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言葉が人を殺した日は、綺麗な夕焼け空だった  作者: 白野こねこ
【裁かれる人々】後編A 忍び寄る死の予感
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2 宮野光雪(自宅)

 宮野光雪は、本業の仕事が一段落したタイミングでブラウザを立ち上げてネットを漁り始めた。

 無表情でニュースサイトを巡回していく。どこのサイトでもいかにもみんなが好きそうな、まったく同じ内容の記事がいっぱい並んでいる。


 見出しだけは立派で内容がなにもない記事や、明らかに間違っている情報を平気で載せている記事など、読んでも読まなくても人生になんの影響も与えなさそうなどうでもいいニュースばかりが並んでいた。


 宮野光雪は活字に飢えている屍のような目で、次から次へと文字を追い続ける。

 ゲーム系のサイトを見ていると、最終世界シリーズが発売停止となり完全に終了することが決定したと短く報じられていた。


 あんな事件を起こした頭のおかしいやつが関わっているゲームなんて、普通なら売れるわけがなく当たり前の判断だろう。そんなことを思いながら、宮野は嫌な感じの笑みを浮かべる。

 宮野のブログでも最終世界シリーズの記事はよく載せていたし、煽り系の記事は結構読まれていて稼ぎ頭だった。


 このブログを始めた頃は、もともとは好きだったゲームを叩いて金を稼ぐという行為はどうなのだろうという気持ちも少しはあったが、今ではなんの感情もない。

 むしろゲームがダメになってくれれば、それだけ煽り記事で稼げるので助かると思えるぐらいだ。そのぐらい心が濁っていないと、人の不幸で金を稼ぐブログなんて続けられない。


 もうしばらくは事件に絡ませた煽り記事で稼げるとしても、新しいネタも入れておかないと来月あたりにはPVが厳しくなるかもしれないなと、宮野光雪は頭の中で皮算用をする。


 とはいえ最近はクソゲーも微妙ゲーも面白いように連発されているおかげで選り取りみどりだ。しばらくはネタに不自由しなくてすむのはありがたい状態だった。

 クソゲー、駄作、炎上、葬式会場、いろんなキーワードとセットで検索すれば、いくらでも叩かれるのを怯えながら待っている可哀想なゲーム達が山ほど発見できる。


 ターゲットを決めたら、まずはピックアップしたゲーム名で検索し、ネタになりそうなレビューや感想、愚痴などを書いているSNSやブログのリンクを貼付ける。

 インパクトのある文章だけ本文に引用して、あとは申し訳ない程度に最初と最後あたりに、適当な自分の煽り文章を挿入して、関連しそうな製品のアフィリエイトをくっつける。


 最後はそのゲームのファンもアンチも思わずクリックしたくなるような、キャッチーでちょっとだけイラッとするような煽り系の見出しを考えれば終わりだ。

 どこかの残念な開発者が作り上げたものに対して、どこかの聖人気取りの誰かが正論を振りかざし叩きまくって憂さを晴らして、そこで垂れ流された文章を自分がちょろっと引用してまとめるだけの簡単なお仕事だ。


 脊髄反射で瞬時に煽れる低いモラルと、キーボードで文字が打てる子供並みの知力があれば、誰でもできる素敵な作業だ。これで金が入ってくるのだから笑いが止まらない。


 もちろん、それなりの嗅覚とセンスがなければ稼げるブロガーにはなれないが、叩かれる側が支払っている「一から作品を作る労力」に比べたら屁でもない。


 宮野光雪は自身が管理している『オールゲーム研究室』というブログに出来たてほやほやの記事をアップする。それなりの読者がついているので、すぐにツイートで拡散されてネットの海に流されて行く。コメントもどんどん書き込まれて行く。反応は上々だ。


 だが、記事とはまったく関係のない内容のコメントが書き込まれた。


「最終世界シリーズを叩いていたブログ主がどんどん死んでるみたいです。次はあなたのところかもしれません。気をつけたほうがいいですよ」


 コメント欄に書き込まれた、この言葉の意味を宮野光雪は考えていた。


 これはどこまで信じるべきだろうか。

 愉快犯による釣りコメントか。それとも本当の警告なのか。


 ここ最近、無差別殺人者・桐山蒼を擁護するような発言を発端としてネットで炎上し始めたあたりから、最終世界シリーズについて批判めいたことを書いているブログ主が立て続けに自殺をしているという報道が流れていた。


 自分の今までの行いを反省するような遺書を書いて自殺しているらしい。

 確かに辛辣な批判記事を書いていたところほど、ここ最近は更新されていないようだ。


 こんなに美味しいアフィリエイトの稼ぎ時に、だんまりを決め込むなんてバカじゃないかと思っていたが、自殺していたとなると更新出来ないのも当たり前かもしれない。


 最初はてっきり、企業側や警察などから箝口令のようなものが敷かれたのかとも考えていたが、宮野がやっているブログにはそんな連絡もないし、どうせ今回もネットのやつらが大好きな悪ふざけなのだろうと思っていた。

 デマを流してバカを釣り上げて遊ぶタイプのいつものアレだ。


 だがこのコメントはなんだろう。今まで書き込まれたことのないIPアドレスからだった。

 この手の面白おかしく人の不安を煽るコメントは、毎日山のように書き込まれている。真面目に相手をしていたら神経が持たない。普段なら宮野は気にもとめなかっただろう。そう、普段なら……。


 そもそも煽り記事のアフィリエイトで稼いでいるような輩が、自殺なんてするわけがない。


 自分では何も生み出さないくせに、人の揚げ足を取って金を稼ぐような、人を必要以上に叩いて貶めるのが大好きなクソ野郎どもが、反省して自殺するなんてありえない。クソ野郎の自分が言うのだから間違いない。


 じゃあそいつらはどうして死んだんだ。

 イライラすると猛烈に腹が減る。

 考えても答えがわからないと無限に自動思考が始まってしまうので、そういうときは、食べて気を紛らわすしかない。


 本日五枚目のピザを電子レンジで温め、ものの数分で全部を食べ尽した直後、玄関からチャイムが聞こえた。

 どうせ新聞か何かの勧誘だろう。今は通販で注文もしてないし出る必要なんかない。だがチャイムは鳴り止まない。


 しつこいな。宮野はムカつきながら玄関へ向かう。

 のびきったよれよれのグレーのスウェットで手に付いた油を拭き取り、覗き窓から外を伺うと婦人警官らしき女が見えた。

 眼鏡とマスクをしているので顔はよくわからないが、胸がデカくスタイルが良さそうな感じはそこはかとなく伝わってくる。


 無駄に不審人物と目をつけられるのも困るし、リアル婦人警官と直接話ができるチャンスなんて滅多にないかもしれないと思いながら、宮野光雪は、とりあえずドアを開けてみることにした。






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