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言葉が人を殺した日は、綺麗な夕焼け空だった  作者: 白野こねこ
【裁かれる人々】中編C 死んだ女と濡れた女
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4 森村信人 / 佐倉美月(森村有希の自宅・朝)

 目が覚めると、隣に寝ていたはずの佐倉美月の姿がなかった。

 昨日の出来事は自分が作り出した妄想だったのかと、森村信人は一瞬思ったが、それは徒労に終わったようだ。


「サンドイッチとおにぎり、どっちがいいですか」


 コンビニの袋をぶら下げた美月が部屋に戻って来た。髪を降ろしたスッピンのままの表情は、いつもより幼く見える。


「おにぎりで。できればシャケかな」

「だと思いました」


 でっかいシャケの切り身が入っているおにぎりを誇らしげに掲げている。

 まるで『ゼルダの伝説』というゲームで、重要なアイテムを見つけたリンクばりに、チャラララーという効果音まで聞こえてきそうだ。


 三角のおにぎり二つを手にした姿を見て、あと一つあればトライフォースなのになどと森村は思いながら、若者は朝から元気でなによりだと目を細めた。


 森村自身は普段使わない筋肉を使いまくったせいで、体のあちこちが悲鳴を上げている状態だった。若いって素晴らしいなと純粋に感心していたぐらいだ。


「なに笑ってるんですか。そんなにシャケが嬉しいんですか。はい、どうぞ。二個ありますからガッついちゃってください」


 森村は、まんまと美月という女の魔力にやられている自分を自分で笑った。あんなにも嫌っていた女を愛おしく眺めている自分が今でも信じられない。

 それこそあんなに何もかもがどうでもいいと思っていた昨日の自分はどこに行ってしまったのだろう。

 もし、妹にも、そういう楽しい気持ちにさせてくれる相手がいたのなら、自殺なんてしなくてもすんだのだろうか。


 シャケ入りのおにぎりを頬張りながら、ふと妹のノートPCを見ると電源が入ったままだった。


「あ、起きてしばらくは森村さんを観察してたんですけど、まったく起きる気配がなくて。ちょっと暇だったんで勝手に見ちゃいました、ごめんなさい」


 あんなにムカついていたはずのてへぺろ笑顔も今となっては可愛く見えるから、男ってのはどうしようもない。

 それよりおっさんを観察とか、若者のすることは意味がわからない。


「いいよ、別に。見られたからって怒る相手はいないし、俺だって妹に許可無く勝手に見まくってたしな。もし自分が同じことされたらと思うと発狂もんだけど」

「ですよね。私も絶対無理です。見られたらやばいものばかりです」


 そう言って笑った美月がサンドイッチを食べ終えると、指をしゃぶりつつノートPCを手にして隣に座ってくる。


「そうだこれ、妹さんが以前に書いた最終世界を批判した記事を見てて気がついたんですけど、この遺書ってなんかおかしくないですか」

「おかしいって、どういう」


「遺書だと読点は『、』ですけど、妹さんが書いた記事も含めて、このサイトではすべての記事でコンマの『,』を使ってるんです」

「確かに」


 美月の言う通りだった。


「妹さんがこのノートPCで使ってたテキストエディタで『、』を打ってみたら、デフォルトでコンマ『,』になるんですよ。なのに遺書だと読点の『、』になってるのはおかしくないですか。こういう普段守っているルールって癖になってるものだと思うし、遺書だからってわざわざ『、』を使うのは変じゃないですか」


 言われなければ、普通の人なら気にならないレベルのことだが、編集者が表記ルールを守らないのは、確かにちょっと変かもしれない。真面目な性格の有希ならなおさらだ。


「じゃあ、この遺書は妹の振りをした誰かが偽装したっていうのか」


 美月は困ったような顔で、こちらを見て頷いた。

「かもしれないです」


 その可能性はなくはない。むしろそうであってほしいという思いと、殺されたかもしれないという事実を受け入れがたい思いとで森村の心は揺れ動く。

 だが、もし本当にこの遺書が偽装されたものだとしたら、有希はいったい誰に殺されたというんだ。


「俺だけじゃ気付かなかった、ありがとう。現場検証に来てた刑事に連絡してみるよ」


 スマートフォンを出し電話をかけようとして、ふと我に返る。今持っている鞄は喪服用の革製鞄で、あの時もらった名刺が入っているデイパックは、自宅に置いてきたままだった。


「名刺が家にあるから一度戻るけど、佐倉はこれからどうする?」

「一緒に行ってもいいですか」

「別にいいけど」


 不安げな表情で見つめる美月が腕をぎゅっと握りしめてくる。一人にするとまた何かダークサイドに落ちると心配しているのかもしれない。


「大丈夫だよ。もしまた引きこもりそうになったら、迷わず頭突きしてくれ」


 美月が笑顔で頷いた。

「もちろん容赦なく頭突きますよ」


 森村は小さく笑った。今度は大丈夫だ。


 叱ってくれというわけのわからない使命を押し付けてくる相手とはいえ、自分を必要としている人間がいる限り、もうどうでもいいなんて考えたりしないはず。森村はそう自分に言い聞かせた。





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