午後 四時零分
「失礼しましたー」
職員室を出た僕は、大変満足していた。
リコーダーをなめることで頭がいっぱいだった僕は、美化委員会を完全にサボってしまった。それで、担当の女教師に長い説教を食らったのだ。
これまで、説教らしい説教を受けてこなかったけれど、病み付きになってしまいそうでヤバい。サボりの常連は、きっとこの至福を味わうがために、何度もサボっているのだろう。
ただ、一応自制はしなければならないだろう。何度もサボれば、僕が快楽のためにサボっているとバレてしまう可能性が高まるだけだから。
「コータンがサボりなんて、珍しいやんか」
早口な関西弁で言ったのは、同じく美化委員の舞ヶ原彩葉だ。違うクラスだけど、委員会で隣になり、彩葉とはすぐに打ち解けることができた。
数え切れないほど校則違反を積み重ね、数度の停学をくり返している問題児。化粧をしたり、スカートを極端に短くしてみたり。彩葉とは、そんな不良なのである。
ただし、見た目が小学生なので、ちょっとおませな子にしか見えない。
なんて思ってると、頬を指でつつかれた。背伸びをしているのが、また何ともかわいい。
「今、失礼なこと考えてたやろ~」
「そんなことはない」
勘が鋭い不良幼女だ。
「コータンは、ホントにアレやな」
「アレって何だよ。ってか、僕はコータンじゃなくて孝太だって言ってるだろ」
「どっちでもええやん。似たようなもんやし」
彩葉は、妙に距離感が近いというか、初対面から馴れ馴れしかったから、見た目のことも相まって、異性として意識したことがなかった。
どちらかと言えば、彩葉とは友だちとして付き合っている。猥談で盛り上がれる、数少ない友だちだ。
「僕は別にただサボったわけじゃない」
「トイレでヤってたん?」
「違えよ。それはまだヤってねえって」
「いずれヤる気やんか」
それはそうだ。卒業するまでには、学校のトイレでヤらなければならない。あと放送室と屋上、全校集会のステージ上、卒業式後の教室でもヤる必要があった。
でも、卒業式の日に童貞卒業、というのも悪くないように思う。
それよりも、だ。
今は、リコーダーをなめなければならない。途中でくじけてしまったが、やはりやり遂げなければならないことだ。
「ま、うちは応援せえへんけど、ガンバってな」
「おう、任せてくれ」
今から教室に戻り、恵ちゃんのリコーダーをなめてやる。僕はそう決意した。
「せや、ホワイトデーのお返し、まだもらってへんで」
「おい。そもそも僕は、バレンタインにお前から何かをもらってないぞ」
「男のくせにケチやなあ。三倍返しやろ」
「知ってるか? ゼロは三倍してもゼロなんだぜ?」
「コータンはメグちんからもらえればそれでええやろ、って思ったから、うちはあげへんかっただけやのに。ホンマ、コータンはケチや」
「その理屈はおかしい。チョコレートはいくつもらっても困ることはないんだ。恵ちゃんからだけじゃなくても、僕はちゃんと喜んだのに」
「じゃあ、十円くらいのチョコレートをあげたらよかったんやな」
「オーケー。じゃあ三十円のクッキーで我慢しろよ。三倍返し理論だとそういうことになるからな」
「三倍とか言ってる時点でケチや」
「話になってないじゃないか」
話が通じない相手と会話するのは結構しんどい。まあ、日ごろお世話になってるのだから……いや、お世話になった記憶はあまりないが、おごってやるのは悪くない。
「分かったよ。今度帰りに何か買ってやるから我慢しろ」
「さすがコータン。……いいカモやな」
「心の声が駄々漏れだぞ。買ってやらんぞ」
「あれ? メグちんじゃん。どしたん?」
心臓が止まるかと思った。立ち止まり、前を向くと、恵ちゃんが立っていた。
どうして恵ちゃんがここに? 帰ったんじゃなかったのか……?
「紅林くん、彩葉ちゃん、今日は委員会だったんだよね」
優しい声音で我に返る。メガネの奥の美しい瞳で見つめられ、僕は心底幸せだった。おさげ髪が豊満なおっぱいの横で揺れる。僕が揉みたかったのは、この爆乳だった。
絶対領域も美しいが、何よりもスカートの中に顔を突っ込み、正座したい。けれど、そうすると、おっぱいが見れなくなる。
一方を得ようとするならば、もう一方は諦めなければならない、というわけか。何だか哲学めいている。究極の二者択一で、どちらかを選らべ、なんてのは残酷すぎる。
「委員会、大変だった?」
「いや、うちらはサボり組やで」
「え? 紅林くんがサボるなんて、ちょっと珍しいね」
「ちょっと忘れてさ、説教が大変だったよ」
超気まずい。君のリコーダーをなめようとしてたら委員会サボっちゃった、なんて言えるわけないだろ。
「め、恵ちゃんは、こんなとこで何してたんだ?」
「えっとね。私は、先生に用があったんだけど……」
言って、恵ちゃんはドアに視線を向けた。化学準備室。うちの担任であり、化学教師の藻川央太郎先生がいつも閉じこもっている部屋だ。
「ノックしても、誰も出てこないの」
「せやったら、いないんとちゃう?」
「でも、違う先生が、三十分ごろ、この部屋に入ってくのを見たって……」
「見間違いじゃないとしたら、ここにいるってことだよな」
三人で準備室のドアを眺める。中からは声はおろか、物音ひとつ聞こえてこない。本当に先生はいるのだろうか。
「まさか、学校でヤってる……ッ!?」
「奇遇だな。僕もそう思――って、恵ちゃんの前でそういうこと言うんじゃねえ!」
彩葉の脳天に拳骨を入れた。痛そうに涙を浮かべているけど、神聖で清潔で純粋なリアル天使の恵ちゃんの前で、そんな汚らわしくておぞましく禍々しい下ネタを口から吐き出すのが悪いのだ。
恵ちゃんは首をかしげていた。かわいすぎるだろ。マジで天使だと思う。
「だけど、不思議だよな。中にいるんだとしたら、『取り込み中だから後にしてくれ』とか何とか言うべきだろうし」
「私も、同じこと思ってたの」
同じことを考えていたのか。もう意識レベルで、僕と恵ちゃんは繋がっているのかもしれない。感覚が繋がっているとしたら、何かエロいし楽しそうだ。ちょっとやってみたい。
途端、どすん、どすんと地響きがした。僕らは顔を見合わせ、それから階段のほうを見た。いったい、何だ。この学校で、何が起きている。
突如、肉の塊が現れた……と思えば、巨漢だった。
同学年の弓浦平祐。あまり話したことはないが、確か柔道部だったはずだ。大柄で見るからに屈強そうだ。五厘刈りで強面なのも、そう思わせる理由なのかもしれない。関わるとろくなことがなさそうだった。
見た目どおり、低い声で弓浦は言った。
「どうしたよ」
「あんなー、センセが準備室でヤってるって」
「な、何ぃ!?」
「ヤってないって言ってるだろ!」
もう一発拳骨を入れた。涙目でにらまれたが、幼女が怒ったところで怖くもない。
それにしても、彩葉の交友関係の広さには少し感心する。
彩葉は同性からあまり好かれてないが、恵ちゃんとは仲がよかった。この二人も接点がなさそうだが、体育の時間に一緒になり、仲良くなったという。
しかし、弓浦とも面識があったとは。もしかすると同じクラスなのかもしれないが、廊下で僕の知らないやつとも普通に話しているのを見て、つくづくそう思う。
まあ、小さいからかわいがられている、というだけのことかもしれないけれど。そのせいか、尻軽にも別に見えないし。
「央太郎先生、どうしたんだろうな」
額にしわを寄せて弓浦はうなる。そうすると、ゴリラによく似ていた。
「私、進路のことで話そうと思ったんだけどなあ……」
「恵ちゃん、もう進路のこと考えてるの!?」
「うん。看護師になるために、大学に行こうと思っててね」
恵ちゃんのナース姿……ッ!
注射してもらうために、毎日献血に行かなければならない。血が足りなかろうが、干からびるまで抜いてもらおう。これはまだまだ死ねそうにない。社会的死亡も含めて。
妄想だけでイケそうだ。
「ちょっ、コータン。鼻血だらだらやんか。まーたエッチなこと考えてるんやろ」
「今いいとこなんだ。邪魔するな彩葉」
僕の妄想の中では、恵ちゃんがナース服でご奉仕してくれていた。恵ちゃんの働く病院で入院したい。きっと、僕の場合は違う病院に連れていかれそうだけど。
「もう帰ったんやろ」
「いや、帰ってないはずだ」
弓浦が断言した。
「何でや」
「先生は車で来てる。まだ駐車場に車があった」
確かに、車を残して家に帰る、なんてことは、普通ないだろう。何の理由もないのに忘れていったら、それこそ間抜けだ。
こういう場合、コンビニに行ってたとか、トイレに行ってた、ってオチに決まってる。それか、何かの用事で出ているだけだ。
「うっせえな! ぶっ殺すぞ!」
僕らは驚き、一斉に声のしたほうに目を向けた。職員室の隣にある生徒指導室からだ。
途端、ドアが開き、一人の不良が出てきた。金髪を逆立たせた髪型で、ピアスまでしている。ちょっと怖いな。
不良を追いかけるように、初老の男性教師が指導室から現れた。
「ちょっと待つんだ」
「もう関係ねえだろうが! オレは帰るんだよ」
不良は壁を蹴り、そのたびに初老の教師が怒鳴った。説教するのも楽しそうだが、あんな反抗的な生徒の面倒を見るのは勘弁だ。
そして何より腹立たしいのは、たまにニュースで逮捕されているが、授業で過剰な性的指導をしたり、生徒に手を出したりする教師がいることだ。
彼らもまた〝変態〟などではなく、知識をひけらかしたり、ロリコンだったりする異常な犯罪者である。まったくもって度し難い。
「何だろうな」
「さあ。けどあれ、確か三年の人やったで」
卒業したのにもかかわらず、わざわざ高校に来るなんてとんだ物好きだ。時間も無駄にしてしまう。
いや、女子の忘れ物がないか探しに来たのか。
水着とかリコーダーとか上靴とか体操着とか! それ以外の忘れ物だってあるだろう。好きな女子の忘れ物なら、一生宝物にしてもいい。
僕も、もう一度戻ってくることになるかもしれない。I'll be back.
いや、今は先生のことだ。恵ちゃんが困ってるのだから、どうにかしないと。
先生はまだ準備室に戻ってこない。だいぶ忙しいのだろうか。もしかしたら、本当に帰ってしまったのかもしれない。
「まあ、中で死んでるってことはないだろうし、安心していいんじゃないか」
みんなが一斉に僕の顔を見た。いったいどうしたって言うんだ。
「もし、そうだったら……」
「ありえへん、わけちゃうか」
「いや、嘘だろ?」
三人が口々に言うのを見て、僕は焦った。
「ちょっと待てって。そんなわけないだろ」
「せやったら、確かめるべきやろ」
「そのほうが早いな。っと――」
弓浦が僕の顔を見て、困ったようにこめかみを指でかいた。
「孝太だ」
「孝太、手を貸してくれ」
ドアを押し破るのは、以前から少しやってみたかったシチュエーションだった。不謹慎だが、わくわくしているのは事実だった。
弓浦と並び、ドアに向かってダッシュする。
壁にぶつかる、という瞬間だった。
僕の身体が当たる前に、弓浦のほうが先にドアをぶち破った。いや、そんな簡単には止まれない――ッ!
僕は勢いそのまま転び、前につんのめった。僕が走る意味、あっただろうか。
「ッテテ……」
額を押さえながら起き上がると、三人が目を見開いていた。
「そんな顔して、いったいどうしたんだよ……って――」
みんなが目を向けているほうを見て、僕は動けなくなった。
あまり広いとは言えない準備室では、央太郎先生がうつ伏せになって倒れていた。口から血を吐き出し、床にしぶきが散っていた。
「そんな……」
「センセ……」
恵ちゃんが膝から崩れ落ちた。隣に立つ彩葉も声を震わせている。弓浦は強張った表情で、倒れている先生を見つめていた。
僕は瞬時に部屋を見渡す。
机の上には包装紙がきれいに折りたたまれていた。その隣にある皿の上には、数枚のクッキーが乗せられていた。クッキーには白い粉末がかけられていた。
実験でもしたのか、薬品や器具がそこら中に散乱していた。もしかすると、倒れる時にぶちまけてしまったのかもしれない。置いてある電子レンジに触ると、まだほんのりと温かかった。
「レンジでクッキーを温めて、それで――?」
恵ちゃんは震える声で言った。なるほど。毒物が混入したクッキーを食べ、先生は死んでしまったのか。
「……って、先生は死んじゃったのか!?」
咄嗟に、彩葉が先生の脈を調べる。
「まだ死んでへん!」
全員の安堵の息が聞こえた。一番安心したらしいのは、恵ちゃんだった。
弓浦が先生の肩を担ぎ、立ち上がる。
「ちょっくら、保健室に運んでくる」
保健室は一階だ。職員室から階段は近いが、保健室までは遠い。何とも不親切な学校である。
「手伝おうか?」
「いや…………いい」
「え? 何だよその間は。さっきドアを破る時もまったく役に立たなかったし、別にお前なんかお呼びじゃないからさっさと帰っちまえよみたいな間はよッ!」
「ヘースケはそこまで言ってへんよ」
言葉にしなくても、態度でそう示していた。男としてバカにされた気分だ。
弓浦らが準備室を出て行こうとした時だった。
「おい、ちょっとどいてくれや」
「あなたのほうが邪魔だよ。その人を動かされても困るし」
「だと?」
僕らは入口のほうを見た。聞き覚えのある声だった。
見知った顔がそこにあった。
「お前は、さっきの……ッ!」
「校内で事件なんて、珍しいね」
「橘ユリカ……ッ!?」
彩葉が目を見開いて言ったのを聞き、ある噂について思い出した。
僕らと同じ学年に、有名な探偵がいる、という噂だ。事件現場に颯爽と現れ、華麗に事件を解決し、淡々と去っていく。
その名は、橘ユリカ。
でもまさか、こいつが?
「何よ」
「いや、そうは見えないな、って思って」
「あなたって、とことん失礼だよね、でも……いいタイミングかも」
言って、ユリカは不適に笑った。と思えば、急に窓を指さし、驚愕の表情を浮かべた。
「窓の外!」
視線を移すと、窓の外で火事が起きていた。急にどうして。先生が殺されそうになったり、火事が起きたり、この学校で今、何が起きているんだ。
「大変じゃねえか、早く消火しねえと!」
弓浦が声を荒らげた。ここでじっとしてる場合じゃない。急いで下に向かい、消火しないと。
途端、どういうわけか、火は見る見るうちに小さくなり、やがて消えてしまった。誰かが消火したわけでもないというのに鎮火するなんて、普通ありえない。異常だ。
いったい、何が起きてる……?
準備室に視線を戻し、僕は目を疑った。
「いったい、どういうこと……?」
恵ちゃんが驚きを隠さずに言った。それはそうだ。何故なら――。
「部屋の配置が、変わった……?」
散乱していたはずの薬品や器具などはそこになく、すべて棚に戻されていた。クッキーと皿、包装紙は残されているし、電子レンジは温かいままだった。
ユリカは白い手袋をはめ、クッキーをつかんだ。
「このクッキーは食べないほうがよさそうだよ。これを食べて、倒れたわけだからね」
「それに、何か毒でも入ってたんか?」
「そう。この白い粉、見えるでしょ? 青酸系の粉末。手で触れるだけでも危険だから」
「冗談だろ……」
誰もが顔を青くした。そんな毒物が、自分の人生の中で出てくるなんて、思ってもいなかった。
いつの間にか先生は床に眠らされていたが、おだやかな呼吸をしていた。顔の生気も幾分戻ったように見える。ユリカが何かしたのだろうか。
「犯人は、三時四十分。青酸系の粉末をクッキーにふりかけ、彼を殺害しようとした。もちろん、それは未遂で終わったけどね」
「三時四十分……」
その時間、僕は恵ちゃんのリコーダーをなめようとしていた。もちろんやってないが、アリバイもあるし、安心だ。
「動機は――痴情のもつれ、ってやつかな。証拠の写真が――これだね」
机に一枚の写真が置かれた。それを見て、僕は吹き出した。
「ちょ、これ何だよ!?」
写真には、僕と先生が抱き合い、キスしようとしてる瞬間が映し出されていた。先生が手を伸ばして撮影したものらしかった。
「孝太、マジでそんな趣味やったんか……」
「違うに決まってんだろ! 僕にそんな趣味はない!」
弓浦は口を閉じ、僕を見つめていた。
「いや、だから違うって言ってるだろ! 僕はホモじゃない!」
「紅林くん……」
恵ちゃんでさえ、僕を哀れむように見ていた。何だ。何なんだこの状況は。おかしいだろ。
「動かぬ証拠だよ。そこら中からあなたの指紋も出るだろうから……あなた、逮捕されるね。確実に」
僕はユリカの腕をつかみ、一旦廊下に出た。
「どういうつもりだよ」
こんなことされてはたまらない。どうして僕がホモ扱いされなくちゃならないんだ。挙句、殺人犯とは。最悪の気分だ。
どういう原理か知らないが、ユリカが仕掛けた罠に違いない。しっかり問い詰めてやる。
「あたしのパンツを見たのと、胸を揉んだ罰を、受けてもらおうと思って」
「待て待て。全然つりあいが取れてないじゃないか。これじゃ僕は永遠に社会的に――」
言いながら、僕は戦慄し、目の前のユリカを恐れの目で見た。
「まさか、本気で、僕を――?」
「あたしは、徹底的にあなたを追い詰めるから」
目の前が真っ暗になった。嘘だろ。冗談じゃないのか。こいつは、僕を社会的に殺すために、ホモの殺人犯に仕立て上げたっていうのかよ。
「でも、どうやってやったんだ。僕は本当にやってないのに。事件が起きた時間、僕は教室にいた。それはお前だって知ってるはずだ」
「それをみんなに言ってみたらいいじゃん。あなた、どっちみち社会的に〝死ぬ〟んじゃない?」
そうだった。リコーダーをなめようとしてました、なんて言えるはずもない。
「二つ、いいことを教えてあげる。あたしは探偵だけど、魔法少女でもあるの。事件の真相なんて知ってるけど、あなたみたいな変態くそ野郎を犯人に仕立て上げるのも、嫌いじゃないんだよね」
「はあ? 魔法少女?」
いきなり何を言い出したんだこいつは。アニメの見すぎじゃないのか。
「信じなくてもいいけど、あなただって、もう実感してるはずでしょ?」
そう言われてみれば、ユリカと出会ってから、不可解なことに遭遇している。彼女から受けた攻撃、急に発火したり鎮火したりした火事、準備室の器具や薬品が元に戻った異常現象。これらを見せられた今、納得できなくもなかった。
けれど、そんなものが本当にあるのか?
「 一応、信じてやってもいい。けど、だからって証拠を捏造して、僕を犯人に仕立て上げるとか、探偵としてやっちゃダメだろ」
「まあね。だから、真犯人もあとからしっかり追い詰めてるよ、いつも。だからあなたも、安心していいよ」
「安心できるか!」
僕は心の中で、天使と悪魔に問いかけた。どうしたらいい、と。
――いい機会です。社会的に殺していただけることに感謝し、手を合わせて礼をしてから、『いただきます』と挨拶してクッキーを召し上がるといいでしょう。
――毒で死んじゃうだろ! 誰がそんなことするか。
――おい出すぞ! イっちまえ!
――お前は僕の人生が終わりそうだという時に、何してるんだよ!
やはり、役に立たなかった。いい加減、困った時に訊くのはやめたほうがいいのかもしれない。
「……お前の言い分は分かった。けどな、僕はこんなところで終わったりしない。〝変態〟になると決めたんだ。だから、僕はお前に抗う。絶対に真犯人を見つけ出して、僕の身の潔白を証明してやる」
ユリカは口角を上げた。
「――いいよ。その挑戦、受けてあげる」
「絶対に後悔するなよ」
「あなたこそね」
真犯人は、必ず見つけ出してやるからな。僕はまだ、社会的に死ぬつもりなんてない!