1 塔島正義 / 荒神強(捜査一課)
塔島正義はテレビに目をやった。ワイドショー番組で、アナウンサーがスタッフから受け取った原稿を慌てた様子で読んでいる。
「ゲーム開発会社ペンタグラムが製作する、最終世界シリーズに関係する新たな自殺者が出た模様です。同社のゲームを批判するような記事を掲載していたブロガーの火野栄司さんの遺体が自宅で発見されました。四人目の被害者となる火野さんも、硫化水素による自殺を図ったものと見られています」
柏木警部補がテレビの画面を睨みつけていた。嫌な予感がする。
「マスコミの調べによると、死亡推定時刻前後に不審な婦人警官の目撃例がいくつか報告されていますが、警察ではすべての被害者宅で遺書が残されており鍵も施錠されていたことから、事件性は低いということで自殺と断定しています。また、一連の自殺と似通っている部分が多いため、警察では集団自殺の線も視野に入れて捜査をする方針です」
テレビの中では、どう考えても犯罪に詳しくなさそうなカリスマ主婦や、本業の仕事をいつこなしているのだろうかと不思議になるような文化人たちが、したり顔でコメントを続けている。
「ネットでは桐山茜さんに対する殺害予告まで出ているそうですね。ブロガーによる同じような自殺が続くのも、不自然ではないかという声も上がっていますし。なんだか怖いですよね」
「本当に自殺なんでしょうかね」
「現在のところ、桐山茜さんは行方不明のままということですが、警察はいったい何をしているんでしょうか。不審な死亡事件が続く中、桐山茜さんの安否が気遣われます」
柏木警部補が、苛立ちをぶつけるかのように乱暴にテレビの電源を切った。
テレビの中で悪口を言われたことを根に持っているのか、柏木警部補の顔はいつもの三割増で人相が悪くなっているように塔島には感じられた。もしかすると、五割増しかもしれない。
確かに反撃もできない状態で、専門家でもない輩に一方的に中傷されたら誰でもムカつくのは当然だろう。
塔島は面倒なことになりそうだと思いながら質問をする。
「桐山茜の捜索……ですか」
警察病院に入院していた桐山茜が行方不明になったのは、塔島たちが事情聴取をしようとしていた矢先だった。本人がある程度回復したという知らせを受けて向かったが一足遅かった。
塔島自身は個人的に桐山茜のことを心配してはいたが、ほかの事件を放り出して探しにいけるほどの時間も自由もなかった。
「すでに捜索願いが出た時点で所轄が動いてはいたが、今のところこれといった成果が上がっていない。今回マスコミが問題視し始めたこともあって、改めて捜索の範囲を広げることになった。ほかは手が足りないということで、うちに応援要請が回ってきたんだ」
柏木警部補の苛立ちのバロメーターである貧乏揺すりがピークを迎えたのか、机が微かに振動し始めた。
できれば机が破壊される前にこの部屋を出たいところだと、塔島は信じてもいない神に祈ってみる。
「あの通り、連日マスコミがネットの殺害予告を騒ぎ立て始めて何かと目障りなんでな、とっととケリをつけろ。まずは桐山家周辺からもう一度洗い流してほしいんだが、お前は荒神と一緒に行ってくれんか」
またか。拒否する権利なんかないのに、どうして上のやつらは疑問系で聞いてくるのか。塔島はしぶしぶ返事をする。
「……はい」
もし今日家に帰れるなら、コンビニかスーパーでロールケーキを買おうと、塔島は心に誓った。
この荒神による波状攻撃を乗り切るには、たっぷりのクリームと糖分が必要だ。なんならわざわざケーキ屋に行ってクソ高いやつを衝動買いして、一本丸ごと食ってもいいぐらいだ。
「そんな嫌そうな顔をしてくれるなよ。あの荒神とまともに会話が成立するのはお前ぐらいなんだから、頼んだぞ」
まったくもって心外だ。
あんな無茶苦茶なやりとりで会話が成立していると思われていたなんて。世の中は不条理に満ちている。
結局またゆとりのお守りなのかと、うんざりしつつ塔島が部屋を出ると、やたらと目を輝かせた荒神強がこちらを見ている。
「塔島さん、現場百回です」
血なまぐさい現場は逃げ出すくせに、地べたを這いずり回る聞き込みの類いは大好きらしい。
だんだん散歩を心待ちにしてシッポを振っているポメラニアンかチワワに見えてきた。骨でも投げればいいのだろうか。
「もちろん桐山家周辺の情報は任せてください。調書も完璧に記憶しました」
荒神がスマートフォンで検索したらしい桐山家周辺のマップを、水戸黄門の印籠ばりにかざしている。
いろいろとツッコミたいことは山ほどあるが、捜査に出かける前から疲れたくないので、塔島は黙って車に向かうことにした。
運転はこっちがするんだけどな、と心の中で舌打ちをする。
つーか小学生じゃあるまいし、できることなら現地集合にしたい。大好きなスマートフォンに誘導してもらえば、ゆとりのお子様でも電車やバスを乗り継いで現場に行けるだろう。
誰か偉い人に提案してくれないだろうかと思いながら、塔島は車に向かって歩き出した。