招かれざるモノ
すべての原稿を読み終えた僕の手は無意識のうちに震えていた。
小説の中に出てきた僕の本名と同じブロガーの宮野光雪が自殺に見せかけて殺されていたからだ。しかもブログで誹謗中傷とも言える記事を書いていたことまで世間に公表されたことになっている。
最初に名前が出てきた時点で予測はしていた。嫌な予感はしていたんだ。
だがこれはただの小説だ。紙ぺらに印刷された黒いインクの羅列だ。人が目にして脳で認識されるまでは言葉ですらなく、光を吸収する黒い空間でしかない。
でもなにかがおかしい。いい知れぬ恐怖を感じる。
いつの間にか電源が入っていたテレビには、速報のテロップが流れている。
「最終世界シリーズ関連、硫化水素による自殺者千人を突破」
しばらくすると、バラエティ番組からニュースセンターに画面が切り替わった。
「本日未明から警察が把握している範囲だけでも、硫化水素による自殺者が、全国で千人を超えたことが判明しました。ゲーム開発会社ペンタグラム社が製作するRPGの最終世界シリーズを批判していたことを謝罪する内容の遺書を残しているのが特徴で、部屋の鍵などはかかっており他殺の可能性は低いことから、警察では自殺と判断していますが、自殺方法や遺書に類似点が見られ、広範囲にほぼ同時に発生していることから、今後も増える可能性があるとしています。このまま被害者が増え続けた場合、戦後最大の集団自殺事件となる可能性も出て来ています。なお、ほとんどの被害者が自殺をする数日前に、『あなたはペイン・リプレイス対象者となりました』という謎のメールを受け取っているという情報もあり、警察では慎重に調べを進めています」
僕は前に小説教室にいたときに受け取ったメールのことを思い出していた。
消しても消しても何度でも送られて来た、気持ちの悪いメールだ。今テレビから聞こえて来た言葉と、受け取ったメールの文面はまったく同じだった。
そのとき玄関の呼び鈴が鳴った。僕は大事な場所から何かがチビりそうなぐらいに驚き、しばらくその場を動けずにいた。
「宅配便ですー」
恐るおそる玄関に向かう。覗き窓から見えるのは若い男だ。大丈夫だ。男なら彼女ではない。
扉を開けると、サインを要求される。少しためらいながらも宮野と書いて小さな段ボールを受け取る。
差出人は自分の名前になっていた。書いた覚えもないのに、その文字は自分の筆跡だった。気味が悪い。
嫌な予感がして箱を開ける。中に入っていたのは、トイレ用洗剤と入浴剤、そして睡眠薬の錠剤だった。
発作的に箱の蓋を閉め、玄関の外に投げ捨てた。玄関の扉を閉めて鍵をかける。
どうなってるんだ。
ファックスのベルが鳴る。延々と吐き出される紙には、硫化水素を発生させて死ぬ方法と、これまでに自殺をした人たちのニュース記事のリストが記されていた。
「やめてくれ」
電源を入れていないパソコンが勝手に立ち上がり、自分が書いていた「オールゲーム研究室」のブログが表示される。コメント欄に次から次へと、勝手に文字が打ち込まれていく。
「この『オールゲーム研究室』という、いろんなゲームを叩きまくるだけの下品なブログを書いているのは、本名・宮野光雪という作家です」
「元ベストセラー作家なのに、このブログをまったく別人の振りをして書き散らしています」
「実は、ゲームだけではなく小説に関しても、匿名掲示板や通販サイトのレビューで、ほかの作家の評判を必要以上に陥れるような書き込みを、執拗に繰り返しています」
「同じマンションの住人に対して、ありもしない騒音被害を訴えて、汚物や脅迫状をポストに入れるような頭のおかしい迷惑行為も行っています」
「こんな卑劣でみっともない行為を平気でやり続ける宮野光雪は人間のクズです」
強制的にシャットダウンをしようと電源ボタンを押しても反応しない。電源ケーブルを抜いても意味がなかった。
「やめてくれーーーっ!!」