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デジャブは繰り返す

 途中まで読み進めたところで自宅に着いてしまった。仕方なく僕は、残りの原稿はあとで読むことにした。

 だが、それから数日の間は彼女の原稿を読もうと思いながらも、ずっと放置したままだった。


 今週は自分の連載準備用の原稿が遅れ気味だったので、しばらく僕は執筆作業を優先していたのだが、やることを後回しにすればするほどなかなか実行に移せなくなる「妖怪後回し」でもいるのかと言いたくなるような状態で先延ばしをしてしまい、完全に続きを読むタイミングを失ってしまっていたのだ。


 そんなある日、玄関のチャイムが鳴った。

 扉を開けると婦人警官が立っていた。


 マスクをしているが目元の化粧がやたらと濃く、部屋の中にいるこちらにまで香水の臭いが漂ってきそうな女だった。


「恐れ入ります。こちらのマンションにお住まいの方が、ほかの住人から悪質な迷惑行為を受けているということで、マンション住人の方々に捜査のご協力をお願いしているのですが」


「迷惑行為……ですか」


「えぇ。ご本人の証言によりますと、元々騒音に対する抗議文などがポストに投函されていたそうですが、徐々にエスカレートして、汚物などをポストに入れられたり、殺害予告めいた脅迫文まで投函されるようになったそうで」

「汚物や脅迫文……それはひどいですね」


「文章の内容などから、同じマンションに住んでいる人ではないかということでしたので、順番にお話を伺っているところなのですが。ご協力お願いできますでしょうか」

「……わかりました」


 疑いをかけられるのは不愉快だが、拒否をして変に疑われるのも困るので婦人警官を部屋の中に入れた。


「プリンターは、普段ご自宅でお使いになりますか」

「えぇ」


「では、パソコンとプリンターをお借りしてよろしいですか。こちらの脅迫文と同じ文面をプリントして、実際に被害者の部屋に届いた物と同じかどうか確認させていただきますので」


 婦人警官は白い手袋をしたまま、脅迫文が書かれたA4書類と、USBメモリを机の上に出す。


「どうぞ」


 ちょうど執筆中でパソコンはすでに立ち上がっており、プリンターの電源を入れるだけの状態だった。


 婦人警官がUSBメモリをさして、脅迫文をプリントアウトする。見本と見比べている。数日前にインク代を節約する目的で、特殊なフォントに変更したばかりだった。


 脅迫文とは明らかにフォントが違うことが一目でわかる。なにか嫌な予感がして切り替えをしたところだったので、ちょうど良かったようだ。


「問題ないようですね。ではこちらに確認のため、お名前と住所、連絡先をご記入いただけますか」


 婦人警官が別の用紙を取り出す。リストにはほかの住人が書いたらしき名前や連絡先が書かれている。

 みんなが書いているのに、自分だけ書かないのもおかしいと思われるのも嫌なので、宮野光雪という本名と住所を記入した。


「ご協力ありがとうございました。上の方に報告させていただきます。では失礼いたします」


 婦人警官が玄関に向かう。


「不躾なお願いで大変申し訳ないのですが、おトイレをお借りしてもよろしいでしょうか」


「どうぞ」

「すみません。ではちょっと失礼して」


 僕は、トイレを掃除したのはいつだったかとふと思った。

 あまり綺麗好きではないので、水回りを他人に見られるのはあまり嬉しくはない。不潔なやつだと思われたら嫌だなと思いつつ、部屋のほうに戻って待つ事にする。


「どうもありがとうございました」

 背後から、婦人警官の声が聞こえる。


「いえ」

 玄関まで見送りに行く。


「では、お手数をおかけしました。失礼いたします」


 ようやく訪問者が帰って、執筆に専念できる。

 僕はそう思ってパソコンの前に座ったが、一度切れた集中力はなかなか戻らなかった。

 冷凍ピザを温めて食べてみたりもしたが、やる気はどこかへ逃亡したままだった。


 ふと、明日にはまた小説教室に行かなくてはならないということを思い出した。

 どうせ気持ちが乗らないときは、いくら悩んでも時間の無駄だし、少しでも気分転換になればと思い、僕は読みかけだった原稿を手に取った。






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