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花の名前

 外を見れば雪がしんしんと降り、地面を白く散らしている。季節は変わりハルヴァートが騎士になってから一年と半年が過ぎていた。

 外では新しく入隊した新人の親衛隊員が隊長直々に稽古をつけてもらっている様で、剣と剣がぶつかり合う音が響いていた。



「姐さん、何見てるんですか?」

 窓からの光景を真剣な眼差しで見つめるハルヴァートに彼女の自称舎弟の男、ディーは訪ねた。

「シュナイト見てるの。」

「誰すか?そいつ」

「好きな人。」

 ディーは手にしていたナイフと林檎を衝撃のあまり落としてしまう。

「き…凶悪で乱雑な姐さんにも繊細な乙女心があったとは」

「今、何て言った?」

「いえ、美しく聡明で高貴な姐さんに想われたら親衛隊の兄さんも幸せだなあと」

「そんな長い言葉じゃ無かったよ。」

 蛇に睨まれた蛙の気分になったディーは林檎を拾い上げ、六等分に切り分ける。皮を兎の耳の様に切り目を入れ、器用に六羽の兎を作り出して皿に置く。



「ニッホンという国の言葉で〈二兎追うものは一兎をも得ず〉という言葉があります。」

「ふーん。」

「同時に二つのものをしようとすると、どちらも成功せずだめになってしまうことを意味するのです。」

「恋をしたかったら騎士しごとは諦めろって事?」

「いいえ、姐さんは三兎も四兎も五兎も得る事ができる凄いお方だと思っています。」

「本当にそう思ってる?」

「もちろんです。だから欲しい物は手にして下さい。」

 そう言って林檎の乗った皿をハルヴァートに差し出した。

「…………」

「行かないんすか?」

「何しに?」

「ナンパに」

「何故今?」

「今行かなくていつ行くんすか?」

「…………」

 たしかにシュナイトを見かけたのは1ヶ月ぶりだった。話をしたのはいつだったかも思い出せない。



 宰相の抜けた穴はクラトスの頑張りとシュナイトの補佐でギリギリ間に合っている状態で多忙を極めていた、ハルヴァート自身も遠征に出掛ける為にめったに会う機会もなければ、話をする時間もなかった。



 こうして時々見かけるシュナイトの姿を見るだけでハルヴァートは満たされていた。騎士になれただけでも奇跡的なのに、他にも欲しいものがあるなどと言える訳が無かった。



「シュナイト…もしかして親衛隊隊長の?」

「そうだよ。」

「ストラルドブラグ侯爵様か、…恋人は無理でも愛人位ならなれるんじゃないっすか?」

「…愛人?」

「姐さん美人だし、腕は立つし、愛人としては最高ですよ」

「……………」

「どうしたんすか?」

 なにやら落ち込んだ様子を見せるハルヴァートの顔をディーは覗き込んだ。

「ふふふふ…」

 覗き込んだ顔は笑顔だった。ディーは慌てて後ずさる。ハルヴァートがこの様な笑顔を見せる時は大抵危ない事を考えている時だからだ。

「お金…はいらないね、今度はシュナイトの体目的の愛人にしてもらおう…ナイス、ディー」

「え?はあ…」

 体やお金目的以外の愛人など存在するのだろうか?ディーは話が見えず生返事をするしか無かった。



ハルヴァートは壁に立てかけてあった剣を腰に差し部屋を出る。ディーも面白そうだと思い距離を置いてから後に続いた。




 外はまだ雪がちらついており、冬に入ったばかりだというのにかなり肌寒かった。相変わらず新人親衛隊員の訓練は続いておりシュナイトの周りには人集りが出来ていた。 約8メートル程シュナイトと離れていた。大きな声で呼べば気がつくかもしれない。




 しかしハルヴァートが声をかける前にシュナイトは彼女に気がついた。目が合うと珍しく微笑みを浮かべる。そんな状態に動揺したハルヴァートはつい間違った行動を起こしてしまった。




「シュナイト・ストラルドブラグ!!!」

 動揺した弾みで何故かフルネームで呼んでしまった。しかも声が大きかった為に新人騎士達の視線を一気に浴びる事となる。



 シュナイトはいつもの無表情に戻っていた。新人騎士の視線も痛い。ここからナンパを経て愛人の申し出をするのは至難の技だった。しかし助け船は現れる。

「〈血の決闘だ〉!」

 新人騎士の誰かが叫んだ。

 〈血の決闘〉とは、地位の低い騎士が上官に闘いを挑み勝利すればその地位を奪う事が出来る下剋上の決闘の事だった。

「しかし〈血の決闘〉は廃止されたと聞いたぞ!!」

 別の新人騎士が叫んだ。

「いや、初雪の降った日だけ許されるんだ!」

 博識な、また別の新人騎士が発言する。



 〈血の決闘〉は100年程前まで普通の日常茶飯事的に行われていたらしいが、数年前に廃止された。ただ初雪が降る日のみ決闘が許されており、今季になって初めての雪が降る今日を待っていた騎士も少なくは無い。

 新人騎士達は思わぬイベントに興奮しており、一方のハルヴァートはどうしてこうなったと心の中で頭を抱える。助け船は泥船だった。





「ここで会ったが百年目!親衛隊隊長の座をかけて勝負だ!」

 ハルヴァートは開き直った。周りの期待の眼差しに負けたともいう。しかしシュナイトと一度真剣に戦ってみたいとも思っていたのだ。勝っても負けても今後彼に関わるのはやめよう、ハルヴァートは思う。外に出て見たシュナイトの姿は遠く、ただの騎士が手を伸ばして届く存在では無かったからだった。


 先ほどまでハルヴァートの後ろで笑い転げていたディーが審判を申し出る。相手が「参った」と言ったら負け、シンプルなルールだった。



 剣を構えてシュナイトと向き合えば彼がただの騎士では無い事が垣間見れる。隙が一切無い。始まりの合図の鐘が鳴ると同時にハルヴァートは大地を全力で蹴った。両手剣を振り上げ、シュナイトの首を狙う。もちろん首に掠る事すら許されず、シュナイトの剣ですぐさま弾かれる。鍔迫り合いはしない、力で負ける事は分かっていたからだ。



 同じ〈ナリミヤ流〉の剣術で力が勝るシュナイトが圧倒的に有利だった。ハルヴァートが攻めている様にも見えたが攻撃は全て剣が受け、体に届く事は無い。騎士の戦いではハルヴァートに勝ち目は無かった。



 遂にハルヴァートの手から剣がはじけ飛ばされる。剣は弧を描き地面に刺さった。しかしハルヴァートは諦めない。左右の太もものベルトに差してあった短剣ダガーを引き抜き、シュナイトの懐へ飛び込む。周りから「卑怯」だの「剣を使って戦わないなんて騎士ではない」だの余計な声援が聞こえたが無視する。どうせまともに戦って勝てる相手ではない。一本はそのまま投げつける。シュナイトが短剣を弾く隙に近付き、首元へ短剣の刃を滑り込ませたがある事に気を取られ動作が遅れてしまう。瞬時に振り上げたシュナイトの剣の平の部分が頭に当たり彼女は意識を失う事になった。




「う…」

 目が覚めれば視界には、麗しの親衛隊隊長様が無表情でハルヴァートを見下ろしていた。

「大丈夫ですか?」

「痛みは無いよ」

 体は動く、あの時とはちがう。その時6時を知らせる鐘が鳴った。

「あっ!!私行かないと」

ハルヴァートはベッドから飛び起き、抜け出そうとするがシュナイトが手で静止した。

「今日の遠征には来なくていいそうです。」

「えっそうなの?」

 違和感のある頭に触れてみれば結構大袈裟に包帯が巻いてあった。ハルヴァートは溜め息をつく。今日の出来事はそのまま「二兎追うものは一兎をも得ず」ではないかと落ち込んでしまう。胸の花の刺繍を撫でたら少し落ち着いた様な気がした。

「あの時、あなたは何を見ていたのでしょうか?」

 あの時、とはハルヴァートがシュナイトの首筋に短剣を滑り込ませようとしていた時の事だろう。

(言えない…シュナイトの首筋のほくろを見つけて喜んでいたなんて)

 これ以上シュナイトに嫌われたく無かった為曖昧な表情を浮かべて誤魔化す。ついでに話題も変えた。

「あれ、鎧は」

「ここに運んだ時に外しました。」

「そ、そっか…」

 どうやらシュナイトに運ばれ介抱までお世話になったらしい。せっかく落ち着いたというのに、またしても自己嫌悪が溢れ出てくる。

「…………」

「それは?」

 ハルヴァートは無意識に百合水仙の刺繍を握りしめていた。

「これ?エリザベスちゃんが縫ってくれたお花なんだけど、なんだっけ名前、アリャリャコリャリャ…じゃなくて」

「アルストロメリア」

「そうそれ!」

「………」

 エリザベスが騎士の服に縫ってくれた勇気の花は騎士になってからの心の支えだった。

「…ナリミヤ家だからって馬鹿にされた時や、女の騎士だから信用出来ないって言われた日、ドラゴンに体半分噛みつかれた日、色々な事があったけどこの「清廉」と「凛々しさ」の花がいつも励ましてくれたの」

「…それはストラルドブラグ家の家紋です。」

「……え?」

 騎士服の胸には各々の家の家紋を縫い付ける事が義務つけられていた。もちろんハルヴァートも知っていたがこれはエリザベスが「特別」に縫ったものだと聞いていて、ナリミヤ家の自分に気を使って入れてくれたお花だと思っていた。

「や、やだ。私ってば人様のお家のお花をつけていたのね…」

「問題ないでしょう。」

 シュナイトの懐の深さは海よりも深かった、ハルヴァートはありがたやと合掌した。




「〈血の決闘〉には負けた方が勝った方の願いを聞かなければいけない決まりがあるのはご存知でしょうか?」

「そんなのあるの?…どうぞどうぞおっしゃって。」






「私の妻になって下さい。」

「………………は?」

 突然のプロポーズにハルヴァートの頭の中は真っ白になった。

「…………」

「今、なんて…」

シュナイトは目を伏せ頭を振った。

「私の妻になれと言いました。返事は?」

「は、はい喜んでー!!」

 ハルヴァートのプロポーズの返事は酒場の従業員の様な言葉だった。非常に残念である。

END

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