01:原因と諦め
熱く渋いお茶が喉元を通り過ぎ、ほぅと息を吐く。栗きんとんの甘みが緑茶の苦さで中和されて、心が落ち着く。かこー、ん、と音が鳴り響く。
「神様……」
声をかければ、神様は柔らかく笑みを浮かべて俺を見た。あー、届かないって分かってても可愛いものは可愛いな。言葉を促すように首をかしげ、さらさらと髪が流れる。
俺はそれににっこりと笑みを浮かべて言った。
「……どういうこったよあぁん?」
「うわーやっぱり怒ってるー」
「当たり前だろ、召喚失敗するって言ったのになんか成功しちゃってたじゃん! あとティルのこともうちょっと教えてくれても良かったと思う!」
とぼけるように視線を逸らす神様に、くわっと一気に言い切る。俺めちゃくちゃびっくりしたし、どうすればいいのか分からなくて。あの子は困惑していて、言葉も通じていなくて。
「……あの子、俺のせいなのか」
「どうしてそう思うの」
「制服、すぐには分からなかったけど、見覚えのある高校のヤツだった……召喚が偶然だって言うなら、こんな偶然おかしいだろ」
偶然に召喚が成功して、それが偶然俺と同じ世界から来て、偶然近所の高校の女の子だなんて。
そう考えるより、俺がいたからこうなったんだって思った方が納得できるだろ。
神様は悲しげに目を伏せて、俯いた。真っ白い空間に、気まずい沈黙が落ちる。ここにいる時でこんな思いをしたのは初めてだ。
「……そうだね、その通りだ。あの子が召喚された原因は、キミの存在にある」
「召喚は成功しないんじゃなかったのかよ」
「成功しない理由は、強いという基準が曖昧すぎるから。……逆に言えば、この世界の誰よりも確実に強い存在というのがいれば、成功する」
神様の言葉に、思わずぽかんとする。まぁ確かに、言われてみればそうかもしれないけど……それにしたって、どうしてあの女の子が? ごくごく普通の子に見えた。剣と魔法のこっちの世界の住人の方が強いように思えるんだけど。
神様は少し困ったように首をかしげ、ついと指を立てた。たぷり、と乳白色の水が半球になって現れた。もうコレくらいじゃ驚かないが……これがどうしたんだ?
「キミも知っての通り、この世界の全てのものは「魔」というもので出来ている。「魔」を水で表すと、世界はちょうどこんな感じだ」
「……え、世界って丸くないの」
本題からそれるが、ものすごく衝撃的な真実だった。たしかに天動説で習ってきたけど、それはこの世界の人が地動説を知らないだけかと……。じゃぁ世界の果てって本当にあるのか、怖いな。ん、でも月は満ち欠けしていたような気が。
「うん……まぁ、それは一度おいておこうか。えぇとね、「魔」にも違いがあって、濃いものもあれば薄いものもある。濃いほどにそれは形を崩しにくい」
神様の言葉通りに、水が形を変える。いくつかの球に分かれ、透明に近い大きなものから、圧縮された小さなものまで。一番小さなヤツは色が乳白色だから、まるで真珠だ。
近寄ってきたソレをそっと触ると、ふにんとちょっとおかしな感触。なんていうか……スーパーボールみたいな。ためしに透明に近いやつをつついたら、たぷんと指が刺さった。こりゃ、濃度って言うかむしろ密度、か。
「あぁ、確かに密度の方がわかりやすいかな。その解釈であっているよ」
「どうも。……この話をしたってことは、密度が高いほど強い、とか?」
「半分正解で、半分間違いかな」
と、水の塊がくっつき始めて二つだけ残った。一つはさっき触ったスーパーボールみたいな感触のやつ。もう一つはほんの少し濁りのあるやつ。大きさは同じだ。
「薄い方が人間、濃い方が竜だよ」
「……竜って凄い魔力持ってるって聞いたけど、確かに凄いな。形を崩しにくいって言ってたし、竜の身体が硬いのはそのおかげ、か?」
「あぁ、誰だって世界の土台は崩しにくいだろう? それは世界が最も濃い力で出来ているからだ。竜はそれに近く、人間はそれから遠い」
なんだか大きくなった話に頭を掻いて、口に栗きんとんを放り込む。うん、自然な甘さがおいしい。温くなった緑茶で流し込んで、一息。たまに休憩しないと頭がついていけない。
「それで、それが召喚とどう繋がるんだ?」
「うん、それじゃ今回召喚された子を表すと……こんな感じかな」
ふわ、と二つの球の隣にもう一つ同じ大きさの玉が浮かんだ。色は人間と変わらない、少し濁って半透明ってとこだ。また指を刺したくないからゆっくりと指先でふれ、
「……あれ? え?」
刺さらなかった。っていうか硬い。半透明だけど水じゃなくて、ガラスか何かみたいだ。拳を握って叩くとゴンと音がした、つか手が痛い。
「竜より、硬い……」
「キミの世界には魔なんてない、別のもので構成されてる。その結果、見た目は人間と変わらなくても、とても硬い存在がノーマルになっている。……この世界の誰よりも、確実に硬い存在ばかりなのさ」
「えっと、俺もそうってことか?」
「キミは転生したから肉体はこちらの普通の人間だよ。魂と言う情報の部分だけつれてきたから」
まぁ、そうだろうな。じゃなきゃ俺が無双して勇者になってるよな。
ってことは、基本的に元の世界の人間はこっちの世界の人間よりも硬いってことか? 竜みたいに歯が立たない。それはたぶん、強いってことだ。
「あー、だから召喚の条件に合って、向こうの世界の人間が来た、ってことか」
「うん、まさかそこまで強力な魔法陣を創るとは思わなかったけど……竜の生き血がいい素材になったんだろうね。高密度の魔なんだから」
「竜、か」
神様はティルに会わせるため……というか、結果から考えると俺にティルが自分のことをバラすきっかけを作るために竜を生け捕りさせた。それが巡り巡って召喚を成功させた。
「神様だったら予測してそうなんだけど?」
「だから、言っただろう。成功しても、竜が召喚されるくらいだろうって。……誤算はもうひとつ、キミにある」
「俺? いや、俺のせいで召喚が成功した、んだったか」
召喚が成功したのは竜の生き血があったからだ。なのに竜ではなくて俺の元いた世界の人間がより強い存在として連れてこられた。わざわざ、異世界から。
「キミをこちらに呼ぶときに、魂だけを連れてきた。形のない情報だけだから大丈夫だと思ったんだけど……そのときに、こちらと向こうの境目に小さな穴みたいなものが出来たんだ」
「穴が開いていたから、より強いヤツがいる方から連れてきた……?」
「おそらく、そうだろうね」
世界の境目に、俺が転生したことで小さな穴が開いた。召喚魔法はより強いものを喚ぼうとした。小さな穴からむりやりに、強いものを喚びつけた。
口が渇いて、冷めてしまった緑茶を流し込む。苦い。
「……俺の知ってる高校の子だったのも、関係あるのか」
「キミが通ってきた穴だからね、キミに近いものを連れてきたんだろう」
「そりゃそうだ……何から何まで俺のせいかよ」
あの子は突然見知らぬ場所に連れ去られて、何百と言う人にじろじろと見られて。言葉は全く通じずに、有無を言わせぬままに会場を連れ出されて。俺はその間、何もしなかった。
出来なかったとも言える。俺は勝手に発言できる立場にないし、ついていくこともできない。情緒不安定なティルから離れるもの危険だった。追いかけることを、ひどくあっさりと諦めた。
「でも……俺だけしか、わからなかったのに。俺はあの子を無視したんだ」
ぐっと俯いて目を瞑る。勇者にも主人公にもなれない、諦め癖のついた俺が、どうしようもなく情けなかった。




