第六章 『逢瀬』
太陽が西に傾く。窓から覗く真っ赤な夕陽が眩しい。
志穂は視線を太陽から机に戻し溜息を吐いた。卒論が終わらない。
ほとんど書き終わったのに、最後の最後で煮詰まった。ここまで来て終わらないなんて。
「も~・・・。なんで終わんないの?」
資料は手元に揃っている。本文だって完璧だ。なのに、何故か結論が書けない。いや、理由は解っている。彼を知ってまったから書けないのだ。
傾いていく太陽は次第に山の向こうへと消え、空は藍色に染まっていった。待ち切れなかったのか月も既に顔を出している。
夜は彼を思いだす。昼間でも彼は行動していたが、吸血鬼の血を引く彼は基本的に夜行性なのだ。
一度、月が真上に昇った頃二人で外に出たことがあった。外、といっても部屋から通じるバルコニーだが。
月の光を浴びた彼は憂いを帯びた表情で、迂闊にもその表情に見惚れてしまった。何度その表情を思いだして胸の鼓動が速くなるのを感じただろう。何度締め付けられるような胸の痛みを感じただろう。
私は悟ってしまった。彼に惚れてしまったと。だから彼の事が知りたかった。どんな些細なことでも良いから、彼のことを知りたかった。
それがあんな結末に繋がってしまうなんて。
「燵鬼・・・・・・」
小さく名前を紡ぐ。瞼を閉じればすぐそこにいるのに。
「逢いたいよ・・・・・・燵鬼」
「―――俺もだ」
突如聞こえた声。驚いた志穂はバッと後ろを向く。そこには汗だくで、前髪を後ろに掻きあげた燵鬼が。
「たつ、き・・・?」
「志穂」
近寄ってきた燵鬼は志穂をぎゅっと力強く抱きしめた。
「志穂、俺は人間じゃない」
「え?」
「吸血鬼だ。だがお前を愛してる。だから俺とともに来てくれ・・・っ」
抱きしめられた腕に力が籠る。最後の言葉は今にも泣き出しそうな声だった。
「わざわざそれを言いに来てくれたの?」
「・・・お前が出ていったから」
「え?私置手紙したよね?『ちょっと大学に行ってきます』って」
「・・・・・・・・・は?」
勢いよく離れた燵鬼は顔を真っ赤にして志穂を見た。
「・・・本当か?」
「本当。・・・私戻るつもりだったよ。燵鬼のところに。燵鬼が嫌だって言っても居座り続けるつもりだった」
志穂が言うと燵鬼はその場にへたり込んだ。その瞳は少し涙ぐんでいる。
それを見た志穂は嬉しそうに笑って、「私が帰ったと思った?」
「・・・あぁ」
「やだなぁ。まだ望みを叶えてないのに帰るわけないじゃん」
「望み・・・?」
「言ったでしょ?『解剖させて!』って。さすがに解剖まではいかなくっても研究くらいはねぇ。それを叶えるまで私は燵鬼の傍を離れないよ」
志穂の言葉に燵鬼は固まった。研究、その言葉が胸に刺さる。
「・・・もちろん、私個人が燵鬼の傍にいたいだけなんだけどね。それはただの言い訳」
「志穂・・・」
「好きだよ、燵鬼。私ずっと燵鬼の傍にいたいの。だから大学を早く卒業しようと思って卒論を書きに来ただけ。資料がないと書けないからさ」
「志穂・・・好きだ、愛してる」
腕を引かれ再び強く抱かれる。志穂は燵鬼の背に腕を回し呟いた。何度も何度も〝愛してる、あなたを一人にしない〟と。
その言葉一つでどれだけ心が救われただろう。燵鬼は志穂にばれないよう、一筋涙を流した。




