15:竜と竜の仔
「……《灯る光》!!」
「ッ!!」
咄嗟に、固く目を閉じて初歩の光の魔法を目の前に出現させる。このくらいだったら詠唱を省略してもなんとか発動はする、本来の力よりも弱いけど今はそれで十分だ。暗闇に慣れきった目への目潰しなんだから、ちょっとの光で十分すぎる。
っていうか目蓋越しに俺も眩しい、ちかちかする。光自体はすぐに消えたけど、これ、自爆技だな。
「っつか、ティル、お前何するんだよ……危うく死ぬところだっただろうが」
「え……り、リド?」
苛立ち紛れに、足元に転がったティルを軽く蹴る。ティルは視界が利かないのかふらふらと立ち上がり、何度か瞬きをした。それから確かめるように俺を眺め、困ったようにナイフに視線をおろす。
「とりあえずナイフはしまってくれ。俺相手にそんなもん向けるなよ」
「いや、でも……っていうか、なんでリドがここに?」
「その質問、そっくりそのままお前に返すよ」
俺の言葉に、ティルはぐっと黙り込んだ。それを無視して、今度は威力を加減した《灯る光》を出す。月明かりくらいの淡い光だが、衛兵に見つかるわけにも行かないしな。後、まだちょっと目が痛い。
仄かな光に照らされて、さっきも見えたソレがはっきりと見える。光にまたたく鱗、大理石みたいな爪、少し反りのある角。
竜。……たしか、この形は「泳竜」ってタイプの水辺に生息するやつだ。首都から西に数日行ったところに群れがいるって聞いたことがある。いわゆるワイバーン型の「翼竜」よりも小型だって聞いたけど……十分にでかい。身体が長いし、4リアスはあるか。
「本物、なんだよな……」
俺の声に反応したように、とろりと目蓋が上がった。深緑の身体に、きらりと濁った金色の目が光る。ティルはそれを見て、困惑を浮かべて竜に駆け寄った。っておい、大丈夫なのか。
いや、さっき擦り寄ってるのを見たから、安全なんだろうとは思うんだけど……だめだ、怖くて近寄れない。ビビリとか言うなよ、大人しいんですよって言われてもライオンの檻には入りたくないだろ。
「ティル……その、大丈夫、なのか」
「うん、平気。リドも来て」
来てって、そんな簡単に……。一つため息をついて、手のひらに浮かせた《灯る光》を片手にちょっとずつ近寄る。うわぁ、近寄るとなおさら怖ぇ。地面に伏せた顔がすぐ目の前だ。
不意に口笛みたいな、小鳥のさえずりみたいな音が聞こえた。怪訝に思う間もなく、ふわりと優しい色の光が鼻先で光る。と、ティルがおもむろに俺の手を掴んで、
「ひっ……!!」
ぺたり、と光る鼻先に手が触れる。うわああ、なんか固い、意外とすべすべしてる、仄かにあったかい!! ちょっと悲鳴と涙が出ちゃっただろ! 身体張った芸人じゃねーんだぞ、ワニでも怖いのに竜にいきなり触らせるな!
“やれ、面白いな。愉快な人間の子だ……む、聞こえているかね”
「え、聞こえ……え?」
頭の中で声が響いた。いや、声って言うより、もっとバクゼンとしたものだ。音としてはっきりと聞こえるわけじゃなくて、でも確かにそこに込められた意味は分かる。優しくて、暖かい。
「まさか……竜、なのか」
“あぁ……我は水に生きる者、呼び名をラルォと言う”
「あ、俺はリドヴェルトといいます、えー、せ……何? えっと、ラルオさん?」
いきなり躓いた。聞こえるっていっても音じゃないから、上手く言葉に出来ない。ティルはふるふると首を振って、ゆっくりと言う。
「セシェオクシゥディの、ラルォさん」
「ら、るぉ、ラルォさん? ……その、セシェ何とかってのは」
「水辺に住んでいる竜。えっと、ラルォさんみたいな姿のこと」
「あぁ、泳竜のことか……って、あれ、お前聞こえるの?」
てっきり俺とラルォさんの2人(?)だけに聞こえているのかと。ティルは嬉しそうに頷いて、ぺたぺたと鼻先を撫でた。ラルォさん超撫でられてるけどいいのか。
「僕は昔から竜の思念が聞こえるんだ。人間には聞こえないから、リドは竜の魔法で通じるようにしてあるの」
「……あぁもう、どっから突っ込めばいいのか分かんねぇ。お前は一体何なんだ」
竜の思念、竜の魔法。きっと聞こえたアレは竜の言葉なんだろう。それらをティルは聞き取り、意味もよく分かっている。そして、人間には聞こえないと言った。
ティルは迷うように目を伏せ、しかし顔を上げて言った。
「僕は竜に育てられた。竜の血を受けた竜の仔なんだ」
+++++
ティルには昔の記憶がない。気付いたら竜の谷で死にかけていたらしい。
崖から落ちて死にかけていたところを、不老不死の薬として名高い竜の血を与えられることで生き返ったんだとか。いや死んだわけじゃないけど、死ぬ寸前までいっていたらしい。
まぁ、本当に不老不死にはならないようだ。少なくとも成長している。ただ副作用と言うか、人間としてはありえないほどのハイスペックな身体になった。ティルの強さの秘訣はこれか、そりゃ強いはずだ。いわば後天的な半人半竜。
ティルはそれ以来、ずっと竜の谷で竜の子供として育てられた。
竜にはなかなか子供が生まれなくて、群れ全体で寂しい思いをしていた。だからティルは竜たちの子供として暖かく迎えられた。それに、竜は思念が通じれば仲間って認識らしい。ティルは竜たちにとっては、人間ではなくて竜だった。
でもどんなに人並み外れていても、周りが竜だと思っていても、ティルのベースはあくまで人間だ。年をとって、群れの誰よりも早く死ぬ。誰とも愛し合わず、子供を作らず、たった一人で死んでいく。
だから群れから出され、学園に入学することになった。同年代の友人を作り、いずれ人間として生きるために。ティルは嫌がったらしいけど、卒業したら自由に生きてもいいという約束をしたらしい。
「僕は、すぐに谷に帰るつもりだけど。人間に興味はないから」
「……話せって言っておいてなんだが、凄ぇ人生歩んでるな……」
「うん、僕もちょっとそう思う」
一通りの話を聞いて質問をして纏めたけど、……これって神様が絶対に絡んでるよな。勇者を作ったって言っていたし、たぶんこいつの人生は神様に作られたんだろう。
竜と人の和平を結ぶためだけに、用意された勇者。
人間だけど、竜の思考を持つ。人と竜の架け橋になる勇者。
俺に人間側の知識が必要だと言ったのも分かる。こいつは人と竜が対立したら、間違いなく竜の味方につくからだ。その結果として、人間を滅ぼし世界を滅亡に追いやる可能性を持っている。
だから神様は、勇者に友達を作れと言った。人間に親しみを覚えれば、人と竜の間で公平を保てる。人間として生きていこうと、ティルが思える。
そうして、俺がここにいる。
「なるほど、な……」
とりあえず、神様が言っていたことには納得した。でも次会ったときには凄くどうしようもない怒りに突き動かされそうだ。神様、もうちょっと教えてくれたって良いんじゃねぇ? さすがにティルが竜に育てられたとか予想外すぎる。
あーまぁ、常識が欠けてるのもそのせいか。竜の谷だったらサバイバル生活だろう。すぐ騙されるし空気読めないのは、今までずっと思念に頼ってきたから。思念は嘘をつかないらしい。
人間として生活することに、慣れていないのか。そこはしっくりくるけども。
「で、何でいきなり襲い掛かってきたんだバカ」
「う……に、人間に知られたら口を封じておけって……お父さんとお母さんが」
「この上なく正しいが、友人に向かってそりゃねえだろ。別に言いふらしたりしねぇよ」
まず間違いなく頭がおかしいと思われる。俺は神様に言われてたし、実際に思念とやらで竜と話しちゃったから信じるけどさ。
っていうかこいつの言ってる「お父さんとお母さん」って竜のことだよな。……どーりで、竜の鱗とかが手に入るわけだ。両親に貰ったってそのままの意味か。あれ親御さんの鱗か。
「あと、どうしてここに竜がいるって分かったんだ」
「思念が聞こえたから。独り言みたいな感じで、歌ってた。その思念を辿ってきたの……家族以外の竜に会うのは初めて」
“お前は竜の間でも有名だよ、ティル。人間でありながら竜の仔でもあるなんて、不思議な存在だ”
「過去にティルみたいなヤツはいなかったんですか?」
ラルォさんの思念に、思わず問い返す。ちなみにもう触ってない。一度魔法で繋いだら、別に触ってなくてもいいみたいだ。あの魔法便利だな……カンニングに使えるかな。
っていうかティルみたいなヤツは歴史を紐解けば居そうなんだが。竜に認められた存在が祝福みたいにして血を飲むとか、瀕死のところを竜に助けられるとか。そのくらいだったら過去に何件かありそうなものだけど。
“不老不死の妙薬と、人間は言っているのだったか。だが竜の血は強すぎ、脆い人間には毒になる。普通は過剰に反応して死んでしまうだろう”
「妙薬じゃなくて毒!?」
薬もいきすれば毒というか、毒も薄めれば薬と言うか。神様が可能性でも弄ったのかもしれない。なんていうかホント、めちゃくちゃだな。世界のために、奇跡をいくつも起こしてまでして、ティルは作られたのか。
ティルはしゃがみこんでラルォさんの鼻先に身を寄せて、おずおずと言った。
「ごめんなさい、リド。隠していて……」
「隠して当然だろ、こんなこと。俺だって秘密の一つや二つあるっつーの」
神様とか転生とか異世界とか。抱えている秘密で言えばティルよりヤバイかもしれない。俺の言葉に、ティルは目を丸くして、それからゆっくりと苦笑を浮かべた。
「人間って、そういうものなのかな」
「そりゃまあ、竜ほどにあけすけじゃないだろうな。……さて、そろそろ部屋に戻ろうぜ。俺寒いんだよ」
自分の恰好を示して言うと、ティルは納得したようで頷いた。ラルォさんをじぃっと見て頭を下げて、それを見て俺も真似をする。おぉ、いつもの逆だ。何か面白いな。
「帰ろうぜ、ティル」
「うん」
こいつにはまだまだ聞かなきゃいけないことがたくさんある。とりあえず部屋に戻って暖かい飲み物でも飲んで、それからゆっくり話そうじゃないか。




