2 陰山彩花の両親(陰山家)
「新たな動きがありました。ゲーム開発会社ペンタグラムが製作する、最終世界シリーズに関係する自殺者が出た模様です」
陰山家のリビングにあるテレビが、淡々とワイドショーの映像を流し続けていた。そのテレビは、一人娘の彩花が死んだ日からずっと付きっぱなしだった。
「ゲームサイトのレビュー王国に同社のゲームを批判する記事を掲載していた編集者の森村有希さんの遺体が自宅で発見されました。部屋には遺書が残されており鍵も施錠されていたことから、警察では硫化水素による自殺を図ったものと見ています」
アナウンサーが読み上げた名前と、画面に映し出された顔写真は、陰山彩花の両親にとって見覚えのあるものだった。
「この森村有希って」
「……あの子、死んだの?」
呆然としたまま、しばらくの間、父親と母親は画面を見つめていた。
「私たちが望んだ通りに、あの人は死んでしまったね。それで満足したかい」
どこか他人行儀な父親の問いかけに、母親は首を振る。
「あの女さえいなければ彩花が死ぬことはなかったかもしれない、そう思うとずっと憎らしくて。だからあの女こそ死ねばいいのにって。でも本当に死んでほしかったわけじゃなかった。そんなつもりはなかったのに」
母親は泣き出した。父親は優しく肩を抱いた。
「あの人にも私たちと同じように家族がいたんだろうね。父親や母親、兄弟もいたかもしれない。私たちが娘を失って嫌な思いをしてずっとそこから抜け出せないように、どこかで彼女の家族も悲しんでいるかもしれない」
父親は背中をさすってやりながら、子供に言い聞かせるような口調で優しく話しかける。
「だから、いくら憎くてもその人の死を望んだりしてはいけなかったのだろうね。本気ではなくても、一度でもそれを望んだ気持ちは私たちの心から二度と消えないだろう。本当はしなくてよかった別の苦しみまで生み出すのは、もうやめにしよう。誰かを恨んでも、彩花は絶対に戻ってこないんだから。だからもうやめよう」
森村有希がこの家を訪れた時に持って来た花束と菓子折りは、あの日と同じように玄関に置かれたままだった。
花瓶にすら生けてもらえず放置された花は、とうの昔に枯れてどす黒く変色していた。
花に罪はなかったのに。
娘の彩花が死んだ日からずっと、二人とも心が壊れてしまっていた。
だから、悲しんでいる人間はなにをしても許されると思っていたのかもしれない。傷ついた人間は、別の誰かを傷つけてないがしろにしても許されるのだと思い込んでいたのかもしれない。
だがそれはただの傲慢でしかない。自分が傷ついたからといって、ほかの誰かを傷つける権利を得るわけではないのだ。
そんな当たり前のこともわからなくなっていた。
怒りは人の心から判断能力を奪い去ってしまう。結局、悲しみの連鎖は新たな怒りを生んだだけだった。
何も解決しなかった。それどころか別の命も奪い去り、恨む相手すらいなくなった。残されたのは虚しさだけだ。
たった一人の娘を亡くし、父親でも母親でもなくなってしまった二人は体を寄せ合い、いつまでも静かに泣き続けることしかできなかった。




