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言葉が人を殺した日は、綺麗な夕焼け空だった  作者: 白野こねこ
【裁かれる人々】後編B 腐った現実
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4 森村信人 / 佐倉美月(薮中真理子の自宅前)

 薮中真理子が住む高層マンションの前まで来ていた。吹き抜けのエントランスにはコンシェルジュまでいて、かなりの高級マンションのようだ。


 どう考えてもイベントディレクターの給料だけで、このマンションは買えなさそうだが、金持ちの息子だったらしい桐山蒼にでも購入してもらったのだろうかなどと、森村信人は下世話なことを考えていた。


「申し訳ございませんが、お教えすることはできません」


 どうやらコンシェルジュが先客の男となにやら揉めているようだ。仕方なく森村は、ロビーのソファーに座ってしばらく待つことにする。


「薮中さん、やっぱり全然電話に出ませんね」


 さきほどから森村が教えた緊急連絡先に、佐倉美月が何度も電話しているが相手はいっこうに出る気配がないようだ。


「いきなり訪問したら怒られますかね」

「俺のところには突然来て頭突きまでしたくせに、薮中の所に押し掛けるのは一応遠慮するんだな」


 森村は苦笑する。


「それは緊急度の問題です。べつにDVDはちょっと寝かせたぐらいじゃ腐らないですし」

 美月は得意のてへぺろ顔で笑う。


 どうやら森村はちょっと寝かせると腐ると判断されて家に強行突入されたようだ。確かにその判断は正しかった。

 もし美月がこなければ森村は今頃、精神的にも物理的にも腐って壊死し始めていたかもしれない。


「まぁ、寝かせすぎると腐るDVDがあったら相当嫌だろうな。映画マニアやアニメオタクの本棚が恐ろしいことになる」


 ぐちゃぐちゃで悪臭漂う本棚を想像したのか、美月がものすごい気持ちの悪そうな顔をした。


「まぁ、いいんじゃねーの。一応確認だけしてダメだったらその時はしばらく待ってくださいって、友達に泣きついて土下座でもしろ」


「えーっ、土下座なんかオヤジ臭くて嫌です」

「だったら、得意のてへぺろ顔で謝ればいい」


「なんか悪意を感じます」

「褒めてんだよ。こんな萎びたおっさんでもサクッと落とせるなら、向かうところ敵なしだろ」


 美月が突然、みぞおちにパンチを食らわしてきた。

 強烈な痛みに声も出ない。ただでさえ弱い胃を狙うのは反則だ。


「なんですか、それ。落とすもなにもDVDを返す相手はとうの昔に終わった元カレで今はただの友達ですよ。それに森村さんは萎びたおっさんじゃないです。私が選んだ人なんですから、自信持ってください」


「言ってることとやってることが無茶苦茶だぞ、お前」

「お前じゃありません。美月です」


 ぎゃふんとは言わなかったが、すでに尻に引かれつつあることを悟り何かを諦めた森村を尻目に、美月はようやく手が空いたらしいコンシェルジュに部屋番号を伝えていた。


「薮中様ですね。確認いたしますので少々お待ちください」

 コンシェルジュが電話をかけるが、返事がないようだ。


「申し訳ございませんが、お出にならないようです。なにかご伝言でもありましたら、お帰りになられたときに、こちらからお伝えいたしますが」


「じゃあDVD返してくださいって、伝えといてください」

「DVD……ですね。かしこまりました」


 まるで高級ホテル並みに至れり尽くせりなサービスなのかもしれないが、いちいち出入りごとに監視されているみたいな状況はなんだか窮屈そうで、自分なら嫌だなと森村は苦笑した。


 安全と引き換えに面倒臭さをわざわざ金を出して買わないといけない金持ちもそれなりに大変そうだ。


「じゃあ、よろしくお願いします」

 コンシェルジュにお礼を言って二人は玄関に向かう。


 入れ替わるように、先ほどまで揉めていた男性が、再びコンシェルジュに詰め寄り話をし始めたようだ。なにをそんなに怒っているのか男性はずっと大声でまくし立てている。


「せっかく来たのにしょんぼりですね」

 美月は心底がっかりした風のポーズを取る。


「やっぱり土下座か、てへぺろ顔で乗り切るしかないな」

「しませんったら」


 二人は、そのままマンションの玄関を出て最寄り駅に向かった。






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