれて行く。


「……うん。ありがとう」

 女は笑顔で答えた。


 あの人を亡くしてから、久しぶりに笑った気がする。自分の痛みでほかの誰かを不幸にしておいて喜ぶなんて相変わらず自分でも性格が悪いなと思わなくもない。


「嘘でも嬉しかった。小説の中に出てきた私のように、彼のためになにか出来ればよかったんだけど。私は勇気がなくて何もできなかったから」


「気に入ってもらえたなら、俺も嬉しいよ」

「でも本当の私は、あんなに悪女じゃないから」

「わかってる。相手を陥れて痛みを植え付けるときは、嘘や脚色も必要なんだ」


「結構悪い人なんだね。もしかして死神か何かなの?」

「さぁどうだろう。不可抗力でこんな能力を手に入れてしまったから、自分が何者なのか、実は俺も知らないんだ」


 彼はちょっと情けない顔をしてから苦笑いをした。


「変な人」

 女も微笑んだ。すべて終わったのだ。もう思い残すことはない。


「そういえば、あんたに言い忘れてたことがある。とっても大事なことだ……って、ちょっと待て」


 彼の言葉をすべて聞き終わるまえに、女は空に向かって羽ばたくように飛び降りた。


 重力に身を任せ落ちていく時間は長いような短いような、よくわからない微妙な長さだった。地面にぶつかる瞬間、視界が真っ赤に染まった。

 これで全部終わり、そう思ったときにはもう、女は脳味噌がぶちまけられた自分の姿を、空中から見下ろしていた。


「いまさら言っても遅いけど……あんたは自分で自分を殺した。だから、終わりを迎える権利を永遠に失った。まぁわかりやすく言えば成仏できないみたいな状態になったってことだ」


 彼があきれた様子で女の側に浮いていた。


「そんなこと、べつにどうでもいい」

 開き直る女を見て、彼はため息をついた。


「この場所にしがみつくか、あちこちを漂うかは全部あんたの自由だ。とはいえ、あんまり長いことこの世に漂ってると、いずれ自分のことすらわからなくなって、ただただ暗闇を徘徊するボケ老人みたいになって、最終的に終わらない永遠に閉じ込められるから、気をつけるように」


「気をつけろって言われても」

「前にも言っただろ? 痛みが限界を超えると、人間って死ぬんだよ」


 哀れんでいるような目で、彼は女のことを見つめていた。子供に諭すように優しくゆっくりと言葉を選びながら話しかけてくる。


「俺たちがこの世で意識を保つために必要なのは、人の痛みだ」

「痛み?」


「あんたが自殺しようとするぐらい苦しみ、心に刺さっていた痛みを俺が食らったように、誰かに対する怒りや妬み、恨みや嫉み、とにかく強烈な感情を食らう事でしか、俺たちは意識を保てない」

「なに……それ」


「わかるか。痛みが限界を超えて、死を選んだはずなのに、俺たちは痛みでしか生きていけないんだよ。まぬけな話だろ」

「そんな」

「だから最初に言っただろ。後でろくでもないことなるだけだって。先輩の言うことを聞かないあんたが悪い」


 虚ろな目をした女の頭を、犬でも撫でるようにくしゃくしゃっとしながら彼は笑った。


「ごめんな。俺があんたの痛みを全部食いきれなかったせいだ。だいたい普通のやつは、痛みを食らわれて満足したら、ケロッとして自殺しようとしてたことなんて忘れてくれるんだけどな。あんたの痛みは俺には荷が重すぎたみたいだ。すまない」


 彼に優しく抱きしめられた瞬間、ビルの屋上で初めて出会ったときと同じ、桜の舞い散る映像が頭に浮かんだ。


「私たち、どこかで会ったこと……ある?」


「さあな。あんたが今見てる俺の姿は、本当の姿じゃないんだ。見ている人間の捉え方次第で、俺たちは、性別も年齢もいろんな姿に見えるらしいから。それに最近意識が薄れることが多くてさ、生きていたときのことをあんまり覚えてないんだ」


 そう言った彼の声が微かに震えていて、なんだか泣いているような気がした。


「さてと、今日からお前も立派な能力者だ。俺とは商売敵になっちまったな。これからもずっと自分という意識を保ちたいなら、誰かの痛みを食らえ。じゃあな、頑張って永遠に死に続けろよ」


 気がつくと、彼の姿はどこにもなかった。


「永遠に死に続けろなんて……ひどい」


 一人取り残された女は、愚かな輪廻に組み込まれた無様な自分自身の未来を笑った。

 人の痛みを餌に死に続けるぐらいなら、生きていたほうがましだったのだろうか。もう二度と出るはずのない涙が頬をつたうのを心で感じていた。





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