16:恋愛話と予想外
湧き上がるあくびをかみ殺して、滲んだ涙をこっそりと拭う。式典の最中に居眠りするわけには行かないからな。隣に立つティルも眠そうだ。まぁ昨日はほとんど寝れなかったし。
あの後、部屋に戻ってそこから俺の質問攻めだった。思念や竜の生態について、ティルの身体について、竜の魔法について。
知りたいことはいっぱいあったが、いかんせんティルも答えが分かっているわけじゃない。大概の回答は「分からない」だった。
結局、俺の熱意は徒労に終わった。まぁ収穫もあったけど。
冬の長期休みの間に、ティルの家族に会いに行くことになったんだ。つまり、竜の群れ。正直ものすごく怖いが、ティルが一緒にいれば襲われることもないだろうし。何より竜のことは竜に聞くのが一番だろう。
「あふぐ……っ」
あくびをしようとしたティルを影でどつく。遠慮も力加減もなしだ。こいつの身体が人間レベルを超えた丈夫さだってのは分かったし、むしろ全力でやっても問題ない。
じろっと睨むと視線をふよふよと逸らした。一応、自覚はあるらしい。まぁ出会った頃に比べれば「何がいけないのか」は分かってきたようだし、人間味が増している。
ふむ、俺の今のところの目標は、ティルをより人間にしてやることなのかもしれない。自分自身のことを竜よりの存在だと思ってるみたいだし。最終的には人と竜の架け橋になってもらうんだし、人間のことをもっと理解してもらうべきか。
「……はぁ」
こっそりとため息。ティルと友達になったし、なんとかなるって思ってたけど……まさか竜とはなぁ。天然だバカだと思ってたけど、文化や種族まで違うとは思わなかった。いや、種族は人間なのか、……人間(仮)くらいか。
と、空に打ち上げられていた魔法が止まった。新しい魔法のお披露目がようやく一段落したらしい。この後は茶会でちょっと腹を満たし、夕方の召喚魔法のはずだ。その間に少し仮眠も取れるだろう。
「やっと終わったか……これで眠れる」
ぼそっとジュスターが呟く。同じことを考えていたのか。その場を去ろうとするジュスターの腕を取り、ちょいちょいとアーノルドを呼ぶ。
「ねぇ先輩どう思います。こいつ昨日、部屋に帰ってこなかったんですけど」
「うむ報告は受けている。今朝、とある女子に割り当てられた部屋からジュスターが出てきたのを見たとな」
そう、結局ジュスターは部屋に戻ってこなかった。戻ってきてたらそれはそれで邪魔だったかもしれないが、それはそれでこれはこれだ。俺が寒い思いをしてティルの暴露話を聞いている間、こいつはミレーヌの部屋でぬくぬくとしていたのだ。
「いや、その、部屋の鍵を忘れてしまってな。出るときは一緒だったから気付かなくて」
「で、ミレーヌの部屋に一晩泊まったと」
「ダンスに誘った女性の部屋にその晩のうちに招かれるとは、なかなか君もやり手のようだね」
「だ、だから違うんだ、オレは何もしていない!」
「何が違うと言うんだ! むしろあのおっぱ……ミレーヌ嬢と一夜を共にして何もないとか馬鹿だろう!」
君はそれでも男かね! とアーノルドが叫ぶ後ろで、他の代表生の男子たちも頷く。ミレーヌ、美人だし優しいしスタイルいいし、人気あるんだよなぁ。ずっとジュスターがくっついてたから何もなかったけど、変な事件でもおきかねない女の子だ。
というかアーノルドがいつの間にか人心掌握してる。ふざけたこともするけど、カリスマっていうか……第一貴族のご子息らしいというか。人の上に立つにふさわしい感じだよなぁ。
と、くいと袖が引かれた。見れば、ティルが首をかしげている。あぁうん、こいつは全く理解してないな。
年齢的に分かってもいいと思うんだけど、竜のご両親はその辺り教えてなかったんだろうなぁ。竜って卵生だし、人間のこういうのは全く知らないんだろう。
「リド、ジュスターはどうして責められてるの? いけないことしたの?」
「あー……ミレーヌを独り占めしたから、かな」
それ以上はちょっと……俺の口からは言いづらい。同年代の男になんでこんなこと教えなきゃいけないんだ。どうにもならなくなったらアーノルドに押し付けよう。あいつなら顔色を変えることなく淡々と説明してくれそうだ。
「つかティル、お前は好きな女の子とかいねぇの? タイプとか聞いたことないな」
キドの姿でも聞いたけど、改めて聞いてみる。今まで竜に囲まれて過ごしてきたんだから、当然理想の女性像って言うのも違うはずだ。竜のことも教えてもらったし、素直な意見を聞いてみたい。
「好きな人は居ないけど、好きなタイプなら……ほ、他の人には言わないでね?」
「おう、どんな人が好きなんだ?」
この恋愛のカケラもないようなこいつが、ちょっと恥らうとは。少し照れくさそうに頬を染めて、俺にだけ聞こえるようにこっそり言う。
「えっとね……鱗艶のいいヒト、かな」
せめて哺乳類にしてほしかった。
+++++
ティルの特殊嗜好がこっそりと暴露され、お茶会はのんびりと終わった。うん、オリヴィエの熱烈アタックにも反応しないなぁと思ってたら、そう来たか。あれだけ可愛い女の子に囲まれても嬉しそうじゃなかったのはタイプから遠く外れてたから。
鱗は、予想外だった……。
まぁ、竜に囲まれて生きてきたんだもんな、美醜感覚もそりゃずれる。聞いたところ、竜の間でモテるのは鱗の状態が良く魔法がうまい竜なんだとか。竜基準で考えれば、ティルの嗜好は一般的なものってことだ。
にしてもラブ&ピース作戦は暗礁に乗り上げたどころか山に登ったな……これはもう、ティルによっぽどのことがない限り無理だ。亜人とか獣人的なものがいない世界だからな、鱗のある人種とかいたら望みがあったんだが。
くそう、いい作戦だと思ったのに。
仮眠でついた寝癖を直して、俺はちらりと周囲を見渡した。今までの会場のような華々しい装飾はなく、とても質素な部屋のつくり。中央が見やすいように見物席は段になっていて……部屋は四角いけどコロッセオみたいだ。
その中央に、巨大な魔方陣が描かれていた。複雑な模様が絡み合い、見たこともない文字がうねっていて、両端にぽっかりと何も書かれていない丸がある。
と、不意に悲鳴が上がった。そちらに目を向けて、俺も出かけた悲鳴を飲み込む。竜が、部屋に入ってきていた。台車で運ばれ、魔法か薬かで眠らされているのかピクリとも動かない。ちらっと横を見ると、ティルが不安そうにそわそわしていた。昨日楽しそうに抱きついてたし、ラルォさんが心配なんだろう。
観衆がざわめく中、ラルォさんを乗せた台車が丸い空白に止められた。そこに剣を持った若い男が近寄って、観衆を見上げる。
「皆様、ご安心ください。この竜は眠らされており、何があろうと起きることはありません。今回の魔法を使うにあたり、必要な材料として生け捕りしたのです」
材料、の言葉に、俺の隣でぶわりと威圧感が膨れ上がる。ティルが、見たこともない顔で男を睨みつけていた。いつもふわふわと笑っているティルが、敵意を込めて睨みつけている。
「……ジュスター、ティルがヤバイ。俺だけじゃ止められそうにない」
「あぁ、俺でも厳しいかもな……アーノルド先輩にも伝えておこう」
何が起こったのか分からないだろうに、ジュスターは的確に判断した。ティルの逆鱗に触れるものがあったのは確かすぎる。奨学生として実力も確かなティルだ、俺とジュスター2人がかりでも危うい。
振り払われるかもしれないが、一応ティルの腕を掴んでおく。ティルはこちらを見ることもなく、ただ男を見下ろしている。ジュスターが戻ってきて反対側の腕を掴んだ。少し離れたところにアーノルドもいる。なんとかなってくれ。
見下ろせば、一通りの演説を終えたらしい。若い男が合図をすると、同じように剣を持った男たちがラルォさんを取り囲んだ。すらりと抜かれた剣はどれも同じ淡い緑の短剣、だが大量生産の安物じゃない。
「これは竜の鱗を研いで造った、特別な剣です。これで、召喚の準備は全て整います。……さぁ、ご覧下さい、奇跡の起こる瞬間を!」
声と共に、いっせいに剣が振り上げられる。竜の鱗を研いだ剣、つまり、竜の鱗を裂くことが出来る剣。息を呑む一瞬に剣が振り下ろされ、固いものが割れる音が響く。
「――ッ!!」
口を塞ぎ、暴れだす腕を押さえ込む。反対側ではジュスターも必死に腕を掴んでいる。アーノルドも後ろから押さえ込み、三人でようやっとティルが飛び出すのを止めることができた。本気で振り払われたら難しいかもしれないが、ティルも動転しているのか力が出ていない。
「大丈夫だ、ティルっ。だから落ち着けっ」
小声でティルに言うと、ティルはようやく身体の力を抜いた。というか、顔を青くして呆然としている。目の前で親しい存在に剣が振るわれたんだ、当然だ。広間に、生臭い匂いが充満する。
見下ろすと、ラルォさんの身体につきたてられた剣が抜かれて血が広がっている。材料って、竜の生き血か? よく見ると呼吸しているのは分かるし、死んだわけじゃない。さすが竜ってところか。
それでほっと息をついて、――俺は目が潰れるかと思うほどの光の奔流に飲まれた。昨日の夜から目にダメージ受けまくってるな俺! 手で影を作って目を凝らすと、竜の血が触れたところから広がるように魔法陣が光っている。光の線が走り、部屋中を淡い緑の光が強く照らした。
これ……失敗するんだよな? 神様の言う通りにこれは失敗して、終わるはずだ。まさか竜の血を使ったから竜が召喚されるとか……そうなったらティルに活躍してもらうしかない。
「く、ぅ……ッ!!」
強い光はどんどんと高まって、ばしぃんと弾けた。反射的に目を瞑るが、目蓋の裏までちかちかする。そっと目蓋を開いて様子を窺うと、他の人たちも同じようだ。
まだぼんやりとする目を擦り、部屋の中央へ視線をやる。竜が召喚されてたらどうしよう、と恐る恐る覗き込んで、
『……、嘘だろ、おい』
呆然と、言葉が零れた。ジュスターが不思議そうに俺を見ているけど、そんなのは後回しだ。
黒い髪、黒い目。黄色い肌。濃紺のブレザーに、プリーツスカート。ぼんやりとした顔でゆっくりと周囲を見回して、困惑を浮かべる。
唇が、動く。
『ここ、どこ……?』
かすかに零れた“日本語”を確かに聞いて、俺は天を仰いだ。
神様、話が違うじゃないか?
2章「ハーレム&チートスペック」終了。
書き溜めるため、少々更新に間が空きます。
3章「ヒロイン&サモンコール」(仮)に続く。




