14:スタートラインと敵意
1人2人と姿を消す人が現れ始めた頃、俺とティルはさっさと会場から抜け出して割り当てられた一室に戻っていた。四泊五日とはいえ、城の一角で寝泊りできるってのは豪勢だ。ティルとジュスターと三人で使っているけど、広いから不便も感じないし。
ルドルフに会うとは思ってなかったから、精神的にちょっと疲れた。さっさとシャワー浴びて着替え、ベッドに倒れこむ。ティルは窓際のベッドでそわそわとドアを見つめた。
「……ジュスト、帰ってこないね?」
「案外、今夜は帰ってこなかったりしてな」
ミレーヌとずいぶん親密になってたし。
初等部組唯一の女性ということで、ミレーヌは小さめの一人部屋を当てられている。小さいと言ってもまぁ、寝泊りするには十分すぎるくらいだろう。1人追加しても余裕がある程度には。
俺の言葉の意味が分からなかったらしく、ティルは首をかしげていた。うん、まぁ、ティルはこうだよな。こいつなら「赤ちゃんはコウノトリが運んでくる」とか言っても違和感ない。いや、コウノトリ的なものがいるかは知らないが。
「まぁ、鍵は持ってるし大丈夫だろ。明日はいよいよメインなんだし、さっさと寝ようぜ」
「うん、おやすみリド」
「おう、おやすみ」
布団を被って、枕の柔らかさと一緒に堪能する。さすが城、リネン一つとっても最高級だ。オスタリア学園の寮も品質は良いけど、さすがに何年も使ってるやつだし。
そのままうとうとと目蓋が下りて、心地よいまどろみの中に沈んでいく。そして、
「追いかけるんだ」
「え?」
気付けば、視界いっぱいに白が広がっていた。余りにも唐突過ぎるそれにぽかんとして、目の前にせまる神様に顔を赤くする間もない。
「え、か、神様? 何で急に……追いかけるってどういうことだ?」
いつもの真っ白い空間、でもいつもみたいに和室はセッティングされてない。初めて来た頃のように、本当に何もない真っ白。そこに座り込んで、神様が目の前に立っていて。
神様にまた呼ばれた、みたいだ。でもなんでだよ、前に会ったのはついこの間だ。追加で言うことがあった、って感じでもないよな?
神様は膝立ちになって、ちょうど座り込んだ俺と視線の高さを合わせた。真珠色の目がきらきらしている、何かいつも以上に嬉しそうに表情が綻んでいる。
「ようやく、このイベントができた。長かったな、これでキミはスタートラインに立てる」
「スタート、ライン?」
俺はまだ、そこにすら立っていなかったのか? これから立つことになる? 混乱する俺に神様は微笑んで、子供に言い聞かせるみたいに言う。
「ボクがキミに言わなかったこと、その大きな真実が明かされるイベントがやってきた」
「イベント……そうだ、ティルと竜」
首都に、状況から考えれば城に生きた竜がいる。今回の式典はティルが竜と出会うために用意されたもののはずだ。もう二日目の夜、明後日には城を出なきゃいけないのに。竜がどこにいるのかすら分からないままだ。
「行っておいで、追いかけて」
神様の手が頬に添えられる。前は意識できなかったけれど、とても小さな手だ。かぁっと顔が熱くなったのが自分で分かる。神様の顔が近づいて、そっと耳元に声。
「窓から下りて北へ。そのまままっすぐ。そこで回答がある」
「……かみ、さま」
言葉の意味を考える間もなく、ふっと意識が引き戻された。目を開ければ薄闇の中にぼんやりと美しい調度品が見えた。
また、頬にされた。やばい、凄いドキドキする。……いや、それは今考えることじゃない。神様はなんて言った? 確か、そう、追いかけろって。
見れば、窓際のベッドには誰もいなかった。しんとした部屋の中には、俺の気配だけ。
騒がしさを感じないし、もうパーティーはお開きなのだろう。そんな時間に城の中を勝手に歩き回るなんて、ばれたら前科ものだ。俺まで行ったら、アーノルドにも迷惑がかかるかもしれない。
「……ったく、せっかく神様に起こしてもらったんだし。行くしかないだろ」
上着だけをとりあえずはおって、俺は開けっ放しの窓から身を躍らせた。スタートラインとやらに立つために。
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ティルの姿はすぐに見つかった。ようするに、こそこそしているやつを探せばいいんだ。さっさと追ったのも良かったんだろう。
呪術で姿を消して、見失わない程度の距離を保ってついていく。今は、言葉を発さない限りは誰にも視認できないという条件だ。息を止めるほど難しい条件じゃないから、見えないだけで音とかは聞こえてしまう。条件を厳しくしないと本当に見つからない術は組めない。
ティルは少し迷いながらも、どこか明確に目的地が決まっているみたいだ。時折立ち止まっては、こそこそと……いや、シュバって感じで移動する。お前は忍者か。
って言うか寒い。寝巻きにブーツと上着だけだからな、8月も半ばを過ぎるとぐっと寒くなってくるし。ティルはきちんと着替えてるみたいだ。しかし何故にわざわざ制服。まぁ確かに、防寒目的にはちょうど良いかもしれないが。
泣き言を言いたいのを堪えてティルの後を追うことしばらく、衛兵もほとんど見かけなくなった頃に、ようやく到着したらしい。ティルはきょろきょろと辺りを見回した後、石造りの倉庫のようなところに入っていった。
ティルのヤツ、何をする気だ。っていうかこれ、何だ? 倉庫にしては見張りもいないなんておかしくないか?
「……はぁ」
息を大きく吐き出すと、術が解けた。くそ、やっぱり条件が甘すぎ。声っていうか、吐息でアウトかよ。まぁ周りに人がいないから良いけど。
ティルにも見つからないようにもう一度術を掛けなおして、そっと倉庫の中に身を滑らせる。かなり暗くて、よく見えない。明かりはないみたいだ。でも何か物音は聞こえるし、ティルがいるのは間違いない。
後、入ってから気付いたけど、妙な匂いがする。水って言うか沼って言うか、倉庫の中にいるのに川辺にいるみたいな匂い。目が慣れてきて見回すけど、タルとかも見当たらないし水気はないのに。
ぼんやりと、暗闇の中で輪郭がはっきりしてくる。空気穴から差し込んだ細い光がまぶしく感じるくらいだ。目を細めて、何か物音のする方向をじっと見る。じっと目を凝らして――俺は喉までせりあがった悲鳴をぐっと飲み込んだ。
竜が、いる。
見た目はワニみたいな形で、でも頭には滑らかな角が四本生えている。水みたいな匂いはそれから感じた。大きさは、かなり大きい。俺やティルなんか一口でぱくりだろう。
その口のところに、鼻先にティルはうずくまっていた。すっと血の気が引くが、でも血の匂いはしない。襲われたわけじゃないのか。むしろ、なんていうか……頬をすり合わせ、キスするみたいな。
「……てぃ、る?」
呆然とした俺が零した声にティルがばっと顔を上げて、
「……ッ!!」
――ナイフを抜き、俺に襲い掛かった。




