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氷解Ⅰ

 兄が死んだ。義姉共々亡くなり死亡原因は橋の上で馬車の車輪が外れ川へ転落。そのまま即死したという。次の日にあるはずだった宰相の任命式についての打ち合わせをする為に出かけている途中だった。唯一の救いは一緒に連れ出す予定だった兄の子供、クーベルカが風邪を引きストラルドブラグ家の屋敷で療養していたおかげで死なずに済んだ事位だろうか? 3ヶ月前に両親が同じく事故で亡くなったばかりだというのに頭が追いつかない。とりあえずクーベルカの所に行こうと思う。



*********

 父と兄はここ一年程「ナリミヤ家」の内部調査を行っていた。かの伯爵家は優秀な騎士を何人も輩出し、ギルドの統括も担っていた。前当主であるアルバート・ナリミヤには剣を師事してもらった事もあり俄には信じらんない話でもあったが、数年前に当主が変わってからギルドに所属する者達や、依頼人に金銭問題が生じ、父や兄が調査の為関わる矢先の事故だった。事故は暗殺ではないかと囁かれている。残された調査書を見れば暗躍する「ナリミヤ」の文字があり、否が応でも疑わざるを得なかった。


「明日ナリミヤ邸の家宅調査をする。」

「随分と急な決定ですね」

「ああ、これ以上悠長に構えていたらまた犠牲者が増えてしまうからな」


 自分よりも3歳年下の皇太子クラトスもナリミヤ邸の調査に参加するらしく、作戦会議に参加していた。会議は新しく任命された宰相、ラズフェルド・ツーティア・ヤーディワークが取り仕切った。


「シュナイト・ストラルドブラグ、あなたを今回の作戦の隊長に任命します」


 明日、全てが終わる。宰相はそう言った。

 師匠であるアルバート・ナリミヤと話をしたかったが遠征に出ていて会うことは出来なかった。



*********

 ナリミヤ邸は騎士に包囲され、陥落も間近だった。屋敷の中は薬物に犯された使用人が騎士を襲い調査を妨げる。ナリミヤ家当主アレックスは寝室で亡くなっていた。夫人、娘も共に亡くなっており、薬物に詳しい殿下は中毒死だろうと言った。その時、一人の騎士が駆けて来た。


「どうしました?」

「アルバート・ナリミヤが我々に剣を向け、数名負傷しています!!二階のホールで戦闘を繰り広げている様です」

「師匠が…?」

「シュナイト、行くぞ」


 殿下は話も聞き終わらないうちに二階のホールへ走った。

 ホールには負傷した騎士数名とアルバート・ナリミヤの遺体があった。自分たちは間に合わなかったのだ。


「アルバート!何で、お前まで」


 アルバートは今回の事件には関与していないという調査が上がっていた。なのに彼は騎士達に剣を向けた。理由も無しに、悪事を隠す為だけに剣を振るったとは思えなかった。しかし死人は語らない。


「?」

「どうした?」

「いえ、何故師匠は何故片手で剣を振るっていたのかと」


 アルバートは右手に剣を持ち息絶えていた。ナリミヤ流は両手剣を扱う流派だ。片手で剣を振るうなど有り得ない。左手は堅く握られていていた為、剣を握り締めていた様には見えなかった。


「そうだな…手に、何か握っているのか?」


 殿下はアルバートに近付き左手を調べると鍵が握られていた。手のひらはきつく握り締めていたせいで血だらけだった。

 師匠、アルバートの握り締めていた鍵はナリミヤ家の隠し部屋の鍵ではないかといわれ、事件の解明を期待していたが、部屋の場所を見つける事が出来ないばかりか鍵自体も何者かに盗まれてしまい、未解決のまま「ナリミヤ」の事件は終息を迎えた。



*********

 事件から一年後に兄の子供クーベルカを養子に迎えた。

 彼が成人した時にストラルドブラグ家の当主になれる様教育を施した。騎士である自分はいつ死ぬかも分からない為、幼いクーベルカに厳しい態度で接してしまった事を後悔する日は多い。しかしクーベルカが一人で生きていく為には必要な事で、甘やかす訳にはいかないと自らに言い聞かせ、毎日を過ごす。彼を甘やかす人間が欲しい、側にいて愛してくれる人が。そんな都合のいい者など現れる筈は無く、今日も義理の息子に勉強を教える時間が来てしまう。



*********

 「ナリミヤ」の事件から数年がたった。あの日で終わる、宰相はそう言ったが「終わり」では無く「始まり」だった。



 陛下の執務室は血生臭い匂いに包まれていた。昼間から陛下は複数の暗殺者に狙われ、何とか凌いだ、と言ってもいいのだろうか?陛下の親衛隊員は8人も殺された。今までで一番酷い被害状況だった。陛下は血で染まった執務室の机で頭を抱えぴくりとも動かなかった。


「シュナイト、お前酷い顔してるぞ」


 目の前で沢山の人間が死んだ。そんな事は初めてではない。あの「ナリミヤ」の事件が終わった後、王位を継いだ陛下の父と母が何者かに暗殺される。それで悲劇など終われば良かった。今度は陛下に暗殺の手が伸びる事となり、暗殺者と陛下の戦いは数年たった今でも続いていた。当時百名いた陛下の親衛隊は半数に減っていたが新たに親衛隊員を増やす事は無かった。これ以上犠牲になる騎士を増やしたくないという陛下の考えからだったが、親衛隊の人手不足は年々深まり、隊員達にも余裕が無くなってきている様に感じた。陛下も痛感し、親衛隊員の増員について検討をしていた矢先の事件だった。


『お前はもう帰れ、と言いたい所だが、一つお使いを頼もう』


 陛下はいつの間にか狼の姿に変化していた。もう自分の護衛は必要無いだろう。


『下町の酒場で物取りをする輩がいるらしい。帰宅ついでに取り締まって来てくれないか?親衛隊長の仕事ではないが、そんな顔で帰ったら使用人達に怖がられるぞ』


 陛下は自分に感情を整えてから帰れと言った。怒っているつもりは無かったが、どうやらそんな顔をしているらしい。騎士の服から着替え、フードを深くかぶり、下町の酒場へ向かった。



*********

 開店前の酒場へ行き店主と話すと昨日死人も出ていて困っていたと言っていた。

 開店から一時間程たってから例の物取りが入店して来た。自分の目の前にはその酒場で扱う高価な酒が並べられ、奴らが目線でチラチラとこちらを伺うのが分かる。向こうからけしかけてくるのも時間の問題だろう。そう思っていたが思いがけない第三者の介入によりその目論見は崩れ落ちる事となる。



 夜も深まり、ならず者で埋め尽くされた店内は異様な雰囲気に包まれていた。そんな店内に一人の客が入って来た。客は若い女性で店主は彼女を追い返そうと説得するが、聞く耳は持たかった様で店主は困った顔でこちらを見たが、彼女一人位なら守る事も容易いだろうと頷いた。




 突然現れた女性は派手な容姿と髪色し、全身を覆うマントを纏い、冒険者の様な格好をしていたが、貴族の娘だという事は想像出来た。動作の一つ一つが優雅で、食べたり飲んだりする様は厳しく教育されて身に付いた物だろう。何故その様な女性がこんな酒場を訪れる事となったのか理解出来なかった。案の定、店内のならず者に囲まれた女性は嫌がる素振りも見せずに奴らと酒盛りを始めてしまう。脳天気な女性を睨みつけたが気付く訳も無い。



 女性は三時間潰れる事無く酒を飲み続け、逆にならず者共を潰してしまった。会計をする為に店主を呼び出し支払いをしたが、彼女は店主に金貨を一枚渡した。誰が見ても払い過ぎた金額に店主も難色を示したが、勝手に店主のポケットに金貨を滑り込ませ、店から出て行ってしまう。その後をゾロゾロとならず者達が続いた。とうとう尻尾を掴む時が来たようで壁に立てかけてあった剣を持ち奴らの後を追った。




 女性は既に数十人の男達に囲まれていた、店内から出て行った人数よりも多くなっていた、どこかに潜んでいて待ち構えていたのだろう。彼女にお金を差し出す様脅しをかけていた。ならず者はナイフを抜き女性に切っ先を向けていた。そろそろ潮時だろうと剣を抜き出るタイミングを見計らっていた。財布を渡したかと思っていたが驚いた事に彼女はならず者の手にナイフを突き刺してしていた。



 それからの展開は息つく間も無く、女性はあっという間に数十人いた男達を一人で倒してしまう。



「ねえ、あなたも彼らの仲間なの?」


 気配を隠すつもりは無かった為すぐに声をかけられしまった。身分を示す物は無かったが一応騎士だと名乗る。


「…………なんだ騎士か、その容姿で物取りだったらかなりストライクだったのに…」


 彼女は良く分からない言葉を呟いた。その真意は読み取れ無い。



「まあ、でもお兄さん程のいい男はなかなか居ないからお店に来てくれたらモモたくさんサービスしちゃうよ、次のお休みはいつ?時間がたつとモモ忘れちゃうから早く来てね!」


 特別だと言いながら懐から名刺らしきものを取り出し勝手に手の中にねじ込むと去って行ってしまう。



 紙には「ギルド〈熊の爪〉所属モモ・ハルヴァート」と書かれていた。〈熊の爪〉はツーティア国最大規模のギルドで確かな仕事をする事で有名な組合だった。




*********

 それが彼女ハルヴァートとの出会いだった。

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