11:召喚と生け捕り
練りきりをつんと突き刺して、一口に食べる。うーん、結構甘いんだな。抹茶と一緒に食べるからか? 苦味の強い緑茶で喉の奥に流し、はぁと一息。
「……で、どういうことだよ神様」
「その前に挨拶挨拶。久しぶりなんだし」
かこーん、と真っ白い空間にししおどし。いや本当に久しぶりだな、ここに来るの。前来たのはティルが勇者だって知ったときだから……うわ、三ヶ月ぶり。いやまぁ、傷心が落ち着いてきたからちょうどいいかもしれないけど。
「そして意外とキミ、平然としているね……気を使ったボクが馬鹿みたいじゃないか」
「まぁ、三ヶ月もあればな。それに、正直ティルの相手するのが大変で考えるヒマもなかったし」
それを思えばあの忙しい充実した日々も悪くない。そもそも、神様と人間じゃ時間の感覚もだいぶ違う気がするし。神様にとってはあっという間かもしれないけど、俺にとっては長かったんだ。
「久しぶり、神様。……で、本題なんだけど」
「うん」
「召喚って、どういうことだ?」
異世界で召喚、ときたら。勇者が召喚されたり、召喚されたのが勇者になったりするフラグがびんびんだ。しかも強そうなやつをピックアップして召喚するって言っていたし。もうこれ勇者召喚だろ。
神様はふむぅ、と唇をちょっと尖らせて、少し困ったように口を開いた。
「前もね、召喚自体はあったんだよ。でも結局失敗に終わったから忘れてたんだ」
「失敗?」
「強い、なんて曖昧な基準で召喚が成功するような世界じゃないからね。ただ単に強い個体って言うなら竜になるし」
あぁまあそりゃそうだ。別にわざわざ異世界から召喚するなんていってないしな。というかそもそも、別の世界なんてものは認知されてない。勇者って言えば普通は皇国の初代国皇を指すし。
普通に考えれば、同じ世界からの召喚。でも強いの基準が曖昧だから成功しない、と。
「ティルって凄い強いんじゃないのか?」
「人間基準で考えればスペックは高いだろうね。でも竜より弱いし、技術はないし」
「そういえばエーフィ先生に投げ飛ばされてたか……」
初回の事故と言うか事件と言うか、リリーアンジェを医務室送りにした件でティルは武術演習に参加できなくなってる。その分、授業終りにエーフィ先生とティルの一騎打ちをやるんだが……ティルは投げ飛ばされてばかりで勝ったことはない。
動きが単調で、面白いくらいフェイクに全部ひっかかるもんな。歴戦の猛者にはかなわないわけだ。
ちなみに避けるたびに大地が抉れる拳を数分間向けられながら、エーフィ先生は超楽しそうだ。まさしく狂戦士。ハーレムたちとは違った意味でティルにご執心のようだ。
「じゃあ召喚で異世界から人が来ることはないし、ティルが召喚されるって事もないわけだ」
「そうだね、まぁ竜が召喚される可能性の方が高いくらいかな」
「……そうなって欲しくはないな……」
式典で竜を召喚しちゃった、とか。大事件になるわ。……いざとなったら逃げる覚悟だけはしておこう。戦うとか無理だし。
緑茶で口を湿らせて一息つく。とりあえず、不安は残るがまぁ大丈夫だろう。神様が積極的に可能性を弄らない限りは。うん……まだ竜と対面する勇気は持ち合わせてない。
「大丈夫だよー、そんなことする意味ないし」
「そっか」
「わざわざ喚ばなくてもいるし」
「そっ……待て」
聞き間違いか。なんか意味の分からない言葉が聞こえた。あぁ、神様のジョークだよな、あはは。
「いや、いるんだって。首都に竜」
「……剥製?」
「いやいや、生きたやつ。生け捕りしたんだよね」
「できんの生け捕り!?」
え、竜ってめちゃくちゃ強いのに生け捕りされるの!? 弱い魔物を生け捕りして訓練につかうこととかはあるけど、それとは比べ物にならないだろ! 軍を出動させても倒せないような生き物だろ!?
「うーん、基本的に竜って大雑把なんだよ。殺されそうになったら反撃するけど、生け捕りだし。まぁ、死ななきゃいいかな、みたいな感じじゃない?」
「非常にアバウト!」
俺の中の竜のイメージが……自然と共に生きる気高い生き物とか、そういう感じだったのに。そんないい加減なやつらなのかよ。
神様は苦笑して、練りきりをぱくりと平らげた。微妙な表情を浮かべているだろう俺に楊枝を向けて首をかしげる。
「まぁ今後のことを考えればいいチャンスなんだよ。あの子のこと、よぅく見張っておいてね」
「……何か、仕組んだのか」
「ボクが仕組んだのは竜の生け捕りだけ。召喚もそうだけどね、後は人間が勝手にやったことだよ」
召喚とかがなかったとしても、竜を生け捕りに出来たってことで式典は開かれてただろう。そしてオスタリア学園の代表が選ばれる。ティルは奨学生でアーノルドとも顔見知りだ、出席はほぼ間違いない。そうなれば俺も、ついていくことになる。
多分、これは、神様がティルと竜をあわせるためだけに仕組んだこと、か。場所が首都なのは、学園じゃ竜を生け捕りするだけの力がないから? まぁそこまでは分からんが、とりあえず大事なのは一つ。
これは神様の用意したイベントだ。絶対間違えられない。
「はぁ……、まぁアーノルドの頼みだし、ティルから目を離すつもりはなかったよ」
「うん、あの子をよろしくね」
そう言って、神様はふっと身を寄せた。あれか、恒例のあれなのか。覚悟は出来るけど、なんか照れくさいしどんな顔すればいいか分かんねぇ。
むにっと頬に手が添えられて、神様の顔が近づいて――って、あれ、何かいつもと違うような……?
「……っ」
髪がふわふわと舞って、いい匂いがして。頬に、柔らかい感触。頭に血が上ってくらくらする。あぁもう、せっかく諦めたって言うのに。諦めたけど、可愛いものは可愛くて仕方がないわけで。
意識が途切れる直前に、ごめんねと声が聞こえた気がした。
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今回の式典に関することをぎっちりと書いた手紙をポストに入れる。首都の式典に参加すること。とてもとても安全であること。道中はもちろん、向こうについてからも忙しそうだし、しばらく手紙は無理だってこと。
特に、安全だってのを強調しておいた。心配して道中を馬車が並走とかやりそうなんだもんご両親……。もうちょっと落ち着こうぜ、貴方たちの息子は大丈夫です。
「リド、終わった?」
「あぁ、手紙出してきた。ちゃんと連絡しないと心配するからな」
「素敵な家族だねっ」
にこぉ、といつにもまして機嫌よさそうにティルが笑う。今から出発だし、浮かれてるのか? まぁ俺もちょっと楽しみで浮かれてるんだが。
ちなみに、手紙をぎりぎりになって出したのは、両親が介入しようとしても手遅れになるようにだ。さすがにもう出発しているとなれば、位置を知るのも難しいしな。
「リド、いっぱいお手紙書いてるものね。いいなぁ」
「お前も書けば? 読み書きのいい練習になるだろ」
「う……」
実はティル、読み書きがものすごく出来ない。できないっていうか、まぁ平民の識字率を考えればありえないレベルではない、って感じか。それなりに識字率は高いけど、田舎の方はあんまり浸透してなかったりするし。
ティルは単語レベルならそこそこ。でも文章になるとぐっと理解度は下がるし、難しい表現なんてぽかーんとしている。授業のときは俺やジュスターがフォローしてるけどな。
「……手紙、書いても届かないよ」
「それって……」
最初にティルに会ったときも思った。もしかしたらこいつは、こいつの両親はもう……。移民なんて道中で人数の増減を繰り返すものだし、家族皆が揃ってるなんて奇跡みたいなものだ。
「……悪いな。ま、読み書きに関しては要練習だけどな」
「うぅ、がんばる」
ちょっと唇を尖らせて不満そうな顔。さっきまでしょげてたのに、ホント百面相だな。ぽんぽんと軽く肩を叩いて、2人で馬車に向かう。
神様のイベントだ、初めての首都だ。気合入れていくか。




