午後 五時五十分
日は沈み、夜の闇がすぐそこまで迫っていた。
あと十分で、僕は社会的に死ぬ。ただし、事件の真相を突き止めれば、それを阻止できる。
そのために、僕は校内を歩き回り、事件について調べてきた。そこで分かったことを、これからみんなに発表する。身の潔白を証明するために。
だけれど、僕はまだ、何一つ分かってなかった。
だから、推理したとか、事件を必ず解決するだとか、そんなことは口を避けても言えなかった。
僕がこの事件について分かったことはとても少ない。でも、発表の場で、分からないことを埋めていけば、事件の真相にたどり着けると信じている。
まあ、失敗したらしたで、社会的死亡も楽しむしかないだろう。
今は、自分を信じて、前に進むしかない。考えてみれば、変態道だって同じようなものだった。
事件現場になった準備室の隣、化学実験室のドアを開ける。
すでに、容疑者の三人は並んで座っていた。事前に、僕が集まるよう呼んでおいたのだ。
「早速だけど、事件について話そうと思う」
手短に言って、黒板の前に立った。
「お前が犯人だろ」
「ホモ」
「もういいだろ、その流れは! 話の腰をいちいち折るな!」
まったく、ふざけた連中だ。シリアスムードをぶち壊してくれる。
「……いったい、誰が犯人なの?」
「慌てなくていいよ恵ちゃん。順に追って話すから」
僕は机の上に置かれた皿を手元に引き寄せる。事件現場から、真相にたどり着けるであろう証拠物件は、こちらに持ち込んでいた。発表するには、あの部屋は狭すぎるからだ。
白い手袋をつけ、クッキーをつかむ。白い粉がぱらぱらと皿に落ちた。
「まずは、このクッキーについてだ。このクッキーは、央太郎先生に贈られたものだと思った。ホワイトデーにかこつけて、怪しまれないよう持込み、食べさせたのだと。だけど、そうじゃない。これは、先生が誰かに贈るためのものだった」
「……せやな。そう考えんのが普通やな」
「そう。ホワイトデーなんだから、先生が誰かにお返しを持ってきた、と考えるのが普通だ。だけれど、僕らは勘違いした。いや……勘違いさせられた、と言うべきか」
三人の中に、贈られたものだ、と誘導した人間がいた。その人物は、僕の前でも「贈られたもの」だと強調した。今思えば、あれはおかしい発言だったのだ。
「誰が、勘違いさせたんだ?」
弓浦は仏頂面で訊いた。表情とは裏腹に、額には大粒の汗が流れている。
「その人物は――恵ちゃん、君だ」
恵ちゃんは険しい表情を浮かべながら、俯いていた。
「恵ちゃんは、僕にこう言った。『贈られたクッキーをレンジで温めてから食べた』って。そのうえ、『クッキーに毒物を入れて渡した』とも。だから、僕は勘違いさせられたんだ。犯人はクッキーを渡し、それに毒物である青酸カリを振りかけて、レンジで温めたのを食べて死んだ、のだと」
こんな単純なことに引っかかってしまうなんて、と思う。
だけれど、魔法によって証拠が捏造されたこと、それから、ユリカが提示したアリバイで、犯行時間に準備室にいた人物かと考えてしまった。様々な要因で、誤った方向に誘導されてしまったのだ。
「先生は、準備室でクッキーを作ったんだ。落ちていた器具や薬品の中には、食料も混じっていたんだろう。その証拠に、こんなものが落ちていた」
袋に入れた粉末を取り出す。
「何やねん、それ」
「なめてみるといい」
「毒物じゃねえのか」
「そんなもの、なめろなんて言うわけないだろ」
毒物をなめさせるほど、僕は鬼畜じゃない。彩葉はぺろりとなめ、眉をひそめた。
「何やろ、これ……分からへん」
「俺もなめていいか」
「お前はやめろ」
弓浦がなめたところで、何の意味はない。
のに、弓浦は強引になめてきた。大きな指でつかみ、舌の上に乗せた。だから嫌だったのだ。そんな画は見たくなかったから。
「分からんな」
二人は分からないか。だとしたら、使ったこともなければ、クッキーを作ることさえできないんだろうな。無論、贈られたものではないのだから、関係ないことだが。
「これは、バニラパウダーだ。準備室の床に落ちていた」
「ちょっ、何てもんなめさせんねん!」
「ふざけやがって」
二人の鋭い視線を浴びたが、そんなことは今どうでもよかった。別に絶対になめろ、なんて一言も言ってないし。
うがいを終えた彩葉が言った。
「でも、どうして分かったん?」
「恵ちゃんが、教えてくれたんだよ」
え、と恵ちゃんは顔を上げた。僕の言ってる意味が分からないのだろう。だったら教えてあげるしかない。ポケットから包装紙を取り出し、机の上に置いた。
「これ、私が、先月紅林くんにあげた……」
「そう。恵ちゃんの手作りチョコレートだ」
その場にいた全員が、一斉に僕の顔を見た。うらやましいのか。だとしても、あげるつもりはない。
「コーたん、いくら何でもきしょい」
「ほっとけ!」
弓浦は哀れむような視線を向けてきた。ほっとけ。
「まだ、取っておいたんだね……」
毎日一度だけなめているため、まだなくなっていなかった。夏になったら、ポケットに入れておくだけで融けてしまうので、それまでにはなくなるだろう。
「チョコの上にかかっている白い粉。これも、バニラパウダーだよね。同じ味だったから分かる」
あのバカップルの会話を聞いて、もしや、と思ったんだ。チョコレートやクッキーにかける白い粉なんて、かぎられているだろう。
ってか、バカップルのおかげで、先生が贈ろうとしたものじゃないか、と改めて考えることができたのだから、感謝しなければならない。だけど死んでしまえ。
「コーたんも床に落ちたこの粉なめたんやな」
「まあ、僕の場合は、床を直接なめたけどな」
「……そこまで堕ちたんか」
「うるせ。別になめたくてなめたわけじゃない」
事件解決のためになめたのだ。でも、女の子が床をなめているのはエロいので好きだ。
「で、だ。このパウダーがここに落ちているのも、恵ちゃんが関係してるんだと考えている」
恵ちゃんは黙り込んでしまった。それこそが、肯定の証と言っても過言ではない。
「恵ちゃんは、それ以外にも嘘をついてるね。たとえば、美化委員を教室の外から見た、なんて嘘を」
「……嘘じゃないよ」
「いいや、嘘だ。委員会を開いた時、ドアは閉められていたらしい」
「ううん。その……私が通った時には見えたの」
「四十分に通りかかった時?」
恵ちゃんは頷く。
「美化委員は三十五分に終わってたのに?」
「じゃあ……帰るとこだったんだね。だからドアが開いてたんだと思う」
僕は恵ちゃんのことは好きだけど、その言い訳は聞き苦しいし、今の君は、見苦しかった。もう嘘だと分かっているのだから、正直に言ってほしかった。
「恵ちゃん、こんな初歩的なミスを犯すなんて、いったいどうしちゃったんだ」
「何を言ってるのか、分からないよ」
「準備室に向かう途中、教室を見たんだって言ったよね」
「そうだけど」
「残念ながら、それはできないんだよ。だって、図書室から四階の教室に向かったら、階段と逆方向に歩くことになるんだから」
あっ、と恵ちゃんは声をもらした。
「この学校に階段は一つしかない。いや、実際には非常階段があるけど、一旦外に出なくちゃならないし、すごく遠回りだ。普段は誰も使わない。それとも、その階段を使った、とでも言うつもりかい」
「それは、その……」
「本当は見てないんだよね」
恵ちゃんは観念したように、小さく首を縦に振った。
「委員会のことは、聞いただけなの。でも……図書室には」
「もうやめろよ」
まだ嘘を続けるつもりか。恵ちゃん、もうやめてくれ。
「図書室での勉強は、集中できた?」
「うん。数学の宿題を終わらせることができたから」
「とても静かで、勉強しやすい環境だったから、さぞ集中できたことだろう。さて、その数学のノートはどこ?」
「教室にあると思うよ」
「じゃあ後で確かめさせてくれ。いや、今すぐに」
「あ……でも、図書室にあるかも。忘れちゃったかな」
「じゃあ取りに行こうか」
「でも……月曜日に数学ないし、今から鍵借りるなんて、先生に悪いから。明日でもいいんじゃないかな」
恵ちゃんは目を泳がせていた。嘘に嘘を重ねているのが、見ていてよく分かった。
「じゃあ、ノートは明日でも構わない。だけど、あんな状況でも集中できるんだから、恵ちゃんはすごいな」
恵ちゃんは眉根を寄せる。
「僕だったら集中できないな。だって、合唱部が歌の練習をしてたんだから」
「ああ、うん。でも気になら――」
「三時四十分、非常階段から卒業した三年生が侵入し、四階で暴れまわっていた」
「え……?」
「その先輩は教室をぶち壊し、それから、図書室に侵入して、本棚を倒したりしてたらしい」
恵ちゃんの顔がひきつった。
「合唱部は歌ってなんかない。でも、不良が図書室で暴れていたのに、勉強に集中できるのだから、さすが恵ちゃんだね」
職員室で、初老の教師が戻したのは、図書室の鍵だった。
その教師は、三年の不良が暴れた場所を、一人で元に戻してきたという。その中に図書室も含まれていたのだ。
恵ちゃんは唇をかみ、僕のことをにらんだ。そんな表情を見るのは、初めてだった。
「……紅林くんは、いじわるだね」
「好きな人は、いじめたくなるんだよ」
いじめられるのも好きだけどね!
どさくさに紛れて告白したのに、恵ちゃんの表情は暗かった。僕の告白が嫌だったわけじゃないと思いたい。
「その先生の名前を聞いたら、恵ちゃんも驚くんじゃないかな」
「……まさか」
「東先生だよ。央太郎先生が準備室に入ったのを見たのも、確か東先生だったな。でも、その時間は、不良を説教してたから、絶対に見てないだろう。確認済みだけど」
今の恵ちゃんは、顔文字みたいな表情だった。ショボーンって感じ。
「恵ちゃん」
「……紅林くん、ゴメンね。全部認める。私が悪かったの」
「正直、疑いたくはなかった。けれど、どうして嘘をついたのか、教えてほしい。恵ちゃんは準備室にいたんだ。そこで、いったい何が起きたのか」
恵ちゃんが殺した、とは思いたくない。その嘘をついた理由について知らなければ、真相にはたどり着けないだろう。
「先生は……ホワイトデーのお返しをするために、準備室でクッキーを焼いていたの。それを、私は朝から手伝っていたの。三時四十分にも、その場にいた」
やはりそうだったか。
「でもね、先生は、本当はその人にお返しをするつもりがなかったんだって。その人は、先生のことが好きで好きで仕方なかったのに、先生は別に何とも思ってなかった。私が言うのも変だけど、たぶん当然のことなんだと思う。先生からすれば、まだ高校生なんだから」
恵ちゃんは哀しそうに笑った。
「それを知って、私は怒っちゃって。ちゃんとお返ししなかったらダメだと思います、って言っちゃったの。それで手伝ったの」
「その人って、いったい……」
誰のことだ、と言いかけた時だった。
「このクッキー、うちにくれるはずやったんか」
ふいに彩葉が言って、クッキーをつかもうとした。
「やめろ彩葉。触れるだけでも、危ない」
「触れることすら、できへんなんて、つらいなあ」
彩葉もまた、苦しそうに笑みを浮かべる。
「いつからセンセを好いとるんや」
「エセ関西弁を使うのはやめときや」
「ごめんなさい」
動揺のあまり、つい使ってしまっただけなのに、彩葉にめちゃくちゃにらまれた。怖いよ関西人。
でも関西弁使いたくなる時ってたまにある。関西弁使う女の子もかわいいし。ただ、彩葉は不良幼女なので興味ないけど。
「うちは、先月のバレンタイン、先生にチョコをあげたんや。好きになったのは、そうやな――」
彩葉は思いをめぐらすように上を向いた。
「学校サボってゲーセン行ったり、授業中にふざけて遊んだりしてるうちにも、センセは親身になってくれてな。今までそんなふうに接してくれるセンセはおらへんかった。四組の生徒でもないのに、うちが相談しに行ったら、毎回話を聞いてくれたんや」
「そうだったのか……」
初耳だった。まさか、彩葉が央太郎先生に好意を抱いていたなんて。てっきり、僕のことが好きなんだとばかり思っていたのに、勘違いだったのか。恵ちゃん一筋だけど、それはそれで腹立つな。
「でも……センセはうちのことなんて、どうにも思ってへんかったんやな。好きでもない人からチョコもらっても、嬉しないのは当然や。たぶん……センセには恋人がおるんやと思う。悔しいけど、その人に勝てへんかったんや、うちは」
彩葉は大粒の涙を流した。こんな彩葉は見たことがない。かける言葉が思い浮かばなかった。
「でも、コーたんに負けたとか、今でも信じられへん!」
「何度も何度も言ってるけど、僕は先生と恋人じゃない! いい加減にしろ!」
顔を上げて憤怒の表情を向けてくる彩葉に、僕は怒鳴り返した。
「皆笠。俺たちはまだ、準備室で何があったか聞いてないぞ。舞ヶ原に贈ろうとしたクッキーってのは分かったが、いったい、何があったんだ」
恵ちゃん一瞬ひるんだが、意を決したように口を開いた。
「クッキーは、三時三十五分には完成したの。それで、先生はクッキーを口にして――」
「じゃあ、犯人は……」
弓浦が立ち上がる。目は据わっていて、瞳孔が開いている。何かよからぬことを決意した表情で、恵ちゃんを見ていた。
「おい、弓浦……」
「お前が、先生を殺そうとしたのか――ッ!」
叫んで、弓浦は恵ちゃんに向かって駆け出した。やつは、何か勘違いしてる。恵ちゃんを守らないと!
恵ちゃんの前に立ち、弓浦のタックルから防いだ。僕の身体はいとも簡単に吹き飛ばされ、机に頭を打つ。だから、僕は男に責められて興奮する性癖はないんだって。
「弓浦、お前は何か勘違いしてる。最後まで恵ちゃんの話を聞け!」
「黙れ! こいつが、先生を……」
「恵ちゃん、君は直接殺してないんだろ。いや、君は見てただけだ。だからこそ、嘘をつきつづけた。そうだろ!」
恵ちゃんは、怯え顔で頷いた。
「……先生は、出来上がったクッキーを食べて……それから、急に血を吐いて倒れちゃったの。それを見て、私、怖くなっちゃって、それで……逃げ出しちゃった……」
恵ちゃんは膝から崩れ落ち、涙を流した。
「看護師を目指すなんて言って、馬鹿みたいだよね。でも……その時は、わけが分からなくなって、怖くて、死んじゃったと思って。私の用意したもので、先生が倒れたのかな、って思っちゃって……」
「恵ちゃんは悪くない。突然のことに驚いて逃げるなんて、普通のことだ。それを責めることができるのは、央太郎先生だけだ。僕だって、その場にいたら逃げ出していたかもしれない。咄嗟に冷静な判断を下せる人が、うらやましいくらいだ」
冷静な判断ができるなら、僕にだって、もっと色々できるはずだ。
「でも、私のせいに代わりはないよ……。私がすぐに救急車を呼んでいれば、先生は重症にならずに済んだかもしれないのに……」
「それはないよ」
突然、それまで黙っていたユリカが口を挟んできた。
「あの量の青酸カリだと、普通死んでてもおかしくないよ。かなりの量だったし。まあ、そこはあたしの力で何とかしたんだけどね」
誰もよく分かってないようで、黙り込んでしまった。魔法については、あまり言わないほうがいいだろう。僕は咳払いし、言った。
「ともかく、クッキーがここで作られ、それを先生が誤って食べてしまったのが分かった。弓浦もそれでいいな。この事件に、犯人なんていなかったんだ」
クッキーを置き、手袋を取った。
「……恵ちゃん。君は、本当は知ってるんじゃないか。先生が、誰と付き合ってるのか」
「……メグちん、知ってるん?」
今度こそ、語るつもりはないらしい。目と口を閉じてしまった。
「恵ちゃんが嘘をついた理由を考えたんだ。逃げ出したことも、もちろん隠し通したかったんだろうけれど、それだけじゃなかったんだと思う。彩葉を傷つけたくなかったんじゃないか? その恋人について、知ってほしくなかったからじゃないのか?」
「教えてメグちん。うち、別に大丈夫やから」
恵ちゃんは苦しそうな表情をしていた。僕は机の下からプレゼント箱を取り出す。準備室にあったものだ。
「その恋人に、先生はこれを贈るものだったんじゃないか。その人は、僕の予想では女性教師だ。たとえば、美化委員の担当の女教師。年齢は同じくらいだし、独身だ。違うか」
「……違うの。先生は――」
恵ちゃんは、ある一点に視線を向けた。僕と彩葉は、ゆっくりとそちらに目を向ける。いやいや、それは嘘だろ……。
「嘘やろ、メグちん」
視線の先に立っていたのは、弓浦だった。険しい表情で黙り込んでいた。
「先月のバレンタイン、私は――彼が、先生にチョコをあげているのを見ちゃったの」
「おえーっ。ちょっと待ってくれ。誰か紙袋。僕、BLは無理だ」
「この学校、ホモばっかりなの?」
「おい、それは僕は含めて言ってるのか! ふざけんな、僕はホモじゃないって言ってんだろ!」
「だってこの写真……って、あれ?」
彩葉は持っていた写真を見て、目を見開いた。横から眺め、僕も驚いた。いつの間にか、弓浦と先生が映っている写真に変化していたのだ。
「うわっ、何で……?」
これも魔法なのだろう。ユリカはそ知らぬ顔をして立っていた。
「じゃあ、このプレゼントは……弓浦のためにか」
おいおいマジかよ。僕の推理は完全に外れていた。まさか、マジでホモとかありえない。僕は、弓浦にプレゼント箱を投げて渡す。ホモ充は爆発してこの世から消えろ。
「っと、投げるなよ」
弓浦は受け取り、早速包装紙を破いた。包装と包茎が似てることに今気づいたけど、すごくどうでもよかった。
「あっ、俺がほしかった目覚まし時計! 俺が寝坊してばかりいるの知ってたのか」
「くっそどうでもいい」
今になって、天使の言葉を思い出した。腐った真実って、こういう意味か。
そういえば、不思議に思っていたことが一つある。
弓浦は部活に出ていた、なんて言っていたのに、どうして先生の車があると知っていたのか、ということだ。
部室や格技室に行く時も、外に出ることはない。それに、教員用駐車場は、玄関から出て遠いのだ。校舎から見るとしても、四階の非常階段側から見なければならないだろう。
そうすると、どうして四階非常階段に行ったのか、という疑問が残る。
つまり、弓浦は外に出たのだ。部活には出ずに。どうしてか。それは簡単だ。駐車場に、先生に呼び出されていたからに違いない。
僕は溜息をつき、窓の外を見た。向こう側から、灰色の雲が押し寄せていた。
後味も胸糞も悪い最低最悪のホモ事件の幕切れである。
まあ、それでも――。
「午後五時五十九分。事件解明、だな」
これで社会的に死ぬことは免れた。終わりよければすべてよし、ってことだ。
僕らはホモを残し、実験室をあとにした。