03:vsウサギと魔法
「だああっ!」
スキを見つけて剣を振りぬく。ウサギは避けようと跳ねたが、タメがない分ほとんど移動できていない。そのまま振りぬいて、刃が黒い毛皮にずぬりと侵入した。
ごりごり、と骨を砕く音。剣に、ひっかかり。噴き出した黒い液体。ウサギの目がぐるりと白目を向いて、泡を吹き――消えた。
死ぬ直前まで生々しくグロいのに、死ぬとふわりと霧散するように消える。一部の強力なものを除き、魔物ってのは死体が残らない。これで光のエフェクトでも入ったらゲームみたいだ。
でも。
「えぐ……っ」
動物系の魔物を倒したのは――殺したのは、これが始めて。だが、ぶよぶよしたスライムっぽいやつでも、切れば生々しい死の感覚がこびりついた。
エグイ。
何がエグイって、死体が残らないから埋葬も出来ないことが。気持ちの整理すらできやしない。神様、なんつーもんを創ったんだ。
ふいに、身体の中に何かが滑り込んできた。魔物を殺したから、魔物を構成していた「魔」が俺に吸収されたのだ。何度やってもなれないなぁ。なんか気持ち悪いんだよ、こう、ぬるっとさぁ。
「ふむ、10分といったところか。初めてにしては良い方だな。……魔力の吸収も、問題なさそうだ」
「はい、先生……」
座り込んでようやっと返事する。10分とはいえ、全力で走ったり動いたり神経を尖らせたりしたので、疲労がハンパない。待機していたメイドさんから水を貰って喉を潤す。
「あー……しみわたるぅー」
「相変わらず、子供とは思えない反応だな……」
うん、子供の皮を被るのは疲れたからやめた。
年齢的にも12歳だったら、「ちょっとませた子」くらいで通じるはずだ。そこまで子供っぽくしなくても良いだろ。俺の精神年齢的には、もう大学生くらいだし。あんまり子供っぽいのは……痛いんだよな……。
そんな感じで少し休憩していると、先生が荷物から本を取り出した。渡されたので開いてみると、
「……魔法の、教本?」
似たようなものは読んだことがある。これはかなり丁寧に書いてあるみたいだけど。疑問を込めて先生を見上げると、先生はにやりと笑って言った。
「では、魔力も増えてきたし、いよいよ魔法の訓練に移る」
「おお……!」
独学でやってもほとんどできなかった魔法……! ついに、実物が拝めるのか。教本にはイメージが大切みたいなことが書いてあったから、実物を見ない限りは成功しそうにないんだよな。ずっと我慢してきたが、ついに俺も魔法使いに……!
「見せるのは、初歩的なものとはいえ攻撃魔法だ。しっかり離れていろ」
「はい先生!」
見ると、いつの間にかカカシが用意してあった。あれが的か。たぶん、俺がウサギ相手にえっちらおっちらやっている間に用意したんだろう。
メイドさんと一緒に下がり、わくわくしながら待つ。先生はゲームのジョブ的に言うと戦士っぽいからそこまで派手なのではないだろうけど、それでも魔法は魔法だ。
先生が、す、と姿勢を正して虚空をにらみつける。
空気が、変わった。
「我が身の糧を代償に、御身の糧を造り変えん。柔らかなる恵みの水を獰猛なる切り裂く刃に、打てよ砥げよ、我が心のままに目前の敵を屠り喰え。――《水の刃》」
ぱんっ。
カカシの首が跳ねた。
え、えええー……!?
先生の振りぬいた指先から何かが飛んだ、のは分かったけど。速い、何も見えなかった。近づいてカカシを見ると、まっすぐな切断面が濡れている。
「み、水で、切ったんですか?」
「初歩的な攻撃魔法だ。今のは丁寧にやったから速かったが……少しよけていろ」
言われた通り、カカシから離れてもう一度見学タイム。先生は再び指を向け、
「――《水の刃》」
しゅぴんっ、と水が飛んでカカシに当たった。
今度ははっきりと見えた。なるほど、詠唱を省略すると威力が落ちるのか。さっきほどの威力じゃないけど、カカシにはざっくりと傷跡がついている。
「じゃ、普通は省略して使うんですか」
「戦闘中に唱えていられるのは、後衛の魔法使いだけだろうな。前衛はほとんど使わないが、詠唱を一通り覚えておけば使われたときに対処が出来る。覚えて置いて損はない」
詠唱や、省略された呪文を覚えて、使われたときの対処も学ぶ。前衛の戦士とかは魔法に縁がないと思ってたけど……うーん、奥が深い。先生も魔法が使えるのは、そうやって覚えたからか。
「まあ、最初は丁寧に詠唱をして、とにかく覚えることだな。あとは、きちんとイメージすること。こればっかりは慣れだろう」
「はい」
「今日は私がいくつか手本を見せる。その本に載っているものは初歩的なものばかりだ、好きなのを選べ。来週までの課題にする」
「はい!」
はやる気持ちを抑えて、本のページをめくる。どうせならかっこいいやつがいい。
いや、今後のことを考えれば、才能をもらった呪術か? あ、でも呪術って使える人が滅多にいないんだっけ。じゃあ呪術は個人的に練習するとして……やっぱ、かっこいい魔法!
っていっても、本に載ってるのはどれも初歩的な魔法ばかり。火をつける魔法、辺りを照らす光の魔法、氷を出す魔法、そよ風を吹かせる魔法。う、うーん。さすが初歩。
「えっと……じゃあ、この火を飛ばす魔法、《火の弾丸》を」
やっぱり攻撃と言ったら火だろ。ちょっと「メ●!」とか楽しそうだし。ド●クエごっこができます。
先生はふむ、と頷いてまたカカシに指を向けた。ピリッとした空気。
「我が身の糧を代償に、御身の糧を造り変えん。日より生まれし火の子らよ、穿て貫け弾丸となれ、我が心のままに目前の敵を喰い散らせ――《火の弾丸》」
ぶおっ、と熱風と閃光が吹きぬけた。メイドさんたちの悲鳴や息を呑んだ音が聞こえる。
過ぎ去った火の塊は、たぶん人よりも大きいくらいだった。攻撃を受けたカカシなんて芯の炭しか残ってない。《火の弾丸》っていうか、これもはや業火の渦とかそういう感じだよ……!
そうか、きちんとした詠唱だから威力が凄いことに……リアルに「これは余のメ●だ」状態……!
「……少し、やりすぎたな」
「少しじゃないです先生、でもかっこいい……!」
「喜んでくれたなら嬉しいが……では、もう一度。――《火の弾丸》」
今度ははっきりと見えた。ぽっとサッカーボールくらいの火の玉が現れ、……そのまま、止まった?
先生の手の上で浮かんで止まっている。ちょっと手品師みたいだ。
「このように、イメージ次第では止めておくこともできる。まあ洞窟を探検するときなんかに重宝する魔法だ」
「明かりですか? ……あれ、でも辺りを照らす光の魔法っていうのがありましたよね?」
「よく気付いたな」
先生は指で火の玉を操ってふわふわと散歩させている。
「洞窟や地下の空洞なんかには、たまに魔に汚染された空気が満ちている場所があってな。そこで火の魔法を使うと爆発が起きたり、入ると具合が悪くなったりする。だから未開の場所に行くときはこれを先行させて、安全かどうか確かめるんだ」
「へぇー……?」
ん?
それって、ガスじゃないか?
元の世界で聴いたことがある。有害なガスとかが地下の空洞なんかに溜まっていることがあるから、入る前には一通りチェックするんだと。その原始的な方法が火のついたものを入れたり、小動物を先行させたりする方法。
そうか、この世界じゃガスの利用なんていらないもんな。魔法で火器は全部まかなってるから。いやぁ、環境に優しいクリーンエネルギー。ガスのことは黙ってよう。
「では、魔法を試してみるか」
「は、はい!」
そんなことより、魔法だ魔法! 先生が見せてくれた魔法を思い出し、イメージする。長い詠唱は、とりあえず本を見ながら。
「……――《火の弾丸》!」
その日は結局、魔法は成功せずに俺的黒歴史を増やしただけだった。
ちくしょう、せちがらい。