03:彼女と世界を救う理由
『あー、いきなりで混乱してるとは思うけど、あんまり長くいるわけにはいかないんだ。こっちにもいろいろと事情が……――って、ぇえ!?」
思わず、最後は第一公用語になってしまった。だって、女の子が急にぽろぽろ泣き出したんだぞ。防音しておいて良かった、なんて思いつつ、おろおろと近寄る。でも泣いてる女の子の慰め方なんて知らねーよ、俺はアーノルドじゃないんだぞ。
『ご、ごめん、いきなりだったよな。えぇっと何から説明したらいいのかな……』
『……あ、あなたも、召喚された、の?』
涙混じりに聞こえた言葉に、ぐっとつばを飲み込む。ベッドに座り込んだ彼女を怯えさせないように距離を保ちながら、ぎこちなく日本語を返す。
『悪い、俺はそうじゃないんだ……でも召喚されたって自覚はあるんだな』
『だって、なんかドラゴンいたし……言葉、全然通じないし』
ぐす、と鼻をすすって、視線を落とす。あぁ、言葉の壁は厚いよな。俺は転生して言語習得してからだったから、そこはパスしていたんだ。
でも気持ちを想像することはできる、どれだけ不安だっただろう。それで一日流されて、俺が日本語で話しかけて。あぁ、もう、もっと上手く出来なかったのかよ俺。
『い、異世界、ってやつなんだよね……』
『あぁ……その、名前聞いていい?』
『え、あ……ご、ごめん。私は、はぜ、みつき』
ハゼ・ミツキ。すぐには漢字に変換できない。っていうかハゼってどう書くんだ?
俺の困惑が伝わったのか、彼女はくすりと笑った。涙で赤くなった目を柔らかく緩ませて言う。
『海の波に浅瀬の瀬で、波瀬、光り輝くで光輝』
『光り輝くって……俺と同じかよ』
光輝。同じ漢字の名前だからっていうのも関係あるのか? 分からないけど、無関係ではない気もする。名前は大事だって言うし。
『あぁ、えっと……木戸、光輝くん?』
『うん、この姿では今キドって名乗ってる』
『この姿?』
あぁもう、俺かなり動転してるな。来る前に何を話すかとかいろいろ考えてたのに。波瀬の泣き顔で全部ふっとんじまった。
『俺はこっちに転生したから……今の姿は、ちょっと魔法で弄ってるだけって言うか』
『魔法、あるんだ……実にファンタジー』
『うんまぁそんな感じ。で、波瀬、これからのことなんだけど』
俺の言葉に、波瀬はびくりと肩を震わせた。怖いよな、でも話しておかなきゃいけない。俺はずっと傍にいてやるってわけにはいかないから。
『この世界では、異世界っていうのは認識されてない。だから波瀬のことも遠くの少数民族とかだと思ってると思う。客人扱いだし、手ひどいことはされないはずだ』
『ん……異世界召喚とかをやろうとしたわけじゃないってことか。でも、いつまでもこのままじゃいられないでしょ?』
泣き腫らした目は赤いけど、波瀬は思いのほか冷静みたいだ。まぁチャラチャラした見た目でもないし、真面目そうな子だとは思ったけど。
……メガネ似合いそうだな。髪短めだけど文学少女っぽいっつーか。いや、今はそんな事考えてる場合じゃない。
『まぁ、最低限の言葉が分かる程度になれば、保護もなくなるかな。でも俺、明日には首都を出てかなきゃいけないんだ。今は式典でこっちに来てるだけだから』
『え!? ……そっか』
『オスタリア学園ってとこに今いて……あ、名前教えとくよ。リドヴェルトって言うんだ』
こっちの固有名詞を日本語に直すと、妙な違和感を感じる。カタカナ英語みたいな、発音が平坦でわざとらしい。固有名詞だけでも第一公用語で聞いてもらうか。
『えっと……「オスタリア」学園、「リドヴェルト」って……聞き取れる?』
『あー……お、おすてゃうぃあー? るぃどうぇるてぃお?』
うん、すげぇ難しいな、これ。リドヴェルトとして育ったから違和感なく話せるけど、一からこれ覚えるのは大変そうだ。
『……えっと、ちょっとずつがんばれよ……。言葉上手く話せなくても、そのときは俺が何とかする』
『え?』
『下位とはいえ、俺は貴族の三男坊だ。女の子一人養うくらいは何とかなるよ』
へらっと笑って見せると、波瀬がうろたえて視線を逸らした。え、俺なんか変なこと言ったか? 波瀬は俯いて、ぼそりと困惑を込めて言う。
『養うって……その、どういう』
『え……あ、いや、変な意味ではなくて!』
やばい、アーノルドの言い回しに慣れきってて感覚が麻痺してた。同年代の女の子相手にそりゃない。日本人の曖昧さと謙虚さを思い出せ俺。うわぁ、意識したら顔が赤く……くそぅ、なんか恥ずかしい。元々は女子と話すだけで緊張するタイプの人間だっつーの。
『……と、とにかく、心配すんなよ。いや、不安になっちまうのはどうしようもないけど、俺が何とかするから』
『なんで……助けてくれるの?』
不安そうな波瀬の言葉に、どう答えるべきか迷う。ここで「一目ぼれしたから」とか言えたら、波瀬は楽になるだろうけど。でも、それは嘘になる。
『この、召喚……波瀬が召喚されたのは、俺のせいだから』
波瀬の顔を見ることができない。怒るか、泣くか。俺のことを信じられなくなるかもしれない。それでもここでごまかしたら、俺は今後波瀬とどう向き合えばいいかわかんねぇよ。
『そう、木戸くんのせいなんだ』
淡々とした言葉に、ぐっと胸が重くなる。見放されたかな、でも俺は責任を取らなきゃ。俺は悪くないかもしれないけど、俺が原因なのは確かだから。
と、顎を掴まれた。ぶにっと頬に指が食い込み、変な顔になる。そのまま引っ張られて、波瀬の顔を直視する。
『それじゃ、きちんと責任はとってよね』
泣き腫らした目でまっすぐに見据えて、ぎこちなく唇を吊り上げて。
震えながら笑っている波瀬は――すごく、かっこよかった。
『……は、波瀬、その、近い』
『え、あ、ごめん』
っていうか言い方! いや確かに責任取るとは考えてたけど、年頃の女の子の台詞かよ。うわぁ、やばい。俺、顔真っ赤になってるかも。放された頬に手を当てると、少し熱かった。
『えっと、とりあえずはこのまま待機なのかな。言葉、覚えられる気しないけど』
『あー、たぶん先生とかつくと思う……首都だし、いい教育受けられるんじゃないかな』
『そっか。……はー、ちょっと落ち着けたかも。やっぱり誰とも言葉が通じないってつらいね、少なくとも1人は通じる人がいるって思ったら気が楽になった。養ってくれるみたいだし』
照れくさそうに、ちょっと笑う。波瀬を直視できなくて、俺は目を逸らした。俺だって久しぶりに日本語を話せて、けっこう舞い上がってるんだ。波瀬が嬉しいのも分かる。
『いざとなったら、な。全く覚えないってわけにはいかないだろ』
『厳しいなー、もう。英語も苦手だったのに』
『生活かかってるんだからがんばれよ』
あぁ、でも、舞い上がってるのはそれだけじゃない。だって、久しぶりに会えた日本人で、日本語で会話できて。とても笑顔がかっこよくて、きれいで。
俺って、惚れっぽいのかな。
すげぇ単純だけど、世界を救おうと強く思えた。




