3 菊池守(トワイライト編集部)
菊池守は目の前のモニターを見ながら、小さなため息をついた。
自分の書いた記事はPVを稼ぎ、ネットでの反響も大きかった。その流れがあるうちに、新しい記事を書かなければいけないのはわかっている。
だが筆が進まなかった。いったい自分はどうすればいいんだ。迷いと葛藤がグルグルと頭を駆け巡り、吐き気がしそうだった。
頭を抱えながら、ネットで炎上騒ぎが起こる発端となった、最終世界シリーズに関する匿名掲示板のスレッドへの書き込みを何度も読み直す。
「あなたたちは桐山蒼をこきおろしてバカにし、早く死ねと言い続けてきました。あなた方の望み通り、弟は死にましたが満足ですか。よってたかって、一人の人間を叩いて楽しいですか。そんな自己満足なだけの見せかけの正論は、誰を幸せにしますか。誰かをバカにできるほど、あなたは素晴らしい人生を送っている人なのですか。それは会ったことのない人間を罵っても許されるほど、素晴らしい人生なのですか。そんなことが許される人間はどこにもいないと思います」
匿名とはいえ、明らかに桐山茜が書いたかのような内容をどうとらえればいいのだろう。
この書き込みを始まりとして、最終世界シリーズのファンとアンチによるやり取りが過熱し、匿名掲示板だけでなく、ほかのSNSやまとめサイトなども巻き込んで炎上する事態となっていた。
ファンの中には、「桐山蒼を追い込むような記事を書いたやつが殺されても自業自得だ」とするものや、「最終世界シリーズを貶めて金をもらってたやつらなんか死んで当然だ」と主張するものがいた。
また一方アンチは、「悪いものを悪いと書いて何が悪いのか」という意見や、「批判しただけで殺されるならマスコミは全員死なないといけなくなるなんて、どんな恐怖政治だ」というように、お互いの意見が平行線をたどり、その議論は白熱する一方だった。
そんな中、ついに桐山茜に対する殺意をほのめかすような書き込みも見られるようになった。
「人殺しをした犯罪者を肯定するような頭のおかしい桐山茜こそ死ね」
「最終世界シリーズを殺した責任は桐山蒼にある。責任を取って桐山茜も死んで詫びろ」
どこで調べて来たのか、小さな頃の顔写真や学生時代の経歴、住所などの個人情報ですら、次から次へとあちこちで投稿されるという事態になっていた。
何もかもが無茶苦茶だった。
どうしてそうなるんだ。一番傷ついているのは茜だ。すべてを失って苦しんでいるのは茜なのに。どいつもこいつも勝手なことを書きやがって。
菊池は書き込みをしたやつを一人ひとり見つけ出して、ぶん殴りたい衝動に駆られていた。
だが菊池自身も、この一連の流れを記事にしてPVを稼ごうとしているのは間違いなかった。
茜を悪者に仕立てて煽るような記事を書いたほうが反響も大きいし、たくさん読まれることも予測できる。そんなことは嫌というほどわかっている。
でもしたくない。
だがこれは仕事なんだ。仕方ないんだ。
菊池は天を仰いだ。こんなことをしないといけない仕事ってなんだ。誰かを不幸にしないと稼げない仕事ってなんなんだよ。
本当は、誰かを救いたくてジャーナリズムの世界に足を踏み入れたはずだった。誰にも助けを求めることができずに、叫び声を押し殺しているような誰かを救いたかっただけなのに。
気がついたらゴシップ記事の担当に回され、むしろ不幸な人々を生み出すことに加担しているというありさまだ。
よりによって、大切な人間の不幸をダシにして稼ぐ金ってなんなんだ。もううんざりだ。
「おーい、菊池。この前約束していたご褒美の寿司、今夜ど……」
すれ違い様に編集長が声をかけるが、菊池は何も聞こえてないのかそのままフロアを出て行った。